けもみみ幼女、始めました。

暁月りあ

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学園編

53王家のことにょ

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 気の毒気な3人に見送られつつも学園長室へ向かったエテルネルは、少し違った空気を感じ取る。少しぴりぴりと威圧されるような空気が廊下にまで漏れているような気がするが、恐らくはエテルネルが感じている嫌な予感によってそう感じるだけなのかもしれない。

「失礼しますにょ」

 ノックの後の返事を聞いてから、エテルネルは学園長室の中へ入る。
 そこは前回来たときのように【箱庭】によって再現された場所ではなく、エテルネルもよく知るどこにでもあるような、普通の校長室だった。一番奥に執務机があり、手前には応接室としても使えるようにソファとテーブルがある。壁には国から授かったのであろう証書や絵画が飾られていた。

「来てもらってすまんのぉ。まずは腰掛けてくれんか」

 テーブルの上には、エテルネルの予想通り菓子が並べられており、リリネアが紅茶を入れているところだった。きっと【周囲感知】で彼女はエテルネルが来ることを把握していたのだろう。別に気配を絶っていた訳でもないので、用意ができていることに驚くことではない。
 誘われた場所に座ると、紅茶を入れ終えたリリネアが向かい側に座った。

「なにかあったにょか?」

 いつもと違う空気を感じ取って聞くと、リリネアがふんわりと笑う。それだけで、先程まで感じていたぴりぴりとした空気が霧散するのは、彼女の持つ元々の緩やかな気風のおかげだろう。
 紅茶を一口飲んだ彼女はなんてこともなさそうに言った。

「そういえば、王家にお主のことは報告してあると思うんじゃが」
「うにゅ。ウルドがそう報告するって言ってたにょ」

 限られた人数のみにエテルネルのことは伝えられることになるとは聞いている。
 伝えられた人物が増えたり減ったりしていてもエテルネルには報告がいらないとも。

「この学園には現在、4人の王族が在籍しておってな。流石に王太子にはエテルネルのことが伝えられたようじゃ」

 王太子という立場である以上、国政にも関わっているそうで。
 王族というのは少なかれその立場に応じた義務が存在する。
 次期国王として、学生であるうちに天啓人と繋ぎを取っておくことは大切だと判断されたようだ。

「軽く顔合わせくらいはしてほしいという要請でのぉ」
「必要なことかにぇ?」

 問えば、分かりきっているだろうと、リリネアの顔は物語っていた。

「……エテルネル。お主は天啓人という立場をどう見る」

 それでも、彼女は優しく、教師であるがゆえの問いかけをする。

「異なる世界から来た異端。本来ならば不必要な存在にも関わらず、この世界の者には御しがたい厄介な存在ってくらいかにょ」
「しかし、味方に付けたならば莫大な利益を得るかもしれぬ存在じゃ」

 天啓人。プレイヤー。
 自身をどう呼称するかなんて実にどうでも良い話だ。
 しかし、まだ100年。短命種にとっては一世代・二世代程度の年月でしかなく。
 長命種は現在進行系で生きている。
 天啓人達がいた戦乱の時代を知る者も多い。
 故に、天啓人が起こし得る災厄もまだ、正しく伝わっているはずで。

「儂等は、元の世界とは違う。少しの行動すら、この世界のものをざわつかせてしまう」
「──要は、敵ではないということを最低限でも示す必要があるってことにょ?」
「そういうことじゃ」

 ウルドが騎士としている以上、エテルネルが敵対することなんてないのに。
 そう思っていても、相手はそう思っていないということ。
 最悪、ウルドを盾にエテルネルへ脅迫することもあるかもしれない。
 そうなった場合、エテルネルもどうするかわからない。
 生と死が近くなったこの世界で、体に精神が引っ張られているとはいえ、エテルネルは元の世界の倫理観を失うことも恐れている。けれど、本能が理性を吹き飛ばすこともあるだろう。言葉だけでは分かり合えないこともあるのだと、頭の隅では分かっていた。

「文化祭は学生の交流の場じゃ。王太子が弟に会おうと初等部へ向かうことは不自然ではない。その時、偶々居合わせようともなぁ。顔合わせ程度であって、正体をその場で明らかにする必要はないのじゃ」
「了解だにょ」

 この世界はエテルネルにとっては夢のつづき。
 しかしながら、何をしても許されるわけではなく、今のエテルネルにとってこの世界が現実であることには代わりはない。王族が王族として責任と義務が生じるように。天啓人として生きている以上、それに付随する責任は生じてくると、学園で過ごすうちに考えを改めていた。
 ただ自由に生きる。そのエテルネルの願いは、この世界の人にとって不要な恐怖を与えるようなことではいけない。

「それにしても、王族が学園に4人ってちょっと少ないにぇ」

 喋って喉が乾いたエテルネルは紅茶を飲みながら、王族の情報について頭の中で整理する。
 この国は3ヶ国が併合した国だ。故に旧王家が3つあることになる。
 その数を見れば、学園にいる王族が4人というのは少し不思議な感じがするというもので。
 もっと多くても不思議ではない。
 民主主義ではなく、君主主義のままであることも気になるところだ。
 教科書で大体のことは頭に入っているが、初等部2年の内容なんて表面上でしかない。

「それなら、100年前から説明する必要があるのぉ」

 リリネアはそう言って、立ち上がる。
 お湯をゆっくり沸かしながら、エテルネルに背を向けてリリネアは説明を始めた。

「100年前にロピノス・ギガナ・クティノスの3カ国が併合したのは知っておるな?」
「大体、初等部の教科書では」

 元々いがみ合っていた3つの国が1つの国となった。
 その原因となるのは天啓人。
 戦争に参加していたのは天啓人だけではなく、主だった戦力であった天啓人が一気にこの世界から消えたとなれば、戦争どころではなかったのかもしれない。

「あちらの世界で死んだ我々天啓人のうち数名はゲーム終了直後の混乱期にこの世界へ降り立った。お主もそうであろう。こちらにきてすぐ、あちらの世界の倫理観が多数を占める天啓人が、同郷の者で殺し合いをするはずもない」
「でも、あのときの王家が、戦争を止めるとは思わないけどにぇ」
「そうじゃ」

 100年前の王家をエテルネルもリリネアも知っている。
 だからこそ出る言葉だった。
 天啓人達はPVPとして戦争を利用していた。
 ゲームだからこそ戦争を楽しんでいたのであって。現実となった世界で、元の世界の倫理観から外れた戦争など、殆どの天啓人が参加するはずもなく。

「天啓人達は狙われた。権力者達に。暗殺者に。それに飲まれ、敵となった者もおった」

 悲しい顔で、リリネアは話す。
 教科書では天啓人が消えたことによる大規模な人数変動の為に各国が併合したことになっていた。
 どうやら事実は異なるようで。
 いや、多くの天啓人がいなくなったことは事実なのだ。
 過程を大いに飛ばした結果を教えているということ。

「だからこそ、脅威が必要であった。天啓人の権利が守られる安全な場所が」
「……マギアが、そうなにょ?」

 他の国と併合せずにいる1ヵ国。
 ゲーム当時から迫害という名の、恐怖の対象になるほど元々の種族値が高い魔族の国。
 どの国からも嫌われた魔族が寄り集まった小さな小さな国。
 そこに天啓人が加わり、運営という神の縛りさえ失った世界で、抗うためにはそれぞれの国だけでは対抗する術はない。

「かといって、彼の国も天啓人をただで助けるほど清廉な国でないことは知っておろう。だからこそ、誰からも畏怖され、その名を知られた天啓人が必要だった。……心当たりがあるじゃろう。面倒見が良いが、やり方が悪い、素直じゃない魔族の天啓人を」
「スラッガード……」

 好敵手の溜まり場ライバル・ハウントの一人、魔族の天啓人。スラッガード。
 彼もまた、100年前に降り立った天啓人だと知って、エテルネルは息を呑む。
 紅茶を入れ終えたリリネアがおかわりを注ぎながら、くすりと笑った。

「あれはその功績から国王となり、様々な改革をこの世界にもたらしたのじゃ。各地に散らばる天啓人達もスラッガードに手を貸して、僅か5年足らずで今の国の形に落ち着いた。元の世界の儂等からすると、呆れるくらい急激な変化じゃろう」
「そういうのってもっと数十年とか、100年単位で行われる改革じゃないかにょ」
「それほどまでに急を要したのじゃ。儂等という天啓人の存在を確立させるために」

 当時、どんな様子だったのか。エテルネルには想像すら出来ない。
 その中で、リリネアと再開した時に言われたような、狂った天啓人が多かったのだろう。

「マギアと天啓人という脅威の為に各国が併合した。100年程度では併合し、きちんとした国として王家を1つにするのはまだ道半ばということじゃ」
「種族単位で王家の取り合いはなかったにょか?」

 話は始まりに戻る。
 元々あった王家を廃して新たに王家を立てるのならば、それこそ旧王家を全員処刑しなければおかしい。
 けれど、そういう経緯はないようで。

「道半ばと言うたであろう。元々の王家は公爵家として扱われ、元々の国を治める大領主としておる。その下にかつての拝命した貴族たちがおる状態での。勿論、不正やら粛清やらでその数は大幅に減ったのじゃが」
「結構血なまぐさい話にぇ?」

 うげぇっとエテルネルが舌を出せば、リリネアは肩を竦めた。

「1代目は獣人と巨人から女王の資格たるものが嫁ぎ、2代目からは獣人・人間・巨人からそれぞれ1人ずつ公爵家より妻を迎えることになった」
「ん? ここでいう人間族の公爵家は旧王家なにょか?」
「元々公爵家というのは、王に匹敵する者を自国の貴族として立場的に封じるための爵位であろう。旧王家もなにも、元より王家から王女・王子が下賜されることもある公爵家は旧王家扱いなのじゃよ」

 故に、人間族だけ形態的にそのままということ。
 ただ、本来の王家はその有り様を崩している。
 3人の妃が嫁ぐということは王妃は誰になるのかと聞けば、3人全員が王妃という立場になるということ。
 また、複数の妻がいながら側室は禁止など、元の世界では聞いたことがない制度がいくつかあった。

「王族が増えすぎると王位継承争いが激化するでのぉ。そうならないように子供の数もわざと調整されておるのじゃ」

 子供の数を調整する。子供というのは授かりものだ。
 調整したからと言ってそのとおりに生まれてくるわけではない。
 ましてや、男女という違いも存在する。
 一般人のエテルネルはその話を聞いて背筋がゾワゾワとくるような感覚があった。
 けれど、世界に争いを起こさせない為に必要なこと。
 かと言って、一般人でもよくある家族計画といえばいい。その違いが家計か、国政かの大きな違いがあるけれど。子供が多くなりすぎないように避妊している。それだけだ。多分。言い方が悪いだけで。
 そうやって、現在は多い旧王家の人口を減らしているところなのだろう。

「……フォスター殿下は、可哀想なお子じゃ」
「どうして?」

 問いかけつつ、先程の話からなんとなしに答えはわかる。

「王家は3つ。子供は4人。同腹の双子はおらぬ。これの意味することは……」
「避妊に失敗した?」

 王家を減らそうとしている中で、新たに生まれてしまった4つ目の命。
 その生命が奪われる可能性もあっただろうに、現在フォスターが生きているのは奇跡にも近い。

「そうじゃ。それ故、フォスター殿下は王宮でも肩身の狭い思いをしておられることじゃろう」

 いらない子。そんな言葉が脳裏をよぎる。
 しかも、併合したとはいえおそらくは国であった溝が今度は派閥としてなにかしらあるだろう。2人もの王子を生んだ妃の派閥が幅を利かせている可能性もある。
 とても面倒な状況であるだろうことは想像に難くない。

「殿下のことをお主に頼む義理はない。じゃが、貴族・王族というだけで視野を狭めんでおくれ」

 君子危機になんとやらと何回かは思っていたが。
 今更距離を置くというのもおかしな話。むしろ幼心にこれ以上大人が傷をつけてどうするという。
 何より、好敵手の溜まり場ライバル・ハウントの一人がそういうのだ。
 100年前よりも今の地位に至るまであらゆる辛酸を嘗めたであろう人の助言だ。
 聞いて参考にするのは当然のこと。

「後押しもしないに。でも、敵に回るつもりもないにょ」

 だから、エテルネルは小さく頷いた。
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