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第1章
第8話ーー仕事の前の掃除ーー
しおりを挟むギルドに戻ると俺は早速依頼完了の報告と報酬を受け取りにアニーの元へ向かった。
最初は敬語だったが、話しているうちに完全に砕けて歳も近いことから友人のようになった彼女だが、戻ってくると何故かカウンターに突っ伏していた。
俺が出かけている数時間のうちに何があったのやら。
「どうした?」
「あ、弓弦さん。お帰りなさーい」
「なんだ。腹でも下したか」
「……それならまだ良かったんですけどねぇ~。ん」
まぁまぁ女性に対して失礼な事を言ったつもりだったが、そんな事すらどうでもいいらしく。彼女は顔を上げると視線だけクエストボードの前にあるテーブル席へと向ける。
不思議に思いながらも俺もチラ見してみると、やたら装飾の多い豪華絢爛な全身鎧(フルプレート)を見にまとった男と数人の如何にもガラの悪いご同類が酒を飲み交わしていた。
あぁ、なんか見たことある光景だな……思い出した。
金をはべらす成金小僧が地元のヤンキーを引き連れてたクソ野郎と同じなんだ。
面識はないが、同じ高校に通う後輩にやたらちょっかいかけてたからムカついて、手足砕いてから爪を剥がして野良犬にハメさせた写真を撮りまくってやったっけ。
面白かったなぁ~、必死に「拡散するのはやめてくれ~」って言ったから親切にネット拡散はやめて、プリントのコピー機使って千枚くらいのビラにしてからそいつの学校と自宅に貼りまくったっけ。
あれは傑作だったなぁー……そういや、どうしてんだろうな。あの成金小僧。まぁいっか、今更どうでもいい事だし。
懐かしい思い出にふけっていると、クイクイっとアニーが服の裾を引っ張ってきた。
「そんなに見ないで。あれ、この辺りの領主をしてる貴族の坊ちゃんなのよ」
「ふーん。それで?」
「それでって……はぁ、まぁ君からしたらだからどうしたって話よね。ごめん」
「いや、それは別にいいんだが。ギルド的にはなんかヤバイのか?」
「ヤバイっていうか、無茶苦茶なのよ。ホント頭がどうかしてるとしか言いようがない」
「というと?」
「魔獣の森に行って依頼通りにガルムを十頭狩ってきたから報酬を寄越せって言ってきたの。
まぁそこまでは良いんだけど、最悪な事にそれがガルムの毛皮の納品依頼だったのよ」
「あ、なんか読めてきた」
「そう、その毛皮が綺麗に剥がれてたなら。もしくはガルム毎持ってきてくれてたら良かったのに……こんっなボロボロの毛皮なんて納品出来る筈ないでしょ?!」
話してるうちに怒りが沸き起こったのか、アニーはどこからか穴だらけ、傷だらけ、引いては焦げまくったガルムの毛皮を引っ張り出してきた。
こりゃ……酷いな。
初めて狩に出た初心者よりも酷い。
「もぉ~最っ悪よ!お陰で期日までに納品出来ないわ、報酬は出せわで赤字よ赤字!ほんっとクソッタレよ!」
ダンダンッとカウンター越しにも関わらず盛大に地団駄を踏むアニー。
見ていて本当に可哀想になってくる。
それにしてもギルド長は何やってんだ?
こんな分かりやす過ぎる横暴が行われたらあの爺いなら首根っこ掴んでそのまま捻り殺すくらいはすると思うんだが。
「それが、ギルド長が帰ってくる前にやってきて報酬も渡しちゃったからさ……本当弱いって罪だよね……ははっ……あと一時間粘れば……うぅ」
どうやらギルド長がいない事を知っての犯行だったらしい。
まぁ、駆け出しを連れて魔獣の森に入っていったのなら何処かで鉢合わせでもしたんだろうな。正に鬼の居ぬ間ってやつか。
それにしても腹立つな。
毎度思うが、やっぱこういう糞ってのは本当どこにでもいるもんなんだな。
正直にいうと今すぐにでも頭をかち割り手足をもぐくらいしたいが、生憎とここはギルド内だしそんな事をしたら二の次もなく返り討ちか、良くて取り押さえられた後に死刑か奴隷行きが確定する。
はぁ……誰だよ、貴族に手を出したら死刑あるいは犯罪奴隷行きなんてバカみてぇな法律作った奴。あ、この国か。ははっ救いようがねぇなぁ~。
頭おかし過ぎて笑えてくるわ。
……まぁいいや、それよりもこっちの用事を済ませよう。
殺るのなら今じゃない、今じゃないが……顔は覚えたぞ。
俺はまだ弱い。
アニーも言った通り、弱さは罪だ。
それだけで犯罪的ですらある。だから強くなるその日まで頼むから死ぬんじゃないぞ?
「まぁ、他にも愚痴があるならまた今度酒でも飲みながら聞いてやる。それより、こっちの納品も頼むわ」
「ん、ありがとう……えーっと、シギン草が全部で六十本だね。それに凄く丁寧に採取されてる。うん、これなら上乗せ出来るから今回の報酬は250Nrよ」
「上乗せなんてあるのか。先に言ってくれりゃいいのに」
「はははっそれは、ごめん。シギン草なんてどこにでもあるし、ここまで丁寧にとる人なんていないから説明を忘れてたのよ」
「そんなに効能が変わるのか?」
「ものによっては変わるよ。といってもシギン草はそんなにじゃないけど、注意しないといけないのがあるの。
例えばアジュー花とかは細心の注意を払って根っこから抜かないと魔獣を引き寄せる香りを放つのよ」
「マジかよ……えげつねぇ~」
「まぁその手の採取は滅多にないし、あったとしても必ずギルドから注意を呼びかけるようにしてるからその時は言ってね。
ちなみにアジュー花の報酬は一本で300Nrはするよ」
「……考え。いや、頭には入れとくよ。それよりクソ爺いは?」
「うんうん、殊勝な心がけでいいね。ギルド長なら今は上のギルド長室にいるよ」
「りょーかいさん」
俺はそう言い残してカウンターから離れると階段へと上がっていく。
その途中で一瞬だけ貴族の坊ちゃんと目があったが……気にせずそのまま素通りしていった。
ギルド長の部屋に入ると爺いは机に座って書類仕事を片付けていた。
初っ端から冒険者の訓練やら遠征やらをしていたからこういった事務的なものはしないもんだと思っていたが、そういうわけではないらしい。
「む?なんじゃ、ノックくらいせんか」
「あぁ、すまん。歳で聞こえないと思ってたわ」
「ほんっと減らず口を叩くのぉ……それで、わざわざ何の用じゃ?訓練でも付き合えというなら今は忙しいからの。また後じゃぞ」
話しながらも爺いは走らせるペン先を緩めない。
使えを見る限り、書類が小山を作っているのでどうも溜め込んでから一気に処理してるようだ。
なんとなく夏休みの後半にみる宿題の山を思い出すした。
まぁ結局やらないんだけどな。
「それにも付き合ってほしいとこだが、まぁ気になることがあってな」
「気になること?ふむ……そこに座るが良い。酒くらい飲むじゃろ」
そこで漸く筆を置くと向かい合うように置かれたソファを勧められたので遠慮なく座ることにした。
爺いが木製出てきたコップとワインではない、ウィスキーの入ったボトルを持ってきた。
「それで、話とはなんじゃ」
「いや、執務中に酒なんて飲んで良いのかよ」
「かまわん。どーせ今日じゃ終わらんしの。酒くらい飲まんとやってられんわい」
そう言ってドバドバとコップに酒を注いでいく。
俺も貰って飲んでみると中々に口当たりが良い。
トロミのある酒が胃袋に流れていきながら仄かな香りと共に熱を残して流れていく。
あぁ、俺が寝てた部屋は爺いの部屋だったのか。
良いもん飲んでんなぁ~。
「はぁ……まぁ気になる事ってのはさっきまでシギン草の採取に行ってたんだが、そこで子供の足跡を見つけたんだ」
「……なんじゃと?」
ジロリと爺いの眼光が鋭くなった。
さっきまでの退屈な書類仕事をしてるサラリーマンのようなものではなく、鷹のように鋭い狩人の瞳だ。
「調べた限り分かったのは身長が百二十センチくらいで体重は二十五キロ前後の子供。森への入り口の木に髪っぽいのが引っかかってて、長さから見たら多分女の子だろう。
それが、森から出てきて戻って言ったような痕跡があった。何か知らないか?あの奥に集落があるとか、それならそれで別に良いんだが……」
人が住める環境でないのは分かっている。
分かっているが、ここは異世界だし俺の知らないだけでこういった場所でのみ生きていく部族がいるかもしれないしな。
爺いは少し考え込んでいると「髪の色は?」と聞いてきた。
特に何も考えていなかったので普通に「白だ」と答えたら、爺いは頭の痛い問題でも起きたかのように天井を仰いで大きなため息をついた。
「なんだよ、問題発生か?」
「はぁ……大問題じゃよ。そこまで分かっといて何も気づかん、いや。知らんのか?」
「は?」
なんだよその知ってて当たり前みたいな態度。
こちとら異世界人だぞ。この世界の常識なんて知るわけねぇだろうが。
「お前さんが見つけたのは間違いなく『悪魔の子』じゃよ」
「……はい?」
悪魔の子供?何それ。
いや、魔族とか魔王なんてのがいる世界だから悪魔なんてのもいて当たり前っちゃその通りだが、魔族の住む領地はここから遠く離れている。
少なくとも多くの山と海を越えた先にあるから、新幹線もなければ飛行機もないこの世界の住民がひょいひょいっと行けるような場所ではない。
それなのに俺が見つけた痕跡は小学二、三年生くらいの子供のものだ。そんな子供が 自分たちの領地からこんな土地になんてあるはずがない。
……いや、それとも悪魔ってんだから魔族領にはいなくて魔獣の森の深部とかにいんのか?分からん。
とにかく今は話を聞くとしよう。
俺は視線で話の先を促した。
「どうやら本当に知らんようじゃな。悪魔の子というのは稀に人間から生まれてくる化物のことじゃ」
「化物?いや、待てまてまて。なんで人間から化物なんかが産まれてくるんだよ。意味がわかんねぇ」
「悪魔の子というのは詳しいことは分かっとらんが、魔物や魔獣の体液……まぁ主に血じゃな。
それを傷口に浴びてしまった人間から産まれる子供のことなんじゃよ。
本来なら滅多に起こる事じゃないし、体液を浴びた程度じゃどうにもならんが極稀に起こる現象なんじゃ」
感染病みたいなものか?
イメージとしては何となく分かるが、庄吾の奴が食いつきそうな話ではあるな。
「特徴としてはどんな事があるんだ?」
「そうじゃな、まず見た目が違う。産まれたては普通の赤子と変わらぬが五、六歳になると変化が出てくる。
最初に髪の色が白くなり、肌も色素が薄く段々と死人のように青白くなっていくんじゃ。
十歳になる頃には瞳の色も変わって黒くなり、焦点が
青くなるんじゃ」
瞳が黒くなって焦点が青になる?
それ完全に喰○じゃん。しかも白髪の青白い肌?殺された捜査官じゃん。
あ、いや。喰○だと赤だったっけ、ううん……まぁいっか。あれは漫画ネタだし。イメージとして喰○で固定しておこう。
「次に成人する十三になる頃には遺伝となった怪物の能力の一部を引き継ぐらしい。まぁそこまで生きとるものは滅多にいないがの」
「ん?なん……まさか」
気になって問い返そうとしたが、すぐにその答えが脳裏に浮かんだ。
「そう、殺すからじゃよ。成人する前に。あるいは悪魔の子と分かった時点で、その子供はすぐに処分されることとなる」
ここは地球じゃない。人権云々の前に人の命が酷く軽い世界だ。
だけど、だからだろうか。そんな世知辛い世界であっても子供に対してくらいは温情があるものだと勝手に思い込んでいた。
「っざけんな!なんでそんなことする!?見た目が違うだけだろ!!」
急に怒りと動揺が湧き上がり、勢いよく椅子から立ち上がってしまう。
「見た目が違い、特殊な能力も得る……それだけなら良かったんじゃがのぉ。お前さん、魔獣供がどうして喰いあっているのか知っとるか?」
「っ!!」
「そう、魔力によって膨れ上がっていく自らを保つ為じゃ。
同じように十歳になる頃には同じように他者から魔力を取り入れようと子が親を喰い殺すという事件は珍しくない。
故に『悪魔の子』と呼ばれ見つけ次第討伐せんとならん」
グイッと爺いは勢いよくコップに入った酒を煽り、俺はかつてアレクとダダンがしてくれた話を思い出す。
自然の理りから外れた『魔』なる物は他者を取り込み続ける事で急速に成長していく肉体を抑制していかなければならない。
当然、人間の体にも魔力は流れているので魔獣たちも積極的俺たちを狙ってくる。
つまり悪魔の子は人間と同じ姿をしているだけの人の皮を被った化物で、人を襲うのであれば殺さなければならない。
それは分かる。それは分かるが、どうにも飲み込めない思いがこみ上げてくる。
どこにでもいるゴロツキや小悪党なんかなら喜んで殺すことが出来る。それが男であろうが女であろうが関係ない。
そいつらは自分から救いようのない道に進んだのだから躊躇う必要などどこにもない。
だが『悪魔の子』と呼ばれる子供はどうだ?
自ら堕ちにいった訳でも好き好んでそんな体で生を受けたわけでもない。
それなのに……。
「そこまでじゃ」
爺いの声にハッとなって俺はいつのまにか俯いていた視線を上げた。
そこには真剣そのものの顔つきになってこちらを睨みつけるジーンパークの姿があった。
「……それ以上深く考えるな。お前さんの言いたいことは分かる。ワシら大人の勝手な都合で未だ幼い命を摘んで良いのか、他に選択はないのか。そう考えておったのじゃろう?」
「…………」
正解だ。
もしかしたら救う手立てがあるかもしれない等と考えていた。
菜倉や庄吾には容赦するな、なんて大言壮語を吐いておいて情けない話ではあるが。大人相手と子供じゃ天と地の差があった。
これは俺の弱さの一つだな。
どうしても完全に敵対するまでは甘さが残ってしまう。
それがこの世界では命取りであると知っていてもだ。
「お前さんのようにありがちな考えじゃな。じゃが、それは決して悪いことではない。
寧ろワシのように年老いた者には眩しいくらいじゃ。
……さて、それじゃ足跡のあった場所を教えてもらおうかの。明日早速向かおう」
「……いや、案内する」
「無理する必要などないぞ?」
「ガキ扱いすんじゃねぇよ。必要だから行くんだ」
遅かれ早かれこの世界で生きていかなければならないのならいつか子供が死ぬ姿や殺す事があるだろう。
ならば早いうちに慣れておかなければ必ず痛い目を見ることになる。
そうやって打算的に考えると今回はかなり好都合なんだろうが、酷く最悪な気分だ。
俺はコップに注がれた酒を一気に飲み干す。
「っくぁ~……明日の早朝に来る。寝坊すんなよ」
「ったく……ホント可愛げのないガキじゃのぉ」
「爺いに言われても嬉しくねぇよ」
☆
一階に降りると先程まで馬鹿騒ぎしていた貴族の坊ちゃん供は既にいなくなり、カウンターで暇そうにしているアニーに軽く挨拶をしてから宿に戻ろうとギルドを後にする。
宿までの道のりは地味に遠い。
俺はタバコを巻きながらのんびり歩いて爺いとの会話を思い起こす。
姿形は人であって、人ではない化物。
最悪なのはそれが子供の姿をしているということ。
頭の中ではどう殺せば良いのかとシミュレーションしているが、相対すると絶対に腕が鈍る。
理由はどうあれやる事は完全な人殺しだ。それも子供の。
何にだって初めての時は緊張する。
痛めつけるだけの暴力ならそんなものは考えなくてもいいのに不思議なものだ。
「おい、そこの者」
「あ?」
考え事をしながら歩いていると前の方から声をかけられた。
思わずかなりドスの効いた声で返事をしてしまったが、見てみると先程ギルドで馬鹿騒ぎをしていた貴族のボンボンだった。
奥からはその取り巻きである三人の男がニヤニヤと嫌な笑みを浮かべて現れる。
「貴様。先程ギルドでアニーと話していた奴だろう?あれは俺の物だ。勝手に近づくとはどういう了見だ」
「……はぁ?」
何だこいつ。気持ち悪っ。
アニーの奴こんなのがタイプ……なわけねぇか。
さっき散々愚痴ってたし、寧ろ死ねばいいとすら聞こえたからな。
ってことはコイツが勝手に勘違いしてるだけなのか?
……尚更気持ち悪いなコイツ。
「どーでもいい。それより退けよ。俺はさっさと帰りてぇんだ」
「なっ!俺が誰だか知っての狼藉か!」
「テメェが誰かなんて知るかよデブ。贅肉だらけの油を飛ばしながら喋んじゃねぇ。きったねぇな」
「なっなぁっ?!おいっ!コイツを殺せ!穏便に済ませようと思ったが、我慢ならん!さっさと殺せぇ!」
成金貴族の呼び声に待ってましたとばかりに三人のヒャッハーが出てくる。
それぞれの手には剣やナイフが握られていて無意味に刃先を舐めたり、脅すように見せびらかして来る。
「運が悪かったなぁ、にいちゃん」
「悪く思うなよ。これもズーク様の命令だ♪」
「なぁ、とっとと殺っちまおうぜ~。もう我慢出来ねぇよ」
………うわぁ~~~。
なんだ、こいつら。ガチで気持ち悪い。
え?こんなん言う奴いるん?マジで?
庄吾から偶に借りる漫画とかでは見聞きしたセリフだけど、流石にこんな中二病全開の奴らとはあったことがない。
全力でドン引きしていると自分たちにビビってると勘違いした三人はジリジリと間合いを詰めてきた。
相手のレベルやスキルなんかは分からんが、少なくとも俺より下ということはない。間違いなく格上の連中だ。
それだったらやりようはいくらでもある。
格上連中を複数同時に相手にするのは別に初めてじゃない。
そんなのは腐るほど相手にしてきたから何をどうすればいいかなんて考える前に体が動く。
俺は数歩だけ後退るとクルッと方向転換して全力ダッシュですぐ後ろにあった建物の間にある脇道を通っていく。
「なっ?!追えっ!逃すなっ!!」
「待てや!コラァッ!!」
「逃げんなよ~、あんま痛くしねぇからさ♪」
「めんど、クセェ~」
背後から貴族一行改め、四バカが見事に釣れてくれた。
「よしよし、付いて来い付いて来い」
ちょうど嫌な話でイライラしてたところだ。
恨みは特にないが、ムカつく面してっから存分に発散させてもらうぞ。
自然と口角が上がっていくのが分かる。
王都を出てからストレスが溜まりっぱなしだったからな。
存分にその捌け口として楽しませてもらおう。
細ほい通路を走りながら足元に邪魔木箱があったのでそれを踏み台に軽く跳躍するとその場で方向転換して予め用意していた二本のナイフを投擲する。
「うあっ!?」
「いっでぇえっ?!」
投げられたナイフは追って来た二人の太腿や爪先に深々と刺さってその場に転がり込む。
んー? 変だな。
ステータスが高いからせいぜい足を縺(もつ)れさせるくらいしか出来ないと思ったんだが……実はそんなに大差ないのか?
まぁいいや、打ち合えばある程度はわかるだろうし。
転んだ奴らのお陰で後ろからのそのそと追って来ていた貴族の坊ちゃんも巻き込まれて転んで、今追っかけてきてるのは一人だけだ。
そいつは不意打ちの攻撃に激怒して闘牛みたいに真っ赤になってる。
目論見とはちょっとズレたが、オーケー、オーケーそれで良い。
俺はすぐに右へ左へと曲がっていき完全にそいつを孤立させる。
しばらく走り続けて追いかけてきた男の息が上がった頃にとうとう逃げ道のない壁に囲まれた場所にまできてしまった。
「ぜぇぜぇっよ、ようやく追い詰めたぞ。に、にげ……られると思うなよ?」
「あー、なんだ。そんな死にそうなくらい息上がってる奴に言われてもなぁ……まぁいいや、そろそろ俺も追いかけっこは飽きてきたしな」
そう言って縮小モードの斧を構えると男も片手剣を構えてきた。
「死ねやっ!『ハートブロウ』ッ!!」
「?!」
男が叫ぶと同時に先ほどまで息切れで死にそうだった男とは思えない速度で突進してきた。
しかも真っ直ぐに心臓のある位置に向かって刺突してくる。
斧で最初の一撃は受け止めようと思ったが、流石にこれには間に合わないと判断して即座に右に重心を寄せて剣先が脇を通り抜けるようにすると、すれ違いざまにがら空きとなった腹部に膝蹴りを打ち込む。
「ぐぅっ」
一瞬だけ男は動きを止めたが、そこは流石にプロの冒険者。
すぐさま男は剣を横振りして切りかかってきたが、一瞬でも動きを止めてくれたお陰で回避する距離は稼げた。
「こんのっクソガキャアァアッ!」
激怒した男は怒りに身をまかせるように力強く両手で剣を握ると思い切り振り下ろしてきた。
ただ、渾身の力を込めて振り下ろしてきているように見えるが、それには最初の一撃のような研ぎ澄まされたものはなく。
アキラのような速度任せでもなければ、爺いのような速度もパワーも感じない。
強いて言うなら、本当に子供が剣を振り回しているようにしか見えなかった。
俺は袖に隠していたナイフを抜き取ると振り下ろされる剣ではなく、剣を握る手に狙いをつけて切り掛かりにいく。
振り下ろされる剣先が見えてさえ見えていれば回避は容易だ。
だから俺はすれ違いざまに剣を握る男の人差し指と中指の間を縦に切り裂きながら後ろへと回り込む。
「ぐああぁああっ?!」
男が悲痛の声を上げた。
すれ違いざまだったせいで、それほど深くは裂けていないはずだが肘の辺りまでパックリと裂いてやったので相当痛そうだ。
それでもそんな事おかまないなしに俺は男の膝裏を蹴り抜くとカクンッと立膝状態になったので、いつぞやの強姦魔よろしく眼孔を横一文字に切り裂く。
「ああああああぁあああっ!!目がっ!俺の目があぁああっ!」
のたうち回りゴロゴロと転げ回る男だったが、余り動き回ってほしくないし、叫ばれ続けてもご近所迷惑なので、すぐさま両足の腱と喉を踏み潰して近くにあった廃材からボロボロの荒縄で片足だけ結ぶと逆さ釣りにして縛っておいた。
彼にはまだ死んでほしくない。まだあと三人もいるんだ。
餌として少なくともあと一時間くらいは生きててもらわないと困る。
良い感じにホラー映画に出てきそうなオブジェクトになってくれた彼を残して俺は再び路地の中へと戻っていく。
ついでに廃材の中から錆だらけの肉を吊るすようのフックもあったので回収しておいた。
路地に戻り来た道を辿っていくと「どこだぁ?!」と割とすぐ近くから聞き覚えのある男の声が聞こえてきた。
お陰で気付かれる前に立ち止まることができた。いや~、バカで助かるよ。
分かれ道に出る前に一旦しゃがんでスマホを鏡代わりに確認するとキョロキョロと見渡す小男がいた。
確かナイフを舐め回してた厨二サイコ野郎だ。
俺はさっき回収したフックに吊るす時に余った荒縄を括り付けると未だ此方に気づいていない小男に向かって投擲した。
フックは真っ直ぐ小男の方に飛んで行くと、小男の肩あたりに当たったので一気に引っ張って手繰り寄せてみた。
「なんっぐぎゃああああぁあっ!!」
そしたら何ということでしょう。良い感じにフックが小男の右肩に深々と突き刺さり、引きずられてくるではないですか!
はーい、小男一本釣り~。うんうん、必死に抜こうとジタバタしてるけど、錆びてる上に返しまで付いてるからな。早々簡単には抜けんのだよ。
とりあえず余り騒がれても困るので先ほどと同じように両目を潰してから四肢を砕いて引きずりながら最初の男のいる方へと連れ込んでいく。
おいおい、そんな暴れんなよ。お前の仲間に合わせえてやるって言ってんだからそんなに嫌がることはねぇだろ?
☆
「おいっ!まだ見つからんのか?!」
暗い路地裏の中を苛立たしげに声を上げる男がいた。
彼の名はズーク・ミンゴ・レズバアート。この地方を納めるレズバアート家の次男で家督は告げない物の冒険者として武勲を上げることにより、子爵という地位を下げないように努めている男だ。
しかし武勲といっても、これといって特に何をするわけでもない。金で雇った傭兵を護衛につけて、ただのうのうとレベリングをしているだけだ。
しかしそれで良いと思っていた。
何せ貴族社会の中では腕っ節の強さよりもレベルやステータスの方が重視される。それらは総じて財産と同じ価値を持つもので己が威厳を得るためには何よりも必要なものだったのだからだ。
実際に今現在でレベルは20もあり、年齢から考えても同じ貴族の中でも頭一つ飛び抜けたレベルを有していた。
お陰で将来は軍の高官の一人として来年から王都へと赴く予定であった。
将来を約束された地に赴くまでの間暇潰しも兼ねて、のんびりとレベルを上げて過ごそうと思っていたが、しかしそこへ向かう前にこの町には一つだけ心残りがあった。
冒険者ギルドにいる受付嬢のアニーだ。
本来なら貴族が平民である女に目をかけることなどありはしない。しかしアニーは理想とする好みの女性にぴったりだった。
なので王都へ行く際には彼女を引き抜いて妾の一人として連れて行こうと考えていた。
けれどいくら誘っても彼女の返事は良くない。なのでアプローチを変えてみることにした。
ガルムを自分の力だけで討伐すれば自分の力を認めて付いてくるだろうと考えたのだ。
だが、それでも返事は変わらなかった。
腹が立って強制的に連れて行こうと考えたが、よくよく考えてみたらガルムなど駆け出しの冒険者でさえ気をつけてさえいれば容易に討伐出来る雑魚だ。
そう思い至ると確かにこの程度では納得しないのも無理はないと思えその場を後にした。
それなのに、それなのにだ。
その場を去って部下である傭兵たちと酒を酌み交わしている最中に現れたあの男!
気持ち悪い黒髪と黒い瞳をしたあの男は突然現れたかと思うと親しげにアニーと話しているのが目に入った。
自分にさえみせたことのない笑みを浮かべる彼女をみて胸の奥で騒つく黒い炎が揺らめいた。
部下にあの男のことを聞いたらどうやら昨日王都からこの町に流れてきた新人の冒険者だと分かった。
どうせ、田舎から夢見て王都に行ったがコテンパにやられて逃げてきた臆病者だろう。
そんな臆病者が貴族である自分が気にかけている女にちょっかいをかけようとしてるのだ。
そんなもの許せるけが、いや。許される訳がない。
平民の分際で身の程というのを弁えさせてやらなければならない。
なぁに。殺しはしない。
流石にギルド内での生殺与奪は今後の出世にも関わってくるので手は出さないでおくが、外に出てきたら手足の二、三本くらいは覚悟してもらおう。
貴族である自分の所有物に手を出そうとしたのだ。
そのくらいはあって然るべきだ。
そう思って外に出てくるまで待っていたわけだが。
「あのバカ二人はどうした?!」
「あー、さっきモズの奴がバーンを追いかけて行ったからそろそろ戻って来やすよ。たぶん」
「たぶん?たぶんだと?どういうことだ?!」
暗い路地裏の中心で自分の護衛をさせる為に残しておいたオッズが目に見えて分かるくらい、気だるそうな感じで答える。
「いえね?俺もそーなんすが、俺とモズはあのガキから投げナイフなんて舐めたもんもらっちゃったじゃないですか?
まぁ傷自体は塞がっち待ってますがモズの奴がそれでキレてましてね……手足もいで散々犯してから殺すつもりみたいなんっすわ」
「……は?あれは男だろう?犯すって豚にでもやらせるのか?」
「あ。坊ちゃんは知らないんでしたっけ。あいつ、両刀ですよ」
「……………うぇ」
聞くんじゃなかった。
いや、確かにそういう趣味趣向の持ち主は貴族内でもある奴はあるらしいが、正直自分の部下がって思うと反吐が出そうになる。
一瞬あいつを解雇すべきか考えてしまったくらいだ。
ただモズは斥候役としては中々にいい腕をしてる。
それに軽く拷問してから殺すつもりだったので、これからはあの黒髪のような男が出てきたらモズに任せておけばちょっとした拷問をさせるよりは遥かに屈辱を与えられるのでもう暫くはキープしておこうと理性で解雇の案件を振り払った。
……まぁそれでもしばらくはモズには近寄らないでおこう。
「ふ、ふん。まぁそういうことなら仕方がない。だが殺すのは俺様がやっておきたい。そうじゃなければ腹の虫が治まらないからな」
「はぁ……んじゃのんびり行きましょうか。真っ最中の光景なんて見たくありあせんからね」
「同感だ。しかし、場所は分かるのか?」
「モズ程じゃありませんが、俺も耳はそれなりに良い方なんでね。適当に歩いてたらみつかりますわ」
「ふむ……まぁ良い、案内せよ」
しばらくオッズに案内されるままに進んで行き、時々何度か右左折を繰り返していくと何処かからか呻き声に似た声が聞こえてきた。
「ん?あっちの方からか?」
「えぇ、そうみたいっすね。んー、こりゃまだ続いてんのか?どうしますか坊ちゃん」
「……ここまで連れて来い。汚い物など見たくないからな」
「了解っす。んじゃちょっくら行ってきますわ」
オッズはそのまま通りの奥へと姿を消していった。
自分から向かった方が明らかに早いのはわかっているが、生憎とそういった趣味は持ち合わせていないし、見たくもないので仕方なく待つことにした。
どうせオッズに小突かれたモズとバーンがすぐに来るだろう。
そう思っていたが、十分以上経っても一向に戻ってくるどころかその気配すらない。
僅かに聞こえる呻き声が届いてくるから奥にいるのは明白だったが、それにしても遅すぎる。
「すぐに連れて来いといっただろうに!後で折檻してやる!」
イライラが募り、とうとう待ちきれなくなったので汚物を見る覚悟を決めてオッズが向かっていった通りの奥へと向かった。
「おいっ!一体いつまで……は?」
角を曲がった先で最初に見えたその光景に思考が停止した。
「んぐ~っ……んぐ~っ……」
逆さまに吊るされ呻き声をあげる男。
「だ、ずげ……いっ……だず……」
肩口から吊るされながらも嗚咽を漏らして必死に助けを呼ぶ男。
「だれ、か……目が……みえ」
両手を壁に打ち込まれ、目だけじゃない。鼻も耳も削がれた男。
(なんだ、これは?俺は何を見てる?コイツらは誰だ?)
様々な疑問が浮かび上がるが、ちょうど雲が晴れ月明かりが暗い路地を照らした事でそれが誰になのかハッキリと分かってしまった。
見覚えのある服装。見覚えのある装備。見覚えのある顔の面影。
それを理解してしまった瞬間『それ』がなんなのか分かってしまった。
ーーさっきまで話していた自分の部下だと。
「おっお゛ええぇぇぇっ!」
胃の奥から突如込み上げてきた気持ち悪さに抗えず、その場で跪くと何の躊躇いもなく嘔吐を繰り返した。
空っぽになるまで吐き続けても未だ治まらない。
止めどなく溢れてくる吐き気と恐怖が入り混じり、感じたのは「兎に角ここから逃げなくては」という思いだけだった。
ガクガクと足が震え手が震え。上手く立ち上がる事すら出来ない。
腰が抜けてそれどころじゃなかったからだ。
ーージャラジャラーー
そんな時、耳に確かに聞こえた金属がした。
「ひいっ!」
ーージャラジャラーー
「だっ、だれ……誰だ?!お、俺が誰だかわか、分かってるのか?!」
音のする方へ視線を向けながら精一杯の虚勢を張りながら叫ぶ。
だが当然のように返事はなく。代わりに吊るされている部下達の様子が恐怖に煽られるようにその場から離れたい一心で身動き、それによって自らの肉を引き裂かんばかりで暴れ出しては悲鳴をあげる。
「ンーーッ!ンーーーッ!」
「いや……やめっ、く……!!」
「ごろじっ……もうお、れごろじでっ」
そして月明かりの届いていなかった影の奥から現れたのは錆びついた鎖を握り、悪魔のように口が裂けた笑みを浮かべる一人の青年だった。
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