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第1章
過去のもの ひとつ
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物心ついた頃より、彼女が生まれた侯爵家では剣を握る。
それは、末娘として生まれた彼女にとって当たり前のような日常であった。
優しい兄と姉と共に模擬剣を握り、体力づくりに勤しむ日々。厳しい訓練と教養を課しながらも、子供たちに嫌われてないか母にびくびくしながら聞いているのを、兄や姉と気配を消す練習をしながらこっそり聞いたりもしていた気がする。勿論、きっちりと見つかってしまって、父は恥ずかしそうにながら怒っていたが。
4歳の誕生日を迎えて少し経った頃。
「ヴィア、まだ寝ていたの?」
姉のライラがそう言って起こしに着てくれる。
4歳を迎えてから母や父と別室で寝るようになってからというもの、寝付きが悪く、起きるのに難儀していた。それをライラが迎えに来てくれるのだ。
「ねねさま、眠い~」
「ほら、起きて。朝稽古するわよ」
そのうち直さなければならない癖だと双方分かっているが、ついつい彼女は甘えてしまうし、ライラも甘やかしてしまっていた。
目を擦る彼女の手をとってやめさせ、服を着替えさせる。服を用意するのは最近もっぱらライラの仕事だ。
まだティリアの鐘が鳴る前なだけに、使用人は起こさない。それが侯爵家のルール。
「おや、ヴィアはお寝坊さんだな」
「グロウおじさま!」
父と母は彼女が起きるよりも先に王城へ仕事に出てしまったそうで、代わりに親戚のグロウ・アーノルドが朝稽古に来てくれていたようだ。
赤毛混じりの茶髪からもわかるように、グロウは侯爵家に連なる者。アーノルド家は王宮に仕えていた騎士が伯爵家を賜り、侯爵家2代目の娘が嫁いでからというもの、ティリアの血を濃く受け継ぐ者が度々現れる。以来、アーノルド家と侯爵家は共に国を護り、【朱炎】を受け継ぐ家柄として広く知られているのだ。
彼女が走り寄ると、グロウは彼女をぐいっと持ち上げてくるりと回る。
「お、またちょっと重くなったんじゃないか」
「おじさま。レディに重いは失礼でしてよ」
回るのを止めて首を傾げたグロウに、ライラが怒って彼女を降ろさせる。
「悪い悪い。子供は成長するのが早いなあって意味だ」
「まあ。子供だからってレディ扱いしないなんて」
グロウはめっぽうライラに弱い。剣術はグロウの方が何倍も上だが、口ではライラに勝てた試しがないのだ。グロウがライラと彼女の母に若い頃惚れていたとかなんとかで、母にとても良く似て美人なライラには強く出れないとは兄であるロスターの証言だ。
「3人共、じゃれ合いはそこまでにして、ライラとヴィアはご挨拶を」
ロスターは苦笑しながら、ロスター達と同じ年頃の少年と彼女より少し年上の少年の2人を連れてくる。
ライラはその少年を見て、あっと口を開けた瞬間。何事もなかったかのように淑女の礼をとった。
「ご挨拶が遅れましたこと、誠に申し訳ありません。若き太陽並びに殿下にご挨拶を申しあげます。ライラ・ティリアにございます」
姉が常に見ないほど優雅な礼を取ったので、彼女は一瞬見惚れてしまって出遅れる。
わたわたと礼を取ろうとした彼女を制して、若き太陽と呼ばれた少年はくすりと笑った。
「良い。今日から朝稽古のみになるが、共に学ばせてもらうことになった。立場は同じ教え子なのだから、アーノルド騎士団長のように、とは言わないが、気安くしてもらえると嬉しい」
若き太陽と呼ばれた少年は彼女に近づいて、片膝をついて視線を合わせると、その手をとった。
金色の髪は夜明け前でもきらきらと輝いて見えた。その瞳は見たこともない宝石のような紫色の瞳で、見るものを魅了してしまいそうになる力がある。知らない人に触られるのを嫌う彼女でも、手をとられた程度では騒がないくらいには美少年と呼べる部類であるし、本人もそれが分かっていて微笑んでいるのだろうことは察せられた。
「近所のお兄さん、位に思ってくれたらいいよ。君にはロスターやライラと同じように特別に私のことをカルノと呼ぶ許可をあげよう。その代わり、私や弟も君のことをヴィアと呼んでもいいかな」
「カルノ様!」
ライラが怒ったように声を上げるが、カルノはどこ吹く風といったようだ。
ビクリとした彼女だが、ライラが彼女を抱き込んで後ろに隠したところを見る限り、カルノに触れられた彼女に怒っているのではなく、勝手に自分の愛おしい妹に触れた野郎がムカついてしょうが無いといったところだろう。
「ヴィア。こんなスケコマシのことなんて忘れていいわ。そうやってすぐに誑すんだから!」
「ライラ。流石にその言い方は不敬……」
「なによ。ロスはヴィアのことが心配じゃないの!?」
今度はロスターに噛み付いて、収拾がつかなくなる。
彼女はライラの裾を引いて、見上げた。
「姉さま。おちついて。私、新しい人に会えて嬉しい」
彼女にそう言われて、顔を赤らめたライラはぎゅうっと彼女を抱きしめる。
「こんなかわいい妹が誑かされないよう、会わせないようにしてたのに!」
「あ、やっぱりそうなんだ」
ライラの発言に、視線を遠くさせるカルノ。
その発言からして、何度か彼女を彼らと会わそうとした、もしくは会わせてほしいと頼まれたことがあったらしい。それを尽く妹大好きなライラによって防がれていたことが露呈した。
最も、ライラ一人の力でそんなことは出来るわけがないので、これには侯爵家当主並びにそれに連なるものは基本的に同意しているということだ。言ってしまったんだなという顔でいるロスターとグロウが良い例だ。
「私はともかく、弟とは仲良くしてほしいんだ」
おいで。と、カルノが手を引いて彼女とライラの前に連れてきた少年は、少女とも言えるべき綺麗な顔の男の子。
カルノと同じ金髪に、藍色の瞳はじっと彼女を見つめていた。
それは、末娘として生まれた彼女にとって当たり前のような日常であった。
優しい兄と姉と共に模擬剣を握り、体力づくりに勤しむ日々。厳しい訓練と教養を課しながらも、子供たちに嫌われてないか母にびくびくしながら聞いているのを、兄や姉と気配を消す練習をしながらこっそり聞いたりもしていた気がする。勿論、きっちりと見つかってしまって、父は恥ずかしそうにながら怒っていたが。
4歳の誕生日を迎えて少し経った頃。
「ヴィア、まだ寝ていたの?」
姉のライラがそう言って起こしに着てくれる。
4歳を迎えてから母や父と別室で寝るようになってからというもの、寝付きが悪く、起きるのに難儀していた。それをライラが迎えに来てくれるのだ。
「ねねさま、眠い~」
「ほら、起きて。朝稽古するわよ」
そのうち直さなければならない癖だと双方分かっているが、ついつい彼女は甘えてしまうし、ライラも甘やかしてしまっていた。
目を擦る彼女の手をとってやめさせ、服を着替えさせる。服を用意するのは最近もっぱらライラの仕事だ。
まだティリアの鐘が鳴る前なだけに、使用人は起こさない。それが侯爵家のルール。
「おや、ヴィアはお寝坊さんだな」
「グロウおじさま!」
父と母は彼女が起きるよりも先に王城へ仕事に出てしまったそうで、代わりに親戚のグロウ・アーノルドが朝稽古に来てくれていたようだ。
赤毛混じりの茶髪からもわかるように、グロウは侯爵家に連なる者。アーノルド家は王宮に仕えていた騎士が伯爵家を賜り、侯爵家2代目の娘が嫁いでからというもの、ティリアの血を濃く受け継ぐ者が度々現れる。以来、アーノルド家と侯爵家は共に国を護り、【朱炎】を受け継ぐ家柄として広く知られているのだ。
彼女が走り寄ると、グロウは彼女をぐいっと持ち上げてくるりと回る。
「お、またちょっと重くなったんじゃないか」
「おじさま。レディに重いは失礼でしてよ」
回るのを止めて首を傾げたグロウに、ライラが怒って彼女を降ろさせる。
「悪い悪い。子供は成長するのが早いなあって意味だ」
「まあ。子供だからってレディ扱いしないなんて」
グロウはめっぽうライラに弱い。剣術はグロウの方が何倍も上だが、口ではライラに勝てた試しがないのだ。グロウがライラと彼女の母に若い頃惚れていたとかなんとかで、母にとても良く似て美人なライラには強く出れないとは兄であるロスターの証言だ。
「3人共、じゃれ合いはそこまでにして、ライラとヴィアはご挨拶を」
ロスターは苦笑しながら、ロスター達と同じ年頃の少年と彼女より少し年上の少年の2人を連れてくる。
ライラはその少年を見て、あっと口を開けた瞬間。何事もなかったかのように淑女の礼をとった。
「ご挨拶が遅れましたこと、誠に申し訳ありません。若き太陽並びに殿下にご挨拶を申しあげます。ライラ・ティリアにございます」
姉が常に見ないほど優雅な礼を取ったので、彼女は一瞬見惚れてしまって出遅れる。
わたわたと礼を取ろうとした彼女を制して、若き太陽と呼ばれた少年はくすりと笑った。
「良い。今日から朝稽古のみになるが、共に学ばせてもらうことになった。立場は同じ教え子なのだから、アーノルド騎士団長のように、とは言わないが、気安くしてもらえると嬉しい」
若き太陽と呼ばれた少年は彼女に近づいて、片膝をついて視線を合わせると、その手をとった。
金色の髪は夜明け前でもきらきらと輝いて見えた。その瞳は見たこともない宝石のような紫色の瞳で、見るものを魅了してしまいそうになる力がある。知らない人に触られるのを嫌う彼女でも、手をとられた程度では騒がないくらいには美少年と呼べる部類であるし、本人もそれが分かっていて微笑んでいるのだろうことは察せられた。
「近所のお兄さん、位に思ってくれたらいいよ。君にはロスターやライラと同じように特別に私のことをカルノと呼ぶ許可をあげよう。その代わり、私や弟も君のことをヴィアと呼んでもいいかな」
「カルノ様!」
ライラが怒ったように声を上げるが、カルノはどこ吹く風といったようだ。
ビクリとした彼女だが、ライラが彼女を抱き込んで後ろに隠したところを見る限り、カルノに触れられた彼女に怒っているのではなく、勝手に自分の愛おしい妹に触れた野郎がムカついてしょうが無いといったところだろう。
「ヴィア。こんなスケコマシのことなんて忘れていいわ。そうやってすぐに誑すんだから!」
「ライラ。流石にその言い方は不敬……」
「なによ。ロスはヴィアのことが心配じゃないの!?」
今度はロスターに噛み付いて、収拾がつかなくなる。
彼女はライラの裾を引いて、見上げた。
「姉さま。おちついて。私、新しい人に会えて嬉しい」
彼女にそう言われて、顔を赤らめたライラはぎゅうっと彼女を抱きしめる。
「こんなかわいい妹が誑かされないよう、会わせないようにしてたのに!」
「あ、やっぱりそうなんだ」
ライラの発言に、視線を遠くさせるカルノ。
その発言からして、何度か彼女を彼らと会わそうとした、もしくは会わせてほしいと頼まれたことがあったらしい。それを尽く妹大好きなライラによって防がれていたことが露呈した。
最も、ライラ一人の力でそんなことは出来るわけがないので、これには侯爵家当主並びにそれに連なるものは基本的に同意しているということだ。言ってしまったんだなという顔でいるロスターとグロウが良い例だ。
「私はともかく、弟とは仲良くしてほしいんだ」
おいで。と、カルノが手を引いて彼女とライラの前に連れてきた少年は、少女とも言えるべき綺麗な顔の男の子。
カルノと同じ金髪に、藍色の瞳はじっと彼女を見つめていた。
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