あなたの声を聴かせて

紅羽 もみじ

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事件録4-6

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 平端は駐車場に車を停め、公立の中学の校舎とは趣の異なる校舎を見上げた。校舎に近づくにつれ、葵の恐怖感は増していったが、車を降りた平端の後ろにぴったりとくっついている。車中では何度も、ついてこなくて大丈夫だ、と伝えたが、葵の意思は固いらしく、ついてくるつもりらしい。

(怖かったら、引き返していいからね。)

 葵は恐怖を目に浮かべながらも、首は強く横に振った。

(……葵ちゃんは、強いね。)

 平端は、葵の意思の分、そして捜査から外れざるを得なかった塚本の分まで何とか証拠を掴む、と意気込み、職員室へ入っていった。対応したのは、塚本と話した教頭だった。

「…事件の容疑者らしき人間が、警察で聴取を受けていますが、彼は容疑を否認しています。その最中、4人目の被害者が出ました。真犯人はまだ、捕まっておりません。」
「そうですか…、先日いらした刑事さんが、途中で学校を飛び出していったものですから、てっきり捕まったものだと思っていましたが…」
「先生、塚本から聞きましたが、ここの生徒さんも、よく市民公園を利用しているそうですね。小学校の子どもたちもいるから、思いやりを持って利用するように、と伝えているとも聞きました。」
「え、ええ…、それが、どうかしましたか。」
「公園で遊ぶ子どもたちに危害を加える生徒がいるから、教頭先生はその号令を出しているんでしょうか。」
「い、いえ、そのような話は、聞きませんが、念のため…」
「今日、砂場で遊ぶ子どもたちの邪魔をして『遊んでいる』中学生達を見かけました。そのうちの1人は、リーダー格のような少年で、渡部、と呼ばれていました。心当たりは?」

 その話を振ると、教頭は青ざめた顔で硬直してしまった。何か心当たりがあることには、間違い無いと平端は確信した。

「彼は、大人である私にも突っかかってきましてね。女なら勝てると思ったのでしょう。ですが、警察手帳と武道の段位を伝えたら、尻尾を巻いて逃げていきました。」
「…渡部くん、ですか…。」
「その他にも取り巻きはいましたけどね。あの日、塚本に話そうとしていたことがありましたね。…お話ししてくださいますか?」

 教頭は、青ざめた顔のまま、か細いため息をつき、重い口を開いた。

「…それは、渡部哲郎という、生徒です。見た目からは、いわゆる不良のような雰囲気はなく、ごく一般的な生徒に見えます。成績も優秀で、教員の言うこともよく聞きます。…ただ。」
「ただ?」
「……度々、この近辺の小学校の保護者や教諭から、小学生が怖い目に遭わされていると相談の電話が入るようになったのです。今までは、このようなことはありませんでした。渡部くんが入学して半年ほど経ったころから、そう言った電話が入るようになったのです。」

 教頭の話では、相談電話は一様に、怪我はさせられていないが、子どもが公園に行くことを怖がっている、公園に行って制服を着た中学生らしき少年たちに、いじめられていると言っている、などと言った内容だと言う。平端がたまたま居合わせた、砂場での光景と一致していた。

「その渡部という生徒が、エアガンを持っている、や、危険物を扱っているという話しは聞きませんか?」
「そ、そのような話は!聞いておりません、本当に!!」
「そうですか…。」

 教頭の今までの聴取への応じ方からして、本当に渡部が危険物を所持しているという話は聞いていないのだろう。だが、重要参考人には違いない、と平端は直感的に感じていた。

「最近は、そのような相談電話は来ていないんですか?」
「……いえ、職員から度々あると聞いています。」
「相談の電話について、何か内容のわかるものはありませんか?記録をとっていたりとか。」
「…それなら、あります。取ってきます。」

 教頭は席を外し、電話の相談内容が記載されている記録簿を持ってきた。最近のものに目を通すと、確かに保護者や学校から、中学生が子どもたちを威圧している、いじめている、という内容がずらりと並んでいた。
 平端は、とある相談記録に目を止めた。事件当日の日付が書かれた記録だ。記録にはこう書かれてある。

『塚本と名乗る女性から入電。塚本優斗という小学生をはじめ、子どもたちのグループが、公園で遊ぼうとしたところに妨害を受けたとのこと。遊具を使わせず、優斗と名乗る男児が中学生に代わってほしいと言っても、無視を繰り返し、何度も代わってくれと訴える男児の胸ぐらを掴み、「それ以上喚くと殺すぞ」と脅されたとのこと。男児他、子どもたちに怪我はなかったが、子どもたちが公園を安全に使えるよう、対応してほしい、とのことだった。
学校としては、生徒には引き続き注意を促し、対象生徒を確認し、注意をする、と伝え、電話を切った。』

(あの日も、葵ちゃんは渡部と会ってる…!だから、怖がったんだ、制服を見て。死ぬ当日に、優斗くんがいじめられていたところを見ていたんだ。…?てことは…)

「教頭先生、この記録をコピーしてもらえますか。」
「え、ええ、構いませんが…」

 教頭は事件当日の相談記録のコピーをとり、平端に渡した。そして、職員室を出ると車に乗り込み、平端の動きに賛同してくれそうな捜査員たちに電話をかけまくった。

(…葵ちゃん、もう少しで見つかるかもしれない、あなたのおかげだよ。)

 葵は恐怖心で疲れてしまったのか、気怠そうな顔をしている。休んでていいからね、と伝えると、弱々しくこくりと頷いた。
 平端は、中学校から離れ、とある道路からは見えにくいところで車を待機させて、目を光らせていた。近くには、平端の話に賛同し、協力してくれると言った捜査官たちが、数名潜んでいる。平端が捜査官たちに提案したことには、確証はない。だが、平端と捜査官たちは、一様に道路を見張った。
 張り込みを始めて1時間程経った頃。空は夕刻を迎えて夕陽が出ている。今日は難しいかもしれない…、と平端も諦め始めていた頃、1人の小学生が通った。今日、砂場で助けた子どもの1人だった。

「各捜査官へ。今日、公園で接触した男児が通学路を通っている。警戒体制をとってください。」
『1番了解』
『2番、了解。こちらでも男児を確認。周辺に人影なし。引き続き警戒体制を取る。』

 各捜査官たちから、了解の連絡が入っていたその時。

『こちら6番。例の中学生を発見。手にはモデルガンのようなものを所持。男児の背後をつけている様子。』

 平端は間を空けずに無線で連絡を取る。

「6番の近くにいる捜査官、応答願います。」
『こちら、5番。先ほど男児が通った。6番が目視した中学生も確認した。』
「5番、6番、少年がモデルガンを、男児に向けて打った瞬間確保で。…男児の身の安全が最優先です。最悪、男児の盾になることも想定してください。」
『こちら6番。平端さん、気を遣いすぎです。子どもを守れるなら、いくらだって体張ってやりますよ。5番、男児のことは任せろ、そちらに中学生の確保を任せる。』
『了解した。今、7番も合流した。打ったら2人で取り押さえてやる。』
「お願いします。」

 捜査官たちに、緊張が走る。撃たなければ撃たないで、男児に危害は及ばない。だが、撃った時は…、と平端が思った矢先、無線が鳴り響いた。

『確保!!』

 そう無線を飛ばしたのは6番だった。男児に向けてエアガンを発砲したようだ。平端もその合図で車を飛び出し、確保の現場に向かった。そこでは、捜査官2名に確保された渡部の姿と、エアガンが腕を掠ったのか、男児の盾になった捜査官が腕を押さえて立っていた。

「大丈夫ですか!?」
「こんなの、塚本先輩の稽古に比べたら。ただ、奴の持ってるエアガン、相当危ないです。擦っただけで、これですから。」

 捜査官の腕を見ると、撃たれた部分が線を描くように真っ赤になっており、直撃していたら流血沙汰は免れないことを物語っていた。
 渡部は2人の捜査官に取り押さえられながらも、激しく抵抗していたが、大人の男2人の力に敵うわけもなく、しっかりと取り押さえられていた。渡部は公園で会った平端に気づいたのか、お前か、この野郎!!と取り押さえられながらも凄み続ける。

「貴方には、聞きたいことが山ほどあるの。まずは、公園で教えたように、公務執行妨害で現行犯逮捕ね。署でゆっくり話を聞かせてもらう。」
「うるせえ、離せよ!!」
「大人しくしろ!」

 抵抗も虚しく、2人の捜査官にしっかり脇を固められた少年は、そのままパトカーに乗せられ、署まで連行されていった。
 押収したエアガンは、以前重要参考人として連れてこられた坂倉が所持していたものと同じものであった。改造方法も一致し、その証拠を坂倉に突きつけると、観念したように証言を始めた。

「渡部は、俺がエアガンの改造を趣味でやってると知ると、目をキラキラさせて俺のことを褒めたんだ。無職で親に詰られることばっかりだった俺は、それが嬉しくなっちまって…。で、乗せられるままに、改造方法を教えたんだ。あいつが、子どもに向けて撃つためにやってるなんて、知らなかった…。とてもそんな奴には見えなくて…。」

 坂倉は、改造方法を渡部に教えてしまったことで、被害が出たと後悔しているようだった。
 渡部の自宅を家宅捜索すると、改造されたエアガンが複数発見され、加工されたと思われる弾、また、葵を死に至らせた刃物も押収され、今回の連続殺人及び傷害罪で正式に逮捕となった。平端は、事件の解決を塚本に報告すると、すぐに署に戻った。光里の容体は何とか持ち堪えたが、意識は戻っていないという。未だ、生と死の狭間にいることに変わりはなかった。
 塚本は、途中で取調室を出て、休憩所で座り込んでいた。平端は、一枚の用紙を持って、塚本に話しかけた。

「……捕まえたのは、子どもたちです、塚本先輩。」

 塚本は、平端の方を見ないが、耳は傾けているようだった。平端は、渡部に繋がるきっかけとなった、相談記録をそっと差し出した。塚本が受け取り、目を通すと用紙に染みができるほどの涙をぽつぽつ流していた。

「…これがなかったら、渡部に繋がりませんでした。葵ちゃんは、中学校に出向いた時も、恐怖でヘトヘトになるまで着いてきてくれて。」
「……子どもたちの方が、よっぽど立派だな…。」
「……ええ、そう思います。」

 塚本はそう呟き、嗚咽を殺すように泣き始めた。平端も、葵が隣でついてくる様子を見て、いつも以上に虚しさを覚え、涙を流した。
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