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第一章
連行と咆哮
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彼女は、悔しげに唇を震わせ、涙を浮かべながら父に向かって叫んだ。
「どうしてもつがい様を優先したいとおっしゃるのなら、それでも構いませんわ。ですが、それならどうか、わたくしを側妃にしてくださいませ!」
「何を……」
父が、不快そうに眉をひそめる。
「先ほど申し上げた通り、わたくしは、ずっとずっと、陛下のお帰りをお待ちしていたのです。わたくしの元へ届くたくさんの求婚書を今まで断り続けていたのは、ただ陛下と共にありたいという、一途な想いからでしたわ」
彼女の大きな目から、ついにポロリと涙がこぼれた。
「お慕いしております、陛下。わたくしは幼い頃から、ずっとあなた様だけを見つめてまいりましたわ。どうか、わたくしもそばに置くとおっしゃってくださいませ……!」
父のことが好きだと泣きながら叫ぶ彼女は、美しかったし、なんだかかわいそうに見えた。
どういう返事をするのかと父を見てみれば、彼は先ほどまでの温かい表情から一転、一気に冷え込んだ絶対零度の眼差しを彼女へ向けていた。
「なぜそのような発言ができるのか、理解に苦しむ。そなたが、私とサーシャの仲を裂こうとした皇太后と共謀していたことを、私が知らぬとでも思っているのか?」
「そ、それは……」
お前が言ったのかと言わんばかりに、キッとルイーダが母を睨んだ。
反論しないところを見ると、どうやら事実のようだ。
わたしはムッと顔をしかめた。
母が誤解していたのは、皇太后という人と、この人のせいらしい。全然かわいそうなんかじゃなかった。
むしろ父の言う通り、そんなことをしておいて、どうしてそんなお願いができるのだろうと腹がたってくる。
「……わたくしは、事実をその方に伝えただけですわ!」
「嘘だとわかり切っている皇太后の作り話を、あたかも事実であるかのように伝えた、の間違いだろう。見苦しいことこの上ない。もう良い、連れて行け」
「い、嫌っ! わたくしに触らないで! 陛下、お願いです。話を聞いて……ねぇディオルグ! ディオルグっ! 嫌ぁあーっ!!」
ルイーダは、有無を言わさず騎士たちに腕を捕まれ、引きずられるようにして会場から出ていった。その姿を、ずっとそばにいた彼女の父親が呆然と見つめている。
「……さて、叔父上。私の言いたいことがわかるかな?」
「へ、陛下……!」
彼は父の叔父にあたるらしい。彼は青ざめた顔で、片膝をつき頭を下げた。
「陛下、娘の言動が愚かなものであったことは百も承知でございます。ですが全ては、陛下への恋心ゆえでございました。何卒寛大なご処置をお願い致したく……」
「そうではない」
ルイーダを許して欲しいとお願いする彼の言葉を、父はバッサリと切り捨てた。
「彼女の罪は既に確定している。今は、そなたの罪について話しているのだ。私をつがいと引き離そうなど、私を害そうとしたことと何ら変わらない。彼女の行いがどれほど罪深いことか、わからぬとは言わせないぞ」
バルディオスは奥歯を噛んだ。
ここで、娘の行動について証拠の有無を問うても意味はないだろう。
それは皇帝のつがいを嘘つき呼ばわりするのと同義であるし、ルイーダの先ほどの発言は、ほとんど自らの行いを認めてしまったようなものだった。
それに、ルイーダには常に側仕えや護衛がついていた。彼らから証言を得るのは不可能ではないはずだ。もしかしたら、もう既に済んでいるのかもしれない。
となれば、取れる手はひとつだった。
「娘は知らなかったのです! 彼女が陛下のつがいだと知っていれば、そのような愚かな行動には決して出なかったはずです!」
「そうか? 先ほどの言動を見れば、あまりそうとは思えないが」
「……私は、父親として、そう信じております。ですが、確かに娘可愛さに甘やかして育ててしまった私にも責任がございます。その罪は、甘んじて受けさせて頂く覚悟でございます」
「……ほう。では、そなたの罪はそれだけだと申すのか?」
ビクリと、男の肩が震えた。
冷や汗を流しながら、口を開く。
「……何のことを、おっしゃっているのか……」
「なるほど。あの愚かな従兄妹がそなたの助けなしにできることなど限られてくるはずだが、素直に認めるはずもないか。今日のところは、ルイーダの父親として、罪を問うことにしよう」
「へ、陛下! 私は……!」
「連れて行け」
「くっ、触るな! 貴様ら、私を誰だと思っているのだ! この私に、このようなことをして……!」
連行しようとした騎士たちを、男が威嚇するように睨みつけて振り払おうとした時だった。
『グオオオオオォォォォォォ!!』
「どうしてもつがい様を優先したいとおっしゃるのなら、それでも構いませんわ。ですが、それならどうか、わたくしを側妃にしてくださいませ!」
「何を……」
父が、不快そうに眉をひそめる。
「先ほど申し上げた通り、わたくしは、ずっとずっと、陛下のお帰りをお待ちしていたのです。わたくしの元へ届くたくさんの求婚書を今まで断り続けていたのは、ただ陛下と共にありたいという、一途な想いからでしたわ」
彼女の大きな目から、ついにポロリと涙がこぼれた。
「お慕いしております、陛下。わたくしは幼い頃から、ずっとあなた様だけを見つめてまいりましたわ。どうか、わたくしもそばに置くとおっしゃってくださいませ……!」
父のことが好きだと泣きながら叫ぶ彼女は、美しかったし、なんだかかわいそうに見えた。
どういう返事をするのかと父を見てみれば、彼は先ほどまでの温かい表情から一転、一気に冷え込んだ絶対零度の眼差しを彼女へ向けていた。
「なぜそのような発言ができるのか、理解に苦しむ。そなたが、私とサーシャの仲を裂こうとした皇太后と共謀していたことを、私が知らぬとでも思っているのか?」
「そ、それは……」
お前が言ったのかと言わんばかりに、キッとルイーダが母を睨んだ。
反論しないところを見ると、どうやら事実のようだ。
わたしはムッと顔をしかめた。
母が誤解していたのは、皇太后という人と、この人のせいらしい。全然かわいそうなんかじゃなかった。
むしろ父の言う通り、そんなことをしておいて、どうしてそんなお願いができるのだろうと腹がたってくる。
「……わたくしは、事実をその方に伝えただけですわ!」
「嘘だとわかり切っている皇太后の作り話を、あたかも事実であるかのように伝えた、の間違いだろう。見苦しいことこの上ない。もう良い、連れて行け」
「い、嫌っ! わたくしに触らないで! 陛下、お願いです。話を聞いて……ねぇディオルグ! ディオルグっ! 嫌ぁあーっ!!」
ルイーダは、有無を言わさず騎士たちに腕を捕まれ、引きずられるようにして会場から出ていった。その姿を、ずっとそばにいた彼女の父親が呆然と見つめている。
「……さて、叔父上。私の言いたいことがわかるかな?」
「へ、陛下……!」
彼は父の叔父にあたるらしい。彼は青ざめた顔で、片膝をつき頭を下げた。
「陛下、娘の言動が愚かなものであったことは百も承知でございます。ですが全ては、陛下への恋心ゆえでございました。何卒寛大なご処置をお願い致したく……」
「そうではない」
ルイーダを許して欲しいとお願いする彼の言葉を、父はバッサリと切り捨てた。
「彼女の罪は既に確定している。今は、そなたの罪について話しているのだ。私をつがいと引き離そうなど、私を害そうとしたことと何ら変わらない。彼女の行いがどれほど罪深いことか、わからぬとは言わせないぞ」
バルディオスは奥歯を噛んだ。
ここで、娘の行動について証拠の有無を問うても意味はないだろう。
それは皇帝のつがいを嘘つき呼ばわりするのと同義であるし、ルイーダの先ほどの発言は、ほとんど自らの行いを認めてしまったようなものだった。
それに、ルイーダには常に側仕えや護衛がついていた。彼らから証言を得るのは不可能ではないはずだ。もしかしたら、もう既に済んでいるのかもしれない。
となれば、取れる手はひとつだった。
「娘は知らなかったのです! 彼女が陛下のつがいだと知っていれば、そのような愚かな行動には決して出なかったはずです!」
「そうか? 先ほどの言動を見れば、あまりそうとは思えないが」
「……私は、父親として、そう信じております。ですが、確かに娘可愛さに甘やかして育ててしまった私にも責任がございます。その罪は、甘んじて受けさせて頂く覚悟でございます」
「……ほう。では、そなたの罪はそれだけだと申すのか?」
ビクリと、男の肩が震えた。
冷や汗を流しながら、口を開く。
「……何のことを、おっしゃっているのか……」
「なるほど。あの愚かな従兄妹がそなたの助けなしにできることなど限られてくるはずだが、素直に認めるはずもないか。今日のところは、ルイーダの父親として、罪を問うことにしよう」
「へ、陛下! 私は……!」
「連れて行け」
「くっ、触るな! 貴様ら、私を誰だと思っているのだ! この私に、このようなことをして……!」
連行しようとした騎士たちを、男が威嚇するように睨みつけて振り払おうとした時だった。
『グオオオオオォォォォォォ!!』
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