【完結】「お前を愛する者などいない」と笑われた夜、私は“本物の王子”に拾われた

波依 沙枝

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【完結】第四十三話

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王都は、物語が好きだ。

誰が誰を選び、誰が捨てられ、誰が救われたのか。
その筋書きが“正しい形”に整った瞬間、世間は安心して拍手する。

そして——王家は、それを理解している。

婚約解消の告示で、責任と償いはすでに“記録”になった。
次に必要なのは、“新しい秩序”の提示だった。

その秩序の中心に据えられた名は、第一王子レオハルト。

英雄。
戦場から帰還した第一王子。
王家の顔。

そのレオハルトが、ある日、淡々と周囲に告げた。

「私は——セレスティア嬢と婚約を望みます」

王都がざわめいたのは、反対ではない。
驚きと、腑に落ちてしまう予感だった。

第二王子の元婚約者。兄が娶るなど前代未聞。
そう言う者も、もちろんいる。
けれど、その声は長く続かなかった。

王都はもう知っているからだ。
“誰が”恥を晒し、
“誰が”品位を守り、
“誰が”救う側に立っていたのかを。

そして、王家が動く。

国王はモンテリオール侯爵を招き、静かに言った。

「モンテリオール侯爵令嬢の名誉は、王家が守る」
「その上で——レオハルトが望むなら、私が後ろ盾になる」

侯爵は一度だけ黙った。
損得の沈黙。家の沈黙。

そして答えた。

「モンテリオールの栄えと、娘の名誉が守られるなら」
「異存はございません」

“後押し”は揃った。

王都が欲しがる形。
王家が示したい形。
モンテリオールが失わない形。

婚約成立は、簡潔に発表された。

王宮告示。
形式は淡々としている。
けれど、その淡々とした文字が、王都の空気を決める。

——第一王子レオハルト殿下と、モンテリオール侯爵令嬢セレスティア嬢の婚約を、ここに宣する。

それだけで十分だった。

王都の扇は、もう迷わない。

「……お似合いだわ」
「最初から、こうなるべきだったのよ」

誰かが囁き、誰かが頷く。
物語は、正しい場所に収まっていく。

そして——その噂の中で、ひとつだけ、静かに語られた。

セレスティアが目を病み、静養していた地で。
まだ子どもだった第一王子が、偶然、彼女と出会っていたこと。

第二王子の横暴の中で、彼女が折れなかったのは。
その時の記憶が、心の奥に残っていたからだということ。

真実かどうかは重要ではない。
王都は、そういう“美しい話”を必要とする。
だから、信じる者が増えるほどに、物語は完成していった。

——婚約は成立した。
王都の承認を得て。














━━━━━━

大広間に入った瞬間、空気が変わった。

あの夜会の喧噪ではない。
ざわめきはあるのに、棘がない。
人々は噂を噛みしめるように囁き、けれど視線は柔らかい。

そしてその中心に、セレスティアがいた。

燃えるような赤髪は、以前のように隠されていない。
翠の瞳は伏せられない。
隠すための布ではなく、彼女の輪郭を引き立てるための布が、静かに揺れていた。

彼女の名はもう、誰かの陰に置かれない。

“モンテリオール侯爵令嬢”として。
そして——私の婚約者として。

私は一歩、彼女の前へ進む。

儀礼の距離。
けれど、今夜はそれが嬉しい。

息を整え、私は手を差し出した。

「私と踊ってほしい」

声は小さくてもいい。

セレスティアは私を見上げた。
あの夜、暗闇の中で私の声を探した瞳と同じなのに、今は光の中にいる。

そして、そっと手を重ねた。

薄い手袋越しに、指先の温度が伝わる。
それだけで胸の奥が、ほどけるみたいに軽くなる。

「……喜んで」

返ってきた声も、静かだった。

楽団が、息を合わせる。

一歩。
次の一歩。

彼女はもう、置き去りにされない。
私も、置き去りにしない。

音の波に乗ると、彼女の赤髪が灯りを拾って揺れた。
まるで炎のように目を引くのに、決して乱暴ではない。
その美しさは、誇示ではなく——生きてきた証になっていた。

回るたび、視線が追いかけてくる。
けれどそれは、値踏みではない。

「綺麗だ」
「……お似合いだ」

囁きが、祝福に変わる瞬間が分かる。

私は腕の中の彼女を、丁寧に導いた。
導いているようで、実際は彼女に呼吸を合わせているだけだ。
彼女が揺れないから、私も揺れない。

曲が終わる。

最後の一歩で、彼女がほんの少しだけ微笑んだ。
それだけで、胸の奥が満たされてしまう。

次の瞬間、拍手が起きた。

ひとりの拍手ではない。
大広間全体が、同じ結論に辿り着いた音だ。

それは、私たちの勝利の音でもある。
けれど、勝ったから嬉しいのではない。

ここまで生きてきた彼女と私が、ようやく正しい場所に立てたことが嬉しい。

私は彼女の手を離さず、少しだけ身を寄せる。
他の誰にも聞こえない距離で、言う。

「君は僕の人生の祝福だ」

その言葉に顔を赤らめて、照れたように笑うセレスティアは——
僕にとって、はじめて会った時と何ひとつ変わらない。















━━━━━━━━

ここまで読んでくださってありがとうございました。次作もよろしくお願い致します。
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みんなの感想(9件)

k
2026.02.24 k

セレスティア父は侯爵家として様々な利益は得たけど、「愛する妻の為に娘を犠牲にして却って妻をひどく苦しめてしまったこと」は重荷として背負っていくのでしょうね。
セレスティアとレオハルト、つらい経験を重ねた二人のハッピーエンドでうれしいです。

2026.02.24 波依 沙枝

感想ありがとうございます。侯爵の背負う重さまで受け取っていただけて嬉しいです。セレスティアとレオハルトのハッピーエンドを喜んでいただけて、とても励みになりました!

解除
パンが3割引

ここまでイッキ読み!!
視力が奪われたにも関わらず長い年月がんばったね ばあやもありがとう
ティアの武器が整ってからからのスッキリ感が
たまらない〜
父親は…絶望に沈んでいて下さい

2026.02.24 波依 沙枝

感想ありがとうございます!一気読み嬉しいです。セレスティアの頑張りを見ていただけて励みになります。後半のスッキリ感も感じていただけてよかったです!

解除
みやびなぱんだ

最終回まであと少しですね!
20話くらいから読み始めたのですが、更新が待ちきれなくて、何度も読み返しました。最後まで、楽しみにしています!

2026.02.23 波依 沙枝

感想ありがとうございます。20話あたりから読んでくださって、更新を待ちきれずに何度も読み返していただけたなんて、本当に嬉しいです。最終回まで楽しんでいただけたら嬉しいです。励みになります!

解除

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