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第一部
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しおりを挟む次の日。エリオットは食事を終えると、身支度を始めた。
今日はフレディが委員会の用事があるため共に登校することは出来ないが、もし何かしてくる輩がいれば撃退すればいいだろう。
本当は真正面から行くべきなのだろうが、あまり目立ちたくはないので影ながら撃退するしかない。
しかしこそこそ此方の様子を窺ったり、行動を起こそうとしてやっぱ止めたということを何度も目撃すると逆に苛立ちが募っていく。
躊躇しているのならば、もう俺のことを放っておいてくれよ。
この学園で完全なる空気という存在になれば……平穏に過ごせるというのに。
エリオットは制服に袖を通し、身支度を終えると部屋を後にする。
鍵を掛け、エレベーターへ乗り込み、寮外へ足を進める。
季節は五月の上旬でまだ春の気候。梅雨の時期はもう少し先だというのに、そろそろ日中は長袖だと暑くなってしまう。
が、激しく動かなければいいことだし、上着を脱ぐのも普通に手だ。
…………そういえば、魔法で体感温度を調整するのもありかもな。
そんなことを黙考しながら、桜が散った人気がない通学路を歩いていると────
「おいおい、何処に行こうとしてんねん。酷いことはせえへんから!」
何処からか声が聞こえるが、周りを確認しても声の主の姿を視界に捉えることは出来なかった。
周囲には俺以外の生徒はいないし……これは気の所為だろうか。
……いやもしかしたらストレスで、幻聴まで聞こえるようになってしまったのかもしれない。
これは少しリフレッシュをするべきだなと、再び足を動かした──その時、突然何かが草むらから飛び出して来る。
「ちょっ!!」
突然の出来事に驚き、体を大きく反らすがそのままバランスを崩し、地に尻もちをつく。
「いてて……ん、猫?」
目の前にはちょこんと座っている、一匹の白猫。
どうやら突然飛び出してきたのはこの白猫のようだ。
まぁ、猫なら仕方がないかと息を吐くと、白猫はトコトコとこの場を後にした。
「ちょっと、逃げんといて!! 自分はただ触りたいだけねん!!」
そんな白猫から一歩遅れて人が飛び出して来るが、エリオットの姿を捉えると首を捻った。
「ん? 何や、君は」
現れた者は水色の髪に蜂蜜色の瞳、左目には眼帯をつけ、両手には包帯を巻き付けていた。
……なんだこいつ、俗にいう痛いヤツというものか?
引き気味に眺めていると、目の前の男子生徒はエリオットの顔を覗き込む。
「なー、聞いとる?」
「きっ、聞いているから近付くな!!」
立ち上がり、間合いを取る。
……なんか、危険な匂いがするような……。
警戒心を持ち顔を強ばらせたエリオットとは対称的に、男子生徒はへらへらと笑う。
「そかそか。なんかボーッとしとったから、どないしたんかなって思ったんよ。しっかし、君は見たことないな……名は何て言うん? あ! 自分はセドリック・グレイディと言うんや」
別に名なんて名乗らなくていいというのに。
だが、流れ的には俺も名乗らなくてはならないのだろう。
それを証明するかのように目の前の男子生徒……セドリックは、期待を込めた視線を此方へ浴びせてくる。
あまり知らない者に名を名乗りたくはないが……致し方ない。
「……エリオット・オズヴェルグ」
ため息混じりに名を名乗ると、セドリックは驚倒した。
「あー、君があのエリオットかぁ」
「あの?」
「だってエリオットというやつは、いじめられっとると聞いたねん」
「……まあ、間違ってはいないな」
今は返り討ちにしているが。
セドリックはうんうんと一人納得した様子を見せると、人懐っこそうな笑みを見せた。
「そかそか。なら自分、そのいじめ無くして見せるで。なんだって自分、風紀委員やねん」
「…………は?」
自分で何とかしているため、第三者の助けは今のところは必要ない。
だから断ろうと思っていた矢先に、セドリックは爆弾を投げてきた。
会うことなんて、そうそうにないと思っていた風紀委員。
それが今目の前にいて、しかもいじめを無くそうとしている。
……ハッキリ言って迷惑だな。
学園内では、比較的に地位が高い生徒会と風紀委員。
双方だろうが片方だろうが、そんな人達が底辺の俺に手を差し伸べたら……確実に目を付けられる。
特にあの、親衛隊というやつらに。
……これ以上、面倒事に巻き込まれるのは御免だ。
「……なんや、乗り気じゃないようやな」
「まあ、今はいじめなんて無いに等しいからな。結構だ」
「そ、そうなんや?」
悲しそうに眉を顰めるセドリック。
昔のエリオットならば喜んだのだろうが、今のエリオットにとっては余計なお世話である。
とにかく平穏な日々を過ごし、のんびりスローライフを楽しみたい。
そのためにはどうするべきなのか……いや、そんなことは既に決まっているではないか。
自らのことをヒロインと呼ぶ頭の中がお花畑の転校生と、生徒会役員に風紀委員を関係を持たないことだ。
なら、今やるべき事は……とにかく他人のフリ。
エリオットは無視するようにセドリックの横を通り抜ける。
「ちょっ!! 待つんや!! お話しようや!!」
話すことなんて、何一つない!!
エリオットが歩くと、それを追いかけるセドリック。
足を速めると同じように足を速め、走るとまた同じように後ろから走って追いかけてくる。
なんなんだこいつはっ!!
何故俺に付きまとうんだっ!!
エリオットは振り切ろうと、全速力で通学路を駆け抜ける。
「ちょっと待ってや~!! なんで逃げるんよ~」
「いや、ついてくんなよ!!」
流石風紀委員というべきなのか、振り切ることが出来ない。
これでは校舎に逃げ込んだとしても、捕まってしまう。
ならその前に撒けばいいんだと、エリオットは通学路から外れ、木が生い茂っている場所へ身を隠した。
「あれ~、何処に行ったん?」
エリオットの姿が突然消えたことを不思議がるセドリックは、ガサゴソと草木を掻き分ける。
……どうか、見つかりませんように。
エリオットは息を潜め、セドリックが去ることを祈るのだが、諦めが悪いのか立ち去る様子は微塵も無い。
何度もエリオットの名を呼び、草木を掻き分けていき、遂にエリオットのすぐそばまで迫っていた。
だが流石に諦めたのか息を吐くと「仕方ないなぁ」セドリックはこの場を離れ、校舎の方へ足を進めたのであった。
ほっと、息を吐く。
「……やっと、諦めてくれたな」
荒い呼吸を整えるとその場から顔を出し、誰もいないことを確認すると通学路へ戻り、校舎へと歩き始めた。
◇
「あーもうっ! なんでいないのよ!!」
アリスティアは、怒気を含んだ声を上げた。
現在セドリックとの出会いイベントを遂行するために通学路で待機していたのだが──一向に現れる気配がない。
それはそのはずだ、少し前にエリオットを追いかけていったのだ、現れるわけがない。
そんなことを知るはずもないアリスティアは、その場をウロウロと歩き回っていた。
「……おかしいわ。アラン様の時といい、本来起きるはずのイベントが起きなくなっている。……これは、バグ? いいえ、もしかしたら、日にちや時間によっては起きないのかしら」
うーんと考えに吹けるが、今は一人の攻略対象で手こずっている訳にはいかない。
なら、今日は別の出会いの場を行ってみることにしよう。
答えを出したアリスティアはその場を離れ、校舎へと歩き始めた。
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