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第一章
クロの話
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みんなが寝静まった夜。
わたしは隣で眠る母を起こさないよう、こっそりとベッドを抜け出した。藁と布で作った簡易ベッドに横たわるセラも、ぐっすりと眠っているようだ。
わたしが寝床に近づくと、まるでわかっていたかのように、中で丸まっていたクロが顔を上げた。本当に不思議なプーニャである。
わたしはシーッと声を出さないよう合図して、ドアを開けて外へ出た。クロもゆっくりとついてくる。
クロと二人で少し歩いていくと、拓けた丘に出た。ここなら、誰かに話を聞かれることもないだろう。
わたしが地面に座ると、クロもその横に腰を下ろした。
今日は雲一つない、明るい星空が広がっている。
しばらくその星空を、クロと二人で眺めていた。そしておもむろにクロへ視線を移すと、わたしは切り出した。
「……クロ。クロのこと、お話ししてくれる?」
クロは空を見上げながらだったが、返事をしてくれた。
《そうだな。話すって約束したし》
クロの声が頭に響いてきて、わたしは少しホッとした。
「あー、よかった。クロったら、あれ以来全然しゃべらないんだもの。もしかして夢でも見ていたんじゃないかと思ったわ」
クロは、悪い奴らのアジトを出てから全く念話を使わなかった。話せなくなってしまったのかと思って、少しドキドキしていたのだ。
《……オレは、他の奴にまで自分のことを話すつもりはない。オレと会話なんかしてたら、一人でしゃべってるみたいでキアラが変に思われるだろ。本当は、キアラにだって言うつもりはなかったんだ。こんな姿になってるなんて、情けない話だし》
クロはツンとそっぽを向いた。
わたしは首を傾げる。
「こんな姿って? 可愛いじゃない」
《うるさい。不本意だ》
そう言ってクロは、眉間を寄せて大きな耳をピンと反らせた。怒らせてしまったらしい。
「じゃあクロは、元々は人間族なの?」
《半分はそうだ。父親は人間族だからな。でも、母親は精霊族だったらしい》
「せ、精霊族……!?」
精霊族は、他の種族を決して寄せつけない秘境に隠れ住んでいて、ほとんどそこから出てこないと聞いたことがある。その精霊族と人間族の子供なんて、とても珍しいのではないだろうか。
そのことにも驚いたが、クロがお父さんやお母さんのことを「父親」や「母親」と言ったことにも少し驚いた。両親に対して、まるで愛情や親しみを感じていないような言い方だ。もしかしてクロは、すっごく大人だったりするのだろうか。
「クロってなんだか大人っぽいけど、何歳なの?」
《十二歳》
クロの答えに、わたしはぎょっとした。
「本当に!? わたしとそんなに変わらないのに、どうしてそんなに賢いの!?」
《必要にかられてたくさん勉強はしてたけど、それほどたいしたことじゃないよ》
「むうううう……」
いやいや、絶対たいしたことだと思う。わたしだって嫌々ながらではあるが、きちんと母に勉強を見てもらっているはずなのに、なんだか悔しい。勉強はそれほど好きじゃないけれど、もう少し頑張らなければならないかもしれない。
《精霊族は、基本的に決まった土地から出ないってことは知ってるか?》
「あ、やっぱりそうなの? 聞いたことはあったけど、本当なのね」
《そうだ。よっぽどそこがいいところなのか、精霊族の母親はオレを産んだあとすぐ、懐郷病にかかって故郷へ帰ったらしい》
「……かいきょうびょう?」
《あー、故郷に帰りたすぎて、病気になったってこと》
やっぱり、クロは難しい言葉をよく知っている。この前悪い奴に言われた、“おとしだね”という言葉の意味も知っているのだろうか。今はそんな場合じゃないけれど、機会があれば、今度聞いてみてもいいかもしれない。
それはともかく、精霊族にとって、故郷はよほど離れがたい場所らしい。
「でも、お母さんは……その、クロを置いて、行ってしまったの?」
《……あぁ》
わたしは思わず眉を寄せてうつむく。
そんなのひどい。産まれたばかりの子供を放って、一人で故郷へ帰ってしまうなんて。
「お父さんはどうなの?」
《父親はオレを疎んでる。今は別の女と結婚していて他に子供もいるから、オレが邪魔なんだろうな》
「なっ、なにそれ……!」
……そんなのってないわ。クロには、これまで誰も頼る人がいなかったの?
《オレの世話をしてくれたのは、主に精霊たちだな。精霊はオレにしか見えてなかったから、余計に気味悪がって扱いに困ってたんだと思う》
「えっ、精霊が見えるの!? クロ、すごいっ! お母さんが精霊族だから!?」
わたしは興奮ぎみにクロへ詰め寄った。
《あ、あぁ。だからかは知らないけど、精霊族はみんな、精霊がたくさんいる故郷から長く離れていられないらしい。オレはその場所を知らないし、血も半分だけだからか、別に気にならないけど》
わたしの興奮ぶりにちょっと引きながらも、クロが教えてくれる。
「もしかして、今も精霊はここにいるの?」
《ああ。たくさんじゃないけどいるよ。オレが心配みたいで、いつも何匹かはオレの周囲から離れないんだ》
「はわわわわ……」
そう言ってクロは、何もない空中に視線を向けた。わたしには見えないが、そこに精霊がいるのかもしれない。なんだか感動である。いつかわたしも見てみたいけれど、見られるだろうか。やっぱり、精霊族じゃないとダメなのだろうか。
「でも、心配って? もしかして、クロがプーニャになってることと関係あるの? っていうか、クロはどうしてプーニャの姿になっているの?」
《……オレは今、このプーニャの体に、精神だけ入り込んでいる状態なんだ。オレの本当の体は、ある場所に閉じ込められて動けなくなってる》
「えっ、どういうこと!?」
何かの事情で姿を変えているのではなく、本来のクロは誰かに囚えられているということだろうか。
《精霊族は魔力が豊富なんだ。オレも精霊族にふさわしい量の魔力を持っているらしいが、半分は人間族だからかうまく扱えなくて、よく魔法を暴走させてた。それでも精霊たちの手助けもあってなんとかやってたんだけど、成長するごとに増える魔力に耐えられなくなって、体が崩壊し始めたんだ》
わたしは隣で眠る母を起こさないよう、こっそりとベッドを抜け出した。藁と布で作った簡易ベッドに横たわるセラも、ぐっすりと眠っているようだ。
わたしが寝床に近づくと、まるでわかっていたかのように、中で丸まっていたクロが顔を上げた。本当に不思議なプーニャである。
わたしはシーッと声を出さないよう合図して、ドアを開けて外へ出た。クロもゆっくりとついてくる。
クロと二人で少し歩いていくと、拓けた丘に出た。ここなら、誰かに話を聞かれることもないだろう。
わたしが地面に座ると、クロもその横に腰を下ろした。
今日は雲一つない、明るい星空が広がっている。
しばらくその星空を、クロと二人で眺めていた。そしておもむろにクロへ視線を移すと、わたしは切り出した。
「……クロ。クロのこと、お話ししてくれる?」
クロは空を見上げながらだったが、返事をしてくれた。
《そうだな。話すって約束したし》
クロの声が頭に響いてきて、わたしは少しホッとした。
「あー、よかった。クロったら、あれ以来全然しゃべらないんだもの。もしかして夢でも見ていたんじゃないかと思ったわ」
クロは、悪い奴らのアジトを出てから全く念話を使わなかった。話せなくなってしまったのかと思って、少しドキドキしていたのだ。
《……オレは、他の奴にまで自分のことを話すつもりはない。オレと会話なんかしてたら、一人でしゃべってるみたいでキアラが変に思われるだろ。本当は、キアラにだって言うつもりはなかったんだ。こんな姿になってるなんて、情けない話だし》
クロはツンとそっぽを向いた。
わたしは首を傾げる。
「こんな姿って? 可愛いじゃない」
《うるさい。不本意だ》
そう言ってクロは、眉間を寄せて大きな耳をピンと反らせた。怒らせてしまったらしい。
「じゃあクロは、元々は人間族なの?」
《半分はそうだ。父親は人間族だからな。でも、母親は精霊族だったらしい》
「せ、精霊族……!?」
精霊族は、他の種族を決して寄せつけない秘境に隠れ住んでいて、ほとんどそこから出てこないと聞いたことがある。その精霊族と人間族の子供なんて、とても珍しいのではないだろうか。
そのことにも驚いたが、クロがお父さんやお母さんのことを「父親」や「母親」と言ったことにも少し驚いた。両親に対して、まるで愛情や親しみを感じていないような言い方だ。もしかしてクロは、すっごく大人だったりするのだろうか。
「クロってなんだか大人っぽいけど、何歳なの?」
《十二歳》
クロの答えに、わたしはぎょっとした。
「本当に!? わたしとそんなに変わらないのに、どうしてそんなに賢いの!?」
《必要にかられてたくさん勉強はしてたけど、それほどたいしたことじゃないよ》
「むうううう……」
いやいや、絶対たいしたことだと思う。わたしだって嫌々ながらではあるが、きちんと母に勉強を見てもらっているはずなのに、なんだか悔しい。勉強はそれほど好きじゃないけれど、もう少し頑張らなければならないかもしれない。
《精霊族は、基本的に決まった土地から出ないってことは知ってるか?》
「あ、やっぱりそうなの? 聞いたことはあったけど、本当なのね」
《そうだ。よっぽどそこがいいところなのか、精霊族の母親はオレを産んだあとすぐ、懐郷病にかかって故郷へ帰ったらしい》
「……かいきょうびょう?」
《あー、故郷に帰りたすぎて、病気になったってこと》
やっぱり、クロは難しい言葉をよく知っている。この前悪い奴に言われた、“おとしだね”という言葉の意味も知っているのだろうか。今はそんな場合じゃないけれど、機会があれば、今度聞いてみてもいいかもしれない。
それはともかく、精霊族にとって、故郷はよほど離れがたい場所らしい。
「でも、お母さんは……その、クロを置いて、行ってしまったの?」
《……あぁ》
わたしは思わず眉を寄せてうつむく。
そんなのひどい。産まれたばかりの子供を放って、一人で故郷へ帰ってしまうなんて。
「お父さんはどうなの?」
《父親はオレを疎んでる。今は別の女と結婚していて他に子供もいるから、オレが邪魔なんだろうな》
「なっ、なにそれ……!」
……そんなのってないわ。クロには、これまで誰も頼る人がいなかったの?
《オレの世話をしてくれたのは、主に精霊たちだな。精霊はオレにしか見えてなかったから、余計に気味悪がって扱いに困ってたんだと思う》
「えっ、精霊が見えるの!? クロ、すごいっ! お母さんが精霊族だから!?」
わたしは興奮ぎみにクロへ詰め寄った。
《あ、あぁ。だからかは知らないけど、精霊族はみんな、精霊がたくさんいる故郷から長く離れていられないらしい。オレはその場所を知らないし、血も半分だけだからか、別に気にならないけど》
わたしの興奮ぶりにちょっと引きながらも、クロが教えてくれる。
「もしかして、今も精霊はここにいるの?」
《ああ。たくさんじゃないけどいるよ。オレが心配みたいで、いつも何匹かはオレの周囲から離れないんだ》
「はわわわわ……」
そう言ってクロは、何もない空中に視線を向けた。わたしには見えないが、そこに精霊がいるのかもしれない。なんだか感動である。いつかわたしも見てみたいけれど、見られるだろうか。やっぱり、精霊族じゃないとダメなのだろうか。
「でも、心配って? もしかして、クロがプーニャになってることと関係あるの? っていうか、クロはどうしてプーニャの姿になっているの?」
《……オレは今、このプーニャの体に、精神だけ入り込んでいる状態なんだ。オレの本当の体は、ある場所に閉じ込められて動けなくなってる》
「えっ、どういうこと!?」
何かの事情で姿を変えているのではなく、本来のクロは誰かに囚えられているということだろうか。
《精霊族は魔力が豊富なんだ。オレも精霊族にふさわしい量の魔力を持っているらしいが、半分は人間族だからかうまく扱えなくて、よく魔法を暴走させてた。それでも精霊たちの手助けもあってなんとかやってたんだけど、成長するごとに増える魔力に耐えられなくなって、体が崩壊し始めたんだ》
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