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第一章 離宮の住人

不穏

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 そう文句を言いながら、私は籠から野菜をいくつか取って手早く洗い、適当な大きさに切ったりちぎったりしてテキパキとサラダを作っていく。
 
 魔法使いになれるほどたくさんの魔力を持つ人は珍しいけれど、火をつけられる程度の魔力を持つ人はたくさんいる。家族の中でも、魔法でオーブンに火をつけることができないのは私だけだ。
 マリッサなんて、魔法使いになれるほど高い魔力を持っているというのに。
 
 昔から、何度試してもうんともすんとも言わないオーブンを私は軽く睨んだ。
 
 魔法の才能は神様からの贈り物だと言われているので、幼い頃は神様を恨んだりもしたものだ。十五歳になった今はもうとっくに仕方ないと納得しているものの、やはり魔法の便利さを目の当たりにする度に、私にも魔力があればと思わずにはいられなかった。
 
 私が愚痴をこぼすと、家族はクスクスと笑い出した。
 
「そんなものなくても、あなたは充分な才能を持った自慢の娘よ?」
 
「そうよ。お姉様より料理が上手な人なんて、お母様くらいしかいないもの」
 
「姉上は掃除や裁縫も、家族の誰より早いし上手じゃないか。多少魔法が使える僕よりもずっと早く仕事をこなしているし」
 
 家族たちに次々と褒められて、じわりと頬に熱が集まってくる。
 
 私は気恥ずかしくなって、小さくお礼を言うと、手作りドレッシングを混ぜていた手に思わず力を込めた。
 そして出来上がった家族ぶんのサラダをテーブルに並べつつ、話題を変えようと、先ほどから気になっていたことを口にした。
 
「そ、そういえばお父様は、まだ寝ているのかしら? 私、起こして来るわね」
 
 のんびり屋の父はいつも最後にダイニングへ現れるが、今日は特に遅いようだ。
 私が父の部屋の方へ視線を向けると、母が言い辛そうに話し出した。
 
「……それがね。実は、エヴァンは昨日から帰ってきていないのよ。夕方頃に誰かが訪ねて来て、『しばらく出かけてくるけど心配しないで』と言って出て行ったきりで。その時、何だか少し焦っていた様子だったから、気になっていたのだけど……」
 
「え!?」
 
 私はギクリと身を強張らせた。それは、マリッサとルディオも同じだった。
 
 付き合いで父が外食をしてくることは珍しくないので、昨晩の夕食時に姿がなかったことは疑問に思わなかった。でも、まさか夜も帰ってきていなかったなんて。
 
 ……嫌な予感がするわ。
 
 それは、これまでやらかしてきた父の行動を考えれば、当然のことだった。
 
 私たちの父は何というか、お人好しで、よく人に騙された。
 
 この壺は持っているだけで家族みんなに幸せをもたらすと言われればすぐさま大金で購入し、病気の娘に買ってあげる薬代がないと涙ながらに言われれば、初対面の人に無償で高額の施しを与える。
 行き倒れの浮浪者を拾ったと家に連れてきたと思えば、その人が翌日金目のものと共に消えていたこともあった。
 
 その度にウチの生活は苦しくなっていったので、家族みんなで注意しても、父が懲りることはなかった。
 
 「でも、本当かもしれないよ」
 「きっととても困っていて、仕方なかったんだよ」
 
 いつもそんなふうに言って、父は苦笑いするだけだ。
 優しい父のことは大好きだが、根拠なく他人を信じすぎるところは、正直尊敬できない。
 
 ……また何か、面倒なことになっていなければいいのだけれど……。
 
 そんな願いは、昼頃に帰ってきた父の言葉によって、無惨に砕け散ることになった。
 
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