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第一章
おたんこなすの領主
しおりを挟むドンドンドン!
その夜は部屋の中なのにとても寒く、お母さんと二人でくっついて、毛布にくるまっていた時だった。
激しくドアを叩く音に驚いて、わたしはビクッと肩をすくませた。
「おかあさん、夜なのに、誰かきたのかな?」
「……そうね。お母さんが出てくるわ。キアラは、ここから出ちゃダメよ」
わたしをベッドへ寝かせて毛布をかぶせると、母は上からポンポンと叩いてくれた。けれど、わたしは起き上がって質問する。
「どうして出ちゃダメなの?」
「危ないかもしれないからよ」
母が不安げな笑みを浮かべながらそう言った。
でも、危ないなら、母が一人で出るのもダメだと思うのだ。
「じゃあ、わたしがおかあさんを守る!」
「……キアラ」
……だって、おかあさんは体が弱いんだもの。わたしの方がずっと強いわ。だから、わたしがおかあさんを守ってあげるの!
でも、母はそれを許してくれなかった。
「ありがとう、キアラ。でも、今日はお母さんに、キアラのことを守らせて」
そう言って優しく笑うと、母はわたしの額に軽くキスを落とし、一人でドアの方へ向かっていった。
わたしはすごく心配だったけれど、きちんと母の言うことをきいて、毛布にくるまってじっとしていることにした。
「やあ、サーシャ。ここへ引っ越したと聞いて、挨拶に来たよ」
聞こえてきたのは、知らない男の人の声だった。
……誰だろう。でも、挨拶に来てくれたなら、悪い人じゃないよね?
わたしは少しだけ毛布から顔を出して、訪ねてきた人を一目見ようとした。
……わぁ。ブーゴンみたいな人だわ。
思わずそう思ってしまうほど、彼はブーゴンに似ていた。
ブーゴンとは、食用として知られる小さめの魔獣だ。大人しくて頭も良くないので、家畜として飼育されることも珍しくない。
母より背が低くて丸々とした体もそうだし、小さくてつぶらな目も、ちょっとひしゃげて潰れたような形の鼻も、全てがそっくりである。
「こんな所に住まないといけなくなるなんて、可哀そうになぁ。今からでもボクのものになると言えば、娘と一緒に広くて快適な家に住まわせてやるぞ? ん?」
……なにあいつ。何を言っているの?
ボクのものになるって、どういうことだろう。
よくわからないけれど、なんだかとてもイヤな感じだ。
わたしは一瞬で、あのブーゴンのような男が嫌いになった。
あいつのいいなりになるくらいなら、広くて快適な家なんていらない。
ここで母と暮らす方が、百倍はいい。
わたしはすぐに毛布をはねのけて母のもとへ行きたいと思ったが、母の言いつけを守ってじっとしていた。
でも、あのブーゴン男が母に何かしたら、すぐに飛んでいけるよう、二人から目を離さなかった。
◆
ブーゴン男は領主なのだと、母は後で教えてくれた。
領主とはこの辺りで一番偉い人であり、その人の言うことをきかなかったから、母は仕事を辞めさせられて住んでいた家を出なければならなかったのだと。
そう聞いても、わたしは母が悪いなんて全く思わなかった。
自分のものになれと言って母を見るあいつの目は、とても気持ち悪かった。あんなやつの言うことをきかないといけないなんておかしい。
それからブーゴン男は、週に一度、必ずうちへやってくるようになった。
そうすると、小さな村では噂が瞬く間に広がった。誰も彼もが領主と母の話を口にしていたので、内容は勝手にわたしの耳にも入ってきた。
わたしがようやく母に何があったのか理解できたのは、一年くらい経ってからだったと思う。
……つまりあの人は、お母さんにふられたからって、こんな風にやつ当たりしてるってこと!?
すでに結婚していて奥さんがいるくせに、母を無理矢理恋人にしようだなんて、バカなのだろうか。
その頃にはすでに母より力があったわたしは、すぐに領主を一発殴りに行こうとした。
「お母さん。わたし、ちょっと領主をぶん殴って、もうやめてって言ってくる!」
「やめなさいっ!」
けれど、青ざめた母にすごい剣幕で止められてしまった。
わたしが領主を殴ると、ものすごく強くて偉い人たちがやってきて、母とわたしは二人とも牢屋に入れられてしまうらしい。
「……蹴るのもダメ?」
「ダメですっ!!」
殴るのがダメなら蹴ればいいのではないかと思ったが、どうやら攻撃すること自体がダメらしい。とても残念である。
領主が家主にわたしたちを追い出せと言ったせいで、森の中にあるこのボロ小屋へ移り住むことになった。
すきま風が吹く寒い家のせいか、心労がたたったせいか、母は体調を崩しがちになったのだ。
それもこれも、全部あのうすらとんかちの領主のせいなのに。
……くっそおぉ。いつか絶対にぶん殴ってやるんだから、あのおたんこなす領主め!
わたしは領主のブーゴンのような顔を思い浮かべて、グッと拳に力を込めたのだった。
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