窓際を眺める君に差しのべる手は

加賀宮カヲ

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第二章:すれ違う横顔

第十一話:雨と月

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 望月もちづきリクの離れ。そのダイニングにあるサッシ窓にもたれながら外を眺めていた半井なからいゼンジは、リクに気がつくと視線を彼へ向けた。状況の飲み込めないリクは、口に手を当てたまま困惑していた。
 
 俺は今日、半井なからいに対して明確に拒絶したはずだ。
 、と。
 なのに人んちで何してんだ、コイツは。

 ゼンジがゆっくりと立ち上がる。
 気がついたら、リクは彼の元まで吸い寄せられるように歩み寄っていた。

「何……してんの?」
 
「鍵、開いてたから」

「ハァ?意味わかんないんだけど。普通に不法侵入じゃん。帰れよ」

 立ち上がったゼンジのせいで、外光が完全に遮断してしまっている。お互いの表情が暗くてよく分からない。ゼンジの顔を見上げたリクは軽い威圧感を感じて、抵抗できない苛立ちを感じていた。
 
 説明するのは、半井なからいの方だろ。
 それなのにだんまりかよ。
 
 考えるのが面倒くさくなったリクは、ゼンジの身体を押しのけようとした。その手を当たり前のようにゼンジから掴まれてしまい、リクは暗闇に向かって睨みつけた。

 どのくらいそうしていたのか。永遠にも感じるような気まずい沈黙を破って、重い口を開いたのはゼンジだった。

「――……飯山いいやま……先生に会った。蓮波はすなみと一緒に」

 踏んだり蹴ったりだった一日を、リクは追憶ついおくしていた。

 自ら望んで痛めつけてもらったのに半井なからいがキレた。俺の事は俺が決める。なのに、好きだのなんだの言って泣きじゃくったから拒否した。

 半井なからいに振り回されて腹が立ったから、蓮波はすなみあやに意地悪してやろうと思った。なのに、あわれれまれた。
 
 その後の事は、大方予想がつく。蓮波はすなみ半井なからいに助けを求めたんだろう。

 あの蓮波はすなみが、先生にまで辿り着いていたのは意外だったけれど。
 まあでも、アイツの俺に対する執着を考えたら、そんなに不思議な話でもないか。
 
 だって執着するように仕向けたの、俺だもん。
 二人でしか生きていけないという呪いをかけたのは、俺だ。

 けれども二人が俺にしていった事は、単なる自己満の押し付けでしかない。俺が何を求めてたのか聞こうとも……もういい。

 最初から二人でやってれば良かったんだ。半井なからいがタオルを渡した、あの日から。罪悪感で結びつきたいだけなんだろ。一人でいるのは不安だから。一人で生きるのは辛いことだから。
 
 もう、俺を利用しないでくれ。
 俺の事なんて、本当はどうでもいいくせに。

「似てただろ、先生。

 人が俺に好意を持つことがあってはならない。
 
 どうにも嫌味が止まらない。今更、芯からズキズキするような自己嫌悪に駆られ始めたリクは「もう帰れよ」とそっけなく言うと、そのまま背中を向けた。
 
 瞬間、ゼンジの筋肉質で温かい腕が、後ろからその小さな身体に絡みついてきた。引き寄せられた反動で、リクの背中にあるみ傷のあとに、衝動しょうどうのような痛みが走った。

 痛い

 胸の痛みと表面つらの痛み。どちらが楽か。それは断然後者だ。身体の痛みを感じながら、どこかホッとしているリクの姿があった。

 ポツリとゼンジが呟く。

「……少し、似てた」
 
「――……なら、もう分かっただろ。お前は、先生の代わり。似てれば、誰でも良かったんだ。だから、もう離れろよ。気持ち悪い」

「――……先生の代わりでいい。それで気が済むなら…………」

 ドンッ!

 強い衝撃しょうげきを受けて、ゼンジが尻もちをついた。振り返ったリクが突き飛ばしたのだ。サッシから外光が再び差し込み、二人の顔を仄暗ほのぐらく照らす。

 怒りで目を見開いたリクが、もう一度思い切り突き飛ばした。そのまま項垂れているゼンジへ馬乗りになる。細い指がゼンジの首に絡みついていった。リクの指には容赦なく力が込められていた。

「いい加減にしろよ、偽善者。いつ俺が先生を好きだなんて言った。お前に……お前なんかに何が分かるんだよ」

 ゼンジは、リクの手を振り払う事が出来なかった。代わりに、その大きな手で自分の顔をおおった。
 
 もう俺が何を言っても望月もちづきは、拒絶しかしない。
 
 あの時、大事に想っていると言えなかった罰だ。
 望月もちづきが本音を聞いてきたのは、あれが最初で最後だった。
 
 ゼンジの脳裏を昼間、この家にいたと呼ばれていた青年の姿がよぎる。リクとよく似た、けれどその中身はおそらく真逆であろう人物。人としての温もりなど一切持ち合わせていないような……

 交差するように、雨上がりの夕日を浴びながら、飯山いいやまを見つめ涙を流すリクの横顔がよぎっていった。

 ゼンジのごちゃ混ぜになった感情へ、首を締め付けるリクの細い指が、もう終わりだとくさびを打ってゆく。ゼンジは、最後に本音を言おうと思った。

「……望月もちづき、この家出るんだろ?飯山いいやまさんから、お前を止めてくれって言われた。けど……俺じゃ止められない。ただ……」
 
「……なんだよ」

「もう二度と望月もちづきに会えないのが、すごく悲しい」

 リクは手を緩めて首から手を離すと、顔を覆っているゼンジの手を引き剥がした。仄暗い部屋の中で見つめ合う少年たち。ゼンジの目からは、涙が頬を伝っていた。

 

 馬乗りになったまま、リクはサッシから外の景色を眺めた。小さい頃からの記憶が、まるで壊れた映写機で映し出されたフィルムのように流れる。
 
 いつからだろう。死を意識しだしたのは。
 ただ一人、名前を呼んでくれた父親の顔がフィルムに映し出される。
 その先の映像を、俺は自ら切り取って捨ててしまった。

 もう取り返しがつかないから、束の間、生きている実感が欲しかった。

「なあ、半井なからい。最後だからさ。お別れにセックスしようよ」

 再びゼンジの方に向き直ったリクは、悲しげな表情で言った。

 雨雲が切れて、月が顔を覗かせていた。




 ◆




 月光が、望月もちづきリクと半井なからいゼンジの顔を映し出す。お互いの瞳に映る自分の姿に手を差しのべるようにして、腕を絡ませた二人は唇を重ねた。

 リクの舌が優しくゼンジの唇をなぞって、熱く柔らかい舌を甘噛みする。一瞬、眉を悩ましげにしかめたゼンジは、そっと茶色い髪を引き寄せた。

 チュッチュクッ……チュッ

 お互いの吐息がどんどん、つやを帯びてくる。このまま一時も離れたくなかったゼンジは、キスをしたままリクの身体をベッドまで抱きかかえていった。仰向けになり、枕にもたれたリクと唇が離れる。

 絡み合った二人の唾液が伸びてゆく様を見て『蜘蛛の糸みたいだ』と、ゼンジはぼんやり考えていた。

 すがりついているのは、きっと俺の方だ。

 自分の制服を脱いだゼンジは、その雄々おおしい裸体を無防備に晒しながら、慣れない手付きでリクの制服を脱がせていった。こみ上げてくる愛おしさを殺しながら、リクはその様子を見つめていた。

 そう言えば、顔面殴られて看病してもらった時も、半井なからいってこんな感じだったな。あの時は、あまりにも余裕がなくて『何やってんだコイツ』としか思わなかったけど。

 部屋の半窓とダイニングのサッシから、月明かりが伸びてきて、二人の無防備な姿を映し出す。その瞬間、リクは自分の背中のみ傷を思い出して、酷く恥ずかしい気持ちになった。

 こんな浅ましい姿、見られたくない。
 
 そして、そんな当たり前の事を思っている自分に戸惑いを感じていた。感情がごちゃ混ぜになっているのは、リクもまた同じだった。死にたいと願いながら、誰かと繋がっていたい自分を否定できない。

 けれども、もうそれも終わりにしないと。

半井なからい。背中の傷、見せて」

 言葉で答える代わりにリクの右目に優しく口づけをしたゼンジは、ベッドに腰掛けて背中を見せた。引攣ひきつれた傷痕きずあとに指が触れるだけで、ビリビリとした電流のような恍惚こうこつがリクを襲う。思わず、ゴクリと生唾なまつばを飲み込まずにはいられなかった。

「……ずっと、もう一回見たかった。触ってみたかった」

 ゼンジも、同じ気持ちだったのだろう。れそうになる喘ぎ声を我慢して、うつむいている。広く引き締まった背中が火照って震えていた。
 
 もっと、もっと近くで触れたい。中へ入ってみたい。傷痕へ顔が近付いてゆく。
 肩越しに、硬くへその方を見上げているゼンジの塊が目に入った。

 カイ……
 ……カイ?何を思い出そうとした、俺は。

 その瞬間だった。リクの中から、ジクジクとしたうみあふれ出たのは。ただひたすらに壊してしまいたいという渇望かつぼうが、頭の中をむしばんでいく。

 本当は死にたいだなんて思っていないんだろう?
 半井なからいに、自分と同じところまで堕ちてきてもらいたいんだ。

 安心したいんだ。
 

 痛い!頭が割れそうだ。

「――……ねえ。噛んでいい?」
「……え?」

 ガリッ!

 傷痕を上書きするように思い切り噛みつく。ゼンジは、驚いている間もないようだった。ビクッと身体を震わせたかと思うと、反射的に立ち上がろうとしていた。その肩を押さえつけたリクはもう一度、力いっぱい噛んだ。歯型と共に、血がにじむ。

 血の味が口の中に広がって、リクはようやく少し頭痛が和らいだ気分になった。
 けれども、 けれども、声は追いかけてくるのを止めようとしない。

 大事だから、壊したい。
 大事だから、壊してほしい。

 自分だけのものであってほしい。
 誰にも渡したくない。

 カイ……

 

 やめろ!頭が割れる!

 リクが口に手を当て、悲鳴を上げ始めた。何が起きたか分からず振り返ったゼンジは、とにかく落ち着かせようと抱きしめた。

 「望月もちづき、大丈夫か?気分が悪いなら……」

 「大丈夫。俺はもう、とっくに壊れてる」

 機械人形のようなリクの声がする。怪訝な表情を浮かべるゼンジの腕を力任せに振り払ったリクは、小さくなってたゼンジのソレを強引に口へ含んだ。
 
 セックスの経験がないゼンジにとってリクの愛撫は、抗うこと自体が到底不可能な快感だった。ほんの数分で、再び大きくそそり勃つ。先端のくびれに舌が絡みついてくる頃には、喘ぎ声を我慢するので精一杯になっていた。

「……望月もちづき……」

 腰をくねらせながら上目遣いで誘うリクに、我慢しきれない様子でゼンジがあえいだ。
 そう、これでいい。
 いつもみたいにしていれば、何も考えないで済む。

「……ハァ……ねえ、半井なからい。滅茶苦茶に……痛くして」

 獣にだけはなりたくない。今にも決壊けっかいしてしまいそうな肉情と愛欲の間で顔をしかめていたゼンジが、首を横に振る。くびれから口を離したリクは、ゼンジの先端に唾液を垂らした。無表情な目の奥には冷たい怒りの炎がちらついている。

 上目遣いでゼンジを見つめたリクは「これが現実だよ」と小さく独りごちると、なおも執拗にしごいてみせた。浮き出ている血管がゴリゴリと容赦なくこすられる。即物的な快楽に耐えられないゼンジの先端は、自ら涎を垂らしていた。

「すごいね、ガッチガチ。ねえ。俺の背中にも、半井なからいと同じ傷があるんだ」
 
「――……」

「昨日、してもらったんだ。首と一緒に。今日もさ、これからしてもらうんだ」
 
「……やめろ」

「痛くしないなら、気持ちよくしてやるよ。マグロにでもなってろ、童貞。俺が上になるから」

 ……!

 凄まじい力が、リクの手首を抑えつけた。ふさがりかけていた手首のり傷から、再び血がにじみ始める。見開かれたゼンジの目は、昼間に見せたそれと全く同じだった。ツンとくるような病的なうずきが、リクの空白を埋めてゆく。

 ああ、その顔……半井なからい、怒ってる。
 もっと、怒れよ。怒って、俺を滅茶苦茶に壊して。

「えっ?」

 天井が回転する。何が起きているのか理解できないリクをよそに、ゼンジの唇が形の良い塊を飲み込んでいった。その感触で、すぐに怖気が全身に鳥肌を立てていく。

「やめろよ!気持ち悪い。止めろ!」

 ゼンジは口を離さなかった。いつかスポーツドリンクを口移しで飲ませてくれたように、優しく慈しむだけだ。リクはもがいて、ゼンジの背中をドンッ!と拳で叩いた。それでも止めようとしない。逃げたい一心で、気づいたら足で蹴飛ばしていた。
 
 駄々っ子をたしなめるようなゼンジの大きな手が、リクの白い太ももを掴んだ。柔らかく色素の薄い陰毛に、顔を深く深くうずめてゆく。ゼンジの熱く程よく厚みのある舌は、残酷なまでにリクの悦びを引きずり出していた。

「アァツ……イヤッ!止……止めて!」

 リクは身体を大きくのけぞらせると、ゼンジの口の中で果てた。脳を揺さぶられるような感覚の中、ぼんやりとゼンジの喉仏が動いているのを見ていた。
 
 アイツ、俺のを飲みやがった。
 
 たまらない恐怖に駆られる。本能的に逃げようとするリクの腰を、ゼンジが掴む。今度は足の付け根から、丁寧に愛撫し始めた。膝をざらりとした肉厚の舌がねぶってゆく。真っ白だったリクの太ももは、既に紅く染まっていた。

 ゼンジの舌が動く度に、足の指がヒクヒクと痙攣けいれんする。

「……気持ち悪い。嫌だ……」

 うわ言のように呟きながらも、リクの先端はずっと濡れっぱなしだった。時折、足の指が攣ったように硬直して、その度に白濁した液体が混ざる。
 
 ゼンジの舌は、足の指の一本一本。その間まで丁寧に愛撫していった。額からは汗がしたたり、紅く染まっているリクの身体へ落ちてゆく。唇はふくらはぎを伝って、膝の裏と太ももをなぞった。

 大丈夫、俺は壊れてる
 嘘つき、こんなにも悦んでいるくせして

「いやっ……」
 
 ゼンジの手が、リク小ぶりな尻へと這ってゆく。熱を帯びた手を感じ取ったリクは、これから何が起きるか理解していた。怯えながらも、身体が反応するのを止めることが出来ない。リクは残っている理性の全てを振り絞って、そこから逃げ出そうとシーツを掴んだ。

 やめろ
 これ以上、俺の中に入ってくるな!
 やめて!半井なからい
 

「あっ……」

 パタパタとほとばしる白濁した液体が、誰のものか分からない。半井なからいの舌が、俺の中に入ってる。優しく中を出たり入ったりする度に、俺の先端が泣いているみたい濡れて悦んでいる。

 ずっと温かい光の中にいるような気がして、俺はついに頭がおかしくなってしまったんだって思った。

「もう嫌だ……やめて……」

 上ずった声で喘ぎ続けるリクは涙声になっていた。ゼンジは唇を背中に向かって移動させると、残酷な声でささやいた。

「やめない。ずっと、望月もちづき

 リクの身体がブルッと震え、また白い涙をこぼしていった。上手く息が出来ない。薄れゆく意識の中で、ゼンジが自分の中に入って来たのを感じていた。

 再び、光の中へ連れてゆかれる。

 ゼンジの身体からしたたり落ちてくる汗で、ハッと我に帰った。
 今までにないくらい、中が熱い。
 
「アッ……ハァ……入れるなら後ろからにしろよ……」
 
 もう一人の自分が喋っているみたいだ、とリクは感じていた。

「……いやだ。望月もちづきの顔が……見たい」

「ハァ……だったら早くイケよ……童貞のくせしやがって……」

 無意識にギュッとお互いの両手を握り合っていた。
 掌から伝わる温度の中にお互いの本音は存在していたが、二人にはそれに気づくことが出来なかった。

 ゼンジの顔が近づいてくる。まだ何かから逃れたかったリクは、反射的に顔をそむけた。首の傷痕きずあとに唇が近づいたかと思うと、そのまま素通りしてリクの耳を愛撫し始めた。舌がヌチッという淫靡いんびな音を立てながら、耳孔じこうに入ってくる。

「……アッァ……気持ち悪い……」
 
望月もちづきが……俺にしたことだ……」

 言葉とは裏腹にリクの腕と足が、キュウッとゼンジの身体に絡みつく。リクにしがみつかれたゼンジの呼吸が、一気に荒くなっていった。リクも悦びとも悲鳴ともつかないような声をあげ始めている。

 ハァ……ハァ……

「……イクッ……半井なからい半井なからい……」
 
「……望月もちづき……!!」

 ゼンジの身体がブルッと震えて、リクの身体を強く抱きしめた。

 半井なからいの熱いものが俺を満たしてゆく。

 リクの下半身も硬く緊張して、果てようとしていた。
 
 アァ……アッ
 ――半井なからい、愛して……



 その瞬間、リクが見たのは、桐生カイ。兄の幻影だった。
 

 ?俺は

 
 目を釘で刺されたような痛みに、リクは悲鳴を上げた。
 
 嘘だろ
 
 リクは絶望の中で気を失ってしまった。




 ◆




 重なり合うスプーンのようにして、二人でほんの少しだけ眠った。半井なからいゼンジは、眠る直前まで壊れてしまわないよう、リクをそっと抱きしめて頭に顔を埋めていた。望月もちづきリクが好き勝手に作ってきた傷だというのに。

 リクはまだ眠ってるゼンジを起こさないようそっと起き上がると、シャワーを浴びた。

 俺は、半井なからいの事が好きなんだと思う。
 半井なからいだって、同じ気持ちなんだろう。

 けれど、誰かが俺の中に入ってくるのを許すっていうのは……果てる瞬間に見た幻影がちらついたリクは、浴室に胃液を吐いた。もう吐けないくらい胃液を吐いて、唐突にリクは理解した。

 
 

 こんな事なら何も思い出さないまま、野垂れ死にした方が良かった。とてもじゃないけど、あんなものを一生背負って生きていける気がしない。
 
 半井なからいがいればもしくは?
 アイツにだけは狂ってるって思われたくない……
 
 リクは泣いていた。
 泣きながら自分に言い聞かせていた。

 半井なからいはさっさと俺の事なんか忘れて、普通に生きて行くべきだ。俺にさえ関わらなければ、そもそもこんな事にすらなってなかったはず

 それこそ、本当に蓮波はすなみとでも付き合ったほうがいい。

 蓮波はすなみには、陰惨な性虐待があって、救いがあった。
 けれども、俺の場合は救い以前の問題だ。

 同じ行為でも意味が違う。
 
 心から嫌悪して憎んだ、お前が正解なんだよ蓮波はすなみ
 俺は、それを望んだ上に与えてもらえなかった。

 兄貴と母親の関係と親父のことだけじゃなかったんだ。

 ……救いがなさすぎる。
 あまりにも救いがないから、記憶に蓋をしてしまったんだ。

「――……たすけて」

 誰にも聞こえぬよう、震えた声で小さく口ずさんだリクは、バスタオルで身体を拭くとTシャツに着替えて部屋へ荷物を取りに行った。

「……行くのか」

 ゼンジが起きていた。裸のままベッドにもたれかかりながら、リクの姿を今にも泣き出しそうな顔をして見ている。リクはゼンジの目を見ることが出来なかった。

「うん」
 
「――……待ってる」

 お互いにこれ以上、何を話したらいいのか分からなかった。もうこのまま部屋を去った方がいい。無言できびすを返そうとしたリクに、涙を零したゼンジがスポーツタオルを手渡してきた。

「これ、蓮波はすなみが。お前の宝物って」

 リクは手渡されたタオルをじっと見つめていた。

 血まみれになったりで、随分汚れてる。
 半井なからい、ごめんな。こんなところまで連れてきてしまって。

 リクは初めてゼンジに対して、心から申し訳ない気持ちになっていた。
 もう、手遅れだと感じながら。

「ごめん……」
 
「謝るくらいなら、行くなよ」

「……ごめん」

 ゼンジの顔を見ないよううつむいてタオルをバッグにしまうと、リクはそのまま家から飛び出していった。

 あれだけ続いてた雨が止み、キレイな月が出ていた。
 長く続いた梅雨が空けたのだ。
 半井なからいと、あのサッシから月を眺める未来もあったのかな。

 次の日から、リクは学校に来なくなった。
 学校では少しの間、噂になったが期末テストが始まる頃には、誰もリクの話をしなくなった。
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