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第一部
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しおりを挟むあの後セドリックを何とか撒き、平穏に授業を受け……いや、相も変わらず学習もせずにちょっかいを出そうとしてきた者はいたが。
魔法の授業も、前世の記憶が存在しているエリオットにとっては退屈であった。
魔力操作のコツも魔法陣の描き方も、昔学んだことの復習にしかならない。
が、魔法については昔に比べて色々と制限が存在している。
例えば──Lv5の魔法は禁忌とし、発動してはいけないということだ。
前世のことを思い返すと、Lv5の魔法が扱えるものは殺戮兵器として軍に駆り出されていた。
人権が無く、死を迎えるその時まで殺戮兵器として戦場に送り込まれるのだ。
それか、一生陽の光を浴びることが出来ない地下で身を潜めて生きていくしかない。
禁忌とされたのはそんな事がないようにと、人権保護のためなのだろう。
あの時代は色々とやり放題だったからな、少しばかり法律で制限するのはいいことだ。
「しかし……眠っ!」
あまりの眠気さに、エリオットは目を擦ると欠伸をした。
どうしても授業中は勉強よりも、眠気と格闘する時間になっていた。
目が覚めるような面白い授業があれば退屈せずに受けることが出来るのだが……。
それともいっその事学園を中退して冒険者ギルドに入るのも手だと思うが、今の時代は昔と比べて学歴重視の可能性も否めない。
となると、この学園は卒業すべきだろう。
……というか、いきなり学園を中退したら確実に実家の家族に連絡はいくだろうし、帰って来いと言われてしまえば抗えない。
あまりにもリスクが大き過ぎる。色々面倒事はあるが……デュオであるフレと一緒に過ごすためにもここは譲歩をしよう。
黙考をしつつ、廊下を歩いていく。
……確か、次の授業は自習だったよな。
だからなのか同じ授業を選択しているクラスメイトは一時寮へ戻ったり、早めの昼食を取っていたりと自由に過ごしている。
フレと同じ授業であったら一緒に過ごしたのだが、生憎別授業である。
フレ以外に親しい友人なんていないしな……。
まぁ、俺のモットーはフレと共に平穏に過ごすことだからそれでいいのだが。
だとしても、一人で時間を潰すことなんて限られている。
今すぐ出来ることといえば、前のようにお菓子を食べながら散策することや、図書室で書に耽ることくらいだ。
流石に一人で砂遊びとか、寂しく己について色々と考えに耽けるとか……そんなことはしたくないしな。
思わずため息がこぼれる。
何処かで仮眠するのもいいが、出来る場所なんて近場には無さそうだし……少し敷地内を散策してみるか。
丁度売店の近くを歩いていたエリオットはお菓子を購入すると、食べながら散策を始めた。
一旦中庭で一休みすると、また足を動かす。
「……ん? 何だここ」
中庭から少し歩いた所に、色とりどりの花が咲き乱れている庭園であろう場所が存在していた。
庭園の中には温室があり、内部には沢山の観葉植物が生い茂っていた。
エリオットは無意識に庭園の中に足を踏み入れると、外から温室内を窺う。
その時、強い風が吹き荒れ、咄嗟に頭を押さえた。
「……危ない。カツラが飛んだら一大事だったな」
ほっと安堵し、不意に振り向くと視線の先に一人の男子生徒が存在していた。
咲き乱れる色とりどりの薔薇に囲まれながら茶を嗜んでいるその男子生徒の姿は、まるで物語に登場する王子様のような人だった。
太陽に照らされきらきらと輝く金髪に、スっと開かれた碧色の瞳。
茶を飲む動作も、茶菓子を食べる仕草も、全てが完璧な王子様であった。
視線に気が付いた男子生徒は、エリオットの方へ顔を向けると柔らかな微笑を浮かべた。
「こんな時間に、私以外の人が来るなんて珍しいですね」
「え、と……」
……どうしよう、何て言えば。
今のエリオットは、男子生徒を謎に凝視していたという不審者である。
これ以上不審者要素を増やす訳にはいかないと頭の中では理解出来たのだが、如何せん何も思いつかない。
いや、そもそも授業中の時間帯に出歩いている時点で弁解は不可能だろうか。
そんなエリオットの心情を理解したのか、男子生徒は口を開く。
「ああ、大丈夫ですよ。今の時間帯に出歩いている人は不良か、自習である一年A組の魔法専攻の人ですから。……あなたは不良には見えませんし、自習の人ですかね」
図星だとエリオットは瞠目したが、他のクラスの授業内容を把握するなんて普通じゃないだろうと、目の前の男子生徒に警戒心を募らせる。
「おや、警戒しちゃいましたか? でも折角ですし、私とお話でもしませんか? 丁度茶葉を取り寄せたんですよ」
「それは……」
確かに、現在は暇をしている。
だからお話をするくらいならいいのだが……もし、この目の前にいる男子生徒があのアリスティアとかいう転校生のように頭がおかしい人であったら面倒臭い。
それだけではなく、今朝であったセドリックのようだったり、風紀委員長のディランのような立場の人物である場合も否めない。
果たして、今目の前にいるこの男子生徒は……関わっても大丈夫な人物なのだろうか。
「……ダメ、ですか?」
悲しそうに眉を下げた男子生徒の表情に釣られ、エリオットは首を縦に振り了承した。
色々可能性は残っているが、現在は暇をしていたし丁度いいということにしておこう。
なにか直感的に危機感を覚えた場合は、例え魔法を駆使したとしてもすぐさま逃走を図ろう。
残りの三つのうち、男子生徒の正面に位置するガーデンチェアへ腰を下ろす。
「これはダージリンと言いまして、香り高い紅茶なんです。ストレートで飲むのが一番いいんですよ」
「そうなんだ……」
目の前の男子生徒から紅茶を受け取ると、確かにフワッと紅茶の香りが鼻腔を掠める。
あまり嗅いだことのない、珈琲とは違う香りだ。
恐る恐る口をつけ、飲み下すと、口内に広がる深い味にコク。
「これはセカンドフラッシュなので、一番美味しいんですよ」
確かに、クライヴが言った通り美味しい。
紅茶というのは前世の時代ではあまり流通していなかったので、今まで飲んだことがなかったがとても美味しい代物であった。
「茶菓子の方もどうぞ」
「あ、ありがとう」
ガーデンテーブルの上に並べられた、色鮮やかなお茶菓子。
昔見たことのある、マカロンというのを手に取り、口に含む。
「……っ!!」
食べた途端、衝撃が走った。
な、なんなんだっこのお菓子は!!
生まれて初めて感じた食感である、マカロンというお菓子。
普通のクッキーとは違い、クリームが挟んであるそれは、シュークリームやクッキーサンドとも異なっていた。
エリオットがマカロンに感激していると男子生徒は胸元に手を当て、自己紹介を始めた。
「そういえば、まだ名前を名乗っていなかったですね。私はクライヴ・バラティエと言います」
クライヴという男子生徒は、まるで王子がお姫様に見せるような、綺麗な笑みを見せた。
もし自分が女の子ならば、きっと顔を紅潮させただろう。
でも……なんだろうか。
この笑みに、どこか違和感を感じた。
「俺は、エリオット・オズヴェルグです」
違和感を感じつつ、普通に名を名乗ると、クライヴは目を大きく見開き「あー。そうか、あなたが……」と呟いた。
セドリックの時といい、一体なんなんだ。
そんなに自分は有名人なのかと呆れるが、どんなに考えても有名になりそうなことはこの見た目の他に、いじめられっ子だということ。
しかし、見た目ならまだしも……いじめられっ子だということを全校生徒に話が回っているとなれば、何らかの対応はしてくれたと思うのだが……。
どうやら、そこまで大事にはなっていない気がしてならない。
まさかこのことは一部しか伝わっていないのかと感じたが、もしそうだとしたら貴族の生徒があちらこちらと手を回しているのか。
エリオットは紅茶を口に含みながら黙考に耽っていると、クライヴが言葉を発した。
「お味はどうですか?」
「あまり紅茶は飲んだことなかったですが、美味しいです」
「ふふ、それは良かった」
クライヴは変わらず、美しい微笑を零していたが、やはりこの笑顔にどこか違和感が感じられる。
……どこか……。
突然黙り、顔を伏せたエリオットを見て、クライヴは首を傾げた。
「どうかしましたか?」
「……いや、疲れないか?」
「……え?」
「その、なんか無理に笑っている様な気が……」
エリオットの言葉を聞くと、途端にクライヴから表情が消え失せた。
そして先程とは違う、不敵な笑みを見せた。
「……へぇー。あなた、面白いことを言いますねぇ」
「……え」
自分が失言してしまったと気が付いたが、時すでに遅し。
眼光炯炯とした瞳は、エリオットを捉えていた。
思わず息を飲む。
「ふふ、そう身構えなくてもいいですよ」
クライヴは髪を掻き上げる。
「に、しても……そんなことを言ったのは、あなたが初めてですね。生徒会の方々も気付きはしなかったというのに」
「…………え!?」
今、生徒会って言ったか!?
エリオットが瞠目していると、クライヴは背もたれに掛けてあった上着を羽織った。
……あれ、あの衣服……。
あの日、中庭でばったり出会ってしまった茶髪の男子生徒と同じ衣服だ。
……白を基調とした軍服。まさか……この服を着ている人は……無条件で生徒会の人間?
なら、あの日に会った茶髪の男子生徒も生徒会役員っ!?
思わずエリオットは、音を立てながらガーデンチェアから立ち上がった。
「す、すみませんっ!! 俺、帰りますっ!!」
その場から逃げる様に、エリオットは後にした。
魔法を発動し一目散に逃げるべきであったかもしれないが、目立つことをするのは危険だと全速力で地を駆ける。
まずい、まずいっ!! まさか生徒会の人間だったなんて……紅茶なんて飲まずに逃げるべきだった。
とはいっても、起きてしまったことは仕方がない。
庭園から逃げように走り去って行ったエリオットを見て、クライヴは
「……ふふ、なんだか面白い人ですね」
そう笑みを見せながら言葉をこぼすと、再度紅茶に口を付けた。
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