白薔薇姫と黒の魔法使い

七夕 真昼

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Ⅱ章

20話 カーネリアの魔法使い

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 気まずい。心做しか先程よりずっと気まずい。ロゼアリアは今日、アルデバランと仲直りするためにここに来たのに。
 元の場所ですっかりぬるくなった花茶を無言で飲む。その正面では、同じく無言でアルデバランが珈琲を啜っていた。

 思い返せば、我ながら大胆なことをしたと思う。数多の人間を殺し、女神すら手にかけた大罪人を胸に抱き、その罪を責めたのだから。

 あの後、アルデバランはたった一言、「そうだな」と静かに呟いただけだった。それから今に至る。

(何か話してほしいけど何も言ってほしくない……)

 アルデバランは今何を考えているのだろう、とそっと目を向ければ、それに気づいた彼もこちらを見る。一瞬視線がぶつかり、さらに気まずさを感じてロゼアリアが目を逸らした。

「なんだ急にしおらしい。さっきの威勢はどうした?」
「か、揶揄わないで。というか、忘れて」
「忘れて良いのか?」

 もう一度アルデバランに目を向ける。どういうわけか、彼は面白そうだった。そっちこそ、さっきまでの不貞腐れた態度はどうしたのか。

「それは、協力してくれるってこと?」
「ああ」
「ほんとに?」

 くるくるとカップを揺らすアルデバラン。彼がやると薬品の実験でもしているように見える。

「あそこまで言われたら仕方ないだろ。そもそも、あの異物共が巣食ったのは俺が原因だしな」

 弱音・・を吐き出したことでかなりスッキリしたらしい。アルデバランの声はこの部屋へ来た時よりも明るい調子だった。

「実のところ、死ぬための方法は既に分かってる」

 冷めた珈琲を呷るアルデバラン。

「生まれ直しの呪いを解くことができるの?」
「ああ。お前が俺の子供を産めばいい」

 この時のロゼアリアの表情は、決して貴族の令嬢がしていいものではなかった。

「冗談だ」
「冗談でも言わないで」

 何食わぬ顔で珈琲を飲み干すアルデバランをロゼアリアが睨む。

「魔法石の話を前にしただろ」

 話題を変えて逃げるつもりか? ロゼアリアはアルデバランを睨み続けた。

「世界には十二個、母なる石ミテラ・エリューという強大な魔法石がある。人の世と神の世を繋ぐ魔法石だ」

 空になったカップに新たな飲み物をぐ。黄金色の液体からは、甘い香りが広がる。「お前もいるか」と目だけで尋ねられた。
 それなら、と空のカップをアルデバランの方へ差し出す。ロゼアリアのカップも、二杯目の花茶で満たされた。

「その石を管理するのが管理者エリュプーパ。カーネリアはグレナディーヌにある母なる石ミテラ・エリュー管理者エリュプーパを担う一族だ。まあ、グレナディーヌが建国される前からだけどな」

 グレナディーヌはもちろん、世界に存在する十二の国は三百年前の大戦後に築かれた。十二の母なる石ミテラ・エリューと十二の国。アルデバランの口ぶりから、一国に一つと考えるのが妥当だろう。

「ブレイズであった時も今も、俺は管理者エリュプーパだった。背中の刻印はその証。俺が文字通り死ぬためには、次のカーネリアの子供を残さなきゃならない。カーネリアの血は絶やせないからな」

 なるほど。話題を変えたわけではなかったようだ。

「だが同時に、生まれ直しの呪いは次のカーネリアの子供が引き継ぐ。俺は俺の罪を自分の子孫になすらなければ、死ねないわけだ。できないだろそんなこと」

 だから選べなかった。花茶を見下ろすアルデバランの顔をロゼアリアが見つめる。

「俺の罪は俺だけが背負うべきだ。いつか忘れると分かっていても」
「だから、結婚は絶対にしないと言ったのね」
「自分が何かしたわけでもないのに生き地獄の運命なんて嫌だろ。俺ならソイツを恨む」

 既に三百年、苦痛に身を置いてきたアルデバランだからこそ分かることだった。魔法使いを大切に思う彼が、自身の血を引く魔法使いにそんな苦痛を与えられるはずがない。

「生まれ直しのことは、魔塔の魔法使い達に知られてよかったの?」
「どうしたって、俺が生まれ直すところに出くわす者がいる可能性を考えるとな。だがそれ以上は教えられない。冥府の王との契約ってのは、魔法使いの興味を削ぐための嘘だ。じゃなきゃあいつら、根掘り葉掘り聞いてくる」
「そういうことだったのね」

 初めて会った時はこの男のことを傲慢な人だと思った。今なら分かる。彼は優しすぎる。尤も、その優しさが向くのは魔法使いに対してだけだが──優しすぎるが故に女神に刃を向け、世界をも巻き込んで災厄を招いた。

「なあ、さっき腕を失くした奴がいるって言っただろ」
「え? あ、うん。オロルックの同期が」

 ライアンのことだ。彼は結局、騎士団を去ることを決めたと聞いた。

「義手を提供してやることならできるぞ」
「義手を? 貴方が?」

 まさかアルデバランがそんな提案をしてくるなんて。魔法石を用いた義手は高価だ。

「俺なら腕を生やすこともできるが、そういう類いの魔法は人間を惹き付けやすい。俺はもう二度と人間と魔法使いの争いを起こしたくない。だから義手が限度だ」
「ありがとう! 費用は私が負担する!」

 以前、父に義手の相談をしたところ一人だけを特別扱いにはできない、と言われた。それもそうだ。手足を失った騎士はライアンだけではないのだから。

「金ならいくらでも作れるから要らないと言っただろ」
「じゃあ、無償でってこと?」
「ああ」
「でもそれだと、他の人も欲しがると思う。だからこういうのはちゃんと払わないと」

 アルデバランは少し考えると席を立った。物が溢れた机の上を探り、用紙を一枚引っ張り出す。

「たしか、騎士団共には魔法道具をいくつか優待価格で提供してたな」
「あのテントね」
「そこに義手、義足も加えてやる」

 さらさらとペンで書き加えているのは、契約書の内容のようだ。

「七枚も用意しなきゃいけないのか……面倒だな」

 七つの騎士団それぞれの契約書を新たに作成し、それをロゼアリアに渡してきた。

「これで、ライアンも騎士団に残れる! ありがとうカーネリア卿!」
「あとは魔窟の掃除だったな?」
「うん。それと、マヴァロ共和国の使節団が貴方と話をしたいそうなの」
「は? なんで他国の奴らが」
「魔物絡みでグレナディーヌに支援を求めてると聞いたから、きっとその相談だと思う」

 アルデバランの顔が再び不機嫌に染まる。自国の協力要請すら渋った男だ。断ることは目に見えていた。

「なんで俺が他国の面倒まで……いや、そうだな。異物共による被害は全て俺に起因するものだ。話を聞くくらいは……なんだ、変なカオして」
「だって……急に随分協力的になったから。この前まで、絶対に協力しないって言ってたのに」

 事実を言っただけなのに、アルデバランがじっとこちらを見つめてくる。

「え、なに」
「どこかの生意気な小娘に今しがたこっぴどく叱られたからな」
「私のこと?」
「この部屋に他に誰がいる。俺の許可が無ければ入れないんだぞ」

 澄まし顔で花茶を飲むアルデバランをムッと睨み返しながら、ロゼアリアもカップを持ち上げた。

「呪いを受けてから、この俺に生意気なことを言って来た奴はお前が初めてだ。……まあ、俺が他人と関わろうとしなかったのが大きいけどな」

 ふ、と自虐的な笑みを見せるアルデバラン。触れづらいことを言うのはやめてほしい。返答に困り、ロゼアリアはもう少し花茶を飲む。

「できることなら、マヴァロ共和国の使節団が来る前に一緒に灰色の地へ行ってほしいの」
「俺は別にいつでもいいぞ」
「あと三日か四日もすれば使節団が到着するから、全て回るのは難しいと思うけど」
「状況によっては騎士団の同行は要らない。俺一人で事足りる」
「危ないわ」
「邪魔をされても困る」

 普通の人間が灰色の地にたった一人で行くなら必ず止める。しかしアルデバランだ。その正体は女神すら殺した大罪人。それだけの力があるなら、何も問題は無いのかもしれない。

(カーネリア卿の呪い……もし、世界から魔物を全て排除できたら解けるのかな)

 それなら、いいのに。

 そんな淡い希望を夢見て、ロゼアリアは花茶を飲み干した。
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