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 休み時間。授業を受け終わると、フレディは委員会の仕事に行ってしまったので、エリオットはまた一人になってしまったのであった。
 フレがいれば、たわいのない話をしながらお菓子を食べつつ、時間を潰せたというのに。
 仕方ないので、この学園内を散歩することにした。
 無聊ぶりょうかこつ毎日も飽きてきそうだが、だからといい何処かの委員会に属すのは避けたいところ。
 確実に、生徒会や風紀委員と関わりを持つからだ。
 それに、そんな暇な毎日も自分が望んだ平穏な日々に当てはまるだろう。

「……に、しても広いな」

 この学園内は五階建てで、縦だけではなく横にも広いこの建物。
 だからなのか廊下が長く、教室の数も多いようだ。
 ……これは或る意味、迷いそうな気がするな。
 ふと、三階の窓から景色を眺める。
 窓の外には中庭や校庭が見え、校庭の近くにある建物は体育館だろうか。
 この学園は校内だけではなく、敷地も広く、遠くには寮から見えた庭園が窺える。
 あの庭園は、生徒会のクライヴと出会ってしまった場所とは違うものだ。
 だが、本当何故あの時紅茶を飲んでしまったのだろう。
 関わりたくない生徒会とお茶をするなんて……これじゃあ交流を深めたようなもんじゃないか。
 けれど、得た情報はある。
 生徒会役員は、白を基調とした軍服のようなものを羽織っているということだ。
 もし、その様な格好をした者を見掛けたらすぐ逃げればいい。
 ……となると、風紀委員は……あの風紀委員長のディランのように黒いロングコートに紅い腕章を付けているということか。
 初めてセドリックと対面した時は、普通の制服を着ていたが……あれはたまたまか、それとも校内のみの正装なのか……どちらなのかは分からないが、生徒会と風紀委員はそれぞれ正装というのが存在しているということだろう。
 それなら、一体誰が生徒会と風紀委員なのかを見分けることが可能だな。
 黙考を終え窓から離れると、再度歩き始める。

「……しかし、こんなに広いとは……別にもう少し狭くてもいいんじゃないか?」

 校内もそうだが、特に通学路をもう少し短くしてくれてもいいと思う。
 そうすれば、もし寝坊した時、走って行けば間に合うかもしれないしな。
 ……まあ、寝坊したらしたで、浮遊魔法を発動すればいいだけの話だが。
 そんな時……。

「ぁっ!!」
「……ん?」

 上の方から微かに声と、何かが崩れ落ちた音が耳に届く。
 エリオットは階段を上がり、音の方へ赴くと、猫耳のような黒髪の男子生徒が書類を廊下一面にばら撒き、倒れていた。

「おい、大丈夫か?」
「だ……大丈夫…………」

 起き上がった拍子に、チリンと首元の鈴が鳴る。
 ……なんか猫みたいだな。
 ぴょんと跳ねた黒髪に、輝く金色の瞳。
 その色合いは今のエリオットと同じであり、どこか近親感が感じられた。
 エリオットは散らばった書類を集めると、男子生徒に手渡す。

「ほら、もう転ぶなよ」
「…………うん。……ありが、とう……」

 男子生徒は書類を抱えると、再び歩き出した。
 が、その書類は、男子生徒の身長より高く積み上げられていた。
 ……これ、一人で持っていくのか?
 覚束無い足取りで歩く男子生徒の腕の中で、積み上げられた書類がグラグラと左右に揺れていた。
 この様子ではまた書類をばら撒き、転倒することが目に見えていた。
 エリオットはため息をつくと追いかけ、男子生徒から書類を半分取り上げる。
 突然のことに、男子生徒は目を丸くした。

「……え?」
「俺も持ってやる。お前だけじゃ大変だろ?」

 そのエリオットの言葉に瞠目した男子生徒は、一瞬フリーズするが、口をもごもごとさせると……

「…………あ、ありが……とう」

 顔を伏せ、そうお礼を言った。

「……で、何処まで持っていくんだ?」

 エリオットがそう訊くと、男子生徒は視線を右往左往と動かし、顔に紅葉を散らしながら「……え、と……その……」と、言葉を繰り返す。
 ……もしかして、人と話すのが苦手なのか?
 なら、無理強いは出来ない。

「あ、もし話すのが苦手だったら無理に言わなくていいからな」

 別に場所を訊かなくても、後をついて行けば目的地に辿り着けるだろう。
 エリオットの言葉に、男子生徒は顔を伏せた。

「ご、……ごめん、なさい。……え、と……」
「別に、無理に話さなくていいんだぞ?」
「……で、でも……話さないと……分からない。……みんな、エドのこと……その……変って……話し方……」

 あぁ、つまりたどたどしい言葉遣いがおかしいって言われるけど、どうしても普通に話すことができない。
 それを、周りの生徒は影ながら罵倒をする。
 けれど、頑張って話そうとしているのが充分に伝わってくる。
 エリオットは、そんな男子生徒を安心させようと微笑を浮かべた。

「俺はお前の話し方が変とは思わないよ。だから、ゆっくり少しずつ話せばいい」
「………うん、ありがとう……。……これ、職員室に、持ってく……」
「そうか、分かった」

 職員室は確か……二階だったな。
 現在は三階に続く階段、それをゆっくり降りていく。
 んー、今日の昼食は何を食べようかな。オムライスも美味しいが、肉料理も捨て難い……。デザートも注文したいしな……。
 一人昼食について考えている時、突如男子生徒が口を開く。

「……君は、エリオット……でいいんだよね」
「…………へ?」

 え、今……俺の名前を言ったのか?
 男子生徒の突拍子のない言葉対し、エリオットは動揺を隠せなかった。

「……ま、まぁ……そうだけど…………俺、お前と話したこと……あったか?」

 男子生徒は首を横に振る。

「……ううん。話したのは……今日が初めて。……君は或る意味……有名人、だったから……」

 まあ、悪い意味でだけどな。
 思わず枯れた笑いがこぼれ落ちる。
 にしても、こう顔と名前が割れているとなると……平穏に過ごすという計画に支障をきたしそうだ。
 記憶操作魔法なんて、昔の時代でも禁忌だったし……そもそも発動することなんて出来なかったからな。
 それさえ扱えることが出来れば、一瞬にして空気な存在になれるというのに。

「……じゃあ、お前の名は何て言うんだ?」

 尋ねると男子生徒は立ち止まり、そっとエリオットへ顔を向けた。
 幼さが残る顔たち。正視すると、何処かお人形さんのようにも窺えた。

「……エドは……エドワード・ベルリンゲル」

 不意に窓から南風が吹き、首元の鈴が音を奏でる。
 伏せ目がちの金色の瞳が、揺れる前髪から微かに覗く。

「そっか、よろしくな。エドワード」
「……うん」

 そうして、二人は足を動かすのを再開させる。
 その後も大した会話は無く、廊下を歩き、階段を降り、目的地である職員室へ到着した。
 職員室の扉を開け中に入ると、エドワードは奥の方へ歩いていく。
 後をついていくと、エドワードはとある教師の席で立ち止まっていた。

「お、エドワードお疲れさん。ん? エリオット、お前も手伝ってくれたのか?」
「え、オスカー先生?」

 書類をオスカーの席に置くが、一体この膨大な数の書類は何なのだろうか。
 この人は授業を受け持っていなかったはず。
 確か……生徒会の顧問で忙しく、授業の準備をする余裕もないだとか……。
 ……生徒会、まさか……な。

「エドワード。以外の奴らはどうせ暇だろ? 誰かに手伝ってもらえばいいというのに」
「…………エドは……大丈夫」

 嫌な汗が一気に吹き出す。
 会長……この学園でそれを指すのは、たった一つしかない。
 不安が今まさに確信に変わろうとしていた。
 恐る恐る、確認するかのように問い掛ける。

「まさか、お前……生徒会の役員?」

 どうか嘘であってほしいが、オスカーの言葉によってそれは崩れ去る。

「エリオットは知らなかったのか? エドワードは生徒会の書記だぞ」

 しかし、エドワードは生徒会である証の衣服を羽織っていない。
 狼狽えているエリオットに証明するかのように、エドワードは言葉を発した。

「……エドは、生徒会……だよ」

 首を傾げ、その拍子に鈴が鳴る。
 エドワードの言葉に対しますますエリオットは度を失うが、なんとか平常心を取り戻そうと咳をし、核心をつくために言葉を言う。

「いや確か生徒会って、白い衣服羽織っていたよな?」

 だというのに、今目の前の生徒会の書記であるエドワードは羽織ってはおらず、通常の制服を見に纏っていた。
 エリオットの疑問を、オスカーが答える。

「あー、エドワードは行事以外は羽織っていないんだよ」

 まさかのトラップ!?
 思いもよらないダメージを受け、思いっきり吐血しそうだ。
 確かに顔たち的には生徒会にいても不思議ではないのだが……。
 だとしても、エドワードが生徒会役員だという事実は寿命が縮まる思いだった。

「あ、俺っ用事思い出したので!!」

 ここはもう逃げるべきだと、エリオットは泡を食ってこの場から逃げ出した。
 その一連の流れを見ていた二人は首を捻る。

「なんだエリオットのやつ。突然飛び出して行って……」
「…………なんか、前に比べて……雰囲気、変わった気がする」
「ん? エドワード、関わりあったか?」

 オスカーの言葉に、エドワードは首を振った。

「ううん……ただ、遠くから見てた……だけ」
「そうか」

 誰かに対して興味を抱いたりしないエドワードにしては珍しいことだと、オスカーは密かにそう感じた。


◇◇◇

 長いプラチナブロンドの髪を揺らしながら廊下を歩く女子生徒、アリスティア。
 軽くスキップをしながら鼻歌を歌っているので、周りの生徒達は怪訝な視線を向けていた。

「さて、エドワードの出会いのイベントを遂行しなくちゃね!」

 確か四階が生徒会や風紀委員などの他の委員会の部屋があり、五階が理事長室や先生達の個人的な部屋が存在していたはずだ。
 今回のイベントの発生場所は四階。
 まだ学園に来たばかりであるヒロインは、委員会に所属している人以外は立ち入ってはいけない四階へ上がってしまい、そこで書類を抱えているエドワードとぶつかってしまうというのが出会いのイベントである。

「ふふ、早く向かわなくちゃーー」

 言葉を遮るかのように、視線の先にはある人物がいた。
 思わずアリスティアは立ち止まり、その人物を凝視する。

「……え、なんで……」

 アリスティアの視線の先には、今まさに職員室から出てきたエドワードの姿。
 たまたま職員室に用があっただけなのかもしれないが、今日のエドワードは猫耳のような髪型に加えて寝癖がついている。
 その寝癖はこのイベントが起こった時のみ、存在していたものだ。
 だからつい先ほど、出会いイベントが起きたのだ。
 このヒロインであるわたくしを差し置いて、一体何処の誰がイベントを起こしたのよ!!
 アリスティアは業を煮やして、この場を走り出した。
 見ていなさいっ。邪魔をされる前に、わたくしがイベントを起こしてみせるわ!!


◇◇◇

 時は進み夕刻。フレディは一人、敷地内を歩いていた。
 エルは寮まで送ったし、今日は久々に読書でもしようかな。
 そんなことを思いながら、寮の近くにある庭園へと向かう。
 庭園内にある水路のその近くの木に寄りかかりながら読書に耽るのが好きなのだが、エリオットが復学してからその場に行くことも殆どなくなっていた。
 目的地に到着すると腰を下ろし、鞄から本を取り出すと読書を始める。
 水路の水が流れる音が響く静かなこの空間には、ページを捲る音に加え風声が耳を撫でる。
 どれくらい時間が経ったのだろうか、誰が此方へ走って来る音が耳に届いた。
 こんな場所に人が来るなんて珍しいなと、顔を上げるとプラチナブロンドの髪に青いリボンの髪飾りを身に付けている女子生徒が、息を切らして立っていた。
 ……女の子? ここの庭園は男子寮の方に位置しているというのに、何故女子生徒がこんな場所にいるのだろうか。
 それに、見たことのない子だな。

「……いた……。……よう、やく……攻略対象の出会いイベントが……」

 何を言っていたのかよく聞き取れなかったが、視線に気が付くと女子生徒は含羞がんしゅうに帯びた笑みを浮かべた。

「こんにちはっ」
「こ、こんにちは」

 戸惑いつつ挨拶を返すと、目の前の女子生徒はスカートの裾を掴みカーテシーをする。
 その一連の動作はとても洗練された立ち振る舞いで、見る者を釘付けにしてしまう。

「初めまして。わたくし、ついこの間転校して来たアリスティア・グライスナーと申します」

 するとアリスティアは穏やかな笑みを見せる。
 彼女を見掛けたことがない理由は氷解した。
 転校生ならば、それもそのはずだと。
 あ、でも……確かエルが近付くなとか関わるなって言っていたようか。
 ……でも、せっかく自己紹介してくれたんだし、此方もするのが礼儀だというものだろう。
 フレディは立ち上がると、自己紹介を始める。

「僕はフレディ・ヴァーミリオン。よろしく、アリスティアさん」

 そう言うと、アリスティアは手をわたわたさせた。

「そんな、さん付けなんて……。同級生なんですから、呼び捨てでいいですよ」
「あれ? 僕の学年知ってるの?」
「え!? ま、まぁ……」

 アリスティアは「……しまったっ」と、視線を逸らす。
 フレディはどうしたんだろうと首を傾げるが、同級生ということはそれなりと関わることは多いだろう。
 そんな時、既に日が傾き始めていることに気が付く。
 ……流石にそろそろ帰った方がいいかな。

「じゃあ、そろそろ僕は帰るね」
「わたくしもご一緒していいですか!?」

 アリスティアのそんな言葉に、フレディは瞠目する。

「……え、でも女子寮は男子寮の反対側だよ?」
「はい! ……なので、よかったら途中までご一緒出来たらなぁ~と」
「……まぁ、それなら。じゃあ、行こうか」

 途中までなら何の問題もないだろうと、フレディは了承をし、二人は歩き始める。
 アリスティアは密かにガッツポーズをすると、フレディに言葉を掛けた。

「その、確かフレディ様にはデュオの方がいらっしゃるんですよね?」
「うん、いるよ。……あれ? もしかして、アリスティアはいないの?」

 そう訊き返すと、アリスティアは眉を下げる。

「ええ。残念ながら季節外れの転校生なので……」
「そっか」

 それはそれで、なんだか可哀想だ。
 こんな中途半端な時期に転校してきたのなら、クラスにもなかなか馴染めなさそうだ。

「でもフレディ様のデュオの方は、現在休学しているんですよね?」
「え? エルなら復学しているけど?」
「ですよね。よかったらわたくしが………………え? 今、なんて……」
「だからエルなら少し前に復学して、普通に学園に通っているけど?」

 フレディの言葉を聞き、アリスティアは酷く驚倒していた。
 ……何か驚くようなことでもあっただろうか。
 それより、何故エルが休学していたことを知っているのだろう。
 アリスティアが転校してきた時には、既に復学して学園に通っていたというのに。
 フレディは首を捻ると立ち止まり、アリスティアの方へ顔を向ける。

「じゃあ、男子寮はこっちだから。じゃあね」
「ええ……また」

 フレディがこの場を立ち去ると、アリスティアは言葉を漏らした。

「……如何して。ゲームだと休学していたというのに……何で復学してんのよ!!」

 わんわんと文句を言い始めたが、そこであることに気が付く。

「いや、これは好機では? 連れ出す苦労が消えたのよ。なら仲良くなって、フラグを回収すればいいんだわ!!」

 そう、ゲームでも面倒であった連れ出すイベントが丸ごと消え去ったのだ。
 そのイベントに掛かる時間はもう無いため、これから先のイベントに時間を費やすことが出来る。
 アリスティアの表情が途端に明るくなった。

「ふふ、それなら早く仲良くならなくちゃね!!」

 色々と上手くいってはいないが、そろそろ新入生歓迎会も行われる。
 ゲーム通りならば、新入生歓迎会は宝探しゲームに立食パーティーである。
 その時にあたり券を入手し、立食パーティーでは攻略対象……特にアラン様との親交を深めるべきだ。
 心が浮き立ったアリスティアは、寮の帰路を歩き始めたのであった。
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