追放された悪役令嬢、なぜか地の果ての寒村でVIP待遇です

波依 沙枝

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第十六話

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冬の光は、雪を淡く照らしていた。
白に埋もれていたはずの道は、いつの間にか固く踏み固められ、左右には新しい建物が並んでいる。

「ここは……もう、村よりも遥かに大きな場所になったのね。――町だわ」

呟いた声は、冷たい空気に溶けて消えた。

通りの端で荷を抱えた男がこちらに気づき、はっと足を止める。
少し離れた位置で姿勢を正し、深く頭を下げた。

「ヴァレリア様。おはようございます」

近くにいた者たちも次々と足を止め、同じように礼をする。
誰ひとり近づきすぎない。声をかけるにしても、まず礼を尽くし――それから必要なことだけを短く添える。

私はそれを受け取り、穏やかに頷いた。

「おはようございます」

礼が返され、人々は各々の仕事へ戻っていく。
そこに媚びはなく、怯えもない。ただ、秩序がある。

目線を巡らせれば、町は忙しく、けれど明るかった。

子どもたちが雪を蹴って走り、女たちは笑いながら桶を運び、男たちは木材を肩に担いで声を掛け合っている。
寒さの中でも、息が温かい笑い方だった。

路地の先では工事が続いている。
土を掘り返し、石を積み、木枠が組まれ、建物の骨が立ち上がっていく。
いつか畑になるのだろう平地には、整えられた区画がいくつも並び、端には水路の線が引かれていた。

「……ずいぶん増えましたね」

隣で歩くルチアが、ぽつりと言った。
以前より顔色は良い。声も、よく通る。

「ええ。こんなに……」

言葉を探して、私は視線を上げる。

町の外れ。森の縁に寄るようにして、小さな陣がもう一つできていた。
そこに――旗が一本、立っている。

王太子の旗は、本来もっと眩しい。
金糸の紋章が冬の日差しを跳ね返し、遠目にも「王家だ」と分かるはずだ。

なのに立っているのは、くすんだ布だった。
目立たない色。紋章も小さく、飾り気がない。

レオニード殿下。
あれ以来、殿下は町の中心へは入ってこない。遠巻きに見ている。
それが「監視」なのか、「別の意図がある」のか――分からない。

「鉱山の話も、また増えました」

ルチアが声を潜めて続ける。

最近、同じ噂を何度も耳にする。
この土地には鉱脈がある。掘れば掘るほど、土の下から富が湧く――そんな言葉だ。

どこまで真実に迫る話なのか、私は知らない。
けれど、鉱夫が集められているらしいという話は聞こえてくる。

「人が必要なら、集まるのでしょうね」

そう答えると、ルチアは小さく口元を引き結んだ。

この町の秩序を形にしているのは、あの日、自らのことを第一国民と名乗ったセルヴェルスだろうか。
町は動き続けている。人口は毎日のように増え、物が運ばれ、家が建つ。

そして――毎朝。

扉を叩く音がする。
強すぎず、弱すぎず。間隔は正確で、ためらいがない。

「今日もお元気なお姿を拝見できて光栄です。今日も変わらずお美しい。世界はヴァレリア様の美しさのおかげで形を保っています」

日課の挨拶。宰相セルヴェルス。
今日は白い花を携えていた。

私はそれを受け取り、香りを確かめるように軽く顔を寄せる。
白百合だ。香りは強すぎず、清廉で、凛としている。

「今日も素敵なお花をありがとうございます。とてもお忙しい日々を過ごされていると聞いています。どうか少しでも体を休める時間も作って下さいね」

「ありがたきお言葉、謹んでお受けいたします。今日も第一国民としての勤めを果たして参ります。こうして毎朝ヴァレリア様のお顔を拝見することで、私の使命はさらに燃え上がります」

彼は淡々と言い、淡々と頭を下げる。
けれど、その視線はいつも、こちらの一瞬の動きも零さない。

セルヴェルスが去った後、花を抱えて部屋へ戻ると、ルチアが小さく言った。

「今日は白百合ですか」

「ええ。きれいね」

「白百合の花言葉は……純潔、無垢、威厳だそうです」

ルチアは、苦い顔をした。

「ずいぶん、心を込めてます」

私は答えなかった。
花の意味を受け取って何かを返すほど、私は器用ではない。

ただ――この町が、形になっていく速度は異常だ。
その中心に、セルヴェルスがいる。
それだけは、分かる。















――――――

一方、王都。

花がない。香りがない。
都には、もう季節の気配すら残っていなかった。
残っているのは、冷えた石と、乾いた空腹だけだ。

朝、門の前に人が倒れている。
昼にはその数が増え、夕方には誰も数えなくなる。

抱いている子が軽すぎる。
腕の中で泣くはずの声が、出ない。

市場は空だ。
穀物の袋は見せるだけの飾りになり、値札だけが跳ね上がる。
買えない者から、静かに消えていく。

「子どもが死んだ」
「夫が死んだ」
「国は助けてくれない」

そんな言葉が、吐息みたいに街角を漂った。

怒りは、行き先を探して膨らむ。
そして、行き先はいつも同じ場所に辿り着く。

王家。貴族。
そして――聖女を失った国。

「聖女様を捨てたせいだ」
「だからこうなった」
「聖女様を返せ」

叫びは最初は噂だった。
次に合図になり、やがて合唱になった。

けれど、声を上げれば上げるほど、上にいる者たちは姿を消した。

貴族たちは、屋敷の門を閉じた。
窓に板を打ち付け、召使いすら追い返す者もいる。
護衛だけを厚くし、食糧だけを囲い込む。

街の死は、彼らに届かない。
届かせないように、壁を厚くしている。

王宮だけが、まだ“整って”いた。

床は磨かれ、絨毯は柔らかい。
だからこそ、余計に息が詰まる。

「――見ろ!! これが都の姿か!!」

玉座の前で、国王が叫んだ。
声は大きい。だが、通る声ではない。喉の奥でひっかかり、癇癪のように割れている。

「薔薇は枯れた!! 作物は芽を出さぬ!! 鉱山は土に戻る!!
なぜだ!? なぜ、わしの都がこうなる!!」

家臣たちは頭を下げたまま動かない。
答えを持たぬのではない。答えを口にした瞬間、首が飛ぶ。

国王は爪で肘掛けを引っかいた。
ぎ、と嫌な音がする。

「……寒村だ」

その一言が落ちた瞬間、場の空気が凍った。

「寒村に花が咲くのだろう!?
土が生きているのだろう!?
富が湧くのだろう!?」

目がぎらつく。理屈ではない。飢えた獣の目だった。

「なら奪え。奪えばいい。あれは本来、王家のものだ」

誰かが息を呑む。
国王はそれを見て、さらに癇癪を強めた。

「レオニードは何をしている!!」

怒鳴り声が天井を叩く。

「王太子だろう!!
わしのために動け!! わしの国を守れ!!
たかが女二人、捕まえることもできぬのか!!」

拳が机を叩く。
一度では終わらない。何度も、何度も。怒りが先で、言葉が遅れて追いかけてくる。

「寒村に火をつけろ!!」

一人が反射的に顔を上げかけ、すぐに伏せた。

「火だ!! 焼け!! 焼いて引きずり出せ!!
ヴァレリア、そしてルチア――厄介な女どもだ!!」

国王は笑った。笑ったつもりなのだろう。
だがそれは笑いではなく、喉が鳴る音に近い。

「縛り付けて、この場に転がせ!!」

唾が飛ぶ。まともな命令ではない。見世物の指示だ。

「そうすれば、あの出来損ないも“王太子”らしく見える。
名ばかりの男でも、価値が上がるだろう!!」

価値。
人を、物のように言う。

「聖女を横に置けば、国は“神意に従った”と言える!!
悪女を転がせば、都は喝采する!!
恐怖が生まれれば、秩序が戻る!!」

誰も言葉を返さない。返せるはずがない。

国王は、その沈黙を“同意”として扱った。

「さあ、命令だ。兵を集めろ。できるだけ集めろ。
寒村へ向かえ。奪え。燃やせ。連れてこい」

王宮の中で、ひとつだけ確かなものがあった。

この国の中心にいる王が、いま――正気ではない。
そして、その狂気が、国を動かしている。
















――――――

同じ頃。

町では、薪を割る乾いた音が、澄んだ空気に心地よく響いていた。
子どもたちの笑い声。荷車の軋む音。鍛冶場の火のはぜる音。
冬の町は忙しく、それでも、どこか穏やかだった。

私は窓辺で白百合を水に挿し、花瓶の位置を少しだけ整えた。
香りは凛として、冷たい光に似合う。

――扉の外で、足音が止まる。

次に聞こえたのは、いつもの正確なノックではない。
複数人の気配。布が擦れる音。わずかな緊張。

ルチアが私を見て、小さく息を吸った。

「……来ました」

「ええ」

扉を開ける前に、すでに分かった。
これは“日課”ではなく、“用事”だ。

扉が叩かれる。
一度。短く。控えめに。

「ヴァレリア様」

聞き慣れた低い声――セルヴェルス。

「本日、移住の挨拶を申し出ている者がございます。
私の判断で、拝謁の可否をお伺いに参りました」

私は小さく頷いた。

「どうぞ」

扉が開き、セルヴェルスが一歩下がる。
その背後に、男が立っていた。

冬の外気をまといながらも身なりは整い、立ち方に無駄がない。
貴族の傲慢さとは違う。
“取引の場”で他者を測る鋭さと、“場を壊さない”節度が同居している。

セルヴェルスが淡々と紹介した。

「大商人、マルチェロ殿です」
「王都の異変に最も早く気づき、私に連絡を寄越した者でもあります」

男――マルチェロは深く頭を下げた。
背筋は真っ直ぐで、視線は上げない。上げないまま、声だけを丁寧に届ける。

「ルピウス公爵家当主、ヴァレリア様。
この度、この地へ移り住む許しを賜りたく、参りました。
……お目にかかれたこと、まことに光栄に存じます」

“光栄”という言葉が、形式だけではないと分かる。
声が、ほんの少しだけ震えていた。

私はそれを咎めることも拾い上げることもせず、穏やかに頷いた。

「遠路、ご苦労さまでした」

その瞬間、マルチェロの顔が、わずかに上がる。
まぶしいものを見たような――あるいは、長い冬のあとに初めて陽を見たような目。

けれど次の瞬間には、すぐ礼の形へ戻る。
熱を内側に押し込み、外側は節度で固める。
それができる男だった。

「……ありがとうございます」
「噂に違わぬお方でした」
「こうして言葉をいただけただけで、今日ここへ来た価値がございます」

ルチアが、ほんの少しだけ眉を寄せる。
褒め言葉の濃度が高い。けれど、距離は崩さない。

セルヴェルスが一歩前に出た。
あくまで事務の顔で、要点だけを切り出す。

「移住希望者は、商人の一団と職人が中心です。
住まいと倉の建設、流通路の整備――こちらで手配します。
ヴァレリア様の御手を煩わせません」

マルチェロは、すぐに続けた。

「私は、この町を“買う”ために来たのではありません」
「ここに“従う”ために来ました」
「――この町は、今のヴェルディア王国で唯一、生きている」

最後の一言は、言い切りだった。
外の現実を知る者の言葉。

室内の空気が、一段だけ硬くなる。

私は白百合に視線を落とし、静かに言った。

「ここは、ただの町ですわ」
「人が働き、暮らしているだけ」

マルチェロは、もう一度深く頭を下げた。

「はい。だからこそ――」
「この“ただの町”に、私は救われます」

セルヴェルスが、淡々と締めた。

「必要な手続きは、私が処理します。
本日は拝謁の許可を賜りました。以上です」

言葉は簡潔なのに、宣言のようだった。
“これは私が扱う案件だ”と、世界に釘を刺す声。

マルチェロは退く前に、もう一度だけ言った。

「ヴァレリア様。お会いできて光栄です」
「……本当に」

その“本当に”が、わずかに熱を帯びた。

扉が閉まり、気配が遠ざかる。

ルチアが私の横で小さく息を吐いた。

「……来ましたね。外の人が」

「ええ」

私は白百合を見つめたまま、ぽつりと答えた。

「この町は、まだ変わるのでしょうね」

そして、変わり続けるのだろう。
セルヴェルスが燃えている限り。
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