白薔薇姫と黒の魔法使い

七夕 真昼

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Ⅵ章

58話 帰路

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 迎賓殿で過ごす最後の夜は穏やかだった。オロルックやロドニシオ達と他愛ない話をして、夜も更けた頃に眠りにつく。
 一日の中で食べ歩きにラウニャドールとの戦闘、それから宴があったのだ。疲労が溜まった身体はすぐに深い睡眠へ落ちた。

「ん~……よく寝たあ……」

 翌朝目を覚ましたロゼアリア。思い切り伸びをした後、ようやく慣れてきた客室をぐるりと見回した。この部屋とも今日でお別れだ。

「お嬢様、お目覚めですか?」
「フィオラおはよ」
「おはようございます」

 身支度を整えて一階に降りると、ロドニシオがカカルクとお茶を飲んでいた。

「ロゼおはよお。よく寝れた?」
「おはようございます、ロゼアリア殿!」
「おはようございますロディお従兄様、カカルク様。ぐっすり寝れたわ」
「うんうん、そうみたいだねえ。荷物は大丈夫? 忘れ物は無い?」
「準備万端!」

 朝食を食べたら飛行船に向かう。早い帰国を望んでいたとはいえ、やはり寂しい。
 ロゼアリアも一緒にお茶を飲んでいると至極眠そうなアルデバランが降りてきた。

「アルデバランおはよう」
「ああ、おはよう」

 アルデバランがロゼアリアの隣に腰掛ける。彼のローブに染み付いた魔塔の香りが、ふわりと鼻先をくすぐった。その匂いで思い出したのはリブリーチェのこと。
 ロゼアリア達がザジャへ行くのをとても寂しがっていた。今も帰国を心待ちにしているだろう。

 のんびり過ごすロゼアリア達の前に、朝食が準備される。海老や帆立のスープで煮込んだ粥だ。海鮮出汁の香りが広がり、空腹を刺激した。

 ついこの前来たばかりなのに、もう帰国の時が来てしまった。煌びやかな空港にグレナディーヌ行きの飛行船が停泊している。

「またいらしてください」

 空港まで見送りに来てくれたリエンと、彼の隣にはソミン。

「うん。絶対また来る」
「道中お気をつけて。盗難事件はもう無いとは思いますが」
「あってもまた解決すればいいだけ! でしょ?」

 自信満々なロゼアリアにリエンが笑い、それを見てロゼアリアも笑う。しばらく笑い合った後、二人の笑顔がふいに落ち着いた。
 きっと間もなく、皇位継承戦が始まる。リエンと会うのは今日が最後かもしれない。

「リエン」

 紡ぎかけた言葉が止まる。

 皇位継承戦に勝ってね、という言葉は、喉で止まった。それはつまり、他の兄弟姉妹を全て殺めろと言うのと同義だから。

「……元気でね。また会いにくるから。ソミンも」

 ロゼアリアが手を差し出す。しまい込んだはずの言葉は、どうやらリエンには伝わったらしい。ロゼアリアの手をしっかりと握り、真っ黒がブルージルコンを見据えた。

「ええ。必ず会いましょう、ロゼアリア殿」
「次会う時はカーネリアには負けないわ」

 腰に手を当てたソミンからは闘志が伺えた。

「ロゼ、そろそろ出発の時間だよ」

 友との別れを惜しむロゼアリアにロドニシオが声をかける。行かなくては。最後に二人に手を振って、ロゼアリアは飛行船に乗り込んだ。
 展望ホールの大きな窓から、リエンとソミンに向かってまた手を振った。離陸のアナウンスが響き、飛行船がゆっくりと動き始める。

 豆粒のように小さくなっていく二人の姿が見えなくなるまで、ロゼアリアは窓から離れなかった。

 飛行船を見送る人々どころか、ザジャの国土まで雲海が覆ってしまった。しん、とした寂しさが胸に募るのを感じる。
 ザジャからグレナディーヌへ向かう人はほとんどおらず、飛行船は貸し切り状態と呼べた。その静けさが余計寂しさを際立てる。

 スモグランドに着くまではこの貸し切り状態が続く。しかし自由に船内を見て回る気にはならない。
 客室でゆっくりしよう。そう思い廊下を歩いていると、見慣れた黒いローブが視界に入った。

「アルデバラン」

 ラウンジにでも行くところだったらしい。

「どうした。何か用事か?」
「ううん、部屋に戻ろうと思って……」

 そこまで言ったところで、香浴殿でソミンに言われたことを思い出した。
 二柱の神について知るなら、アルデバランに聞くのが一番。だが「アルデバランの呪いを解きたい」ということを本人には言えない。

「ねえ、アルデバラン」
「なんだ」
「カカルク様と、それからソミンが言ってたんだけど……二柱の女神様が、もう世を離れてるんじゃないかって」

 月の女神が既に世を離れているなら、アルデバランの呪いを解くのは絶望的だろう。

「それは無い」

 ロゼアリアの不安を、アルデバランはあっさりと否定した。

「アンジェルが眠りについてる間、太陽が昇らなかったことから考えると、女神が世を離れたなら太陽も月も昇らないはずだ」
「でも、太陽も月も昇ってるから……」
「ああ。姿を現さないだけで、女神はまだこの世界にいる」

 それを聞いて安心した。月の女神がこの世界にいるなら、会う方法もあるはずだ。

「アルデバランが言うなら間違いないわね。でもどうして、女神様は姿を見せないの? ラウニャドールのことは、女神様は黙認してらっしゃるってこと?」
「女神が何を考えてるかまでは俺も分からない。が、あまり関与はしたくないんだろうな」
「どうして?」
「神を殺した俺を生かし続けてるからだ」

 ロゼアリアがアルデバランを見つめる。

「どういうわけか、エレトーは神を殺した力を残しておきたいらしい。生まれ直しの呪いが俺の子供へと引き継がれる理由も、そのためだろう」
「アルデバランが、女神様の代わりにラウニャドールを倒さなきゃいけないってこと?」
「……」

 顎に手を添え、アルデバランが少し考える。

「異物共を完全に排除するには、それこそ神殺しを実現できるくらいの力が必要だとしてもおかしくない。それと、そうして初めて贖罪が果たせるってことかもな」
「じゃあ、ラウニャドールを全て排除したら、生まれ直しの呪いは解けるの?」
「それは分からない。だが仮にラウニャドールを排除した世界で、最も脅威になるのは俺だ。それを女神が放置するとも思えない。俺の力は剥ぎ取られるか、引き延ばされていた断罪を受けるか。それ相当の代償はあると考えてる」
「そんな……」

 ラウニャドールを排除して呪いが解けるなら、月の女神に会う手立てを探さなくて良いと思ったのに。その先でアルデバランが死ぬことになるなら、意味が無い。

 思い悩むロゼアリアを前に、アルデバランも考えていた。
 アルデバランが持つ強大な力を知っているのに、ロゼアリアはそれを使うことを強いてこない。

 ザジャのあの時だって、やろうと思えばアルデバラン一人で全て解決することはできた。けれどロゼアリアは、そんな疑問すら持っていないようだった。

(たんに鈍いだけなのか、それとも……)

 ただ、強大な力があるからといって今の自分に操れる覚悟は無かった。もしそれを使って、三百年前と同じことを繰り返してしまったら。それが怖かった。
 だからなのか、魔法の使用を強いてこないロゼアリアといるのは案外落ち着く。

 それでもいつかはあの時の力を引き出さねばならないだろう。ロゼアリアと出会うまで、自分自身から目を背けていた。ラウニャドールを排除するために残された知識と力、そして責任からも目を背けていた。
 今は違う。そうすべきだと心の底から思っている。だから、全てを終わらせた先に待つのが自身の死でも大して怖さを感じなかった。
 むしろ散々渇望してきたのだ。大罪人の死に方としては、必要十分に美しい最期ではないか。

「生まれ直しの呪いって、他に解く方法はないの? ラウニャドールを排除することでしか、月の女神様には許してもらえない?」
「他に方法があったとしても、ラウニャドールの排除が優先だ」

 三百年も無駄に過ごしてきたのだ。ロゼアリアに「逃げてるだけだ」と言われたあの日から、考え直した。彼女の言う通りだと思った。
 だからアルデバランは今、ここにいる。これは彼自身の選択だ。
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