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★登場人物紹介及び粗筋と簡単なストーリー振り返り(読み飛ばして頂いて問題ありません)
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今更ですが登場人物の紹介をしていきたいと思います。
タイトルにも記しました通り、読み飛ばして頂いて問題ありません。こんなに長く続くとは思わなかったので、作者の備忘録も兼ねておりますw
本当はこういうのって章分けとかして章の先頭か終わりに追加するものなんでしょうが、今からじゃ面倒なんでこのスタイルのまま続けますw
◇◇◇
主要登場人物その1
☆ベアトリーチェ・バレンタイン
肩書きは公爵令嬢。本作の語り部。初登場時10歳→14歳。物語は基本、彼女目線で進行する。
転生者である。元の生は証券会社勤務のアラサーOL。転生後の世界が生前の自分が大好きだった小説『悪役令嬢は二度死ぬ』の舞台であると気付く。
そのことに戸惑いながらも、小説の中の悪役令嬢に転生してしまった身としては絶対に死亡エンドを回避せねばならない。
まずは王子との婚約を回避することから始め、前世の経験を生かした株取引や領地再建など、色恋よりも経済を回すことに尽力した結果、バレンタイン公爵家は繁栄の一途を辿っていた。
目論見通りとなった訳だが、肝心の王子の方は中々婚約者が決まらず、まだまだ予断を許さない状況になっていた。
なにせベアトリーチェのことを諦め切れないのか、領地に引っ込んだ後も追って来る始末。
辟易していたベアトリーチェだったが、自分の領地に小説のメインヒロインであるマルガリータが住んでることに気付くと、ちょっとフライング気味ではあるがマルガリータと親交を深めることにした。
そしてこれは意図しないフライングではあったが、王子とマルガリータの出会いまで演出してしまったので、もうこのまま突き進もうと思い直したりしている。
主要登場人物その2
☆アレクサンドル・フォン・フィンウェイ
肩書きはフィンウェイ王国第二王子。初登場時10歳→14歳。
正室の子でありながら、側室の子である第一王子の方が先に生まれたので第二王子に甘んじている。
オマケに文武両面で第一王子に全く敵わず、肩身の狭い思いをしている。母親である王妃から焚き付けられ、第一王子との王位争いで優位に立つべくバレンタイン公爵家を味方に付けて来いと送り出された。
要するにベアトリーチェと婚約を結んで来いということだ。だがベアトリーチェの方にはその気が全くなく、交渉は難航している。
ベアトリーチェが領地に引っ込んだ後も執拗に追い回すが、マルガリータと出会ったことで気持ちに変化が生まれて来ていた。
主要登場人物その3
☆ラインハルト・バレンタイン
ベアトリーチェの義弟。初登場時9歳→13歳。
バレンタイン公爵家の遠縁に当たる家から養子にやって来た。ベアトリーチェが嫁に行った際の跡取りということになる。
容姿端麗、頭脳明晰の完璧超人と思われていたが、マルガリータの出現によりその地位が脅かすされていたりする。
小説の中ではシンシアと恋仲になっており、ベアトリーチェとしてもさっさとくっ付けと思っているが、ラインハルト自身はベアトリーチェに対して淡い恋心を抱いたままであり、もう一歩先に進むことに躊躇している。
主要登場人物その4
☆シンシア・バートリー
肩書きは伯爵令嬢。バートリー伯爵家の三女でベアトリーチェ付きのメイドをしている。初登場時11歳→15歳。
歳が近いということでベアトリーチェ付きのメイドに任ぜられた。当初は我が儘で横暴なベアトリーチェに対し恐怖心すら抱いていたが、前世の記憶が覚醒した後のベアトリーチェとは良好な関係を築いている。
良くラインハルトとの仲をベアトリーチェに弄られるが、その度に赤面して抗議するのがお約束となりつつある。
主要登場人物その5
☆マルガリータ
肩書きはコルツ村の副村長の娘。初登場時12歳→14歳。
小説のメインヒロイン。現在、ラインハルトから容姿端麗、頭脳明晰の地位を奪いつつある。ここら辺はさすがにメインヒロインの貫禄と言った所か。
王立学園の入試も難なく突破したので、これからさベアトリーチェと共に王立学園へと通うことになる。
いよいよ小説のストーリーが佳境に入って来た。
~ 粗筋 ~
気合いを入れて臨んだ憧れの第二王子とのお茶会。
婚約者に選ばれようと我先にと飛び出した私は、将棋倒しに巻き込まれて意識を失う。
目が覚めた時には前世の記憶が蘇っていた。
そしてこの世界が自分が好きだった小説の世界だと知る。
どうやら転生したらしい。
しかも死亡エンドしかない悪役令嬢に!
これは是が非でも王子との婚約を回避せねば!
だけどなんだか知らないけど、いくら断っても王子の方から近寄って来るわ、ヒロインはヒロインで全然攻略しないわでもう大変!
一体なにがどーなってんの!?
~ プロローグ ~
今日は待ちに待った王宮主催のお茶会の日!
そして第二王子アレクサンドル様の婚約者選定の場でもある! わたくしと同い年のアレクサンドル様は、金髪碧眼のまさにキラキラ王子様!
わたくしと同年代の令嬢達の間では人気No.1なのよ! かくいうわたくしもアレクサンドル様に夢中! だからこのお茶会には一段と気合いを入れて臨むわ!
もうすぐ王族の方々がいらっしゃる時間ね! わたくしはアレクサンドル様狙いの令嬢達が屯する場の先頭に立ち、周りの令嬢どもを威嚇してやったわ!
公爵令嬢であるわたくしには誰も逆らえないようね! オーッホホホホ! ざまぁないわね!
来た! 王族の方々がいらっしゃったわ! 国王様、王妃様に続いてアレクサンドル様が! あぁっ! 今日もなんて麗しいの!
国王様の挨拶が終わって、いよいよお茶会がスタートする! わたくしはスタートダッシュを掛けて誰よりも早くアレクサンドル様の元へ!
「アレクサンドル様~♪ ご機嫌麗しゅう~♪ ぶへっ!?」
...ここでわたくしの意識は途絶えた。
後で聞いた話だと、アレクサンドル様に群がった令嬢達が将棋倒しになり、一番先頭にいた私は、車に轢かれたヒキガエルのようになって気を失ったらしい。
なにそれ恥ずい。そんな姿をSNSに挙げられたりしたら、全世界の笑い者になっちゃうじゃんか。
ん? SNSってなんだっけ?
◇◇◇
目が覚めたら見知らぬ部屋に居た。ここどこ? 私の四畳半の部屋に天蓋付きのベッドなんて置ける訳ないじゃん。
ってか、やたらめったら広い部屋だし! 家具も良く分かんないけど、きっとあれ絶対高いよ! 見事な彫刻とかされてんだもん!
ますます訳が分からなくなった私は、取り敢えずベッドから降りて部屋を歩き回って見た。
ん? 部屋だけじゃなく体にも違和感があるな。なんか全体的に手足が短くなったような?
部屋にあった姿見を見て驚愕した。二度見した。そして...
「な、なんじゃこりゃあ~!」
絶叫した。
松田○作か! という使い古されたツッコミは要らん!
「お嬢様!? どうなさいましたか!?」
私の叫び声を聞き付けたのか、メイドさんが飛んで来た。可愛ぇぇのぉ~! メイド服に身を包んだ美少女!
私が野郎だったら堪らんシチュエーションだろうな...って、そんなことを思ってる場合じゃない!
「あ、あぁ、ビックリさせてゴメンなさいね、シンシア。私は大丈夫よ? ちょっと怖い夢を見ただけ」
ん? シンシア? なんで私は初対面のはずのメイドさんの名前を知ってるんだ?
いやでも確かにこの娘の名前はシンシアだ。なぜ分かるのか分かんないけど、分かるんだから仕方ない。
そして私の名前は...私はもう一度姿見をジッと見詰める。赤い髪にちょっと吊り上がってキツ目の目元。紛うことなき10歳くらいの美少女がそこに映っている。なぜか額に大きな絆創膏を貼って。
この絵には見覚えがある。
「悪役令嬢のベアトリーチェ...」
そう、どうやら私は自分が好きだった小説の、あろうことか悪役令嬢に転生したようだった。
取り敢えず情報を整理しよう。
私の家は母子家庭で貧乏だったから、私を大学に入れることが出来なかった。高卒で就職した会社は所謂ブラック企業で、私は朝から晩まで安月給で働かされた。ほとんど休みも取れなかった。
最後に覚えているのは、残業でヘトヘトになってフトンに倒れ込んだ所まで。きっとそのまま私は過労死したんだろう。
母ちゃん、親不孝な娘でゴメン...
「...様...ベアトリーチェお嬢様!?」
「えっ!? あ、あぁ、ゴメン、シンシア。なに?」
「...あ、あの...大丈夫なんですか!? 頭を打っておかしくなったとか...」
「アハハッ! や、やだなぁ! 私はなんともないよ? ほらこの通り元気元気! ゴメンね、心配掛けて」
「...やっぱり変です。お嬢様は他人に謝ったりなどしない。まして私なんかに何度も何度も...有り得ません...旦那様と奥様にご連絡しますね? お医者様に診てもらわないと...」
「わぁあああっ! 待って待って! 本当に大丈夫だから! お願いだから大袈裟にしないで!」
出て行こうとするシンシアを呼び止めながら、私はベアトリーチェの記憶を探る。
うわぁ...これは酷い...シンシアがこうなっちゃう訳だよ...気に入らないことがあるとすぐ癇癪を起こして物を投げ付ける。紅茶の温度が温いって言っては紅茶を頭からぶっ掛ける。その他殴ったり蹴ったりは日常茶飯事って...ベアトリーチェ、なにやらかしてんの!? お前はどこの暴君だよ!?
...シンシア、良く耐えて来れたな...普通ならこんな傍若無人なお嬢様の所なんてさっさと辞めるだろ? SNSに挙げられたりしたら大炎上間違いなし。訴えられたら間違いなく多額の慰謝料請求されるだろ。
いやだからSNSは無いってば!
「コホン...と、とにかくなんでもないから気にしないで? あぁ、そうだ! 喉が渇いちゃったからお茶入れてくれない?」
「...ハァ...分かりました...」
物凄く不信感たっぷりってな顔で下がって行ったな。まぁいいや、シンシアとの関係は後々改善して行こう。
さて、この世界が私の好きだった小説『悪役令嬢は二度死ぬ』の世界だってことは、今のシンシアとの会話でも間違いないと思われる。
小説の中でベアトリーチェはとにかく傲慢な令嬢で、使用人に対し虫ケラのような扱いをしたから、最後の最後で使用人に裏切られるのよね。
小説を読んでいた時は「ざまぁ!」って思ってたけど、いざ自分がその立場になったら冗談じゃない! この小説はタイトル通り、悪役令嬢は死亡エンドを迎える訳だけども、私はその運命に抗って見せる!
絶対に死亡エンドを回避するんだ!
そのためにまずやることは...
私は改めて姿見に映った自分の姿を良く観察する。
うん、ちょっと幼いけど小説の挿し絵にあったベアトリーチェそのものだ。小説の舞台は王立学園に入学する15歳の時なので、今の私はまだ10歳のはずだから幼くて当然だ。
しかしこの額に貼ってある絆創膏が気になる。王宮でのお茶会でなにがあった? ベアトリーチェが子供の頃の話って、小説の中ではサラッと書かれていただけだからなぁ。詳細は分かんないだよなぁ。
お茶会という名のお見合いの席で、公爵家という立場を利用してかなり強引にアレクサンドル様に迫ったらしい。その甲斐あってか、見事10歳で婚約を結んだということぐらいしか情報としてないんだよなぁ。
だけどその後、王立学園に入学して来たヒロインに、あっさりとアレクサンドル様を奪われることになる訳なんだけどね。
「お嬢様、お待たせ致しました。お茶請けとしてお嬢様の大好きなスコーンもご用意致しました」
「ありがとう、シンシア。ねぇ、この傷だけど一体なにがあったの? 私、お茶会の後から記憶が無いのよね」
「......」
「シンシア?」
「あ、失礼致しました。お嬢様は昨日、王宮でのお茶会に参加された際、アレクサンドル王子に殺到した令嬢方の将棋倒しに巻き込まれ、お怪我を負って気を失われたのでございます」
「そうだったのね...」
だから記憶が無いのか。それとその時の衝撃が引き金になって、前世の記憶を呼び覚ましたってことなのかな。
ん? でもこんな展開は小説になかったよな? あったら覚えてるし。
「えぇ、その後は大変でございましたよ? 旦那様は『この国一番の医者を呼べ!』と大騒ぎし、奥様はお嬢様のお顔の傷をご覧になった途端、ショックのあまり卒倒してしまいました。旦那様は先程までお嬢様に付きっきりでしたが、今は奥様に寄り添っておりますよ」
「そう...心配掛けたわね...」
後で様子を見に行った方がいいかな。心配掛けてゴメンって。でもベアトリーチェ的には両親なんだろうけど、私的には初対面の人達なんだよなぁ。上手くコミュニケーションが取れるかどうか正直不安だなぁ。
そう思いながら紅茶を一口飲んだ。
「うん!? この紅茶凄く美味しい!」
「お褒めに預り恐縮です」
「このスコーンも美味しい! シンシア、ありがとうね!」
「......」
「シンシア? どしたん?」
「...やっぱりお嬢様は変です...お嬢様が私如きにお礼を言うだなんて...それも二回も...これはやっぱり旦那様に...」
「わぁっ! 待って待って! まだ心の準備が...そうじゃなくて! もうちょっと落ち着いたら自分で行くから!」
これはまずメイドとの関係を真っ先に改善する必要があるかも知れないな...
「ねぇシンシア、聞いて頂戴。私はね、心を入れ替えたのよ。この傷はきっと、今まであなたに散々当たり散らしていたせいで罰が当たったのね。自業自得だわ。今までのこと、大変申し訳なかったと心から思っているの。本当にごめんなさいね。もう二度とあんな酷いことはしないと神に誓うわ。それとこれからは悪いことをしたらちゃんと謝るし、感謝の気持ちを素直に言葉にするように心掛けるつもりよ。私が今まであなたにして来た酷いことを、全て許してくれなんて虫の良いことは言わない。ただこれから変わって行く私を側で見守って、時には支えてくれると嬉しいわ」
私は思いの丈をシンシアにぶつけてみた。するとシンシアは、
「お、お嬢様~! シンシアは、シンシアは! 嬉しゅうございます~!」
号泣してしまった。
「し、シンシア! な、泣かないで!」
私は慌ててハンカチを渡す。
「グシュグシュ...チーン! あ、ありがどうございまふ...」
「どういたしまして。シンシア、改めてこれからよろしくね?」
「グシュ...はい...はい! シンシアはこれからもお嬢様のお側にずっとおります!」
フゥ...どうやら関門の一つである使用人との関係改善は上手く行きそうだな...私はそっと胸を撫で下ろした。
「ありがとう。ところでシンシア、この傷ってどの程度なの?」
私が絆創膏を剥がそうとすると、
「あぁ、お嬢様! いけません! 5針も縫う大怪我だったんですから、まだそのままにしていて下さい! 私がドクターに叱られてしまいます!」
5針程度で大怪我て...まぁ貴族にとってみたら大袈裟じゃないのかな? 基準がよう分からん。
「分かったわ。それですぐ治るのかしら?」
聞いた途端、シンシアの顔が沈痛な表情を浮かべた。
「そ、それが...」
シンシアは俯いて沈黙してしまった。
「シンシア、構わないから教えて頂戴」
私が促すと、シンシアはせっかく泣き止んだのにまた泣きそうな声で、
「...傷痕は...残ってしまうそうです...うぅ...お嬢様、なんとお労しい...」
「そう...残るのね...」
前髪で隠せる位置とはいえ、貴族令嬢としては致命的だろう。傷物扱いされてマトモな縁談など来るはずもない。
そう思うと...笑いが込み上げて来た。これで間違いなく王子の婚約者などに選ばれることはないだろう。
このまま行けば死亡エンドは回避できそうである。
「グシュグシュ...お嬢様ぁ~...あれ、お嬢様!? 悲しむどころかなんか喜んでおられませんか!?」
「き、気のせいよ! そ、それよりまだ本調子じゃないみたい。少し横になるわね」
「あ、はい。畏まりました」
シンシアを下がらせてから私は、死亡エンド回避のために改めて現在の状況把握を行うことにした。
アレクサンドル王子の婚約者を決めるお茶会で、肝心のアレクサンドル王子と絡むことなく終わった。つまり既に小説のストーリーからは外れている。
このままアレクサンドル王子の婚約者になることなく進めば、少なくとも死亡エンドを迎えることはなくなる。それは確実だと思う。
小説のストーリーから外れたことで今後、予想外の出来事が起きる可能性はあるが、いざとなったら領地にでも引き籠ってしまえば良い。
傷物になった令嬢というレッテルが貼られればそれも可能だろう。とにかくアレクサンドル王子との接触を極力避ける。これが肝となる。
小説の中のベアトリーチェはとにかくアレクサンドル王子が大好きで、事ある毎にアレクサンドル王子に絡んでいた。
まんまと婚約者の座を射止めた後は、ストーカーの如く毎日のようにアレクサンドル王子に付き纏っていた。そりゃ嫌われて当然だわ。
嫉妬深く、アレクサンドル王子にちょっとでも近付いた女には、権力を笠に着て容赦なく牙を向く。アレクサンドル王子はますますストレスを感じるようになる。
傲慢な性格にはますます拍車が掛かり、使用人達はいつベアトリーチェの逆鱗に触れるのかと戦々恐々としながら過ごす日々。
あっちもこっちもストレスフルな状態にしておきながら、当のベアトリーチェはそんなこと微塵も気付かず、自分は皆に愛されて敬われる立場なんだと信じて疑わない。
うん、こうして見るとベアトリーチェって本当に傍迷惑な存在だわ。そりゃアレクサンドル王子もヒロインに靡く訳だわな。当然の結果だ。アレクサンドル王子に罪はないよ。
王立学園に入学した後、アレクサンドル王子がヒロインと絡むようになると、そらもう嫉妬に駆られてヒロインをこれでもかっていうくらい虐め抜く訳だ。
定番である『教科書破り』から始まって『噴水流し』からの『階段落とし』という三段コンボ。それでも挫けない健気なヒロインに対し、最後は破落戸を雇って害そうとした。
ベアトリーチェの狡猾な所は、これら全てを自分の手を汚さず取り巻きどもに命じてやらせていたこと。
三段コンボ以外にも、公衆の面前でヒロインのことを「泥棒猫」「淫売」「売女」などと散々罵ったり、廊下ですれ違う度に足を引っ掛けて転ばしたり、女子トイレの一室に閉じ込めて頭から水を掛けたりといった数々の虐めに関しても、全て取り巻きどもにやらせて、自分は高みの見物とばかりに洒落込んでいた。
まぁそれでも最後には、アレクサンドル王子の手によって悪事は全て暴かれ、ベアトリーチェは投獄されることになるんだけど、通常ならここで「めでたしめでたし」ってなる所が、この話はまだ続きがあるんだよね。
小説の中のベアトリーチェは金に物を言わせて牢番を買収し、まんまと脱獄を果たす。
そしてやはり金に飽かせて、暗黒街に身を寄せる。そこで自分と同じ背格好の赤毛の女を浚って来て殺し、顔を潰して身元が分からないようにしてから、自分の身代わりとして牢に放り込むように依頼する。
あっちこっちで恨みを買っていたベアトリーチェが、牢の中でさも何者かに暗殺されたように見せ掛けるためである。
小説のタイトルでもある『悪役令嬢は二度死ぬ』とはそういう意味で、この後ベアトリーチェは自慢の赤毛を黒く染め、学園に潜入し自らの手でヒロインを殺そうとする。
この辺りの鬼気迫る様子と躊躇いなく人を殺そうとする狂気故、私の中でベアトリーチェは「悪役令嬢」を通り越して「悪魔令嬢」と認識されていた程だ。
まぁそれでも最後は、ベアトリーチェがまだ生きていて凶行に及ぼうとしていることがバレて、ヒロインに襲い掛かった所を駆け付けたアレクサンドル王子の剣に倒されて終わるんだけどね。
ちなみに何故バレたのかというと、ベアトリーチェの指示で脱獄やら暗黒街への手引きやらを手伝わされたシンシアが、最後の最後でベアトリーチェを裏切ったからなんだよね。
なおこの時、ベアトリーチェの企みに気付いてシンシアを問い詰め白状させたのは、まだ登場していないベアトリーチェの義理の弟ラインハルトなんだけど。
ただこのラインハルトは、ベアトリーチェがアレクサンドル王子の婚約者になったから、公爵家の跡取りとして遠縁の親戚から養子に迎えられることになっているんだよね。ベアトリーチェって一人娘だから。
だから私がアレクサンドル王子の婚約者にさえならなければ、ひょっとしたら登場しない可能性もあるキャラなんだよね。
前世の私は一人っ子だったから弟や妹、兄や姉には縁がなかったんで、今世では弟が出来るかも知れないと思ったら、ちょっと楽しみだったりするんだけどね。どうなることやら。
ちなみに小説の中のベアトリーチェは、急に現れた義理の弟が気に入らなくて、かなりえげつなく虐めたりしたからラインハルトに嫌われていた。だから最後にベアトリーチェを追い詰めた訳なんだよね。
小説のストーリーは概ねこんな感じだ。やはり基本となるのはアレクサンドル王子との婚約なんで、これを全力で回避すると共に関係者との人間関係を改善して行く。この路線で行こうと思う。
方針が決まって安心したのか眠くなって来た。
おやすみなさい...
再び目を覚ますと、もう既に辺りは真っ暗だった。
「ふわぁ...良く寝たなぁ...」
ギュルルルッ!
お腹の音が盛大に鳴った。
シンシアの話だと私は昨日の昼間に倒れたらしい。そこから今迄なにも口にしてないんだから腹が減って当然だわな。
私は卓上にある呼び鈴を鳴らす。なにかあったら鳴らすようにシンシアから言われている。
すると秒でシンシアが飛んで来た。早いな! どこに控えてたんだ!?
「お嬢様、お目覚めですか?」
「えぇ、シンシア。お腹が減ったわ。なにか食べ物を持って来て頂戴。あぁそれとも、私が食堂に行った方が早いかしら?」
「すぐにご用意致します。お嬢様はどうかそのままで」
そう言ってシンシアは素早く部屋を出て行ったと思ったら、間も無くカートを押しながら戻って来た。
「お待たせしました」
カートの上に載っているのは、さすがは公爵家と言わんばかりの豪華なメニューだった。
「ありがとう♪ 頂きま~す♪」
大変美味しく頂きました♪
◇◇◇
食後のお茶を飲んでいると、
「お嬢様、そろそろ旦那様がこちらにおいでになると思います」
「あ、そうなの...」
「はい、奥様のご容態も大分良くなって参りましたので」
ハァ...どんな顔して会えばいいのか...まだ心の準備は整ってないけど、いつまでも避けられるはずもないし、ここは腹を括るかないか...
するとノックもせずいきなりバァーンッという音を立ててドアが開かれた。
「あぁ、可愛いリーチェ! 僕の天使! お顔を良く見せておくれ! 心配したんだよ! 元気そうで良かった!」
誰だこのイケメンは!? 話の流れからするとこれがベアトリーチェの父ちゃんってことになるんだろうけど...
若いな! ベアトリーチェの父ちゃんってことは少なく見積もっても30代のはずだろ!? どう見ても20代やんけ!
真っ赤な髪はベアトリーチェにそっくりだ。ベアトリーチェの父ちゃんなのは間違いないんだろけど、こんなイケメン前世で見た事ないぞ! しかも私の好みドストライクなんですけど!
そんなイケメンにいきなり抱き締められてキスの嵐を受けてみ? 前世、20歳そこそこで他界したらしい私に取っちゃ夢のような時間の訳よ!
間違いない! 今の私の顔は茹で蛸みたいに真っ赤っかになってるはず!
「あ、あの...とうちゃ...お、お父しゃま...」
危ねぇ危ねぇ! テンパって父ちゃんって呼ぶ所だったよ!
「なんだいリーチェ? ん~♪ チュッチュッ♪」
そのキスを止めれ! 私の顔はキスの嵐の真っ只中だった。
ヤバい! 悶え死ぬる~!
「お、お父様! いい加減にして下さい!」
私は渾身の力を込めて父親の体を押し退けた。前世、母子家庭だった私は父親の温もりを知らない。
物心ついた時には、もう既に父親はこの世に居なかった。若くして癌に倒れたらしい。
それからは母ちゃんが女手一つで私を育ててくれた。だからそもそも男性とのスキンシップに慣れていないのだ。
学生時代は家計を助けるため、バイト三昧だったから恋なんてしてる暇なかったし、就職してからはブラック企業で仕事に追われて、やっぱり恋なんて無縁の生活だったし。
そんで二十歳そこそこで過労死した私は、要するに男性に対する免疫が皆無な訳で。いくら父親とはいえ、こんなイケメンにキスされたらそらもう大変なことになっちゃう訳よ。
「あぁ、ゴメンよ。ちょっとやり過ぎたね」
やっとキスの嵐が止まってホッとしていたら、今度はギュウッと抱き締められた。厚い胸板が顔に当たり、男性用コロンの香りなのか良い匂いに包まれた私は硬直してしまった。心臓がうるさいくらいドキドキしている。
「本当に心配したんだよ...ドクターは大丈夫だとは言っていたが、僕はもしかしたらこのまま目を覚まさないんじゃないかと気が気じゃなかった...リーチェ、また君に会えて嬉しいよ...」
そんなことを耳元で囁かれたら、ますますドキドキが加速してしまうやろ!
「お父様、心配掛けてゴメンなさい。私はもう大丈夫ですから」
だからそろそろ離れて欲しい。私の心臓がドキドキで破裂する前に。願いが通じたのか、父親はやっと放してくれた。
だが今度は沈痛な表情になって、
「あぁ、リーチェ! 可哀想に...」
私の額の絆創膏を見詰めた。
「お父様、私は気にしていませんから。お父様もそんなに思い詰めないで下さい」
「リーチェ...」
「それよりかあちゃ...コホン、もといお母様の具合は如何ですか?」
危ねぇ危ねぇ! うっかり母ちゃんって言う所だったよ!
「あぁ、リーナは君が傷物になってしまったことが余程ショックだったみたいでね...寝込んでしまったんだ。後で元気になった姿を見せに行ってくれるかい?」
「分かりました」
母親の名前はリーナっていうのか。そういやこの父親の名前はなんて言うんだろ? 本人に聞く訳にもいかないし、小説の中でもベアトリーチェの両親の名前なんて出て来なかったからなぁ。
そんなことを思っていた時だった。
「あなた! クリス! リーチェが目を覚ましたって本当なの!?」
金髪碧眼の物凄い美女が部屋に飛び込んで来た。
えっ!? 誰!?
「リーナ! 起きてて大丈夫なのかい!?」
「こんな時に呑気に寝てなんていられないわよ! あぁ、リーチェ! なんて姿に! 可哀想に...さぞ痛かったでしょう?」
そう言って絶世の美女が私を胸に抱いた。柔らか~♪ それにめっちゃ良い香りがする~♪ 私が男だったら至福もんだよ~♪
って、そうじゃない! 今父親はなんて言った!? この女の人のことをリーナって呼んでなかったか!? ってことはこの人が今世での私の母ちゃん!?
ゴメン、前世の母ちゃん...あんた完敗だよ...だってこの人どう見たって20代だもん! 加齢臭しないもん! 姉だって言っても信じて貰えそうなくらい若いもん!
「あ、あの...お、お母様!?」
「なあに? リーチェ?」
「ちょっと苦しいです...」
「あら、ゴメンなさいね! あなたが目を覚ましたのが嬉しかったもんだからつい!」
フウ...やっと離れてくれた。
「リーナ、少し抑えなさい。リーチェはまだ目を覚ましたばっかりなんだから」
「それもそうね。リーチェ、なにか欲しいものはある? 喉渇いてない? お腹空いてない?」
「だ、大丈夫です...あ、あの...まだちょっと本調子じゃあないんで、少し休ませて欲しいんですが...」
主に精神面がね...怒涛の展開でグッタリだよ...
「そうだな。話をするのは明日にしよう。今夜はグッスリと休みなさい。チュッ!」
「そうね。名残惜しいけどそうしましょうか。リーチェ、お休み。チュッ!」
だからいちいちキスするの止めれ! ここはアメリカか!? あぁ、ホント心臓に悪い...
◇◇◇
翌朝、まだ夜が明けきらない内に目が覚めた。昨日からずっと寝てたせいと、社畜根性が染み付いているせいで元々朝は早いんだけどね。
まだこんな時間じゃシンシアも寝てるだろうし、他の使用人達も同様だろう。私はベッドから出て着替えをしようとクローゼットを探す。
しかし広い部屋だな。扉がいくつもあって、どれが衣装部屋だが分かんないぞ。取り敢えず一つ一つ開けてみる。ここはバスルームか。ちょうど良い。顔を洗うか。
ここはなんだ? あぁ、給湯室か。ちょうど良い。コーヒーあるかな? 朝はコーヒー飲まないと目が覚めないんだよね。
そこらにある缶を片っ端から開けて行く。おっ! あったあった! 良し良し、ちゃんと豆は挽いてあるな。あとはサイフォンと...これかな? 挽いた豆を入れてと。
あれ? お湯はどうやって出すんだ? このデッカい給湯器みたいなのでいいのかな? ボタンがあるぞ? 赤いボタンがそれっぽいな。ちょっと押してみるか。
あ、その前にコーヒーカップを用意しないと。カップは...ティーカップでも構わないよね? 似たようなもんだし。さて赤いボタンをポチッとな。うん、お湯で間違いない。温度もちょうど良さそう。
サイフォンにお湯を注いでと。さて、コーヒーが出来上がるまでに着替えを済ませますかね。
私は給湯室を出て次の扉に向かう。
しかし当たり前のように給湯室やバスルームが部屋の中にあるんだな。さすがは公爵家。私は改めてそう思った。
扉を開けるとそこは衣装部屋で間違いなかった。所謂ウォークインクローゼットというヤツだ。しかし凄い衣装の量だな!
前世の私と比較するのも馬鹿馬鹿しい話だが、四畳半一間の狭い部屋にはファンシーケースすら置ける場所がなかった。しょうがないから押し入れに服を吊るしていたっけな。
ウォークインクローゼットなんて夢のまた夢だった。それを思い出すと転生して良かったなとつくづく思う。
それにしても煌びやかなドレスが沢山あるな。こんなのどうやったって一人じゃ着れそうにないし明らかに普段着じゃない。奥の方を見るとシンプルなワンピースが並んでいる。
これなら一人で着れそうだな。ベアトリーチェは真っ赤な髪だから青系統のワンピースが似合いそうだ。
一枚手に取ってパジャマを脱いで着替えてみる。サイズはピッタリだ。姿見の前に立ってみる。うん、思った通り良く似合ってる。
衣装部屋から出ると部屋の中に香ばしいコーヒーの香りが漂っていた。コーヒーが出来上がったようだ。給湯室に向かう。
カップを手に取ってまずは香りを楽しむ。
「う~ん...良い香り...前世で言う所のキリマンジャロかな? いや、ブルーマウンテンかな? どっちにしろ良い豆使ってんなぁ」
早速一口飲んでみる。
「ハァ...美味い...やっぱ朝はこれだよねぇ...」
私はブラックコーヒー派だ。胃に悪いのは分かっているが、コーヒーの味と香りを楽しむのにミルクやクリーム、砂糖などを入れるのは邪道だと思っている。
「これで後は新聞があれば申し分ないんだけど、この世界に新聞ってあるのかな?」
前世の私は証券会社に勤務していた。だから株式市況や物価の動向などを新聞でチェックするのが日課になっていた。
小説の時代設定は架空の歴史だったけど、移動するのに馬車を使ったり汽車を使ったりしていたから、前世で言う所の19世紀の終わりから20世紀初頭に掛けての時代設定だと思っている。
その頃には新聞ってあったよね? さすがにまだ宅配はしてないだろうけど。公爵家なら町売りの新聞を、使用人とかが毎朝買って来ていてもおかしくはないよね? 後でシンシアにでも聞いてみよう。
そうやってまったり過ごしていると、部屋のドアが音もなく開いた。シンシアがそおっと部屋に入って来て目を丸くする。
「あら? シンシア? おはよう。随分と朝早いのね?」
まだやっと空が白み掛かった頃だもんね。
タイトルにも記しました通り、読み飛ばして頂いて問題ありません。こんなに長く続くとは思わなかったので、作者の備忘録も兼ねておりますw
本当はこういうのって章分けとかして章の先頭か終わりに追加するものなんでしょうが、今からじゃ面倒なんでこのスタイルのまま続けますw
◇◇◇
主要登場人物その1
☆ベアトリーチェ・バレンタイン
肩書きは公爵令嬢。本作の語り部。初登場時10歳→14歳。物語は基本、彼女目線で進行する。
転生者である。元の生は証券会社勤務のアラサーOL。転生後の世界が生前の自分が大好きだった小説『悪役令嬢は二度死ぬ』の舞台であると気付く。
そのことに戸惑いながらも、小説の中の悪役令嬢に転生してしまった身としては絶対に死亡エンドを回避せねばならない。
まずは王子との婚約を回避することから始め、前世の経験を生かした株取引や領地再建など、色恋よりも経済を回すことに尽力した結果、バレンタイン公爵家は繁栄の一途を辿っていた。
目論見通りとなった訳だが、肝心の王子の方は中々婚約者が決まらず、まだまだ予断を許さない状況になっていた。
なにせベアトリーチェのことを諦め切れないのか、領地に引っ込んだ後も追って来る始末。
辟易していたベアトリーチェだったが、自分の領地に小説のメインヒロインであるマルガリータが住んでることに気付くと、ちょっとフライング気味ではあるがマルガリータと親交を深めることにした。
そしてこれは意図しないフライングではあったが、王子とマルガリータの出会いまで演出してしまったので、もうこのまま突き進もうと思い直したりしている。
主要登場人物その2
☆アレクサンドル・フォン・フィンウェイ
肩書きはフィンウェイ王国第二王子。初登場時10歳→14歳。
正室の子でありながら、側室の子である第一王子の方が先に生まれたので第二王子に甘んじている。
オマケに文武両面で第一王子に全く敵わず、肩身の狭い思いをしている。母親である王妃から焚き付けられ、第一王子との王位争いで優位に立つべくバレンタイン公爵家を味方に付けて来いと送り出された。
要するにベアトリーチェと婚約を結んで来いということだ。だがベアトリーチェの方にはその気が全くなく、交渉は難航している。
ベアトリーチェが領地に引っ込んだ後も執拗に追い回すが、マルガリータと出会ったことで気持ちに変化が生まれて来ていた。
主要登場人物その3
☆ラインハルト・バレンタイン
ベアトリーチェの義弟。初登場時9歳→13歳。
バレンタイン公爵家の遠縁に当たる家から養子にやって来た。ベアトリーチェが嫁に行った際の跡取りということになる。
容姿端麗、頭脳明晰の完璧超人と思われていたが、マルガリータの出現によりその地位が脅かすされていたりする。
小説の中ではシンシアと恋仲になっており、ベアトリーチェとしてもさっさとくっ付けと思っているが、ラインハルト自身はベアトリーチェに対して淡い恋心を抱いたままであり、もう一歩先に進むことに躊躇している。
主要登場人物その4
☆シンシア・バートリー
肩書きは伯爵令嬢。バートリー伯爵家の三女でベアトリーチェ付きのメイドをしている。初登場時11歳→15歳。
歳が近いということでベアトリーチェ付きのメイドに任ぜられた。当初は我が儘で横暴なベアトリーチェに対し恐怖心すら抱いていたが、前世の記憶が覚醒した後のベアトリーチェとは良好な関係を築いている。
良くラインハルトとの仲をベアトリーチェに弄られるが、その度に赤面して抗議するのがお約束となりつつある。
主要登場人物その5
☆マルガリータ
肩書きはコルツ村の副村長の娘。初登場時12歳→14歳。
小説のメインヒロイン。現在、ラインハルトから容姿端麗、頭脳明晰の地位を奪いつつある。ここら辺はさすがにメインヒロインの貫禄と言った所か。
王立学園の入試も難なく突破したので、これからさベアトリーチェと共に王立学園へと通うことになる。
いよいよ小説のストーリーが佳境に入って来た。
~ 粗筋 ~
気合いを入れて臨んだ憧れの第二王子とのお茶会。
婚約者に選ばれようと我先にと飛び出した私は、将棋倒しに巻き込まれて意識を失う。
目が覚めた時には前世の記憶が蘇っていた。
そしてこの世界が自分が好きだった小説の世界だと知る。
どうやら転生したらしい。
しかも死亡エンドしかない悪役令嬢に!
これは是が非でも王子との婚約を回避せねば!
だけどなんだか知らないけど、いくら断っても王子の方から近寄って来るわ、ヒロインはヒロインで全然攻略しないわでもう大変!
一体なにがどーなってんの!?
~ プロローグ ~
今日は待ちに待った王宮主催のお茶会の日!
そして第二王子アレクサンドル様の婚約者選定の場でもある! わたくしと同い年のアレクサンドル様は、金髪碧眼のまさにキラキラ王子様!
わたくしと同年代の令嬢達の間では人気No.1なのよ! かくいうわたくしもアレクサンドル様に夢中! だからこのお茶会には一段と気合いを入れて臨むわ!
もうすぐ王族の方々がいらっしゃる時間ね! わたくしはアレクサンドル様狙いの令嬢達が屯する場の先頭に立ち、周りの令嬢どもを威嚇してやったわ!
公爵令嬢であるわたくしには誰も逆らえないようね! オーッホホホホ! ざまぁないわね!
来た! 王族の方々がいらっしゃったわ! 国王様、王妃様に続いてアレクサンドル様が! あぁっ! 今日もなんて麗しいの!
国王様の挨拶が終わって、いよいよお茶会がスタートする! わたくしはスタートダッシュを掛けて誰よりも早くアレクサンドル様の元へ!
「アレクサンドル様~♪ ご機嫌麗しゅう~♪ ぶへっ!?」
...ここでわたくしの意識は途絶えた。
後で聞いた話だと、アレクサンドル様に群がった令嬢達が将棋倒しになり、一番先頭にいた私は、車に轢かれたヒキガエルのようになって気を失ったらしい。
なにそれ恥ずい。そんな姿をSNSに挙げられたりしたら、全世界の笑い者になっちゃうじゃんか。
ん? SNSってなんだっけ?
◇◇◇
目が覚めたら見知らぬ部屋に居た。ここどこ? 私の四畳半の部屋に天蓋付きのベッドなんて置ける訳ないじゃん。
ってか、やたらめったら広い部屋だし! 家具も良く分かんないけど、きっとあれ絶対高いよ! 見事な彫刻とかされてんだもん!
ますます訳が分からなくなった私は、取り敢えずベッドから降りて部屋を歩き回って見た。
ん? 部屋だけじゃなく体にも違和感があるな。なんか全体的に手足が短くなったような?
部屋にあった姿見を見て驚愕した。二度見した。そして...
「な、なんじゃこりゃあ~!」
絶叫した。
松田○作か! という使い古されたツッコミは要らん!
「お嬢様!? どうなさいましたか!?」
私の叫び声を聞き付けたのか、メイドさんが飛んで来た。可愛ぇぇのぉ~! メイド服に身を包んだ美少女!
私が野郎だったら堪らんシチュエーションだろうな...って、そんなことを思ってる場合じゃない!
「あ、あぁ、ビックリさせてゴメンなさいね、シンシア。私は大丈夫よ? ちょっと怖い夢を見ただけ」
ん? シンシア? なんで私は初対面のはずのメイドさんの名前を知ってるんだ?
いやでも確かにこの娘の名前はシンシアだ。なぜ分かるのか分かんないけど、分かるんだから仕方ない。
そして私の名前は...私はもう一度姿見をジッと見詰める。赤い髪にちょっと吊り上がってキツ目の目元。紛うことなき10歳くらいの美少女がそこに映っている。なぜか額に大きな絆創膏を貼って。
この絵には見覚えがある。
「悪役令嬢のベアトリーチェ...」
そう、どうやら私は自分が好きだった小説の、あろうことか悪役令嬢に転生したようだった。
取り敢えず情報を整理しよう。
私の家は母子家庭で貧乏だったから、私を大学に入れることが出来なかった。高卒で就職した会社は所謂ブラック企業で、私は朝から晩まで安月給で働かされた。ほとんど休みも取れなかった。
最後に覚えているのは、残業でヘトヘトになってフトンに倒れ込んだ所まで。きっとそのまま私は過労死したんだろう。
母ちゃん、親不孝な娘でゴメン...
「...様...ベアトリーチェお嬢様!?」
「えっ!? あ、あぁ、ゴメン、シンシア。なに?」
「...あ、あの...大丈夫なんですか!? 頭を打っておかしくなったとか...」
「アハハッ! や、やだなぁ! 私はなんともないよ? ほらこの通り元気元気! ゴメンね、心配掛けて」
「...やっぱり変です。お嬢様は他人に謝ったりなどしない。まして私なんかに何度も何度も...有り得ません...旦那様と奥様にご連絡しますね? お医者様に診てもらわないと...」
「わぁあああっ! 待って待って! 本当に大丈夫だから! お願いだから大袈裟にしないで!」
出て行こうとするシンシアを呼び止めながら、私はベアトリーチェの記憶を探る。
うわぁ...これは酷い...シンシアがこうなっちゃう訳だよ...気に入らないことがあるとすぐ癇癪を起こして物を投げ付ける。紅茶の温度が温いって言っては紅茶を頭からぶっ掛ける。その他殴ったり蹴ったりは日常茶飯事って...ベアトリーチェ、なにやらかしてんの!? お前はどこの暴君だよ!?
...シンシア、良く耐えて来れたな...普通ならこんな傍若無人なお嬢様の所なんてさっさと辞めるだろ? SNSに挙げられたりしたら大炎上間違いなし。訴えられたら間違いなく多額の慰謝料請求されるだろ。
いやだからSNSは無いってば!
「コホン...と、とにかくなんでもないから気にしないで? あぁ、そうだ! 喉が渇いちゃったからお茶入れてくれない?」
「...ハァ...分かりました...」
物凄く不信感たっぷりってな顔で下がって行ったな。まぁいいや、シンシアとの関係は後々改善して行こう。
さて、この世界が私の好きだった小説『悪役令嬢は二度死ぬ』の世界だってことは、今のシンシアとの会話でも間違いないと思われる。
小説の中でベアトリーチェはとにかく傲慢な令嬢で、使用人に対し虫ケラのような扱いをしたから、最後の最後で使用人に裏切られるのよね。
小説を読んでいた時は「ざまぁ!」って思ってたけど、いざ自分がその立場になったら冗談じゃない! この小説はタイトル通り、悪役令嬢は死亡エンドを迎える訳だけども、私はその運命に抗って見せる!
絶対に死亡エンドを回避するんだ!
そのためにまずやることは...
私は改めて姿見に映った自分の姿を良く観察する。
うん、ちょっと幼いけど小説の挿し絵にあったベアトリーチェそのものだ。小説の舞台は王立学園に入学する15歳の時なので、今の私はまだ10歳のはずだから幼くて当然だ。
しかしこの額に貼ってある絆創膏が気になる。王宮でのお茶会でなにがあった? ベアトリーチェが子供の頃の話って、小説の中ではサラッと書かれていただけだからなぁ。詳細は分かんないだよなぁ。
お茶会という名のお見合いの席で、公爵家という立場を利用してかなり強引にアレクサンドル様に迫ったらしい。その甲斐あってか、見事10歳で婚約を結んだということぐらいしか情報としてないんだよなぁ。
だけどその後、王立学園に入学して来たヒロインに、あっさりとアレクサンドル様を奪われることになる訳なんだけどね。
「お嬢様、お待たせ致しました。お茶請けとしてお嬢様の大好きなスコーンもご用意致しました」
「ありがとう、シンシア。ねぇ、この傷だけど一体なにがあったの? 私、お茶会の後から記憶が無いのよね」
「......」
「シンシア?」
「あ、失礼致しました。お嬢様は昨日、王宮でのお茶会に参加された際、アレクサンドル王子に殺到した令嬢方の将棋倒しに巻き込まれ、お怪我を負って気を失われたのでございます」
「そうだったのね...」
だから記憶が無いのか。それとその時の衝撃が引き金になって、前世の記憶を呼び覚ましたってことなのかな。
ん? でもこんな展開は小説になかったよな? あったら覚えてるし。
「えぇ、その後は大変でございましたよ? 旦那様は『この国一番の医者を呼べ!』と大騒ぎし、奥様はお嬢様のお顔の傷をご覧になった途端、ショックのあまり卒倒してしまいました。旦那様は先程までお嬢様に付きっきりでしたが、今は奥様に寄り添っておりますよ」
「そう...心配掛けたわね...」
後で様子を見に行った方がいいかな。心配掛けてゴメンって。でもベアトリーチェ的には両親なんだろうけど、私的には初対面の人達なんだよなぁ。上手くコミュニケーションが取れるかどうか正直不安だなぁ。
そう思いながら紅茶を一口飲んだ。
「うん!? この紅茶凄く美味しい!」
「お褒めに預り恐縮です」
「このスコーンも美味しい! シンシア、ありがとうね!」
「......」
「シンシア? どしたん?」
「...やっぱりお嬢様は変です...お嬢様が私如きにお礼を言うだなんて...それも二回も...これはやっぱり旦那様に...」
「わぁっ! 待って待って! まだ心の準備が...そうじゃなくて! もうちょっと落ち着いたら自分で行くから!」
これはまずメイドとの関係を真っ先に改善する必要があるかも知れないな...
「ねぇシンシア、聞いて頂戴。私はね、心を入れ替えたのよ。この傷はきっと、今まであなたに散々当たり散らしていたせいで罰が当たったのね。自業自得だわ。今までのこと、大変申し訳なかったと心から思っているの。本当にごめんなさいね。もう二度とあんな酷いことはしないと神に誓うわ。それとこれからは悪いことをしたらちゃんと謝るし、感謝の気持ちを素直に言葉にするように心掛けるつもりよ。私が今まであなたにして来た酷いことを、全て許してくれなんて虫の良いことは言わない。ただこれから変わって行く私を側で見守って、時には支えてくれると嬉しいわ」
私は思いの丈をシンシアにぶつけてみた。するとシンシアは、
「お、お嬢様~! シンシアは、シンシアは! 嬉しゅうございます~!」
号泣してしまった。
「し、シンシア! な、泣かないで!」
私は慌ててハンカチを渡す。
「グシュグシュ...チーン! あ、ありがどうございまふ...」
「どういたしまして。シンシア、改めてこれからよろしくね?」
「グシュ...はい...はい! シンシアはこれからもお嬢様のお側にずっとおります!」
フゥ...どうやら関門の一つである使用人との関係改善は上手く行きそうだな...私はそっと胸を撫で下ろした。
「ありがとう。ところでシンシア、この傷ってどの程度なの?」
私が絆創膏を剥がそうとすると、
「あぁ、お嬢様! いけません! 5針も縫う大怪我だったんですから、まだそのままにしていて下さい! 私がドクターに叱られてしまいます!」
5針程度で大怪我て...まぁ貴族にとってみたら大袈裟じゃないのかな? 基準がよう分からん。
「分かったわ。それですぐ治るのかしら?」
聞いた途端、シンシアの顔が沈痛な表情を浮かべた。
「そ、それが...」
シンシアは俯いて沈黙してしまった。
「シンシア、構わないから教えて頂戴」
私が促すと、シンシアはせっかく泣き止んだのにまた泣きそうな声で、
「...傷痕は...残ってしまうそうです...うぅ...お嬢様、なんとお労しい...」
「そう...残るのね...」
前髪で隠せる位置とはいえ、貴族令嬢としては致命的だろう。傷物扱いされてマトモな縁談など来るはずもない。
そう思うと...笑いが込み上げて来た。これで間違いなく王子の婚約者などに選ばれることはないだろう。
このまま行けば死亡エンドは回避できそうである。
「グシュグシュ...お嬢様ぁ~...あれ、お嬢様!? 悲しむどころかなんか喜んでおられませんか!?」
「き、気のせいよ! そ、それよりまだ本調子じゃないみたい。少し横になるわね」
「あ、はい。畏まりました」
シンシアを下がらせてから私は、死亡エンド回避のために改めて現在の状況把握を行うことにした。
アレクサンドル王子の婚約者を決めるお茶会で、肝心のアレクサンドル王子と絡むことなく終わった。つまり既に小説のストーリーからは外れている。
このままアレクサンドル王子の婚約者になることなく進めば、少なくとも死亡エンドを迎えることはなくなる。それは確実だと思う。
小説のストーリーから外れたことで今後、予想外の出来事が起きる可能性はあるが、いざとなったら領地にでも引き籠ってしまえば良い。
傷物になった令嬢というレッテルが貼られればそれも可能だろう。とにかくアレクサンドル王子との接触を極力避ける。これが肝となる。
小説の中のベアトリーチェはとにかくアレクサンドル王子が大好きで、事ある毎にアレクサンドル王子に絡んでいた。
まんまと婚約者の座を射止めた後は、ストーカーの如く毎日のようにアレクサンドル王子に付き纏っていた。そりゃ嫌われて当然だわ。
嫉妬深く、アレクサンドル王子にちょっとでも近付いた女には、権力を笠に着て容赦なく牙を向く。アレクサンドル王子はますますストレスを感じるようになる。
傲慢な性格にはますます拍車が掛かり、使用人達はいつベアトリーチェの逆鱗に触れるのかと戦々恐々としながら過ごす日々。
あっちもこっちもストレスフルな状態にしておきながら、当のベアトリーチェはそんなこと微塵も気付かず、自分は皆に愛されて敬われる立場なんだと信じて疑わない。
うん、こうして見るとベアトリーチェって本当に傍迷惑な存在だわ。そりゃアレクサンドル王子もヒロインに靡く訳だわな。当然の結果だ。アレクサンドル王子に罪はないよ。
王立学園に入学した後、アレクサンドル王子がヒロインと絡むようになると、そらもう嫉妬に駆られてヒロインをこれでもかっていうくらい虐め抜く訳だ。
定番である『教科書破り』から始まって『噴水流し』からの『階段落とし』という三段コンボ。それでも挫けない健気なヒロインに対し、最後は破落戸を雇って害そうとした。
ベアトリーチェの狡猾な所は、これら全てを自分の手を汚さず取り巻きどもに命じてやらせていたこと。
三段コンボ以外にも、公衆の面前でヒロインのことを「泥棒猫」「淫売」「売女」などと散々罵ったり、廊下ですれ違う度に足を引っ掛けて転ばしたり、女子トイレの一室に閉じ込めて頭から水を掛けたりといった数々の虐めに関しても、全て取り巻きどもにやらせて、自分は高みの見物とばかりに洒落込んでいた。
まぁそれでも最後には、アレクサンドル王子の手によって悪事は全て暴かれ、ベアトリーチェは投獄されることになるんだけど、通常ならここで「めでたしめでたし」ってなる所が、この話はまだ続きがあるんだよね。
小説の中のベアトリーチェは金に物を言わせて牢番を買収し、まんまと脱獄を果たす。
そしてやはり金に飽かせて、暗黒街に身を寄せる。そこで自分と同じ背格好の赤毛の女を浚って来て殺し、顔を潰して身元が分からないようにしてから、自分の身代わりとして牢に放り込むように依頼する。
あっちこっちで恨みを買っていたベアトリーチェが、牢の中でさも何者かに暗殺されたように見せ掛けるためである。
小説のタイトルでもある『悪役令嬢は二度死ぬ』とはそういう意味で、この後ベアトリーチェは自慢の赤毛を黒く染め、学園に潜入し自らの手でヒロインを殺そうとする。
この辺りの鬼気迫る様子と躊躇いなく人を殺そうとする狂気故、私の中でベアトリーチェは「悪役令嬢」を通り越して「悪魔令嬢」と認識されていた程だ。
まぁそれでも最後は、ベアトリーチェがまだ生きていて凶行に及ぼうとしていることがバレて、ヒロインに襲い掛かった所を駆け付けたアレクサンドル王子の剣に倒されて終わるんだけどね。
ちなみに何故バレたのかというと、ベアトリーチェの指示で脱獄やら暗黒街への手引きやらを手伝わされたシンシアが、最後の最後でベアトリーチェを裏切ったからなんだよね。
なおこの時、ベアトリーチェの企みに気付いてシンシアを問い詰め白状させたのは、まだ登場していないベアトリーチェの義理の弟ラインハルトなんだけど。
ただこのラインハルトは、ベアトリーチェがアレクサンドル王子の婚約者になったから、公爵家の跡取りとして遠縁の親戚から養子に迎えられることになっているんだよね。ベアトリーチェって一人娘だから。
だから私がアレクサンドル王子の婚約者にさえならなければ、ひょっとしたら登場しない可能性もあるキャラなんだよね。
前世の私は一人っ子だったから弟や妹、兄や姉には縁がなかったんで、今世では弟が出来るかも知れないと思ったら、ちょっと楽しみだったりするんだけどね。どうなることやら。
ちなみに小説の中のベアトリーチェは、急に現れた義理の弟が気に入らなくて、かなりえげつなく虐めたりしたからラインハルトに嫌われていた。だから最後にベアトリーチェを追い詰めた訳なんだよね。
小説のストーリーは概ねこんな感じだ。やはり基本となるのはアレクサンドル王子との婚約なんで、これを全力で回避すると共に関係者との人間関係を改善して行く。この路線で行こうと思う。
方針が決まって安心したのか眠くなって来た。
おやすみなさい...
再び目を覚ますと、もう既に辺りは真っ暗だった。
「ふわぁ...良く寝たなぁ...」
ギュルルルッ!
お腹の音が盛大に鳴った。
シンシアの話だと私は昨日の昼間に倒れたらしい。そこから今迄なにも口にしてないんだから腹が減って当然だわな。
私は卓上にある呼び鈴を鳴らす。なにかあったら鳴らすようにシンシアから言われている。
すると秒でシンシアが飛んで来た。早いな! どこに控えてたんだ!?
「お嬢様、お目覚めですか?」
「えぇ、シンシア。お腹が減ったわ。なにか食べ物を持って来て頂戴。あぁそれとも、私が食堂に行った方が早いかしら?」
「すぐにご用意致します。お嬢様はどうかそのままで」
そう言ってシンシアは素早く部屋を出て行ったと思ったら、間も無くカートを押しながら戻って来た。
「お待たせしました」
カートの上に載っているのは、さすがは公爵家と言わんばかりの豪華なメニューだった。
「ありがとう♪ 頂きま~す♪」
大変美味しく頂きました♪
◇◇◇
食後のお茶を飲んでいると、
「お嬢様、そろそろ旦那様がこちらにおいでになると思います」
「あ、そうなの...」
「はい、奥様のご容態も大分良くなって参りましたので」
ハァ...どんな顔して会えばいいのか...まだ心の準備は整ってないけど、いつまでも避けられるはずもないし、ここは腹を括るかないか...
するとノックもせずいきなりバァーンッという音を立ててドアが開かれた。
「あぁ、可愛いリーチェ! 僕の天使! お顔を良く見せておくれ! 心配したんだよ! 元気そうで良かった!」
誰だこのイケメンは!? 話の流れからするとこれがベアトリーチェの父ちゃんってことになるんだろうけど...
若いな! ベアトリーチェの父ちゃんってことは少なく見積もっても30代のはずだろ!? どう見ても20代やんけ!
真っ赤な髪はベアトリーチェにそっくりだ。ベアトリーチェの父ちゃんなのは間違いないんだろけど、こんなイケメン前世で見た事ないぞ! しかも私の好みドストライクなんですけど!
そんなイケメンにいきなり抱き締められてキスの嵐を受けてみ? 前世、20歳そこそこで他界したらしい私に取っちゃ夢のような時間の訳よ!
間違いない! 今の私の顔は茹で蛸みたいに真っ赤っかになってるはず!
「あ、あの...とうちゃ...お、お父しゃま...」
危ねぇ危ねぇ! テンパって父ちゃんって呼ぶ所だったよ!
「なんだいリーチェ? ん~♪ チュッチュッ♪」
そのキスを止めれ! 私の顔はキスの嵐の真っ只中だった。
ヤバい! 悶え死ぬる~!
「お、お父様! いい加減にして下さい!」
私は渾身の力を込めて父親の体を押し退けた。前世、母子家庭だった私は父親の温もりを知らない。
物心ついた時には、もう既に父親はこの世に居なかった。若くして癌に倒れたらしい。
それからは母ちゃんが女手一つで私を育ててくれた。だからそもそも男性とのスキンシップに慣れていないのだ。
学生時代は家計を助けるため、バイト三昧だったから恋なんてしてる暇なかったし、就職してからはブラック企業で仕事に追われて、やっぱり恋なんて無縁の生活だったし。
そんで二十歳そこそこで過労死した私は、要するに男性に対する免疫が皆無な訳で。いくら父親とはいえ、こんなイケメンにキスされたらそらもう大変なことになっちゃう訳よ。
「あぁ、ゴメンよ。ちょっとやり過ぎたね」
やっとキスの嵐が止まってホッとしていたら、今度はギュウッと抱き締められた。厚い胸板が顔に当たり、男性用コロンの香りなのか良い匂いに包まれた私は硬直してしまった。心臓がうるさいくらいドキドキしている。
「本当に心配したんだよ...ドクターは大丈夫だとは言っていたが、僕はもしかしたらこのまま目を覚まさないんじゃないかと気が気じゃなかった...リーチェ、また君に会えて嬉しいよ...」
そんなことを耳元で囁かれたら、ますますドキドキが加速してしまうやろ!
「お父様、心配掛けてゴメンなさい。私はもう大丈夫ですから」
だからそろそろ離れて欲しい。私の心臓がドキドキで破裂する前に。願いが通じたのか、父親はやっと放してくれた。
だが今度は沈痛な表情になって、
「あぁ、リーチェ! 可哀想に...」
私の額の絆創膏を見詰めた。
「お父様、私は気にしていませんから。お父様もそんなに思い詰めないで下さい」
「リーチェ...」
「それよりかあちゃ...コホン、もといお母様の具合は如何ですか?」
危ねぇ危ねぇ! うっかり母ちゃんって言う所だったよ!
「あぁ、リーナは君が傷物になってしまったことが余程ショックだったみたいでね...寝込んでしまったんだ。後で元気になった姿を見せに行ってくれるかい?」
「分かりました」
母親の名前はリーナっていうのか。そういやこの父親の名前はなんて言うんだろ? 本人に聞く訳にもいかないし、小説の中でもベアトリーチェの両親の名前なんて出て来なかったからなぁ。
そんなことを思っていた時だった。
「あなた! クリス! リーチェが目を覚ましたって本当なの!?」
金髪碧眼の物凄い美女が部屋に飛び込んで来た。
えっ!? 誰!?
「リーナ! 起きてて大丈夫なのかい!?」
「こんな時に呑気に寝てなんていられないわよ! あぁ、リーチェ! なんて姿に! 可哀想に...さぞ痛かったでしょう?」
そう言って絶世の美女が私を胸に抱いた。柔らか~♪ それにめっちゃ良い香りがする~♪ 私が男だったら至福もんだよ~♪
って、そうじゃない! 今父親はなんて言った!? この女の人のことをリーナって呼んでなかったか!? ってことはこの人が今世での私の母ちゃん!?
ゴメン、前世の母ちゃん...あんた完敗だよ...だってこの人どう見たって20代だもん! 加齢臭しないもん! 姉だって言っても信じて貰えそうなくらい若いもん!
「あ、あの...お、お母様!?」
「なあに? リーチェ?」
「ちょっと苦しいです...」
「あら、ゴメンなさいね! あなたが目を覚ましたのが嬉しかったもんだからつい!」
フウ...やっと離れてくれた。
「リーナ、少し抑えなさい。リーチェはまだ目を覚ましたばっかりなんだから」
「それもそうね。リーチェ、なにか欲しいものはある? 喉渇いてない? お腹空いてない?」
「だ、大丈夫です...あ、あの...まだちょっと本調子じゃあないんで、少し休ませて欲しいんですが...」
主に精神面がね...怒涛の展開でグッタリだよ...
「そうだな。話をするのは明日にしよう。今夜はグッスリと休みなさい。チュッ!」
「そうね。名残惜しいけどそうしましょうか。リーチェ、お休み。チュッ!」
だからいちいちキスするの止めれ! ここはアメリカか!? あぁ、ホント心臓に悪い...
◇◇◇
翌朝、まだ夜が明けきらない内に目が覚めた。昨日からずっと寝てたせいと、社畜根性が染み付いているせいで元々朝は早いんだけどね。
まだこんな時間じゃシンシアも寝てるだろうし、他の使用人達も同様だろう。私はベッドから出て着替えをしようとクローゼットを探す。
しかし広い部屋だな。扉がいくつもあって、どれが衣装部屋だが分かんないぞ。取り敢えず一つ一つ開けてみる。ここはバスルームか。ちょうど良い。顔を洗うか。
ここはなんだ? あぁ、給湯室か。ちょうど良い。コーヒーあるかな? 朝はコーヒー飲まないと目が覚めないんだよね。
そこらにある缶を片っ端から開けて行く。おっ! あったあった! 良し良し、ちゃんと豆は挽いてあるな。あとはサイフォンと...これかな? 挽いた豆を入れてと。
あれ? お湯はどうやって出すんだ? このデッカい給湯器みたいなのでいいのかな? ボタンがあるぞ? 赤いボタンがそれっぽいな。ちょっと押してみるか。
あ、その前にコーヒーカップを用意しないと。カップは...ティーカップでも構わないよね? 似たようなもんだし。さて赤いボタンをポチッとな。うん、お湯で間違いない。温度もちょうど良さそう。
サイフォンにお湯を注いでと。さて、コーヒーが出来上がるまでに着替えを済ませますかね。
私は給湯室を出て次の扉に向かう。
しかし当たり前のように給湯室やバスルームが部屋の中にあるんだな。さすがは公爵家。私は改めてそう思った。
扉を開けるとそこは衣装部屋で間違いなかった。所謂ウォークインクローゼットというヤツだ。しかし凄い衣装の量だな!
前世の私と比較するのも馬鹿馬鹿しい話だが、四畳半一間の狭い部屋にはファンシーケースすら置ける場所がなかった。しょうがないから押し入れに服を吊るしていたっけな。
ウォークインクローゼットなんて夢のまた夢だった。それを思い出すと転生して良かったなとつくづく思う。
それにしても煌びやかなドレスが沢山あるな。こんなのどうやったって一人じゃ着れそうにないし明らかに普段着じゃない。奥の方を見るとシンプルなワンピースが並んでいる。
これなら一人で着れそうだな。ベアトリーチェは真っ赤な髪だから青系統のワンピースが似合いそうだ。
一枚手に取ってパジャマを脱いで着替えてみる。サイズはピッタリだ。姿見の前に立ってみる。うん、思った通り良く似合ってる。
衣装部屋から出ると部屋の中に香ばしいコーヒーの香りが漂っていた。コーヒーが出来上がったようだ。給湯室に向かう。
カップを手に取ってまずは香りを楽しむ。
「う~ん...良い香り...前世で言う所のキリマンジャロかな? いや、ブルーマウンテンかな? どっちにしろ良い豆使ってんなぁ」
早速一口飲んでみる。
「ハァ...美味い...やっぱ朝はこれだよねぇ...」
私はブラックコーヒー派だ。胃に悪いのは分かっているが、コーヒーの味と香りを楽しむのにミルクやクリーム、砂糖などを入れるのは邪道だと思っている。
「これで後は新聞があれば申し分ないんだけど、この世界に新聞ってあるのかな?」
前世の私は証券会社に勤務していた。だから株式市況や物価の動向などを新聞でチェックするのが日課になっていた。
小説の時代設定は架空の歴史だったけど、移動するのに馬車を使ったり汽車を使ったりしていたから、前世で言う所の19世紀の終わりから20世紀初頭に掛けての時代設定だと思っている。
その頃には新聞ってあったよね? さすがにまだ宅配はしてないだろうけど。公爵家なら町売りの新聞を、使用人とかが毎朝買って来ていてもおかしくはないよね? 後でシンシアにでも聞いてみよう。
そうやってまったり過ごしていると、部屋のドアが音もなく開いた。シンシアがそおっと部屋に入って来て目を丸くする。
「あら? シンシア? おはよう。随分と朝早いのね?」
まだやっと空が白み掛かった頃だもんね。
10
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