あぶはちとらず

井氷鹿

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第2章 Fall between two stools.1 1995年 崇直編 春

灰吹から蛇が出る7 Out of the blue comes green.

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「シェフ、アニョーってなんですか」

 ナイス紅緒。亘以外みんな知りたいと思ってるぞ。

「失礼、アニョーは子羊のことです。今日は良いフランス産のアニョーが手に入ったので」

 うぇ~、女性には営業スマイルで応えるんだ。
 亘の変なツッコミのせいで、とあいつを見たらオレを見て笑ってやがる。

「崇直はラム肉、好物だったよね」

のラムチョップね」

 このやろう、覚えとけよ。

「ここだけの話なんですが」

 え? 何だシェフどうした。

 頬に手を当て内緒話のようにオレの横で話しかけてきたから、自然とみんな前かがみになって聞き耳をたてた。
 
「いつもはニュージーランド産のラムなんですよ、実は」

 おいおい、何だか密談っぽくなってきたぞ、イイのかこれで。

「フレンチビストロなのに、ね」

と、ここで意味有りげに微笑む。
 
「でもクセがなくて、その上いい肉なんですよこれが。しかも安い」

 ですよねー。オセアニア万歳ッス。

「大事なのは食材を上手く調理することですか」

 と合わせるように、紅緒も頬に手を当てシェフに言う。

「そうです、そうです」

 腕で勝負よね、とでも言うように紅緒が腕を見せた。
 それにシェフが大きく頷く。
 わぁ、それキラースマイルだ。紅緒じゃなきゃ惚れちゃうところだゾ。
 
「ナイショですが、豚は千葉県産なんですよ」

 そうなんだ、と全員がこれには静かに驚いた。
 国産豚、最高ッス。

「では、デザートをお持ちしますね」

 今度は爽やかな笑顔で、あなたモテるっしょ、いろいろ。

「川崎さん、あ、シェフね」

 と田中がシェフが去った方に目線を投げ話しだした。

「W大の法科出てるんだよ。俺らと同じように現役合格したくせに、司法修習生蹴って調理師学校へ行ったんだ 」

 それまた急な方向転換で。
 司法修習生より調理師免許って、すげーなぁ。自由度高過ぎじゃね。

「料理好きが高じたとかじゃないんだよね、理由が」

「W大って、べーの先輩じゃん」

「あたしは法科じゃないよ、わーちゃん」

「知ってる。文転したんだって?」

「うん。第一文学部。来年は日本語の先生だよ~」

 爬虫類の話は尽きないくせに肝心な情報はからっきしだな。
 二人で小一時間、何してたんだ。

「変わった人だろ」

 あ? シェフ?

「うん」

「良い顔してたからね。あの笑顔は良いわぁ」
 
 おお、言うねぇ紅緒くん。
 他の男も眼中に入るようになったってことか。

「お客様は神様なんて言われてるけど、本来は対等なんだよ」

 亘くん、対等フェアー精神、好きだよな。
 そんなこと言って、うかうかしてると鳶に持っていかれっぞ。

「デザートのイル・フロッタント塩キャラメルソースとラベンダー香るクレームブリュレでございます」

 紅緒と田中がイルフロッタント(メレンゲのデザート)、オレと亘がクレームブリュレを選んだ。

「わーちゃん、それ一口ちょうだい。あたしのも取っていいよ~」

 もう食べる気でスプーンを伸ばしながら、自分の皿を亘の方へ差し出す。

「べー、サンキュー」

 あーあ、爬虫類で仲戻っちまったよ。
 お互いシェアしながら、仲良くまー腹の立つ。
 くそう、田中のヘタレが。ヘビくらい掴めよ、男のくせによぉ。

「笠神、俺の一口食ってもいいぞ」

「要らんわ」

 直樹よ、お前の親友はお前の親友だったよ。
 天を見上げたら、ベロを出した直樹にからかわれている様な気がした。
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