窓際を眺める君に差しのべる手は

加賀宮カヲ

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第二章:すれ違う横顔

第八話:告白

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 週が明けても、梅雨が明けることはなかった。まるで東京だけが、時間が逆行しているかのように、雨が振り続けている。学校は、朝からどの教室にも照明がともっていた。

 半井なからいゼンジと望月もちづきリクの教室も、それは同じだった。


 ザワザワ……

「――なんていうか……」
「笑えないよな」

「また傷、増えてない?」
「ちょっと怖いんだけど……」
「ウリやってるって噂、マジ?」

「おはよ。誰の話してんの?」

 リクは、クラスメイトのヒソヒソ声へと応えるようにして、ニコッと笑うと手を振ってみせた。眼帯は外れたが、まだ右目のあざは生々しい。教室の空気がサーッと凍る。そそくさと背中を向けたかと思うと、一斉に沈黙してしまった。

 リクは笑顔のまま声に出さす、口だけを動かした。
 


 そうしていつものように窓際の席に着くと、かばんを机に放り出して投げやりに座った。空はどす黒く曇っていて、また一雨来そうだった。


「え?弥生やよいと喧嘩してた?」
「嘘だろ。気づいてなかったの?」

「いや……最近、見ないな……とは思ってたけど」
「えぇ……」

 ゼンジがアラタと話ながら、教室に入ってくる。「弥生やよいと仲直りしたんなら、期末テストの勉強……」とアラタに言いかけて、顔を上げたゼンジは絶句した。

 呆然と見つめる視線の先には、

 手に持っていたスマホが音を立てて落ち、教室の視線がにわかに集中する。

「――望月もちづき……」

 目の傷痕きずあともまだ痛々しいというのに、どう見てもロープで縛ったとしか思えない首のり傷と、赤紫あかむらきあざ。手首も同様の状態になっていて満足に消毒もしてないのか、所々、血がにじんでいた。

 本人も開き直っているのか、いつかのように長袖で隠そうはせず、半袖シャツのままだった。

 硬直して立ち尽くしたまま自分を見ているゼンジに気づいたリクは、じっと見つめ返すと手首の傷をヒラヒラと振りながら嘲笑してみせた。

「おはよ、半井なからい。何見てんの。もしかしてこういうの、興奮するタイプ?」

「……!」

 ゼンジは脇目もふらずにツカツカとリクの方へ歩み寄っていくと、二の腕を力任せにつかんだ。ゼンジの目が燃えるような怒りをたてびて、カッと見開かれている。他人事のように、半井なからいってこういう顔もするんだ……とぼんやり俯瞰ふかんしているリクがいた。



 有無を言わさない激しい口調だった。そのまま、掴んだ腕をグッと引っ張り上げる。リクは何故だか、ゼンジから視線を逸らせて俯いてしまっていた。

望月もちづき!」

 その声で、ぼんやりと我に返る。リクはゼンジから引きられるようにして、教室から出ようとしている所だった。ゼンジの力が強すぎて、振り払おうにも振り払えない。

 だけどさ
 いくら半井なからいがそんな事したって、俺はに変わらないよ。
 お前になんか、一生分からない。何も、出来ない。

 俺は、玩具おもちゃでいたいんだ。徹底的に破壊してもらいたいんだよ。
 それをしなかった、お前が悪いんじゃないか。半井なからい


 時間にして、5分あるかないかの出来事だった。後から教室に入ってきたクラスメイトが出ていく二人とすれ違って、ポカーンとしながらその後姿を見ていた。

 再び、教室がざわめきだす。

「え、何?何?あの二人。どういう事?」
半井なからい君、めっちゃキレてたよね」

「てか、あの二人が喋ってるトコ、初めて見た」
「でもあれ?この間、一緒に帰ってなかった?」

 アラタは、クラスメイトのヒソヒソ話を聞きながら、なんとも言えない居心地の悪さを感じていた。ゼンジの落としたスマホを拾いあげると、机に置いてやった。そうして着席すると誰にも聞こえぬよう、小さなため息をついた。




 ◆




 半井なからいゼンジが着替えに使っていた、旧校舎の踊り場。初めて望月もちづきリクと関係をもった場所。
 
 ゼンジは力任せにリクを引きずってそこに連れてくると、かび臭く湿った体育マットに、彼の小さくて白い身体を叩きつけた。

 恐ろしく醒めた声で、ゼンジが言う。

「いい加減にしろよ。そんな事して何が楽しい」

 持っていたかばんから、ミネラルウォーターを取り出す。リクの茶色くサラサラとした髪の上からドバドバとかけ、空になったペットボトルをリクに向かって叩きつけた。

 傷痕きずあとに水がみて、ヒリヒリとした痛みがリクを襲っていた。なのに全てが他人事で、もう一人のはががれた自分がその様子を眺めている。リクは惨めな自分をあざけりながら、場違いな事を考えていた。

 今ここで、思いっきり半井なからいに首絞められながらヤりたいな。滅茶苦茶に気持ち良さそう。怒ってるコイツの表情、エロくてゾクゾクするもん。その顔で俺を便所みたいにしてくんないかなあ……
 
 お前になんか、一生分からない。何も、出来ない。
 何、青くっさい事思っちゃってんの、俺。マジでウケる。

 アホみてえな事考えながら、ガチガチに勃起してんのが本来の俺だろ?


 ずぶ濡れのリクは、思わず自嘲的な笑みをこぼしてしまっていた。痛々しい姿を晒し、自虐的に鼻でせせら笑うリクの様子は、ゼンジの怒りに火を注ぐには十分すぎる程だった。

 どうして、そうまでして自分を痛めつける?
 
 交通事故に遭って、背中に傷を作った時より、胸が痛む。俺の事じゃないのに。言い争う、祖母と母親を見ていた時より、悲しい。お前は家族じゃなく、他人なのに。

 ゼンジは、その切れ長の瞳から涙を流していた。震える声で、リクに語りかける。

「なんで、分かんないんだよ……どうして、伝わらな……」

 途中からもう言葉にならない。肉体的に大人として完成しつつあるゼンジが、同級生であるリクの前で嗚咽おえつする姿は、過渡期独特のアンバランスさをはらんでいた。危うくも、美しい。今にも壊れてしまいそうな、そういった類のもの。

 リクもまたそんなゼンジの姿を見て、生まれて初めての感情に飲み込まれ困惑していた。
 
 どうしようもなく甘く、切ない、涙がこみ上げてくるような感情。

 先生にも抱いたことのない、感情。

 あの日、家で眠ってしまっていた半井なからいに、口づけをした。
 俺はなんであんな事をした?分からない。
 あふれ出しそうになって、無意識にふたをしてしまった。


 柔らかく締め付けられるような胸の痛みが、濁流だくりゅうのように押し寄せてくる。このままでは、俺は飲み込まれてしまう。。リクは激しい混乱で、平衡へいこう感覚を失ったような感覚に囚われていた。泣きじゃくるゼンジ以外の全てが、ぐにゃりとひしゃげて見える。

 その瞬間だった。

 ゼンジが、ずぶ濡れのリクを思い切り抱きしめたのは。涙で濡れた唇が重なる。温かい唇だった。ゼンジの吐息と共に入ってきたのは、リクが生まれてから一度も味わったことのない、だった。

 ペルソナが外れ、素顔の望月もちづきリクが姿を現す。
 彼は混乱の果てに、酷く怯えきっていた。

「やめろよ!離せ!」

 リクは叫んでいた。
 
 激しくもがき出したリクを離さないよう、ゼンジは抱きしめる腕を強めた。そうして出来たばかりの傷に、愛おしそうな口づけをする。

 さっきかけられた水とはまるで違う。
 半井なからいの涙が濡らしていった傷は、ヤスリでこすられているみたいに痛い。

「――望月もちづき……」

 ゼンジの真剣な声が聞こえてきた。リクの顔は最早、青ざめていた。

 やめろ……その先を言うな。
 これ以上、

望月もちづき、好きだ」
「――嫌だ……」

「好きだ」

 暴れるリクをそっと引き寄せ、再び唇を重ねる。もうこれ以上、何をどう伝えたらいいのか分からない。それはゼンジにとっても初めての感情だった。

 確かに、中学の時のあれは初恋だったんだろうと思う。けれども、彼女が転校してしまった後、俺は失う恐怖になんか怯えなかった。少しの間、寂しかっただけ。

 なのに、今は。
 俺は、望月もちづきを失うのが怖い。


 ドンッ!

 こんな小さな身体のどこにそれ程の力があるんだ、と言わんばかりの勢いで、リクがゼンジを突き飛ばした。息は酷く乱れ、幽霊のように白い身体が小刻みに震えている。

 下唇を噛んだリクの表情は、恐怖で強張こわばっていた。

「やめろって言ってんだろ!ちょっとくらい俺にチンコいじってもらったからって、勘違いしてんじゃねえよ!」

「……俺だって、勘違いであって欲しかった」

 ゼンジの頬をツ――……と再び涙が伝った。髪を結んでいたゴムが落ちて、ゆるいくせ毛が肩に垂れる。その面影が先生……飯山いいやまハルキと重なって、リクは悲鳴を上げそうになった。

 

「うるさい!俺は、お前のモノじゃない!」
「……分かってる」

「お前になんか、一生分からない。何も、出来ない!」

 リクの肩はなおも小刻みに震えていた。目には涙を浮かべている。

「どうして入ってくるのがお前なんだよ……お前は、!」

 大粒の涙をこぼし悲痛な叫び声を上げたリクは、踊り場から走り去っていってしまった。

 ゼンジはリクの心を、素手でズタズタにしてしまったような気がして、その場に座り込んでしまった。絶望したような表情で、手のひらを見つめる。

 心の置き場を、もう何処にもっていったら良いのか分からない。

「……俺だって、どうしてお前なのか、分かんねえよ」

 そう独りごちるとカビ臭いマットにもたれかかって、両手で顔をおおった。




 ◆




望月もちづき君、どうしたの、怪我……」
「起きろよ」

 掛け布団を乱暴にぎ取られる。保健室で横になっていた蓮波はすなみあやは、首と手首に傷を作り、ずぶ濡れになっている望月もちづきリクの姿をじっと見つめていた。

 まるで、昔の私みたい。何があったの、望月もちづき君。

 キーンコーンカーンコーン――……

 終業のチャイムが鳴る。生徒たちの廊下へ出てきた賑わいが、ドア越しに交差し始めた。リクはあやの腕を掴むと、無理やり立たせて腕を引っ張った。

 をするんだろうか。

 刺すような胸の痛みに、あやは顔を歪めていた。職員室の前での一件以来、彼女はリクと会話をしていなかった。

 あれから、望月もちづき君は学校を休んだ。登校してきたのは、先週の終わりから。心配はしていたけど、私には自分から連絡を取る勇気がない。
 
 連絡が取れた所で何を話したらいいのか、分からない。

 二人は知り合ってから一度も、学校の外で会った事がない。高校に入ってからは、スマホで連絡をとった事もなかった。

 イライラとした様子のリクにされるがまま、腕を引っ張られ保健室から出ようとした所で聞き慣れた声が聞こえてきた。

あやちゃん、先生がプリント渡してって……」

 声の主は、佐伯さえきはるかだった。はるかは、あやとリクが知り合いだと言う程度の事しか知らない。何が起きているのか理解が追いつかない表情で、二人を見るのが精々だった。

 はるかはともすると、リクよりも背が高かった。リクは思いきり鉢合わせしそうになって、すくんだ彼女の身体をわざと邪険に押しのけた。後ずさったはるかはリクの手首を見て、凍りついたような表情になった。

蓮波はすなみとベタベタつるんでるからこういうの、好きだと思ったんだけど。違うんだ」

 リクが苛立ちを隠そうともせずに言う。はるかの表情が一瞬で曇り、視線をあやへ送った。ビックリとした表情のあやがリクを見ると、どうやれば二人が傷つくか、予め見透みすかしていたかのような鋭い口調が保健室に響き渡った。

蓮波はすなみはさ、優しくされるとすぐに勘違いしちゃうんだ。だから、女の事だって平気で好きになるよ。知らなかった?節操ないんだ。おばさんの再婚相手とだって、やりまくってたんだから」

 リクは絶句する二人を引き剥がすようにあやを引っ張ると、保健室を飛び出して行ってしまった。呆然と立ち尽くすはるかの手から、プリントがバラバラと落ちる。走り去る肩越しに彼女が泣き出してしまったのを、あやは感じていた。




「……どうしてあんな酷い事、言うの?」

 に使っていた用具室に連れて来られたあやの顔色は、青いを通り越して白くなっていた。心臓が射られたように痛い。けれども、それ以上に強い感情がすぐに押し寄せてくる。あやは身体を硬直させると、小刻みに震え始めた。

 あの事だけは、誰にも言わないって。望月もちづき君、約束してくれてたのに。

 恥ずかしさとみじめさで、涙があふれてくる。あやは、反射的にリクの手を振り払った。涙のにじむ目で、リクを睨みつける。思えば二人が出会ってからこんな風に、話をするのは初めての事だった。

 二人の会話はいつでも感情のない機械人形のようで、現実味がなかった。更にはお互いに、それが当たり前だと思っているような節すらあった。

 自己完結しきった共依存関係。それがリクとあやだった。
 半井なからいゼンジが二人の前に現れるまでは。

「先に酷い事をしたのは、お前だろ!俺を一人にしたじゃないか!」

 興奮した様子で、リクが怒鳴り返す。あやには、リクが何をそんなに怒っているのか、サッパリ理解が出来なかった。つい先週だって職員室の前で右目を怪我した彼を、保健室に連れて行こうとしたばかりだ。

 彼女には普通ではないなりに、リクを大事に想っている自負がある。

 おそらく初めて自覚する激しいいきどりに、うつむいていてスカートを握っていると、足元に向かって乱雑に剃刀が投げつけられてきた。

 リクはあやを見ようともせずに、ただ彼女を傷つけるためだけに言った。
 
「ねえ、早く。やって」




 二人の
 二人の
 
 それは私たちの日常のはずだった。この世の中で二人ぼっちだと確認するための、二人だけで生きていく事を確認するための。なのに、手が震えて剃刀を上手く持てない。

 躊躇ためらったまま動けないでいると、リクはおかしそうに笑いながら、あやのカミソリを持つ手に自分の手を添えた。

「ねえ、知ってた?半井なからいって、俺の事が好きなんだ。キス以上の事もしたよ」

 望月もちづき君は傷ついて泣く、私の顔が見たいんだろうか。確かに、私は半井なからい君の事が好きだ。けれど、あの人の選ぶ相手が、別に私でなくても構わない。内に秘めている限り、好きでいるのは自由だと思う。

「俺たちは、二人じゃなきゃ生きられない。約束、したじゃないか。早くやってよ。蓮波はすなみ

 少し前まで、何の違和感もなかった言葉。
 けれど……

 それってって、意味なんじゃないの。
 二人で死のうって、意味なんじゃないの?

 望月もちづき君は、本当にそれでいいの?

 深呼吸をして、目を瞑ったあやはこれで最後にしようと覚悟を決めて、剃刀で手首を切った。パクッと割れた傷痕から、血がポタポタと流れ始める。リクはいつものように血をすすりながらズボンの中をまさぐり始めた。

 しかし
 首を傾げたリクは、ピクリともしない下半身をいつものように扱き始めた。

「――望月もちづき、好きだ」
「……俺だって、勘違いであって欲しかった」

 目を閉じていると、さっきの半井なからいの顔が浮かんでは消えてゆく。そしてその存在は、頭にこびりついたままずっと消えない。

 唇の感触、傷口を伝っていった涙。
 今まで、感じたこともないような

 首と手首についた傷が、ヤスリで擦られてるようにヒリヒリと痛むのを無視したかったリクは、自分に言い聞かせた。

 痛めつけられれば痛めつけられるほど、感じるんだ。
 こんなに傷ついてるって、ゾクゾクするんだ。
 蓮波はすなみが剃刀で傷をつければ、一人じゃないって安心するんだ。

 ああ……でも今更。何をしたって。
 この世界を、俺は血を流しながらでしか、生きられない。

「いい加減にしろよ。そんな事して何が楽しい」

 半井なからいの瞳。

「……るさい……」

「……え?」
「うるっさいんだよ!もう黙れ!!」

 あやの傷口から口を離したリクは、ゼンジの幻影を振り払おうとして、力任せに彼女の頬をビンタしてしまった。あやの身体が跳ねるようにしてよろけて、かたわらに放置してあった机ごと倒れ込んでゆく。

 ついに、やってしまった。
 蓮波はすなみに手をあげたら、もう二度とは成立しなくなる。
 分かっていたはずなのに。

 何もかも、終わりだ。全部、半井なからいのせいだ。アイツがあんな事を言って、泣いたりするから……

「う……」

 どうしようもなくいたたまれない気持ちになったリクは、その場から逃げ出したくなっていた。適当にベルトを締めると、あやの様子などお構いなしに慌てて踵を返していた。ガタガタと椅子を避ける音がする。

「まっ待って」

 そう叫んでリクを抱きしめたのは、あやだった。彼女の方から、そんな事をしてくるのは初めてだった。いや、二人の自己完結しきった関係性の中で、そんなのはあり得ない事だった。

 揺らがない決心をしたかのように、踊り場でのゼンジみたいな抱きしめ方をしてくる。あやとの一方的な関係に満足しきっていたリクは、居心地の悪さに吐き気を覚えていた。

 男が嫌いだって言うから、一緒にいたのに。
 ――なんなんだよ……
 お前まで、

 あやは、泣いていた。大きな黒い瞳から、涙がポロポロとこぼれている。

望月もちづき君、ごめんね。ずっと、気が付かなくて」
「何が?知らない。離してよ……」



 リクの身体がピクッと反応する。その後、何もかもを諦めたように力が抜けていった。あやはなおもリクを抱きしめながら、言葉を続けた。涙が後から後から、彼女の頬を伝ってゆく。

「だけど、ごめんなさい。私、一緒には死ねない。私、お母さんともう一度ちゃんと話したい。お母さんを、抱きしめたい……いつか、お母さんからも抱きしめてもらいたい」

「……おばさんは、蓮波はすなみを許してないよ。こんな事になったのは、蓮波はすなみ、お前のせいだって思ってる。でも、そんな考え許されないから、おかしくなったんじゃないの」

「分かってる。それでも、お母さんが好きなの」

「俺が殴ったから、そんな事言ってんの?」

「違う」

 あやは制服の肩の辺りに濡れた感触を感じて、リクから離れた。仄暗ほのぐらい部屋の微かな光がまだ血の滲むその細い首を照らす。光は、その先にあるリクの顔も照らしていった。

 リクは涙を流しながら、笑っていた。
 その繊細な表情は今まで見たことがないほど、穏やかで、優しく、静かな憂いを含んでいた。

「もういいよ……そっか。バレちゃってたか。俺が、死のうとしてた事。蓮波はすなみはさ、俺が死んだら半井なからいそばにいてやれよ。アイツ、お前の事好きになると思うよ」

望月もちづき君……」

 届かないのは分かってる。だけど。
 
 あやは手を伸ばさずにはいられなかった。リクがどうしようもないほど傷ついている事は分かっていた。けれども、どちらかがどうしようもないほど傷つくか。どちらか、もしくは二人で死ぬ以外に、この閉じた関係を終わらせる方法など最初からなかったのだ。

 だから、呪文のようにお互いに唱え続けてきたのだ。
 二人だけで生きていこうと。

 あやの手がむなしく宙を舞う。

「バイバイ」

 それだけ言うと、リクは用具室から走り去って行ってしまった。

 あやはリクが全てを終わらせようとしている、と感じていた。




 ◆




「何が起きてるワケ?」
望月もちづき、あの暗い子。蓮波はすなみだっけ?とさっき一緒にいたの、見たぜ」
「え?イミフ。どういう関係なの……一体……」

 机に突っ伏したままの半井なからいゼンジを尻目に、クラスのヒソヒソ話は止まらない。止めろという方に、無理があるだろう。それぐらい、接点のまるでなかった三人が起こした突然のゴタゴタは、学年中の話題になっていた。

 アラタと弥生やよいが気を遣って、教室の外に連れ出そうとしたが、ゼンジは首を振っただけだった。結局、望月もちづきリクはかばんを置いたまま、教室には戻らなかった。

 誰が見ても丸わかりの泣きはらした目をしたゼンジが教室に戻ってきたのは、三限目に入ってからだった。

 雲が厚く垂れこめ、ムワッとするような湿ったの匂いが身体を包んでくる。

半井なからい…………半井なからい君いますか!」

 教室の入り口で絞り出すような大声を出したのは、蓮波はすなみあやだった。先程つけた手首の切り傷もそのままに、酷く焦っている。慌てて教室まで駆けつけたのだろう。何回転んだのか、膝には擦り傷まで出来ていた。

蓮波はすなみ……」

 顔を上げたゼンジに気づいたあやは、駆け寄ってくるとハァハァ言ってる荒い息を、何とか落ち着かせようと唾を何度も飲み込んだ。そして聞こえないくらい小さな……だが、しっかりとした声でゼンジに訴えた。





 ゴロゴロ……と雷鳴のようなものが聞こえ、大粒の雨が降り始めた。

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