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婚約者が好きだと言ってくる

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「生まれる前から好きでした。ルナリア嬢、今すぐ結婚してください」
「……ええと……?」
 
 目の前には、甘く蕩けるような眼差しで私を見つめる婚約者。

 ーーただし、昨日までは婚約破棄寸前まで関係が悪化していた、という枕詞がつく婚約者である。
 
 どうしてこんなことになっているのだろうか。
 真剣そのものの表情のベルダ様だけれど、私は困惑の気持ちでいっぱいだ。
 
 私は、『ベルダの様子が落ち着いたから一度会いに来てやってほしい』と伯爵からお手紙をもらったから、ラングストン伯爵邸へ来たはずだった。
 
 それなのに、客間で待っていたベルダ様は、私が姿を見せた途端、すごい速さで近づいてきて先ほどのひと言を放ったのである。
 
「あの、伯爵様。全く落ち着いていないように思われますが……?」
 
 私はベルダ様ではなく、彼の向かいに座っていた伯爵へと声をかける。今のベルダ様では、まともな会話ができそうにないと思ったのだ。

 とりあえず、今すぐ結婚うんぬんの話は聞き流しておく。彼は今、きっと正気ではないのだから、本気で受け取ってはならない。
 
 ……私のことをルナリア嬢と呼び、敬語を使って話す彼なんて、私の知っているベルダ様ではないもの。
 
「いや、これでも日常生活に問題はないほど落ち着いたのだ。まだたまにおかしなことを口走るが、記憶に障害があるわけではなさそうだ。ただ、君に関しては感情がまるっと変わってしまったようで、会いたい会いたいと言ってきかんのでな。敬語なのは、今までの君への行いに対する反省の気持ちからだと思ってやってくれ。君が困惑するだろうとわかってはいたが、悪い変化ではないし、とりあえず会ってもらってから判断してほしいと思ってな」
「は、判断ですか? 何を、でしょう?」
 
 まさか彼の病状の診断を要求されているわけではないと思うが、このおかしな発言を繰り返すベルダ様に対して、伯爵が私に何を求めているのかわかりかねた。
 
「そりゃあ当然、君がこの状態のベルダを受け入れるかどうか、だな」
「う、受け入れるかどうかって……」
 
 私はベルダ様へと視線を戻す。
 彼は私がこの部屋に入ってからずっと、キラキラした表情でこちらを見続けている。目が合うと、彼はニコッと微笑んだ。
 
 そんな笑顔を向けられたのは本当に久しぶりで、思わずドクンと心臓が音を立てた。
 
 
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