悪役令嬢の末路

ラプラス

文字の大きさ
39 / 68

探し人《夢》【10】

しおりを挟む
 「ねえさま」

 この子にミルクを与えていると、エレインがやってきた。

 「ん?なぁに?」
 「赤ちゃんの名前、もう決めた?」
 「え?まだだけど、何かつけたい名前でもあるの?」
 「うんっ」

 レディ・ローズって駄目かな?

 すると、赤ちゃんはピクッと反応してエレインのほうを向いた。

 「いいんじゃない?この子も自分が名前呼ばれたのかなって思って振り返ってるよ」
 「やったぁ」

 こうして、私そっくりの赤ちゃんはレディ・ローズと命名された。
 レディはとっても頼もしい保護者婆様とアイシアナ、そしてほかの家族に見守られ、すくすくと育っていった。
 首がすわって、はいはいができるようになって、立って、歩いて、言葉を話して、泣いて、笑って、怒って、たくさんのレディのはじめてを、みんなでお祝いした。写真も撮って、壁に掛けたり、アルバムにまとめたりもした。けれど月日はすぐに流れる。


*************


 「アイシアナ、こっちにおいで」
 「はい。婆様」

 ある日の午後、婆様に呼ばれて部屋を尋ねた。

 「どうしました?」
 「協会から、仕事じゃ。名指しでな」
 「仕事…?婆様ではなく私が?」
 「ああ。2年前の辺境にあるソンニの村へ、ある調査をしてもらいたいらしい」

 この頃から、私は協会から調査で過去に飛ぶことが多くなった。
 協会ーータイムリープによる問題発生の未然防止と、問題解決のために創設された施設。そこでは、過去や未来に関する情報を扱い、保護している。例えるなら図書館が良い例だろう。
 協会はたくさんの人が利用する。能力者や警察、時には死神まで。私はまだ会ったことはないけれど…。

 「わかりました。それでは、準備が出来次第行って来ます」
 「ああ。くれぐれも気をつけて、行って来なさい」
 「はい」
 「アイシアナ」
 「なんですか?」
 「レディにおまえの水晶を首にかけてあげな。あの子はまだここに来たばかりだ。力も暴走しやすい。一人で何処かに行ってしまいそうで怖いからな」
 「はい。わかりました」

 どこか微笑ましく感じて、口元が緩む。
 婆様の部屋を出た後、私はまだこの家に来たばかりのことを思い出していた。

ーーー

 「婆様、次はいつ戻って来るんですか?」

 婆様は、よく家を留守にすることが多かった。
 帰って来るのは、早くて3日、すごく遅くて一ヶ月。

 「今回は少し時間がかかりそうだからなぁ…。10日くらいかな。アイシアナ、留守中家を頼むよ」
 「…はーい」

 けれど、10日で戻ると行った師匠は、結局3周間も帰ってこなかった。

 「……婆様遅いよ」

 その日は、婆様が家を留守にして10日目。
 婆様が帰って来ると思って、いっぱい料理を作って、待っていた。

 テーブルいっぱいを占める料理と、椅子の上で蹲る私が、対照的に映る。向かい側の席には、いつも婆様が座ってて…。けど、今その席は空っぽ。

 「はやく、帰って来てよ」

 そんな小さな呟きが、一人しかいない静かな空間に消えて行った。

 婆様は帰ってこない。
 それでも、『今日帰って来るかもしれない。もしかしたら、お腹を空かせているかも』そう思うと、料理も片付けるわけにはいかなくて、私も寝ていられなかった。
 婆様にちゃんと「お帰りなさい」って言いたかったから。
 お仕事のお話、聞きたかったから。

 ーー待っていたけれど、一人の時間は施設に入ったばかりのことを思い出させられる。

 一人で眺める月は、どこか悲しい。
 自分しかいない部屋は、どこか寂しい。

 ふと、いつのまにか自分にそんな感情が芽生えてえていたことを知った。

 そっか、私にとって婆様はもう家族になってたんだ。気づかないうちに、いろんな感情ことを教えてもらっていたんだ。

 自分が既に家族と思えるほど人に心を開けていたのが、単純に嬉しかった。
 けれど、途端に不安が私を襲う。


 もし、婆様が帰ってこなかったらどうしよう。
 また一人になったら、今度こそ私はどうやって生きていこう。
 やっと知ることができた、家族がいる喜び。

 ーーそれは、失われてしまうの?


 そんなの、嫌だ。


 婆様、帰ってきて。
 私を、置いてかないで。
 家族がいる喜びを知ってしまった私には、一人でいることは、苦痛の何者でもないんだ。

 もう、一人でいたくない。
 ……一人でいたくないよ。


 そうして、私の魔のお留守番が終わったのは翌日のことだった。婆様が帰ってこないとあれ程ぼやいていたくせに、3週間はあっという間のことだった。
 婆様によると、私は睡魔に勝てず結局椅子の上で蹲ったまま寝ていたという。

 もう、大人しく寝ていればこんなに悶々と考えなくても済んだのでは…と思ったのは後の祭り。
 けれど、"待つ"ことって今までしたこともなかったことだから、待つ人がいるって嬉しいことだなって再認識したのは、その後のお留守番でのことだ。
 帰ってきた婆様を出迎える瞬間に、ひっそりと感じるのは、悲しみでも、寂しさでもない。ホッとしたような、嬉しさであるということ。


 そして、今度は自分が待たれる側になることに、また別の嬉しさを感じた。




しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

お飾りの妃なんて可哀想だと思ったら

mios
恋愛
妃を亡くした国王には愛妾が一人いる。 新しく迎えた若い王妃は、そんな愛妾に見向きもしない。

【完結】断罪された悪役令嬢は、全てを捨てる事にした

miniko
恋愛
悪役令嬢に生まれ変わったのだと気付いた時、私は既に王太子の婚約者になった後だった。 婚約回避は手遅れだったが、思いの外、彼と円満な関係を築く。 (ゲーム通りになるとは限らないのかも) ・・・とか思ってたら、学園入学後に状況は激変。 周囲に疎まれる様になり、まんまと卒業パーティーで断罪&婚約破棄のテンプレ展開。 馬鹿馬鹿しい。こんな国、こっちから捨ててやろう。 冤罪を晴らして、意気揚々と単身で出国しようとするのだが、ある人物に捕まって・・・。 強制力と言う名の運命に翻弄される私は、幸せになれるのか!? ※感想欄はネタバレあり/なし の振り分けをしていません。本編より先にお読みになる場合はご注意ください。

ヒロインの味方のモブ令嬢は、ヒロインを見捨てる

mios
恋愛
ヒロインの味方をずっとしておりました。前世の推しであり、やっと出会えたのですから。でもね、ちょっとゲームと雰囲気が違います。 どうやらヒロインに利用されていただけのようです。婚約者?熨斗つけてお渡ししますわ。 金の切れ目は縁の切れ目。私、鞍替え致します。 ヒロインの味方のモブ令嬢が、ヒロインにいいように利用されて、悪役令嬢に助けを求めたら、幸せが待っていた話。

貴方といると、お茶が不味い

わらびもち
恋愛
貴方の婚約者は私。 なのに貴方は私との逢瀬に別の女性を同伴する。 王太子殿下の婚約者である令嬢を―――。

【完結】「お前とは結婚できない」と言われたので出奔したら、なぜか追いかけられています

22時完結
恋愛
「すまない、リディア。お前とは結婚できない」 そう告げたのは、長年婚約者だった王太子エドワード殿下。 理由は、「本当に愛する女性ができたから」――つまり、私以外に好きな人ができたということ。 (まあ、そんな気はしてました) 社交界では目立たない私は、王太子にとってただの「義務」でしかなかったのだろう。 未練もないし、王宮に居続ける理由もない。 だから、婚約破棄されたその日に領地に引きこもるため出奔した。 これからは自由に静かに暮らそう! そう思っていたのに―― 「……なぜ、殿下がここに?」 「お前がいなくなって、ようやく気づいた。リディア、お前が必要だ」 婚約破棄を言い渡した本人が、なぜか私を追いかけてきた!? さらに、冷酷な王国宰相や腹黒な公爵まで現れて、次々に私を手に入れようとしてくる。 「お前は王妃になるべき女性だ。逃がすわけがない」 「いいや、俺の妻になるべきだろう?」 「……私、ただ田舎で静かに暮らしたいだけなんですけど!!」

逆行した悪女は婚約破棄を待ち望む~他の令嬢に夢中だったはずの婚約者の距離感がおかしいのですか!?

魚谷
恋愛
目が覚めると公爵令嬢オリヴィエは学生時代に逆行していた。 彼女は婚約者である王太子カリストに近づく伯爵令嬢ミリエルを妬み、毒殺を図るも失敗。 国外追放の系に処された。 そこで老商人に拾われ、世界中を見て回り、いかにそれまで自分の世界が狭かったのかを痛感する。 新しい人生がこのまま謳歌しようと思いきや、偶然滞在していた某国の動乱に巻き込まれて命を落としてしまう。 しかし次の瞬間、まるで夢から目覚めるように、オリヴィエは5年前──ミリエルの毒殺を図った学生時代まで時を遡っていた。 夢ではないことを確信したオリヴィエはやり直しを決意する。 ミリエルはもちろん、王太子カリストとも距離を取り、静かに生きる。 そして学校を卒業したら大陸中を巡る! そう胸に誓ったのも束の間、次々と押し寄せる問題に回帰前に習得した知識で対応していたら、 鬼のように恐ろしかったはずの王妃に気に入られ、回帰前はオリヴィエを疎ましく思っていたはずのカリストが少しずつ距離をつめてきて……? 「君を愛している」 一体なにがどうなってるの!?

【完結】「心に決めた人がいる」と旦那様は言った

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
「俺にはずっと心に決めた人がいる。俺が貴方を愛することはない。貴女はその人を迎え入れることさえ許してくれればそれで良いのです。」 そう言われて愛のない結婚をしたスーザン。 彼女にはかつて愛した人との思い出があった・・・ 産業革命後のイギリスをモデルにした架空の国が舞台です。貴族制度など独自の設定があります。 ---- 初めて書いた小説で初めての投稿で沢山の方に読んでいただき驚いています。 終わり方が納得できない!という方が多かったのでエピローグを追加します。 お読みいただきありがとうございます。

処理中です...