けもみみ幼女、始めました。

暁月りあ

文字の大きさ
19 / 57
学園編

17駅馬車にょ

しおりを挟む
 ガタンゴトンガタンゴトンと馬が一定のリズムを刻んで馬車を引く。
 午前中に乗っていた時よりも人数は増えており、揺れる音も重厚なものになっている、といえばいいのだろうか。増えた人数分、石を越えた時に車輪が浮くようなことはなくなっていた。
 駅馬車の乗り心地を聞かれるならば、車や電車のシートに慣れている状態のエテルネルからすれば最悪の一言だろう。板張りの椅子に座っているだけなのでクッションなんて気の利いたものは存在しない。床に座っている人もいるくらいだ。椅子に座っているだけまだましなのかもしれない。
 ここ一週間乗っていたエテルネルは勿論対処法を打ち出している。予めスーツケースから取り出していたバスタオル2枚のうち1枚をまず丸め、もう一枚で包んで即席のクッションにするのだ。大人からすれば面積的にも体重的にもあまり意味のないことかもしれないが、するのとしないのとでは大きく違うものだ。もうおしりが赤く擦り剥けることもない。

「なんだったら俺の膝の上に座ってもいいぞ」
「カロス、それは失礼というものです。突き刺しますよ」

 どこを突き刺すのか聞いてはいけない。
 冗談で言ったつもりだったのだろうセクハラ発言にウルドが過剰反応している。慌てて訂正しているが、ウルドから【威圧】にも等しいなにかが発せられていた。
 カロスは大剣を、ウルドはレイピアをすでに装備しているからか、冗談では済まない言葉だ。町では気にもしなかったが、おそらくここが賊に狙われやすい馬車だからということもあるのだろう。護衛は一応乗っているものの【鑑定】で見たところ110程度。それならばカロスやウルドの方がレベルは高い。いや、ウルドに関しては当然かもしれないが。
 そんなやりとりをしている途中、ウルドがふとエテルネルを見た。

「本当に今日は硬いったらありゃしねえな」
「私はいつもこうですが」
「今日だって酒を飲ませてくれなかった!」
「昼間から酒を飲んでいざという時動けないようでは困りますので」
「王都を出てからずっとそれだぞ。この3ヶ月一度も俺は酒を飲んでない」
「威張らなくて結構です、そこのお客様も拍手しなくて結構です」

 不穏な言い合いを聞き流し、エテルネルは景色を堪能する。
 先ほどの町から王都に行くまでは森が広がり、木々の間から光が漏れている様子が見えた。途中で栗鼠や小鳥がちらりと顔を見せ、時々レッドラビットという兎によく似た魔物もこちらを見ていた。手を出さないのはレッドラビットが興奮状態ではないことと、エテルネルとレベル差が離れすぎていることが関係しているのだろうか。馬車もレッドラビットくらいでは止まることはない。

「ウルド、牽制は必要かにょ」

 外を見ながら、エテルネルはぼそりと呟いた。
 それだけで、先程までカロスと喧嘩をしていたはずのウルドが静かになる。

「少々お待ち下さい」
「どうした?」

 意味がわからないというようにカロスが首を傾げるが、それも当然だろう。
 先程、エテルネルに対してウルドが視線を向けた意味を知らないのだから。
 キンッと細い音を立ててウルドは腰に差していたレイピアを抜く。途端に馬車に乗っていた乗客に小さな悲鳴が上がり、どよめきが広がった。

「ウルド!」

 カロスの叱責をウルドは無視する。彼女の視線は常に一定の方向へ向けられていた。

「南東なのは分かるのですが」
「おりょ、【周囲感知】じゃなかったにょか。方向はあってる。数は13」

 他の情報もいるかと口端を上げれば、彼女はそれだけわかれば十分だと応えた。

「合図はお願いします。けれど、牽制は必要ありません」
「合図の方式はカウントダウンかにょ」
「……とても、懐かしい方法ですね」

 にやり、と彼女は不敵な笑みを浮かべる。
 エテルネルはペンダントを握りしめて視界に浮かぶマップとウルドの背中を見つめた。

「南東方向に13体、45秒後に衝突予定。カウントダウン開始──30秒前」

 エスで行われていたカウントダウン方式。主に隠密が奇襲をかけたり、殿が突撃する時に使用していたもので、エテルネルのように方向と数、速度を見て即座に計算し、衝突予定時刻を言う者もいれば本当にカウントダウンだけの者もいてそのやりかたは人それぞれだった。
 けれど共通して言えることは、

「では、殺すにょ。──3、2、1、GO」

 殺しの合図をいれること。

【槍技能《スピアスキル》:一刀旋風】

 人に避けてもらい、壁に掛かる帆を上げてもらった。ウルドはそこから顔をだして御者に少し揺れると一言断ってから、正確に南東へレイピアを真横に構えた後、レイピアを真っ直ぐに突いて放った。
 この【一刀旋風】はその名の通り、一振りが旋風を起こして数m先の敵を巻き込んで倒す遠距離型刺突の技能ではあるが、エスならではの技能で以前の世界には有り得ない現象を起こさせる技能だ。最も、エテルネルの【流星矢】からしても有り得ない話なので、否定してしまうと技能の殆どが『有り得ない現象』になってしまうのだが。
 ウルドが放った攻撃は木をなぎ倒し、まさに馬車に飛びかかろうとしていた敵を引裂いて殲滅した。
 馬車が大きな揺れと共に止まったが、【周囲感知】を見るだけでも敵の様子はない。一撃で殲滅を完了させてしまったウルドにエテルネルは頷いて敵がいないことを教える。

「一体なんだっていうんだよ……」

 その場にいたウルドとエテルネル以外の心の中を口にしたのはカロスだ。
 人々が息を飲んでエテルネルとウルドを見る中、エテルネルは肩をすくめる。

「この馬車を襲おうとしている存在に気づいたにょ」
「だから殲滅したまでです」

 馬車に乗っている際、エテルネルはずっと【周囲感知】を発動させていた。
 途中で馬車と平行して走る存在に気づいており、速度的に獣系の魔物だろうと推測していた。そこで、同じく気付いているだろうウルドを見れば案の定彼女も気付いており、馬車に飛びかかる前に殲滅をするように支持したのだ。
 もし、ウルドが何もしなかったとしても【直進矢】でエテルネルが殲滅しただろうが、誰が見ているかわからない馬車の中だ。補助に回ることが得策だったといえよう。

「お前ら、息が合いすぎだろ……」

 唯一戦闘に参加しなかった彼は疲れた顔で引き攣った笑い声を出している。
 驚いて一旦停止していた駅馬車だったが、また緩やかに出発した。
 事情がわかった乗客は落ち着きを取り戻し、エテルネルとウルドに称賛を送る。乗客に話の種にと技能のことなどを聞かれるウルドやどうやって敵の存在に気付いたのかエテルネルは聞かれ、それをのらりくらりと躱しながら賑やかに駅馬車は王都を目指したのだった。
しおりを挟む
感想 52

あなたにおすすめの小説

没落した貴族家に拾われたので恩返しで復興させます

六山葵
ファンタジー
生まれて間も無く、山の中に捨てられていた赤子レオン・ハートフィリア。 彼を拾ったのは没落して平民になった貴族達だった。 優しい両親に育てられ、可愛い弟と共にすくすくと成長したレオンは不思議な夢を見るようになる。 それは過去の記憶なのか、あるいは前世の記憶か。 その夢のおかげで魔法を学んだレオンは愛する両親を再び貴族にするために魔法学院で魔法を学ぶことを決意した。 しかし、学院でレオンを待っていたのは酷い平民差別。そしてそこにレオンの夢の謎も交わって、彼の運命は大きく変わっていくことになるのだった。 ※2025/12/31に書籍五巻以降の話を非公開に変更する予定です。 詳細は近況ボードをご覧ください。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

無限に進化を続けて最強に至る

お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。 ※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。 改稿したので、しばらくしたら消します

幼女と執事が異世界で

天界
ファンタジー
宝くじを握り締めオレは死んだ。 当選金額は約3億。だがオレが死んだのは神の過失だった! 謝罪と称して3億分の贈り物を貰って転生したら異世界!? おまけで貰った執事と共に異世界を満喫することを決めるオレ。 オレの人生はまだ始まったばかりだ!

1歳児天使の異世界生活!

春爛漫
ファンタジー
 夫に先立たれ、女手一つで子供を育て上げた皇 幸子。病気にかかり死んでしまうが、天使が迎えに来てくれて天界へ行くも、最高神の創造神様が一方的にまくしたてて、サチ・スメラギとして異世界アラタカラに創造神の使徒(天使)として送られてしまう。1歳の子供の身体になり、それなりに人に溶け込もうと頑張るお話。 ※心は大人のなんちゃって幼児なので、あたたかい目で見守っていてください。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

この度異世界に転生して貴族に生まれ変わりました

okiraku
ファンタジー
地球世界の日本の一般国民の息子に生まれた藤堂晴馬は、生まれつきのエスパーで透視能力者だった。彼は親から独立してアパートを借りて住みながら某有名国立大学にかよっていた。4年生の時、酔っ払いの無免許運転の車にはねられこの世を去り、異世界アールディアのバリアス王国貴族の子として転生した。幸せで平和な人生を今世で歩むかに見えたが、国内は王族派と貴族派、中立派に分かれそれに国王が王位継承者を定めぬまま重い病に倒れ王子たちによる王位継承争いが起こり国内は不安定な状態となった。そのため貴族間で領地争いが起こり転生した晴馬の家もまきこまれ領地を失うこととなるが、もともと転生者である晴馬は逞しく生き家族を支えて生き抜くのであった。

処理中です...