あぶはちとらず

井氷鹿

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第2章 Fall between two stools.1 1995年 崇直編 春

灰吹から蛇が出る6 Out of the blue comes green.

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「いらっしゃいませ」

 ドアを開けると店員の声がして、すぐ脇のレジカウンターからギャルソンが出迎えてくれた。
 白シャツに黒のベスト、それに黒のギャルソンエプロン。
 こりゃまたオシャンでカッコいいねぇ。
 あれ、この店スタッフ全員男性だ。

「予約はしてませんが」

「はい、田中様。大丈夫ですよ。ご案内しますので少々お待ちください」

「良かったぁ。ありがとう」

 常連なんだ。へぇー。
 入口から奥の厨房が見える。
 対面式のキッチンで、料理する姿がそのまま見える作りになっていた。
 センターテーブルに食材その他がてんこ盛りだ。
 シェフには効率よく配置されてんのかな。

 カウンターに向かって奥側の壁がある角にコンロかな、正面は調理台か。
 反対側のエンドに料理を渡す窓があった。
 まだ宵の口というのに八割方席が埋まってる。
 人気店なんだなぁ。

「いつも一人で来るから、カウンターが指定席なんだよ」
 
 あれま、柄にもなく田中が嬉しそうだ。
 コイツはいつも誰かとつるんでるって思ってたのに。
 
 カウンター側のテーブルを案内された。
 奥に紅緒、その左に亘、俺、田中の順で席に着く。
 全員がテーブルに付いたところで、シェフらしい男性が厨房からこっちに向かって笑いかけてきた。
 黒のコックコートにトリコロールのネッカチーフを首に巻いてる。
 明るめの茶髪に、まぁ営業スマイルの素晴らしいこと。

「おじゃましてまーす」

 軽く手を振り、田中が挨拶をする。
 シェフがこっちに向かって微笑んだ。
 軽く頭を下げると、仕事に戻っていった。

 昼間すき焼きをたらふく食ったはずなんだが、店に漂う美味そうな匂いで急に腹が減ってきたぞ。
  
 田中が手を上げ、ギャルソンを呼ぶ。
 ギャルソンおすすめの料理の中から、みんなの好みを聞いてメニューを選んでくれてるようだ。
 飲み物はハウスワインがおすすめだとさ。
 予算は一人二千円だぞ、田中。
 目配せすると、任せい、と自信満々に親指を立てた。

「ホタテと柑橘のマリネ、フェンネルの香り。ひよこ豆とソーセージのサラダでございます」

ガルバンゾーひよこ豆だ。べー、崇直、この豆美味しいんだよ」

 さすが帰国子女。よく分からん食材に詳しいな。
 すかさず田中がサラダを取り分ける。

「フムスなんて絶品だよね」

 フムス? おまえら異国の料理に詳しいなぁ。

「わーい。このお豆、ホントぴーちゃんににてるよね」
 
 紅緒、ナイフとフォークを握って待つな。

「いただきまーす」

 前菜を食べ終えた頃を見計らって、次が来た。
 
 おっ、何だ。
 子羊ラムのローストに豚ロースの煮込み、ブイヤベースか。
 予算は一人二千円以内だぞ、大事なことだからな田中。

「そんな心配しなさんなって。予算内には治まってるから」

「フランス料理なのに?」

「そうだよ、べーちゃん。ビストロだからね。そうそう、ここの子羊は絶品だから、ちょっと待って」

 そう言って、皿に取り分ける。やっぱり慣れてるな、田中。
 おまえバイトしてたろ。

「ありがとー、ナオト先輩」

 だから、おまえはフォークとナイフを手に握って嬉々として待つなって!
 
「はい、君たちの」

「おお、ありがとう田中」

「ありがとうございます」

「そんなに、かしこばらなくても、俺らタメじゃん」

 何照れ笑いしてんだよ、ホレ食え。きっと美味いぞ、亘。

「いただきまーす!」
 
 美味いものは、人を黙らせるって本当だな。
 箸じゃなく、フォークが止まらん。
 
 あれ、シェフがいない。
 あ、テーブル回って挨拶してるんだ。
 へぇー、話も巧いんだねぇ。女性客が相好崩してるぞ。
 おっと、こっちに来たよ。 

「今夜はご来店ありがとうございます。お味はいかがですか」

 レディーファーストね。はいはい。
 
「美味しかったです。特にブイヤベース、アサリがいい出汁出てて、身も大きくて」

 紅緒ちゃん、貝好きだったよねそう言えば。
 定番のムール貝を使わず、アサリっていうのいい感じに外してるよな。

「ありがとうございます。アサリは昨日から砂抜きしてしっかり臭みも取りました。お口に合って良かったです」

 ああ、その笑顔に女性客はヤられるのか。なんとも屈託のない笑顔で。
 どっかの莫迦に見せてやりたい(ガチで見てますよ)。
 あ、次オレ?

「全部美味しかったです」
 
 ああ、クールに決めようと思ったのにいつものクセで。

「川崎さん、この笑顔のステキな彼が同期の笠神」

 なんだよその紹介は、田中、こら。

「笠神直樹です。豚ロース最高でした。柔らかくて、濃厚でいてコクがあって、そしてキレもあって」

「それは、ありがとうございます」

 なんだ、オレには笑顔じゃないのか。なんかドヤ顔に見えるんだが。
 
「で、こちらの女性は俺の後輩庵野紅緒、そして奥の彼が二人の友人日向くんだ」

「日向亘といいます。アニョー子羊は、やはりフランス産の」

 おいおい、どこ突っ込んでんだよ。

「ええ、ブレス産のお肉を使っています」

 は? ブレスって、鶏肉は食ってねーぞ。それくらいはオレだって分かる。

「ブレスって鶏肉だよね」

「よくご存知で。笠神さん。でも、アニョーも良質で有名なんですよ」

 はいっ? だからアニョーってなんなの。ナンでドヤるの。 
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