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聖女の称号などいらん
しおりを挟むあれ? ダニエルったら、どうして難しい顔しているの? 私のチートがあれば、計画に問題はないって分かったんだから、大船に乗ったつもりでいいのに。
「ダニエル、どうしたの?」
「エリスの言った事が全て事実なら……」
「本当だよー」
「……それなら、エリスは『聖女』じゃないのか?」
えっ、そんな真剣な目で見ちゃダメ。惚れてまうやろ? いや、既に惚れてるな。それより、ダニエルの真面目な性格が仇になりそうな嫌な予感がするんですが?
「私は聖女じゃないよ。『聖女には成り得ない』って神殿で確定されてるし」
「本当か? 光属性の魔法が使えて、それ以外も有能だというのに?」
「十二歳の時に公式に発表されて、ちゃんと記録にも残ってるよ」
正確には『光属性だが魔力は微弱で』って言葉もついてたけど、聖女じゃないって判断されたのは嘘じゃないもん。
「それなら、再鑑定を受けたらどうだ? その能力があれば、国の有事に――」
「ストーップ!」
はぁー、本当に待って欲しい。マジかぁ? いや、そりゃマジだよね。
ダニエルを睨んじゃいそうになって、思わず布団を引っ張って頭まで被ったけど、ミノムシになって逃げ隠れしても無駄だよね。こういう場合、時間が解決にはならないもんなー。
あーもう…… ダニエルにも強い愛国心があるとはなぁ。価値観の違いにも慣れたつもりだったけど、ちょっと忘れてた…… ここではこの反応が普通なんだよね。
『聖女は神殿に帰属し、国の安寧のために尽くす存在である』って考えが広く浸透しているし、常識とは共通認識によって作られ、それに疑問を抱く者は稀だもの。私も他の世界の知識が無ければ、抵抗なく聖女になっていたのかも知れないし。
嫌だなあ。ダニエルの口から聞きたくないけど、聞かない訳にはいかないよなぁ。
「私に聖女になれっていうの?」
「重責を担う事になるだろうが、闇雲に逃亡を計るより賢明だろう。
それ相応の対価が得られるだろうし、聖女になればエリスの望みを――」
「何のために……」
怒っちゃダメだ。聖女になりたいと憧れる人だっているくらいだから、そう考えるのも仕方ないし、ダニエルの立場なら説得しようとするのが当然なんだから……。
だけどっ!
ほんと、何のために今までずーーーっと平凡なふりをして、我慢に我慢を重ねて、目立たないようにしてきたと思ってるの!?
前世の知識を口にしちゃうかもって、人と話すのも最低限にして、友達も作らずにボッチ生活。うっかり能力を使っちゃわないように隠して、常に周りを警戒して、大量の魔力は人目につかない夜中に発散し。どんなにバカにされようと聞き流し。身の丈にあった生活と評されるように、不便な事も受け入れてきた。
それでも、やっぱり挫けそうになる事はあって、いっそ全部ぶっちゃけたいと何度思ったことか。それを踏み止まれたのは、ダニエルがいたから。
最初は見た目や雰囲気に一目惚れして、観賞用として愛でていたけど、ダニエルの人となりを知れば知るほど気持ちは変化した。カッコよくて可愛いくて、真面目で不器用でちょっと面倒臭くて…… もーぅ、本当に愛らしいっ!
でも、どんなに私がダニエルを好きでも、彼も同じ想いじゃなくちゃ意味がない。ダニエルは真面目だから私に対して感謝や敬愛を抱いていても、なかなか恋い慕ってはくれなくて。
恋に落ちてくれるのをジッと待ってはいられないから、色んなプランを練った。
これには、嫉妬にまみれたご令嬢達が意図せず一役買ってくれた。
転んでもただでは起きぬ精神って大事だよね。彼女たちの嫉妬心をダニエルの恋心を芽生えさせるために使うって、素敵な恋のエネルギー変換でしょ。
そうして、彼が私を助ける状況を何度も積み重ねて、ようやく庇護欲と愛情をもってもらえた。こうなるまで長かったし、苦悩の毎日でしたよ。はい。
これでやっと、後は二人の幸せな将来に向けて突き進むだけ! 明るい未来が待ってるんだから! って希望を胸に日々を耐えてきた。
その間も、ダニエルと過ごす時間だけが私の癒しだった。
それもこれも、聖女認定なんてされたら――
「ダニエルは全然分かってないっ!」
くっ! 服を着ていれば胸座を掴んでガクガク揺すぶったのに……。
素の力で胸をポカポカ叩いたって、子供相手みたいに全く通じてないじゃないっ。ムキーっ。なによなによ、打撃が通じないなら噛みついてやる。カプッ!
「痛っ。エリス、ちょっと落ち着け」
落ち着け? 落ち着けですって? この非常事態に何を言っちゃってるの!?
ここでしっかり主張しないで聖女にされちゃったら、ダニエルと一緒にいられなくなる悪夢のような日々が待ってるっていうのに、冗談じゃない!
そんな困り顔で宥めようとしたって、誤魔化されたりしないんだからね!
そうよ、絶対に誤魔化されたりなんて、しない。
しない…… しないんだけど……。
でも、まぁ……。
もっとギュってして、ほっぺにちゅっちゅしながら頭をいい子いい子してくれるなら、落ち着いて話し合うのも吝かではないかもね。あっ、手は指を絡める恋人繋ぎを希望。うーん、口もちょっと寂しいなぁ~? ふふっ。濃厚なちゅうもいいけど、こうして唇を合わせるだけのちゅうをいっぱいっていうのもいい!
えっ、あれ、もしかして……今なら無限おかわり、してくれちゃったりする!? サービス精神旺盛なのはよきかな。あぁ、もぅ! やっぱりダニエル大好きっ!!
ふふふっ。も~ぅ、しょうがないなぁ。
「もう気は済んだか?」
「ふへへぇ~っ。もう一回、ちゅうっ!」
「はいはい」
ダニエルったら、仕方ないなって顔しつつも口元が緩んでるよ? 私に甘えられるの大好きだって知ってるんだからねー。猫の匂いつけみたいに私にスリスリされるのも、くすぐったがりながら喜んでるでしょう? 私がダニエルを好きなのに負けないくらい、ダニエルだって私のことが好きな癖に、説得されるべきなのはそっちの方なんだからね!
「聖女は爵位に縛られず、衣食住も保障され、各国への行き来も自由になる。
婚姻だって望み通りにできるっていうのに、何が問題なんだ?」
「はぁー……。そんなの表向きだけに決まってるじゃない」
「いや、そんなはずは……」
「権力者にとって、所詮は聖女なんて都合のいい駒なんだよ?」
「聖女が国に尽くすことで国民から支持を得れば、冷遇などできないはずだ。
先代の聖女も望み通り平民の男と婚姻を結び、故郷で暮らしたと聞いたぞ」
「まあ、そうだね。それに続きなんてなければ、本当に良かったんだけどね……。
『その後、夫君は原因不明の事故で亡くなり、失意の中で使命に目覚めた聖女は
王族の傍系と再婚し、死ぬまで王都で暮らして国と神殿に仕えた』というのが、
王侯貴族の限られた一部の者だけに伝わってる裏情報らしいよ。馬鹿らしい。
ダニエルは、本当にそれが彼女の望み通りの生き方だったと思う?」
「そう、なのか。それは……」
「歴代の聖女で王侯貴族と婚姻関係になかった者は誰一人としていないし、
国や神殿に仕えなかった者も、王都で暮らさなかった者も存在しない。
聖女になれば、権力者の手の平の上で転がされるだけってこと」
聖女になれば、未来視で見た通りきっと悲惨な結末しかないのだろう……。
ダニエルと引き離され、好きでもない男と結婚させられて、酷使される未来。
そんな未来に、どうして自ら進んで行かなくちゃならないの? ドMですか?
「小さな頃から、ずーーーっと我慢して力を隠し通したのは、幸せになるため。
私はダニエルが大好きだから、他の誰にも邪魔されず一緒に暮らしたいのっ!
自分の能力を自分のために使うのは、他の人だったら普通の事でしょう?
私だけが、そうしちゃいけないなんて、そんなのおかしいじゃない」
「そうか。急に力を自覚した訳でも、理由なく抗ってる訳でもないんだな。
聖女になりたくない、か……」
そんな難しい顔をされても、ダニエル相手でもこれだけは譲りませんよ!
「だけど、エリスはそれで本当に後悔しないのか?
聖女の力を必要とされた時、何も知らない振りをしていられるのか?
この国や人々を嫌ってる訳じゃないなら、心苦しく感じたり――」
「別にそんなの『聖女』って称号がなくても、助けられるなら助けるよ。
それは聖女かどうかに関係なく、人として当然のことでしょう?」
何を当たり前なことを。二人だけのスイートホーム暮らしでも、外交断絶はしませんよ。私としてはダニエルと二人っきりでも全然OKだけど、ダニエルは人と深く関わるのは苦手なのに寂しがり屋だから、街の喧騒が恋しくなるだろうし。心根の優しい彼が、街の人たちが苦しむのを放って置ける訳ないって分かってるからね。
ダニエルの幸せが私の幸せでもあるんだから、ダニエルの憂いになるような選択なんてしませんよ。ダニエルの性格を熟知している私を甘く見てはダメですよ。
ふふんっ。よくできた嫁でしょう? もっとメロメロに魅了されて、ベタ惚れしてくださっても、よろしくってよ。
「そうか…… ははっ、そうだよな!」
ふむ。ギュッと抱き締められたら、ダニエルのお胸の弾力が堪能できて良い。
そんな安心しきった嬉しそう顔しちゃって、可愛い~なぁ、もう。
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