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第二章 魔塔の魔法使い
第一王子の後悔
ノラード様の専属から外れ、城のメイドとして働くようになってからも、私はあの離宮を管理し続けていた。
と言っても、週に一度、仕事が早く終わる日に掃除に行くだけだったが。
特に賃金が出るわけでもなく、ただの自己満足でしかなかったが、放置していてはますます廃墟のようになってしまうだろうと思ったからだ。
いくら寂れた小さな離宮とはいえ、殿下と半年過ごした場所を廃れていくままにはしておくのは忍びなかった。
その日も、私が仕事を終えた午後に離宮へ向かうと、入口の前に誰かがいるのが遠くから見えた。
すでに主のいない寂れた離宮に近づくなんて、一体誰だろうかと思い足を進めていくと、その人影がなんと第一王子であることに気がついた。
「げっ」
私が彼の姿を見るのは、二度目だった。
一度目の出会いがひどいものだったため、当然彼に対していい印象など全くない。私はそのまま踵を返そうとしたが、その際に、私は運悪く小枝を踏んづけてしまった。
パキッという音で、彼がこちらを振り返る。
「お前……」
振り向いた第一王子が顔をしかめた。こうなってしまっては、気が進まなくとも挨拶をするしか道はなかった。
「第一王子殿下にご挨拶申し上げます」
「……ふん。今は俺が誰だか、ちゃんと知っているようだな」
……そりゃあ、たとえノラード様から聞いていなくても、本城で働き始めて三ヵ月も経てば、王子の顔なんて誰でも覚えられるわよ。
そんなことを考えながらも、私は謝罪した。
「以前は第一王子殿下のことを存じ上げず、大変失礼いたしました」
「……いや。俺も、腕を掴んだりして悪かった」
「……え?」
素直に謝られたのが意外すぎて、私は思わずまじまじと彼を見つめてしまった。彼の表情からは、当時のことを反省しているように感じられる。
怒りっぽいが、もしかしてそれほど悪い人ではないのだろうか。
そんなことを考えていたのが顔に出ていたようで、第一王子であるセオラドは呆れたような顔をした。
「お前、少しは取り繕うことを覚えたらどうなんだ」
「……申し訳ございません」
結構失礼なことを考えていた自覚があったので、私は謝罪しつつそっと視線を逸らした。
「……」
「……」
気まずい沈黙が場を満たした後、口火を切ったのは第一王子だった。
「……なぁ、アイツは、ここでどんなふうに生活していた?」
「え?」
……アイツ?
アイツとは、もしかしてノラード様のことだろうか。
ここで生活していたのは彼だけなので、恐らくそうだと思うけれど、いきなりどうしたのだろう。
これまでずっと、この小さくて寂れた離宮へ閉じ込めるように放置していた弟が、魔塔へ行ったと聞いて急に気になり始めたとでも言うのだろうか。
もしかしたら、将来一流の魔法使いになるだろう弟を味方にするべきだったと、打算的な考えを持ち始めたのかもしれない。
「……」
彼の意図がわからなくて、私は沈黙した。
それほど悪い人ではないかもしれないとは思っても、彼を完全に信用できるというわけではない。
第一王子もノラード様も同じ王族であるし、むしろ権力の大きさで言うならば明らかに第一王子に軍配があがるが、私はもちろんノラード様の味方である。
自分の発言が彼の迷惑になる可能性があるならば、第一王子に話す内容は選ばなければならなかった。
「……その、だな。俺、お前に言われたこと、ちゃんと考えてみたんだよ」
「え?」
私が言葉に迷っていると、第一王子がきまり悪げに話し始めた。
「初めは、お前にすごく腹が立った。今まで俺に、あんなふうに歯向かって来る奴なんていなかったからな。でも、だからこそお前の言葉が頭から離れなかった。それで、よく考えてみたら、お前は間違ったこと言ってなかったよな……と思ったんだ。俺は、自分の弟と話したこともなければ、顔を見たことだってなかった。あの時が初めてだったんだ。俺は弟のことを、何も知らなかった。母親が違っても、……たった一人の、俺の弟なのに……」
そう言ってうつむいた彼の顔には、後悔が滲んでいた。なぜ周囲の言葉を鵜呑みにして、自身の弟を憎み、こんな場所に放置していたのか。その結果、二人の間には深い溝ができていることは疑いようがなかった。
と言っても、週に一度、仕事が早く終わる日に掃除に行くだけだったが。
特に賃金が出るわけでもなく、ただの自己満足でしかなかったが、放置していてはますます廃墟のようになってしまうだろうと思ったからだ。
いくら寂れた小さな離宮とはいえ、殿下と半年過ごした場所を廃れていくままにはしておくのは忍びなかった。
その日も、私が仕事を終えた午後に離宮へ向かうと、入口の前に誰かがいるのが遠くから見えた。
すでに主のいない寂れた離宮に近づくなんて、一体誰だろうかと思い足を進めていくと、その人影がなんと第一王子であることに気がついた。
「げっ」
私が彼の姿を見るのは、二度目だった。
一度目の出会いがひどいものだったため、当然彼に対していい印象など全くない。私はそのまま踵を返そうとしたが、その際に、私は運悪く小枝を踏んづけてしまった。
パキッという音で、彼がこちらを振り返る。
「お前……」
振り向いた第一王子が顔をしかめた。こうなってしまっては、気が進まなくとも挨拶をするしか道はなかった。
「第一王子殿下にご挨拶申し上げます」
「……ふん。今は俺が誰だか、ちゃんと知っているようだな」
……そりゃあ、たとえノラード様から聞いていなくても、本城で働き始めて三ヵ月も経てば、王子の顔なんて誰でも覚えられるわよ。
そんなことを考えながらも、私は謝罪した。
「以前は第一王子殿下のことを存じ上げず、大変失礼いたしました」
「……いや。俺も、腕を掴んだりして悪かった」
「……え?」
素直に謝られたのが意外すぎて、私は思わずまじまじと彼を見つめてしまった。彼の表情からは、当時のことを反省しているように感じられる。
怒りっぽいが、もしかしてそれほど悪い人ではないのだろうか。
そんなことを考えていたのが顔に出ていたようで、第一王子であるセオラドは呆れたような顔をした。
「お前、少しは取り繕うことを覚えたらどうなんだ」
「……申し訳ございません」
結構失礼なことを考えていた自覚があったので、私は謝罪しつつそっと視線を逸らした。
「……」
「……」
気まずい沈黙が場を満たした後、口火を切ったのは第一王子だった。
「……なぁ、アイツは、ここでどんなふうに生活していた?」
「え?」
……アイツ?
アイツとは、もしかしてノラード様のことだろうか。
ここで生活していたのは彼だけなので、恐らくそうだと思うけれど、いきなりどうしたのだろう。
これまでずっと、この小さくて寂れた離宮へ閉じ込めるように放置していた弟が、魔塔へ行ったと聞いて急に気になり始めたとでも言うのだろうか。
もしかしたら、将来一流の魔法使いになるだろう弟を味方にするべきだったと、打算的な考えを持ち始めたのかもしれない。
「……」
彼の意図がわからなくて、私は沈黙した。
それほど悪い人ではないかもしれないとは思っても、彼を完全に信用できるというわけではない。
第一王子もノラード様も同じ王族であるし、むしろ権力の大きさで言うならば明らかに第一王子に軍配があがるが、私はもちろんノラード様の味方である。
自分の発言が彼の迷惑になる可能性があるならば、第一王子に話す内容は選ばなければならなかった。
「……その、だな。俺、お前に言われたこと、ちゃんと考えてみたんだよ」
「え?」
私が言葉に迷っていると、第一王子がきまり悪げに話し始めた。
「初めは、お前にすごく腹が立った。今まで俺に、あんなふうに歯向かって来る奴なんていなかったからな。でも、だからこそお前の言葉が頭から離れなかった。それで、よく考えてみたら、お前は間違ったこと言ってなかったよな……と思ったんだ。俺は、自分の弟と話したこともなければ、顔を見たことだってなかった。あの時が初めてだったんだ。俺は弟のことを、何も知らなかった。母親が違っても、……たった一人の、俺の弟なのに……」
そう言ってうつむいた彼の顔には、後悔が滲んでいた。なぜ周囲の言葉を鵜呑みにして、自身の弟を憎み、こんな場所に放置していたのか。その結果、二人の間には深い溝ができていることは疑いようがなかった。
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