悪役令嬢の末路

ラプラス

文字の大きさ
25 / 68

夢【6】

しおりを挟む
 転げ落ちた後、バーサ言われたことを思い出した彼は、がばっと身を起こそうとして手をついた。が、第三者から見れば、それはまさに床ドン…。別荘のメイド達が見たら、きっと黄色い声を上げていただろう。

 「………………」
 「………………」

 しばらくの間、二人の間に沈黙が落ちる。
 身体はフリーズしていても、彼の頭はネット回線が如く、キャパオーバーしそうなほど働いていた。結果的に、彼が彼女を押し倒している体勢になってしまったのは偶然だか、彼女を守ろうとして地面に接する面積を少なくしようと、咄嗟に彼女を包み込むように抱きしめたのは他でもない彼である。


 これは、セーフなのか?教えてくれ、バーサ!!


 今ここにいない乳母に助けを求める彼…。



 そこで、フリーズしていた彼女の方も、だんだん状況が掴めてきたのか、反応を見せた。


 「…ご、ごめんなさい!今退けるから」


 そう言って、彼女は仰向けのまま、手足を器用に使って芋虫のように彼の陰から這い出た。


 「怪我は…」

 そう言いかけた途端、彼女の周りを照らす光景に、目を奪われる。
 彼女もそれに気がついたのか、言葉を忘れたように見入っていた。
 そんな彼女が、ぽつりと呟く。

 「綺麗だね…」
 「ああ…」
 「!」

 彼女は、そこで驚いたように僕を見つめたけど、僕は構わずその光景を見ていた。



 いつの間にか、蛍の群生の中に二人は飛び込んでいたらしい。
 彼は、さっきのか細い光とは違う、もっと力強い何かを感じていた。


 「…もう、何が綺麗なのかわかるようになったね」
 「ああ、君のお陰だ」
 「私も、そろそろ帰らなきゃ」
 「行くのか?」
 「うん。思い出したの、私がやらなければならないことを」
 「そうか…」
 「でもね、今日この日の思い出をしっかり目に焼き付けておこうと思うの。だから…エスコート、お願いね?紳士さん」
 「っ、まさか会話を…」
 「盗み聞きするつもりはなかったんだけど、うっかりね…」
 「そうか。うっかりなら仕方ないな」
 「怒ったりしないの?」
 「バーサの教えだ。紳士たるもの寛容にあれ、小さなことで騒ぐなと」
 「あなたは本物の紳士ね」


 「…また、何処かで会えるといいね」
 「そうだな」
 「最後だから聞くけど、どうしてそんなに警戒心薄いの?」
 「えっ?!突然何を言い出すんだ」
 「だってね。初めて会ったとき、親切に私に声をかけてきたところまではいいのよ?…けど、流石に名前は~とか色々聞いたほうがいいと思うのよ。あなた"別荘"っていう言葉ワード使ってたから、推測でお坊ちゃまだってバレバレだったのよ?バーサさんもお坊ちゃまって言っていたし…」
 「聞かなかったか?」
 「聞いてないわっ!それにあなたも名乗ってないわよ!今更だけど!!」
 「じゃあ、今更だけど…。僕はローディー・シュトワネーゼ。君は?」
 「事前に断っておくけど、私の名前、少し長いわよ。私の名前はアイシアナ・シュラバス・スコッティング・アリセラ・モゼットよ。アイラでいいわ」
 「よろしく」
 「ええ、よろしく。…ってそうだわ!花火!もうすぐ始まっちゃうんじゃないの?!」
 「そういえばそうだった。さっき居たところ、あそこ花火が綺麗に見えるんだ。早くここを登ろう。立ち上がれるか?」
 「ええ。大丈夫よこれくらい」

 こうして、二人は先程転げてきた坂を登り始めた。あと少しで頂上…というところで、背後からヒュ~という音が聞こえたと思ったら、真っ赤な赤い花が空を染めた。


 「あ…花火よ!…綺麗ね」
 「そうだな」
 
 ローディーがいそういうと、アイラは微笑んだ。

 「『綺麗』って思える気持ちを、ローディーと共有出来るようになって、嬉しいわ」

 花火が上がるたび、歓声が広がった。
 しかし、違和感に気づくには遅すぎた。
 

 異変に気が付いたのは、ローディーの方だった。


 「ちょっと待て、今の音、花火の数と合わない…」
 「どういうこと?」
 「さっきから聞こえてた。悲鳴みたいな、歓声みたいな声、あれは…」

 ローディーは急いて頂上に登った。
 目に入ってきた光景に、固まる。

 「屋台のテントが燃えてるわ!」
 ローディーの後を追って登ってきたアイラが悲鳴をあげた。
 見えたのは、さっきまで自分たちのいた場所が火の海に変わり、逃げ惑う人々の姿。

 「アイラ、逃げるぞ!」

 ローディーはアイラの手を引いて、走り出した。

 「燃える火の中に、見知った集団を見た」
 「どういうこと?」
 「最近、村の周りをうろついている不審な連中の存在は知っていた。一回、そいつらを遠目だが見たことがある。その時のやつらと服装が全く同じだった」
 「同一人物ってこと?」
 「そうだ」
 「それならあなた、余計に私に構ってる暇無いじゃない!」

 アイラはローディーを引き止めた。

 「村の無事を確かめに行って!この風向き…村の方に向かっているでしょう?此処から村まで、そんなに距離はないわ。このまま村に火が迫ってくるかもしれない。もしかしたら、あなたの言う不審な集団が、もう村にまで襲撃しに行っているかもしれない。お願い!たくさんの命がかかっているの!私なら、そこらへんに隠れて上手くやるから、バーサさんや別荘のみんなが心配なの!」

 ローディーは暫く黙っていて、意思を定めたように、私の手を離した。

 「…わかった。本当に、大丈夫なんだな?」
 「うん」
 「それだけ聞けたらいい。くれぐれも気をつけろ。…それから、これが終わったら、アイラに言わないといけないことがあるんだ。だから、死ぬな。生きて戻れよ」
 「そっちこそ!…お願い、死なないで。貴方が死んでも、私お花手向けになんか行かないからね」


 「わかった。絶対に死なない。約束だ」
 「うん」

 そこで、彼と別れた。
 気がつけばそこは、私と彼の出会った場所で、何かの因果を感じたんだ。

 木の根元に腰を下ろして、幹に背を預ける。
 そうして、目を瞑った。


 次に目を覚ました時には、争いごとも、全部終わっていますように。誰も傷ついたりしていませんようにって。お願いしたの。


 ローディー……。
 約束、守れなくてごめんなさい。
 あなたとはもう…。


 目を閉じて暗闇に沈んだはずなのに、どうしてか、白い光に包まれ、いつの間にか意識は消えていた。


しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

お飾りの妃なんて可哀想だと思ったら

mios
恋愛
妃を亡くした国王には愛妾が一人いる。 新しく迎えた若い王妃は、そんな愛妾に見向きもしない。

【完結】断罪された悪役令嬢は、全てを捨てる事にした

miniko
恋愛
悪役令嬢に生まれ変わったのだと気付いた時、私は既に王太子の婚約者になった後だった。 婚約回避は手遅れだったが、思いの外、彼と円満な関係を築く。 (ゲーム通りになるとは限らないのかも) ・・・とか思ってたら、学園入学後に状況は激変。 周囲に疎まれる様になり、まんまと卒業パーティーで断罪&婚約破棄のテンプレ展開。 馬鹿馬鹿しい。こんな国、こっちから捨ててやろう。 冤罪を晴らして、意気揚々と単身で出国しようとするのだが、ある人物に捕まって・・・。 強制力と言う名の運命に翻弄される私は、幸せになれるのか!? ※感想欄はネタバレあり/なし の振り分けをしていません。本編より先にお読みになる場合はご注意ください。

ヒロインの味方のモブ令嬢は、ヒロインを見捨てる

mios
恋愛
ヒロインの味方をずっとしておりました。前世の推しであり、やっと出会えたのですから。でもね、ちょっとゲームと雰囲気が違います。 どうやらヒロインに利用されていただけのようです。婚約者?熨斗つけてお渡ししますわ。 金の切れ目は縁の切れ目。私、鞍替え致します。 ヒロインの味方のモブ令嬢が、ヒロインにいいように利用されて、悪役令嬢に助けを求めたら、幸せが待っていた話。

貴方といると、お茶が不味い

わらびもち
恋愛
貴方の婚約者は私。 なのに貴方は私との逢瀬に別の女性を同伴する。 王太子殿下の婚約者である令嬢を―――。

【完結】「お前とは結婚できない」と言われたので出奔したら、なぜか追いかけられています

22時完結
恋愛
「すまない、リディア。お前とは結婚できない」 そう告げたのは、長年婚約者だった王太子エドワード殿下。 理由は、「本当に愛する女性ができたから」――つまり、私以外に好きな人ができたということ。 (まあ、そんな気はしてました) 社交界では目立たない私は、王太子にとってただの「義務」でしかなかったのだろう。 未練もないし、王宮に居続ける理由もない。 だから、婚約破棄されたその日に領地に引きこもるため出奔した。 これからは自由に静かに暮らそう! そう思っていたのに―― 「……なぜ、殿下がここに?」 「お前がいなくなって、ようやく気づいた。リディア、お前が必要だ」 婚約破棄を言い渡した本人が、なぜか私を追いかけてきた!? さらに、冷酷な王国宰相や腹黒な公爵まで現れて、次々に私を手に入れようとしてくる。 「お前は王妃になるべき女性だ。逃がすわけがない」 「いいや、俺の妻になるべきだろう?」 「……私、ただ田舎で静かに暮らしたいだけなんですけど!!」

逆行した悪女は婚約破棄を待ち望む~他の令嬢に夢中だったはずの婚約者の距離感がおかしいのですか!?

魚谷
恋愛
目が覚めると公爵令嬢オリヴィエは学生時代に逆行していた。 彼女は婚約者である王太子カリストに近づく伯爵令嬢ミリエルを妬み、毒殺を図るも失敗。 国外追放の系に処された。 そこで老商人に拾われ、世界中を見て回り、いかにそれまで自分の世界が狭かったのかを痛感する。 新しい人生がこのまま謳歌しようと思いきや、偶然滞在していた某国の動乱に巻き込まれて命を落としてしまう。 しかし次の瞬間、まるで夢から目覚めるように、オリヴィエは5年前──ミリエルの毒殺を図った学生時代まで時を遡っていた。 夢ではないことを確信したオリヴィエはやり直しを決意する。 ミリエルはもちろん、王太子カリストとも距離を取り、静かに生きる。 そして学校を卒業したら大陸中を巡る! そう胸に誓ったのも束の間、次々と押し寄せる問題に回帰前に習得した知識で対応していたら、 鬼のように恐ろしかったはずの王妃に気に入られ、回帰前はオリヴィエを疎ましく思っていたはずのカリストが少しずつ距離をつめてきて……? 「君を愛している」 一体なにがどうなってるの!?

【完結】「心に決めた人がいる」と旦那様は言った

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
「俺にはずっと心に決めた人がいる。俺が貴方を愛することはない。貴女はその人を迎え入れることさえ許してくれればそれで良いのです。」 そう言われて愛のない結婚をしたスーザン。 彼女にはかつて愛した人との思い出があった・・・ 産業革命後のイギリスをモデルにした架空の国が舞台です。貴族制度など独自の設定があります。 ---- 初めて書いた小説で初めての投稿で沢山の方に読んでいただき驚いています。 終わり方が納得できない!という方が多かったのでエピローグを追加します。 お読みいただきありがとうございます。

処理中です...