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 街の中央広場へ向かう途中、カイはずっと不機嫌だった

「どうしたの? カイ」

 それに気付いたエリスが問い掛ける。

「別に...何でもない...」

 何でもなくなかった。隊商のリーダーの口から出た「奥さん」という言葉。分かってはいたはずなのに、辺境伯夫人であるのは事実なのに、他人の口から聞かされると、どうにも生々しく感じてしまうその言葉に、過敏に反応している自分が嫌になる。

 嫉妬...なのだろう。あんなクズでも貴族に生まれついたというだけで、エリスと結婚出来るのだから。身分差という越えられない壁が、自分とエリスとの間にはあるというのに。たとえどんなに慕っていたとしても。

 自分はただエリスに「雇われている」だけの立場に過ぎない。だからこそ歯痒かった。擬しかった。情けなかった。エリスの理想を実現するための道具でしかない自分が。そしてこんなちっぽけな自分が、どうしようなくエリスに恋焦がれているという事実が。

 今の自分ではまだ到底エリスの隣に立つことは出来ない。後ろから支えることは出来ても、共に手を取り合って一緒に歩んでいくことは出来ない。でも...それでもいつかは必ず...エリスの隣に胸を張って立てるようになりたい。

 恐らくだがエリスは、身分差など気にするような人じゃないだろう。今自分が告白しても受け入れてくれるかも知れない。自惚れじゃなく、それだけ慕われているという自覚はある。

 でもそれじゃダメなんだ。自分に自信を持ってエリスの側に居られるような立場にならないと。間違ってもエリスに恥を掻かすようなことがあってはならない。カイはそう心に誓った。

「もしかして...」

 エリスが立ち止まった。碧い瞳でカイをじっと見詰める。見られているだけで吸い込まれそうになるその瞳に、自分の心の奥底まで覗かれているような気がしてカイは焦った。そんな訳ないのに。
 
「もうお腹空いちゃった?」

 カイはズッコケるところだった。


◇◇◇


 中央広場には既に沢山の人が集まっていた。

「町長さん、お待たせしました」

「エリス様、お待ちしておりました。準備は整っております」

「はい、それじゃあ早速出しますね」

 そう言ってエリスは、収穫した芋類をどんどん広場に並べていく。あっという間に広場は芋に埋め尽くされた。集まった人々から感嘆の声が上がる。

「芋は種類別に箱分けしてあります。各自好きな芋を持っていくように指示して下さい。街の人達全員に行き渡るだけの量はあると思いますが、足りなくなって来たら調整をお願いします」

「承知致しました」 

「それとこれを」

 少し離れた場所に、今度は隊商から引き取って来た商品を取り出す。忽ちその場所を埋め尽くす。

「え、エリス様、こ、これは?」

「隊商から引き取って来ました。今回の取引商品です。これも欲しい人達に分けて下さい」

「いやしかしこれは...」

「あぁ、お代なら結構ですよ? あのクズが払っていますから。こんなんじゃ全然足りませんが、街の人達への迷惑料だと思って受け取って下さい」

「本当に...ありがとうございます...」

 ついに町長は感極まってしまった。 

「それと今後は街に直接来るようにと、隊商には話をつけてありますので、よろしくお願いしますね」

「重ね重ねありがとうございます...」

「それじゃあ私はこれで。今日は一日守衛の詰め所に居ますので、何かあったら連絡下さいね」

「ついに来ましたか...」

「えぇ、家令が来たけど追っ払ってくれたそうですので。次はいよいよあのクズがやって来るでしょうね」

「そうですか...私も後から参ります」

「えっ? いいですよそんな。お忙しいでしょう?」

「いえ、この街の未来に関わることですから。是非とも見届けさせて頂きます」

「分かりました。お待ちしてます」




 
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