奪ってみてよ、先輩。

七夕 真昼

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1.出会ってしまいました。

1-5

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コトン、と拭き終わったグラスを置く。

どんな会話をしていようと自分の仕事を怠る理由にはならないから。グラスを拭く手は休めない。


「まー、アンタがまだ初雪の婚約者かどうかなんて俺にはどーでもいいんだけど。」

「なら、なんの用ですか?」

「だから言ったじゃん? うちの高校バイト禁止だって。」


コトン。さっきのグラスの隣にまたグラスを置く。


「なんで八地家のお嬢様がアルバイトなんかしちゃってんのかは知んないけど。俺はアンタの事知ってる。言いたいこと分かる?」

「脅迫ですか?」

「はっ、そうかも。」


先輩が鼻で笑う。紅家の人が他人に口止め料とかお金をせびる、なんて事ないよね。

つまり、私が今話してるのは悪い噂の“紅先輩”……。

今さらになって嫌な予感がした。


「付き合って? 悪いようにはしねぇからさ。あー、もしかしたら初雪の奴は怒るかもだけど?」


何が楽しいのか、くつくつとその人は笑う。

だから私は考えた。

初雪さんは私がどうなろうと構わない。

父は世間体を気にするだろうけど、「私が」どうなろうとやっぱり構わない。

義母はそもそも興味もないだろう。

このままこの人を跳ね除けて、高校に言われたら? 別に高校を停学になるのは私に責任があるわけで、当然それも覚悟の上でバイトをしてるつもりだった。

停学になったら。家にも連絡が行くだろう。

そしたら父はどうする? 私を蔑んで怒るのは目に見えてる。

家に戻される?

追い出される?

いっそ追い出されるならその方が良いかもしれない。

そこまで考えて、途端に全部どうでもよくなった。

どうでもいい。どうせ誰も傷つきやしないんだ。

ただ少しだけ、亡くなった母に申し訳なくなった。


「……最低ですね。」

「よく言われる。」


ありったけの嫌味を込めて放った言葉は、皮肉めいた笑みを返されて終わった。


「……分かりました。いいですよ。その代わり、絶対黙っててくださいね?」


せめてもの抵抗として紅先輩を睨みつけると、やっぱり先輩は面白そうに笑いながら「分かってるよ」と言って私から離れた。
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