【完結】「お前を愛する者などいない」と笑われた夜、私は“本物の王子”に拾われた

波依 沙枝

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第二十八話

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第二王子として、謝罪に来たはずだった。

それなのに。

モンテリオール侯爵邸の内室――セレスティアの私室続きの小応接間に通された瞬間から、俺は不快だった。

人が多い。

扉脇に護衛騎士が二人。鎧こそ控えめだが、立ち方が“戦場”のそれだ。
そしてセレスティアの背後には侍女が三人。視線は落としているくせに、耳だけが鋭い。

(この家は、最初から俺を“裁く場”に立たせる気か)

俺は笑みを作った。王子の顔だ。王族の礼儀だ。

「……人払いを」

言った瞬間、セレスティアは一度も俺を見ずに、淡く微笑んだ。

「殿下の謝罪のお言葉なら、皆に聞かせても差し支えありません」

その言い方が、腹の底を苛立たせた。

二人きりで話したい。そう言えば侍女も騎士も下がる。
そういう場面を、俺は幾度も作ってきた。

「二人きりで話したい」

丁寧に言い直した。
なのに、彼女は首を傾けるだけだった。

「私はこのままが良いです」

――良い?

それが俺の顔に泥を塗る言葉だと分からないのか。
いや、分かっていて言っているのだろう。

(小賢しくなったな)

喉の奥が苦くなる。

“謝罪”だ。陛下の命だ。
頭を下げておけば済む。そう思ってきたはずなのに。

侍女の数が、神経を逆撫でした。
扉の護衛騎士の存在が、俺を“加害者”に見せる。

俺は苛立ちを抑えきれないまま、一歩近づいた。

「セレスティア、来い」

声が強くなった。
公の場の王子の声ではない。私的な場での俺の声だ。

セレスティアが、わずかに目を伏せる。
その仕草が、なおさら腹立たしい。

「殿下、離して」

次の瞬間、彼女の腕を掴んでいた。















━━━━━━━━

リヒト殿下の指が、私の腕を掴んだ。

強い。
痛みより先に、掌の形が骨に刻まれるみたいな圧が来る。

静かに言ったはずなのに、殿下はそれを“拒絶”だと受け取ったらしい。
指先の力が増す。身体が半歩、引かれた。

――見られている。

社交界の視線は、大広間だけにあるわけではない。
ここがモンテリオールの内室であっても、私は“場”を作れる。

私は息をひとつ吸い、わざと力を抜いた。

次の瞬間。
掴まれた腕が引かれた勢いのまま、視界が揺れ、床が近づく。

布が空気を裂く音。
そして、膝が床を打つ小さな衝撃。

「……っ」

痛みは、隠しきれないほど確かに走った。
けれど私は声を荒げない。

ただ、呼吸を乱したまま、片膝をついて俯いた。

周囲の息が止まった。

「……は?」

殿下が、信じられないものを見る顔をした。
叩いていない。蹴っていない。
それでも私が“倒れた”という事実だけで、空気が殿下の側から離れていくのを感じ取ったのだろう。

「おい、こいつ……!」

殿下の声が尖る。
苛立ちが、怒号の形になり始める。

「お前、こんな――」

その瞬間。

扉が開いた。

重い音。
それだけで、この場の空気が“家”のものに変わる。

「――リヒト殿下」

父の声だった。低く、冷たい。

モンテリオール侯爵は、私ではなく殿下を見ていた。
感情ではない。判決を下す目だ。

「本日は、ここまでにしていただきたい」
「娘は体調を崩しております。これ以上の刺激は不要です」

殿下の口が開き、言葉が噴き出す。

「違う! この女は――!」

“この女”。

その呼び方が落ちた瞬間、父の眉がわずかに動いた。
怒りというより、価値を測り直す仕草だった。

「……娘を、女と呼ぶのか」

父はそう言って、殿下の背後へ目をやった。
殿下付きの者たちが、すぐに動く。

「殿下、お控えを」
「離せ! 私は――!」

けれど、もう遅い。
殿下は王子としての顔を作る暇もなく、連れていかれる。

廊下へ消えていく背中を、私は床から見送った。

そして、立ち上がる。

乱れた呼吸を整え、父の前でまっすぐ顔を上げる。

「お父様」

自分の声が、驚くほど静かだった。

「……お父様は、あのような方と。私を、結婚させるおつもりですか」

父の目が、一瞬だけ揺れる。
けれど私は、逃がさない。

「お父様はもう、私に借りがあるはずです」
「さらに私に借りを作りますか?」

言葉は丁寧。
でも、引かない。

沈黙が落ちた。
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