朱炎の姫君と王弟殿下

暁月りあ

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第1章

探すもの ふたつ

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 いつもは温かな空気が流れているはずの屋敷は、2週間ほど前からすっかりと色をなくしてしまった。
 いや、今までが彼らにとって歪だったのだ。
 微妙な緊張感を漂わせていた本館は、2週間前を堺に使用人の一斉解雇を当主は決めた。
 何故だと、捨てないでくれという使用人を一瞥することもなく、当主は人が変わったように冷たい視線を投げるだけ。先代から仕え始めた者たちは次々と屋敷を去り、一族の血を引くものだけが残された。
 誰も彼もが暗い顔をして、時々離れを見遣る。
 そこにいた人物が早く戻るように願って。
 この戦時中といっても過言でない張り詰めた空気をどうにかしてほしいと願いながら。

「それで」

 ロスターの執務室で、連日のように訪問しているのはライラだ。
 ライラはばさりと手元の資料を机に投げ捨てると、扇を口元に当てる。

「森を隈なく探しても見つからない。かといって、抵抗して連れ去られたような痕跡もない」
「無事でいるのは、確かなんだが」

 胸を押さえながら、ロスターはため息を吐く。
 一週間前にあった焦燥は段々と穏やかなものへと変化していた。
 それはすなわち、逃げ出した【小鳥】が無事でいることを彼は感覚的に理解していた。
 ライラも同じ気持ちらしく、目を伏せて思いを馳せる。

「誰かに保護されていなければ、こんなにも気持ちが凪いでいるはずがないもの。あの子は生きて、大切にされている。ちょっと戸惑うようなことはあっても、それを温かいと感受する程度には」
「問題は誰が保護したのか」

 政敵が保護してしまった場合、必ずロスター達に揺さぶりをかけてくることは容易に予想がついた。それもないことを不思議に思いながら、しかし自分達の情報網に引っかからないことが気がかりで仕方ない。
 今や一族の血を引く全てのものには伝わってしまっている。水面下で誰もが血眼になって探しているが、仮にも侯爵家に連なる者たちへ少しも情報が入ってこないのはおかしいことだ。
 無事でいる。それは常人には理解できない感覚で彼らの一族は理解できた。
 そういう一族なのだ。たった一人の心が揺れ動けば、彼らも平常でいられないくらいには。

「社交界にも手がかりはなし。平民にでも保護された?」
「可能性としてはある。だが、それでは危険性は高いままだ」
「あの子の髪色を見て、私達と関わりがあるのはこの国に住まうものなら誰でもわかることだものね」

 どちらにせよ、早く保護しなければならないのは変わらない。
 愛おしい妹が未だに危機にさらされているなど、彼らには耐えられないのだから。

「失礼します」

 そこへ侍従の一人が資料をロスターへ渡してくる。
 ここ最近何かしら動きのあった貴族リストの眺めていると、ふと、気になる名前に目が止まった。

「どうしたの?」

 口元をとっさに押さえたロスターに、ライラは怪訝な顔をする。

「なあ、ライラ。お前、シュトリエ商会と繋ぎがあったよな」
「えぇ。まあ」
「あそこは女性衣装専門店だよな」
「そうね」

 頷いて、ライラはロスターの言いたいことを理解する。
 キッと睨むようにライラもロスターが持っている資料を奪い取って文字を目で追った。

「……そうよ。なんで、気が付かなかったの。一番怪しい奴じゃない!」

 持っていた資料を握りつぶし、扇を応接室の机にぶつければ、鈍い音を響かせて机が傷つく。
 その音は通常の扇よりも遥かに重く、まるで鉄がぶつかったかのような音だった。
 ヒェッと若干ロスターが後ろに下がったのも無理はない。

「取り返しに行きましょう。えぇ。今すぐ!」
「ライラ!」

 扉に向かおうとしたライラの肩を掴んでとめると、ロスターは首を振った。

「待て。お前らしくもない」
「どうして。貴方はあの子が心配じゃないの!?」
「心配だ。でも、わかるだろう。あの子の心は凪いでいる」

 2人の立場が2週間前と正反対になっていることに気づいて、こほんとライラは咳払いをする。
 ロスターの言うように、ライラも自分の妹が危機に瀕する状態ではないことを分かっていた。
 ただ、ライラの問題の人物を嫌いなだけで──。

「そ、そうね。それにもしかしたらあの子ではなくて、単純に別の女性を囲い込んでいるだけかもしれないし」

 まだ自分達の妹が問題の人物とともにいるとは決定していないのだ。
 自分達よりも下位の貴族や平民であればどうとでもなるが、政敵や高位──王族などになるとそうもいかない。下手をすれば反逆罪とも取られかねない。ことは慎重に運ぶ必要があった。
 しかし、問題の人物に親しい女性などいただろうかと、頭を巡らせるライラにロスターはほっとする。

「最悪ではないが、ライラの嫌な予感はやっぱり当たるよな……」

 双子として、生まれてから共にあった為に、当たってほしくはない予想の1つが的中するだろうことは容易に想像ができた。

「取り敢えず、様子見と確認ね」
「そうだな。本当にあの子がいるなら、どうするつもりか見極めなければ」

 ロスターは早速隠密達に指示を飛ばした。

「早く、帰ってきて──私達の【至宝ヴィア】」

 扇を拾い上げながら、ライラは祈るように呟いた。
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