白薔薇姫と黒の魔法使い

七夕 真昼

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Ⅱ章

16話 生まれ直しの契約

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 今日こそ、と気合いを入れて訪れたのに出迎えてくれたのはリブリーチェただ一人。アルデバランの姿は無い。

「リブ、カーネリア卿は今日は忙しいの?」

 スピネージュの花茶を飲みながら尋ねると、リブリーチェは少し困った様子で首を振った。

「ボクも見かけてないんです。呼んでみますね」

 リブリーチェがあの水晶を取り出す。どうやらそれは、遠方にいる人間と連絡が取れる魔法道具らしかった。まだ王国には普及していない代物だ。

「アルデバラン様、今どこにいるんですか? 今日は一緒にお茶しないんですか?」
『悪いが今手が空いていない』

 水晶からアルデバランの声が聞こえてきた。本人がいないのに声だけ聞こえるとはなんとも不思議。

「忙しいんですか? どこにいるんですか?」
『……書庫だ』
「お手伝いしますよ! 何すればいいですか?」
『結構。俺一人で十分だ』

 手伝いならばロゼアリアも参加したい。何より今日こそアルデバランと話がしたいのだ。本人に会えないのでは意味がない。

「私も行くわ」
「じゃあ、皆で行きましょう! その方がきっと早く終わりますよ!」

 完全に書庫に行く気のロゼアリア達に、アルデバランは反対しなかった。最後に「好きにしろ」と諦めたような声が聞こえてきた気がする。

「書庫はこっちです!」

 足取りを弾ませて先を歩くリブリーチェに連れられて、ロゼアリアとオロルックが書庫へ向かう。

(こんなに本がたくさんあるのに、書庫もあるの?)

 一体どれだけの本を蓄えているんだろうかこの塔は。王立図書館など敵ではないかもしれない。
 辿り着いた場所はまるで本の森。ふわふわと浮くばかりでなく、スーッとどこからか現れた本が勝手に棚へ戻っていく。

「アルデバラン様!」

 そんな本には目もくれず、リブリーチェがアルデバランの元へと駆け寄った。彼は何百枚もの論文を整理しているようだ。どの論文も文字がびっしりと書き綴られ、眺めているだけで頭が痛くなってくる。

「うへぇ……酔いそう」

 既にオロルックは泣き言を呟いていた。

「こんにちはカーネリア卿。何か手伝えることはある?」

 そう尋ねてみたが、アルデバランはロゼアリアを一瞥しただけで何も返さない。その態度にロゼアリアは少し違和感を覚える。

「アルデバラン様、論文を分けてるんですか? テーマごとに分ければいいですか?」
「それは俺がやる。お前達は論文の日付を並び替えてくれ。赤で書いてある日付だ」
「分かりました!」

 既にアルデバランが分類を終えた書類の塊を差し出される。三人で来てよかった。一人だったら早々に挫けていたかもしれない。
 オロルックはかなり怪しかったが、自分より年下のリブリーチェが楽しそうに作業する様子を見てやる気に火がついたらしい。唸りながらもなんとか頑張って論文の並び替えをしている。そんな二人を見て、ロゼアリアも目の前の論文を手に取った。

「あの、カーネリア卿」

 手伝いもそうだが、いい加減に本題を切り出さなければ。そのために来ているのだから。
 アルデバランを呼ぶと、彼は何も言わず視線だけをこちらに寄越した。やはり今日の彼はどこか冷たく感じる。その態度もあってか、二つの炎を見返したロゼアリアはまた尻込んでしまう。

「えっと……あ、カーネリア卿って結婚はしてないの?」
「は?」

 ものすごく「意味が分からない」と言いたげな表情が返ってきた。ロゼアリア自身もなんでこんなことを聞いたのか分からない。

「あ、その、ほら、この前カーネリア卿は二十一歳だって言ってたから、そういえば結婚しててもおかしくないと思って」
「残念ながら未婚だ。満足か?」
「結婚しようとは思わないの?」
「思わない」

 即答するアルデバランは、本当に結婚に対して意欲が無いように見えた。けれど、良いのだろうか。貴族ならば血筋や家名を残すために結婚は絶対にしなければならない。アルデバランは貴族ではないとはいえ、魔塔の主。子を成さなければ、後を継ぐ者がいなくなる。

(それとも、魔塔の主は血筋ではないの? それなら、結婚をする必要はないけど……)

 もうアルデバランは作業に戻っている。まるで「話しかけるな」と言わんばかりの空気だ。今協力要請の話を持ち出しても邪険に返されるだけだろう。どうやら、今日のアルデバランはあまり機嫌がよろしくないようだから。
 仕方なく、ロゼアリアも作業に戻る。論文の最後に殴り書かれた赤い日付を追う。他にも黒で別の日付が書かれているから、整理するのがなかなか大変だ。

(なんでいくつも日付を書くの? この論文を確認する度に書いてるのかしら。 研究者ってよく分からない)

 眉間に皺を寄せながら紙を眺める。どうやら黒い日付は論文を書いた人物が記入しているらしい。今ロゼアリアが確認している赤い日付は、この論文を確認した人物──そこに記された名前を見て、ロゼアリアは目を見開いた。

(え、どういうこと? この論文の日付、七十年くらい前じゃない。どうしてカーネリア卿の名前があるの?)

 この論文だけではない。他の論文も確認すると、ほとんどに彼の名前が記されている。中には百年より前のものもあった。アルデバラン・シリウス・カーネリア。間違いない。

「カーネリア卿」
「今度はなんだ」

 若干鬱陶しそうなアルデバランを無視してロゼアリアは論文を数枚持って近づく。

「カーネリア卿と同じ名前の人って何人も存在するの?」

 チラリとロゼアリアの手元を見たアルデバランは特に驚くこともなく。

「魔塔の中でその名前を持つのは俺一人だけだ」
「じゃあ」
「全部俺が自分で書いたサインで間違いない」

 余計分からなくなった。なぜ、百年も前の論文に百年も前の日付でアルデバランがサインをしているのだ。

「言ってなかったか? 冥府の王と契約したことで俺は生まれ直しを繰り返している」
「……今初めて聞いたわ」

 冗談……ではなさそうだ。アルデバランはいつも通り。悪戯で百年前の日付を論文に書くことも考えにくい。

「この塔の魔法使いならほとんどが知ってるから、リブ辺りから聞いてると思っていたが」
「いいえ。そんな話は一言も。なんで契約をしたの?」
「カーネリアの血は絶やせないからな」

 アルデバランの言葉の意味を理解するのに少しかかった。
 つまるところ、魔塔の主も血筋で受け継がれていくらしい。しかしアルデバランには子供がいない。だから、冥府の王と生まれ直しの契約をして、血筋が絶えないようにしていると。

(結婚して子供が産まれれば済む話なのに、それをせずにもう何度も生まれ直しているってこと?)

 しかも先ほどの話を聞く限りアルデバランに結婚願望はまるで無い。それよりも生まれ直して世界に存在し続ける方が彼にとっては良いのだろうか。

「カーネリア卿は死にたくないの?」

 純粋な疑問。そこに意図は全く無かった。しかしアルデバランの表情を見た瞬間、ロゼアリアは「間違えた」と思った。

「あ、ごめんなさ──」
「手伝いはもう不要だ。今日は帰ってくれ」

 全てを拒絶する冷たい声。空気が凍りつき、重くのしかかってくる。作業に集中していたはずのオロルックとリブリーチェも手を止め、何事かと顔を上げていた。
 誰にも発言を許さぬまま、アルデバランは乱雑に机上を整理するとローブを翻して出ていってしまう。書庫の扉が重たく閉まる音が響いて、ようやくロゼアリアは息を吐いた。

「お嬢、どうしたんすか?」
「アルデバラン様と喧嘩したんですか?」

 二人が心配そうに声をかけてくれる。

「私にも分からないけれど……カーネリア卿の気に障ることを聞いてしまったみたい」

 先ほどのアルデバランの表情。まるで心臓を抉られたような、そんな表情だった。

 聞かれたくないことだったのだ。その理由は分からないが、彼にとっては最も聞かれたくないことだったのだ。

 そこに踏み込んでしまった。何も知らない自分が、何も考えずに踏み込んでしまった。
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