朱炎の姫君と王弟殿下

暁月りあ

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第1章

色を探すもの

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 週末に家へやってきたのは、片眼鏡をかけた金髪の女性だった。

「お嬢様、お初にお目にかかります。アルマ・シュトリエと申します」

 そういって一礼をする様は決して一衣装店の店長とは思えない優雅さを備えていた。
 金髪を邪魔にならないよう1つに結び、動きやすいように刺繍の入ったベストとシャツ、それからスラックスと、女性としては奇抜な衣装を着ている。空色を連想させる瞳は、好奇心を隠すことなく彼女を見ていた。
 シュトリエという名を彼女は聞いたことがあった。奇抜な発想と流行となる王妃の衣装を手掛ける王室御用達の1つで予約が大変だとか姉が漏らしていた記憶がある。

「本日は採寸とドレスの色についてお伺いさせて頂きたく存じます」

 そう言って、背後に控えるお針子数名と共に、まずは彼女の採寸から始まった。
 一応この屋敷に来てから一度測ってはいるのだが、彼女は抵抗することなく従う。

「見事な朱い髪でございますね。紅い色の衣装がとてもよく映えるかと思います。今回ご注文頂くドレスのうち1点はお嬢様の好みに合わせてと伺っておりますが、お好きな色はございますか?」

 お針子から報告された数字をメモしながら、アルマはそう問いかけてくる。
 採寸の邪魔にならないよう緩くまとめられた髪に視線を一度落とし、お針子から注意が飛んで顔を上げた。

「そう、ね。特に好きな色はないわ」

 昔は好きな色があったように思う。けれど、好きな色があったところで、その色を纏うことはできなかった。
 いつも深緑の服を着て、若いのだからもっと明るい色を着なさいと姉に言われていたように思う。
 明るい色といっても、隠された彼女の情報がどこから漏れるかわからないため、目立たない色の既製品を父に望んでいた。
 好きな色がなんなのか、もうわからなくなってしまっている自分に、彼女は苦笑する。

「似合う色で作って貰えれば構わないわ」

 すでに屋敷には有り余るほど衣装が用意されている為、彼女としては別に必要とはしていない。
 貴族が着た衣装は街に降ろされ、孤児院等の福祉施設で改造されて市場に出回る。それが福祉施設の収入ともなるのだから、無理のない範囲内で慈善活動としても進められるのだ。
 彼女の答えに、アルマは大げさに肩を竦めてみせる。

「お客様に似合うお色にするのは私共としては当然のことでございます」

 アルマからすれば、彼女はなんとも接客しがいのない客だろうと思う。
 かといって、彼女はドレスのことなどわからないので答えようがない。
 好きな色も、似合う色も、どんなドレスが今は主流なのかさえ。

「では少しお話だけさせて頂きましょう」

 採寸が終わって侍女の手で着替えた彼女と応接間で対面したアルマはそう言った。

「お嬢様はドレスというものが何かはご存知でしょうか」

 アルマの問いかけに、彼女は首をかしげる。
 問いかけのくくりが大きすぎてどのように答えるのがいいか分かりかねた。

「失礼。少々質問が雑すぎました。ドレスは権力の象徴、振る舞い、内面等、着ている方の人となりを表します。例えば、この私ですが、女性でありながら男性のような格好をしております」

 そう言って腕を広げたアルマは、始め思ったとおり奇抜だと思った。斬新ともいうべきか。

「この格好が普通受け入れられないのは存じておりますとも。訪問させて頂く貴族によっては、ドレスを着ることもございます。私もそこまでは常識知らずではございません。しかし、女性であっても動きを阻害するドレスを着用しない、という選択肢があっても良いとは思いませんか」

 アルマの考えは、古い感覚の貴族からは嫌われるものだろう。
 けれど、言いたいことはわかる。服に無頓着な彼女でも、ドレスの煩わしさはよく分かっている。
 歩き方は決まっているし、通常のドレスでは早く走ることはできない。座るときも皺にならない座り方というものが存在しているし、それをどれだけ優美に見せるかというのは必須だと姉に教えられてきた。
 アルマの衣装は他のお針子と比べてベストやスラックスに繊細な白の刺繍を施し、女性らしさを失わず、かといってかわいらし過ぎない清楚なデザインだ。立ち振舞も貴族と相対するのに十分であるし、刺繍の色が白というのは、より清潔感を出していた。

「第一印象は大切です。夜会などの集まりでは、野暮ったい衣装を着ていれば、どれだけ高位の貴族であろうとも嘲笑の的になるでしょう。謂わば、ドレスというのは女性にとっては戦闘衣装なのです」

 女性がドレスについて真剣になるのは、夜会などの社交場で一家を背負ってその場に立っているから。
 男性の衣装もアレンジはそれなりに効くが、女性ほど多種多様なものではない。
 流行も存在するし、乗り遅れれば情報に疎いと侮られる。
 足の引っ張り合いが常に行われる貴族社会では、たしかにドレスというものは戦闘衣装に違いない。

「自分がどれだけ映えるか常に意識しなければなりません。不安な女性をサポートするのが、私共の役目です」

 アルマが作るのは、この屋敷で着る衣装ではないのだ。
 今更ながら、男が彼女を表舞台へ立たせようとしているのだと実感する。

「本日は採寸のみにさせて頂きます。数着ほどすでにご注文頂いているデザインがございますので、仮縫いに何度か訪問させて頂くことにはなるかと存じます」

 その後、挨拶を交わしてアルマを玄関まで見送る。
 アルマは帰り際、彼女が望む戦闘衣装を作れるまで待つと言った。
 それに顔を上げて、少し困った顔をしてみせる。

「ですが、貴女もお忙しいでしょう」

 そういえば、アルマは彼女の手を取って、手の甲に口づける。

「貴女様に似合う衣装を望み通りお作りできたならば、それは私にとって至上の喜びにございます故」

 にこりと微笑むアルマに、彼女は苦笑した。

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