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父親の鉄拳制裁

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 久しぶりに、婚約者と目を合わせたような気がする。
 冷たく蔑むような表情をしているが、それでも彼の端正な顔立ちは損なわれていなかった。
 
 出会った頃はまだ子供らしく可愛らしかった彼も、十七歳になった今は、ずいぶんと男性らしく成長した。すらりとした長身にほどよく筋肉のついた身体、整った顔立ち。私たちが通う学園でも、彼の容姿はよく騒がれている。
 
 婚約者がいなければ……なんて声を聞いたのも、一度や二度ではない。まぁ、今日その婚約者がいなくなる可能性は高いのだけれど。
 
「今日呼び出した用件は、君もわかっていると思う」
 
 彼はおもむろに椅子へ腰掛けると、すでに冷めたお茶に口をつけることもなく、挨拶や前置きの会話すらなく、ぶっきらぼうに本題を切り出した。そちらから呼び出しておきながら、時間に遅れたことは謝罪すらしないらしい。
 
「俺たちの今後について、そろそろ考え直すべき時が来たということだ」
「……はい」
 
 やはり、彼は婚約破棄を望んでいるらしい。
 私は彼から決定的な言葉が出るのをじっと待った。
 
 幸い、彼との婚約が駄目になっても、次期侯爵家当主である私の婿になりたいと思ってくれる男性は多いはずだ。ベルダ様が嫌だと言うなら、私はそれを受け入れようと思う。
 
 ……幼い頃は仲が良かったはずなのに、関係はこれほどあっけなく壊れてしまうものなのね。
 
 私は残念な気持ちを堪えながら、それでも表情を動かすことなく彼を見据えた。
 
 そしてベルダ様は、煩わしい時間は早く済ませたいとばかりにすぐさま口を開いた。
 
「俺たちの婚約は、なかったことにーー」
「こんの、バカ息子があぁぁ!!」
 
 ボカァン!!
 
 突如、ベルダ様の頭上に強烈な拳骨が落ちた。

 そのあまりの衝撃に、彼はガシャーンとテーブルの上にある紅茶へ顔ごと突っ込み、そのまま動かなくなってしまった。
 
 ひっくり返って束の間宙を舞っていたティーカップが、ポトリとベルダ様の頭に落ちるのを、私はただ驚いて見つめていた。
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