ステ振りの王様

高戸

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28話 NTR

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 迷宮3階には、ダンジョンマスターである妖精に頼んで作って貰ったドーム状の部屋がある。現在そこで2人の男女が剣を交えていた。

 1人はエリスだが息が上がってきている。ここに来て2時間はぶっ通し剣を振っているのだから当然と言えば当然だろう。
 だが。もう1人の男は猛攻を止める気配は無い。

「ほら、どうしたの? また腕が下がって来てるよ! 彼に認めて貰うんだろ!? もっとちゃんとしなくちゃ!」

 煽るように叫ぶ男を睨みつけ、悲鳴を上げそうな腕を無理矢理振るい聖剣で男に攻撃する。

「それとも、この見た目が君の剣技を鈍らせてるのかな? 最愛の男は死なないと解っていても斬れない? 調子に乗り過ぎじゃ無いの? ほらその程度じゃ僕には届かないよ!」

「うるさい!!」



 エリスが聖剣を手にした次の日、聖剣は人の姿になり練習相手になると言いだした。
 始めは聖剣が喋りかけてくることに驚いていたが、剣を交えていくたびにそれも当たり前の事の様に思えて来た。

 だがエリスにも慣れないことはある。
 聖剣が人になった姿はネイトその物なのだ。そのことはいくら考えて、割り切っても、とっさに考えてしまう。自身のチャンスに自分が怯んでいるのだ。

 それから更に一時間、彼らの訓練はようやくひと段落が付いたのか休憩に入った。

「まだまだだね、エリス。僕にかすめる事も出来てないよ」

「……うるさい」

「ごめんごめん。それにしても今日は一段と動きが悪いね」

 聖剣の煽るような言葉にももう慣れたのか、エリスは反応を示さない。それでも構わないとばかりに聖剣はまくし立てた。

「朝のあれを気にしてるのかい? 仲良さげだったねえーっとネイトくんと、あっとシリアちゃんだっけ? 2人とも領主と秘書って奴が板についてきたんじゃないかい。でもあれは酷いよね「エリスにもっと優しく上げて」って、あー酷い。あの子のせいで時間が無いような物なのにさ、自分はいい子ですって言いたげで同情的なことまでいっちゃってさ? 笑っちゃうよね」

 エリスが朝あの会話を聞いてしまったのは単に偶然だった。 朝家を出て何となく、もう少しだけネイトの声が聴きたくなった。
 でも、家から聞こえて来たのはネイトとシリアの笑い声とシリアが自分に同情をかけるような言葉だった。
 彼女は2人が言っていることをそれ以上聞きたくなくて、全速力で迷宮まで走った。剣聖によって強化されたAGLと聖剣によって養われた無駄の無い動きは、エリスを最短最速で走らせ会話の先を聞かせなかった。

「シリアはそんな娘じゃない。それにネイトが時間を取れないのはこの場所を守ろうとしてるから。それぐらい解ってるの!」

 声を荒げて、何処か自分に言い聞かせるようにエリスは叫んだ。

「ごめんねエリス。 君は強いからこんな状況でも我慢してる。 でもね、いくら強くても限界はあるって事も知ってほしい。 勿論我慢も時には大切だ、でもそれはずっとはできない、しちゃいけないんだ、いつか許容を超えるから。 それはエリスも解ってると思うんだ!」

「……」

 エリスは戸惑う。聖剣の言っていることが間違ってなような、そんな気がしてしまうから。

「エリス、なんで僕がこの姿をして出て来るかわかるかい?」

 聖剣の言っている事に答えようと俯いた顔を上げたエリスは、投げやりに首を横に振る。

「それはね、君の重荷を取るためなんだ。 僕は君の物だ。 僕は君が僕をどう扱おうが文句は無い。 僕は君のためなら何でもできる。     そして、僕なら彼の代わりにだってなれる」

 エリスは考えてしまった。
 聖剣が言う、代わりの意味を。そして浸ってしまう、その光景に。

 エリスは聖剣の顔をチラッと見ると考えるようにして、俯いて、それでもそれは駄目だと思いとどまって、それでも期待しない訳でも無くて。
 最愛の者と同じ顔をした彼が自分になんでもしてくれると言っている。自分のためを思ってくれる。そしてそれは聖剣を引き抜いてから聖剣が自分の言った事に対して逆らった事は無いという事実を押し付ける。彼の言っていることが嘘じゃないと思えてしまう。

 それでも
 ネイトを裏切るような事出来る訳がないと、自分に言い聞かせた。
 朝のあれだってシリアが自分の事を思ってくれて言った一言だと理解している。あの娘が悪い人じゃない事なんて当然知っている。
 でもそれと同じくらい、あんな事言ってほしくなかった。シリアに言われて暇を作ったネイトと一緒に居ても、何故か嬉しいと思える気がしない。

 そんな言葉にならないような、信じたい感情と疑ってしまう感情が渦巻いて、エリスは答えを出せなかった。

 それが解った上で聖剣はエリスに囁きかける。

「僕は君以外には見えないし触れないようになってる、だから絶対に誰にもばれる事は無いんだ。 心配しなくてもいい、君は今は何もしなくてもいいから」

 聖剣はエリスの肩を抱き寄せ、その顔をエリスの目の前に持っていった。

「ネイト……」

「ああ、は君の物だ」

 聖剣は少しづつ、顔をエリスに近づけていく。エリスは拒むような手の動きを繰り返すが、そこに男1人を押し返すような力は込められていない。
 心音と吐息を感じてしまい、聖剣からこの上ないリアリティーを見せられてしまう。
 もうダメだ。そう思って流されそうになった。
 その時

『え~エリス~聞こえますか~? なんか地上が大変らしくてネイトから直ちにエリスを読んでって頼まれたから。 直ぐに地上に戻ってね! なんかよくわかんないけど人間の軍団が来たんだって』

 鳴り響いたのはダンジョンマスターの職業スキルによるアナウンス。

 それを聞いて諦めたのは聖剣の方だった、いい所でぶち壊された雰囲気はもう戻らない、そう悟ったのか聖剣は靄の様に消え去った。

 残されたのは情報の整理がうまく出来ずに放心状態のエリスと、『繰り返しま~す』と言って流れる、間の抜けたアナウンスだけだった。
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