白薔薇姫と黒の魔法使い

七夕 真昼

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Ⅱ章

18話 仲直りの魔法があればいいのに

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 リブリーチェは困っていた。
 いつも来る時間にロゼアリアが来ない。アルデバランも、あれきり姿を見せていない。久しぶりに訪れた一人の時間は酷く静かだった。

「ロゼ姉さん達、今日来ないのかな……」

 花茶も焼き菓子もたくさんある。一人で食べるには多すぎるほど残っている。
 ソワソワと塔の入り口を何度も見るリブリーチェ。それを気にする魔法使いはいない。

 なぜ二人が喧嘩をしたのかは分からない。けれど早く仲直りをしてほしい。ロゼアリア達は初めて出来た人間の友達だし、アルデバランは恩人だ。
 ロゼアリア達が来るようになってから、アルデバランは姿を見せることが多くなった。以前はほとんど会うこともなく、たまに見かけてもあの長い髪で表情は見えなかった。

 魔法使いだと判明した途端、孤児院から追い出されるように連れて来られた魔塔。そこでリブリーチェをアルデバランは受け入れてくれた。魔法はもちろん、文字の読み書きやナイフの使い方など色々なことを教えてくれた。兄であり父であり、師でもある。
 そんな彼が、人間を毛嫌いして止まない彼が、ロゼアリアと仲良くする様を見てとても嬉しく思っていたのに。

「どうしてアルデバラン様は怒ってたんだろう。ロゼ姉さんは酷いことを言うような人じゃないはずだし……」

 うーん、とリブリーチェが唸る。どちらからも話を聞いていないからもどかしい。ロゼアリアの家を知っていれば、尋ねることもできたのに。アルデバランを訪ねてみようか。けれど、魔塔の主の部屋は許可が無ければ入れない。

「アルデバラン様は誰もお部屋にれないから、ボクが行っても開けてくれないだろうし、どうしよう」

 うーんうーんと悩み続けた結果、もう少しロゼアリアを待ってみることにした。彼女なら、きっと今日も来てくれると信じて。





 重厚な門を前に固唾を飲むロゼアリア。開けてもらえなかったらどうしよう、といつになく緊張する。

「お嬢、もう十分くらいそうしてますよ」
「だ、だって、タイミングが」
「タイミングって。門通るだけっスよ」

 頭の後ろに手を組んでオロルックが呑気に言うが、そんな簡単な話ではない。通るも何も、門が開かなかったらものすごく落ち込むではないか。

「開かなかったら不法侵入するって前言ってたじゃないスか」
「それは前でしょ? 今は今」
「何が違うんスか」

 そう言いながら、オロルックが先に門に近づいた。手を触れる間もなく、いつも通りゆっくりと大きな門が開いていく。

「ほら、大丈夫じゃないっスか」
「あ……」

 門前払いにされなかったことに、少しだけ安堵するロゼアリア。深呼吸を一つして、慎重に一歩中へ踏み込んだ。

「最初に来た時はなんも気にせず歩いてったのに、なんで今さら」
「こ、心の問題よ」
「難しいこと言ってないで、さっさと行きますよ。カーネリア卿に会うためにあの暴れ馬かっ飛ばしたんでしょ?」
「マリウスは暴れ馬じゃないわ」
「はいはい」

 回廊を照らす蝋燭も、何一つ変わらない。だからこそアルデバランが何を考えているのか余計に分からなくなった。あの様子だともう魔塔へは入れてくれないだろうと覚悟していたのに。

「ロゼ姉さん! オロルック!」

 扉が開いてすぐに、リブリーチェがキラキラと顔を輝かせて出迎えてくれた。

「こんにちは、リブ」
「おっすー」
「ボクずっと待ってたんですよ! 二人とも、全然来ないから……」

 蜂蜜色の瞳が悲しげに揺れるのを見て、オロルックが「お嬢がモタモタするから」という視線を投げてくる。

「ごめんなさい、リブ。今日はちょっと用事があって」
「それより、カーネリア卿は? お嬢が仲直りしたいって」
「ちょっとオロルック!」

 勝手に話を進めるオロルックの脇腹をロゼアリアがバシンと叩いた。

「いって」

 その麗しく愛らしい姿とは裏腹になかなか逞しい筋力を持つロゼアリア。脇腹にダメージを受けたオロルックが震えている。

「ボクも昨日からアルデバラン様を見てなくて。呼び出しましょう!」

 魔塔の主をこちらに呼びつけることを、もはやリブリーチェは失礼だと思っていないらしい。例の通信道具を出し、彼の名前を呼ぼうとしたところをロゼアリアが止めた。

「ちょ、ちょっと待って」
「どうしましたか?」

 こてん、と首を傾げるリブリーチェ。とても可愛らしいが、今はそんなこと言える心境じゃない。

「私、まだ心の準備ができてなくて」
「リブ、気にせず呼んで良いっスよ」

 無礼にもオロルックがロゼアリアを制した。従者が主を制するとはなんて無作法な。リブリーチェはリブリーチェで、「分かりましたぁ」とロゼアリアの心情など察せずアルデバランを呼ぶ。

「アルデバラン様ぁ~、今ロゼ姉さんたちが来て──」
『生憎俺は忙しい』

 プツン、と通信が切れる。ほんの数秒の会話だった。ムッとしたリブリーチェが何度も呼びかけたが、以降アルデバランが応じることはなかった。
 予想はしていたが項垂れるロゼアリア。案の定、アルデバランはこちらに会う気が無いらしい。

「アルデバラン様、絶対に暇なのに!」

 ぷくぷくと頬を膨らませてリブリーチェが怒る。「絶対に暇」と決めつける彼も、主に対してなかなか無礼だ。

「ちょっと待っててくださいね! 絶対呼び出しますから!」
「リブ、そこまで頑張らなくても大丈夫だから」
「何言ってんスかお嬢。謝りに行くって飛び出して来たのお嬢なんスよ?」
「実際来てみたら、なんて言って謝ればいいか分からなくなっちゃって……」

 邸宅を飛び出して来たあの勢いはどこに行ったのか、椅子の上で小さくなるロゼアリア。アルデバランがあそこまで怒った理由をまだ理解していない。形ばかりの謝罪をあの魔法使いが受け入れるとも思えなかった。

「フィオラにはちゃんと謝れたじゃないスか」
「あれは私がフィオラに酷いことを言ったのが悪かったって分かってたもの」
「それと同じっスよ」
「全然違うわ」

 小さく言い争うロゼアリアとオロルックをよそに、リブリーチェが考え続けている。そして何を思いついたのか、ポン、と手を叩いた。

「そうだ! ボクについてきてください!」
「「え?」」

 言われるがまま、リブリーチェの後に続いて魔塔を登る二人。昇降機を二回乗り継いだ先で、リブリーチェは実験室へと入っていく。

「ヴィタさ~ん」
「おや、珍しいですね。何かお探しの物でも?」

 顕微鏡から顔を上げる若い男性。彼が何度かアルデバランを訪ねるのを見かけたことがある。ロゼアリア達に気づくと、軽く会釈をしてくれた。

「ここにアルデバラン様を呼んでください!」
「それはまたどうして」

 ヴィタが首を傾げる。リブリーチェはなぜここにアルデバランを呼ぼうとしているのだろうか。

「アルデバラン様、ボクが呼んでも無視するんです! だからヴィタさんが代わりに呼んでください! なんか変な結晶ができたー、とか言えばすっ飛んできますよ」

 リブリーチェはアルデバランをなんだと思っているのだろうか。

「はあ……しかしどうして? 用事があるなら、直接主様の部屋を訪ねれば良いのでは?」
「いいからいいから! 後でボクのクッキー缶一つあげますから!」
「いえ、不要ですよ」

 始終不思議そうな顔をしていたヴィタだったが、リブリーチェがあまりにも急かすので仕方なく通信道具を取り出す。

「あ、ボクたちのことはナイショにしてください! 絶対!」
「分かりました。──主様、少しよろしいでしょうか。見ていただきたいものがございまして」

 通信が終わったと思えば、即座にアルデバランが姿を現す。リブリーチェの言う通りだった。

「どうし──いや待て、なんでお前らがここにいる」

 ロゼアリア達を捉えた炎が鋭く光る。こんな形で彼を呼んだのは火に油だったのではないだろうか。

「実は、主様に用事があるのはリブリーチェの方でして。では、私はレポートの記入があるので失礼致します。ああ、夜までには仕上げますので、目を通していただけますか?」
「ああ。分かった」

 ヴィタは一礼すると実験室の奥へと引っ込んでしまった。残されたロゼアリア達にアルデバランが剣呑とした視線を向ける。元より見る者が圧倒される程に整った顔だ。それが顰められると、無意識に後退りたくなるような威圧を放つ。

「リブ、何の真似だ」
「アルデバラン様がボクたちを無視するから悪いんですよ。早くロゼ姉さんと仲直りしてください」
「元々仲良くした覚えは無い。無駄話なら結構だ」
「あ、待って!」

 立ち去ろうとしたアルデバランのローブをロゼアリアが掴む。これを逃せば、彼に謝罪する機会は一生訪れないという確信があった。

「昨日はごめんなさい!!」

 心底気怠そうに振り返ったアルデバランに気圧されないよう、ロゼアリアが大きな声で謝る。ぎゅっと目を瞑ってしまえば、炎に睨まれても怖くない。

「でも私、何が悪かったのかまだ分かってないの! だから教えてほしい!」

 どう謝れば良いのかなど考えているいとまは無かった。だから、思ったままを口にする。
 恐る恐る目を開けて目の前の男を見上げると、アルデバランは依然としてこちらを冷たく見下ろすだけだった。ローブを放した方が良いだろうか。

「……はぁ」

 アルデバランが小さく息をくと、今し方ローブを放そうとしていたロゼアリアの手首を掴む。

「え、あの」
「リブ、席を外すぞ」
「ちゃんと仲直りしてくださいね!」

 実験室から連れ出される。一体どこへ行くというのだろうか。アルデバランに腕を引かれ、困惑を隠せないままロゼアリアが歩く。正直振り解けるが、「ついて来い」と有無を言わさぬ圧を彼から感じた。
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