奪ってみてよ、先輩。

七夕 真昼

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1.出会ってしまいました。

1-4

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東海林さんは私の一つ上の人で、高校は違うからさっきの私みたいに絡まれる心配はないと思う。

不安が消えたわけじゃないけど、とりあえずのところ安心する。

同じ高校って知ってても、私の名前までは知らないはず。逆に知ってたら怖い。

八地やち家はそこそこのお金持ちではあるけど、名の知れた大企業でも財閥でもないから。

カウンター横の台でグラスを拭く。トイレの前のこの場所は、レジの角になっていてひっそりしてるから結構落ち着く。

無心で作業に没頭していると、ふと私の上に影が落ちた。


「なァ、八地家のお嬢様がなんでこんなとこでバイトしてんの?」


頭から冷水を被せられたみたいに、サッと体温が下がるのを感じた。

逃がさない、とでも言いたいのか、私に覆い被さるように後ろに立って。

台の横に置かれた手。の左の甲には、タトゥーが覗いている。ここは角になってるから、今お店にいる人たちからは見えない。

私たち以外、誰もこの状況を知らない。

思わずタトゥーをまじまじと見ていると、「聞いてる?」と気だるげに声がかけられた。

少しだけ顔を後ろに向ければ、闇色の瞳と視線がぶつかる。まずい。何がって、色々と。でも、どうしよう?


「……なんで、知ってるんですか?」


精一杯平静を装って聞けば、どこか楽しそうに先輩の唇が弧を描く。


「氷榁の婚約者を俺が知らないわけないじゃん? アンタだろ、八地千夜子ちゃん?」


氷榁。

その名前を聞いて途端に全てが腑に落ちた。ああ、そういうことか。

そういえばこの人は紅だ。「あの」紅家の人だ。悪い噂の方ばかり有名で、すっかり忘れていたけれど。

許嫁の初雪さんの家、氷榁家は八地家とは比べ物にならないほどの大企業。

私の婚約はそのお零れを預かるためにあるようなもの。

そして紅家は氷榁家と同等、もしくはそれ以上の財閥。

しかもお互い敵視しているのか、初雪さんはことある事に紅家を批判するような発言をしていたことを思い出す。

納得した私はもうお腹の辺りがヒヤヒヤすることも、心臓が嫌に速く鼓動することもなくなって。

あとはもう平常心で先輩に接することができた。

悪い噂の「紅先輩」じゃなく、紅財閥の「紅亜主樹」として対峙するならそこまで怖くはない。


「そうですけど。私に嫌がらせをしたところで初雪さんは痛くも痒くもないですよ。」

「知ってる。おたくらが不仲なことくらい。」


思わず後ろの人を睨みつける。

そりゃ、敵視してる家のことならなんでも調べたりはするかもしれないけど。そんな事わざわざ私に言わなくてもよくない?

不仲って言ったって、私は別に初雪さんを嫌悪なんかしていない。

むしろ好きだった。凛々しい顔も、真面目なところも。この人のお嫁さんになれたら幸せなんだろうなぁ、って。思ってたのにな……。
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