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閑話:「なにやってんですか殿下…」 《名も無き草視点》
しおりを挟む草の者、というのをご存知だろうか。
坊ちゃんの前世の知識だが、『ニンジャ』という間者が草などに隠れて諜報活動や暗殺を行った事に因むという言葉だ。
俺は坊ちゃん付きになってもう6年、その草をやっている。
まあ元が商人だ。大したことはできないんだが、この王都の片隅で『かふぇ』とかいう昼は茶屋、夜は酒場の店を経営しながら『噂を掴む、流す、止める、変質させる』のが主なお仕事だ。
昨晩は肝が冷えた。
直前に坊ちゃんから連絡があったとはいえ、加護がぶつりと切れたのだ。
俺だけじゃない。この王都中だ。
俺は用意していた蝋燭に火を付け、「落ち着いてくれ」と灯りを配りながら店内を回った。
そして最後に一番口の軽い奴に「ここだけの話だが…」と話し掛ける。
「帝国の王様の守護神ってのが主神様らしいじゃねえか」
「……おいおい、滅多なこと言うんじゃねえよ…」
「いや、言うぞ。今は俺は、いや、誰も彼もが無加護状態だ。神様だって聞いてやしねえ」
「まあな…」
「こんな洒落にならねえ嫌がらせまでして『聖女』が欲しいのかねえ?」
「そうよね!嫌らしい話だよまったく!他所の国に来て権力傘にきて食い散らかし、挙句に他人の女房に横恋慕!そんで勝てそうになかったら嫌がらせかい!?黒獅子殿下もとんだ災難だよ!」
女房が大きめの声をあげる。坊ちゃんのダンナであるレオンハルト殿下は女子供に大人気だ。男にも人気があるが。
「だけどさあ、コレ、どうすんのよぉ…」
泥酔していたはずの女冒険者が青くなって言った。だよなあ、と同じテーブルの仲間たちも震える。冒険者家業にはキツイ事態だよなあ。
そして外が明るくなり、予定通りの演説が始まる。
レオンハルト殿下はいつもに増してとんでもなくキラッキラしていた。龍神様が背後にいるからと言うだけでは無い。
まるで今夜起こってしまう事を知っていたかのように、全身美しく磨き上げられていた。
いやはや恐れ入るね。さすがは坊ちゃんのダンナだ。未来予測でもできるのかね。
そして演説が終わり、加護が与えられる。
俺は一番最初に声を上げ、《共感》のスキルを全力で乗せて「王弟殿下万歳!」と叫ぶ。あとは波紋が広がるのを待つだけの簡単なお仕事だ。
そして夜が明けて。俺は噂話に花を咲かせる客たちに朝食を給仕しながら波紋を広げ続ける。
「帝国は汚い」「聖女様と殿下を引き裂こうとする悪魔」「第二妃も迫られているらしい」「第三妃は乱暴をはたらかれて…」「殿下の昨晩のお姿はそりゃもう神々しかった」「帝王の言いなりになる主神様ってのも大した事ねえな」「今日の決闘は行くのか?屋台の割引券をやろう。ああ、なに、近隣の店に王宮が無料で配っている」「殿下とそのお妃や取り巻きたちは圧巻らしいぞ」「レミング商会の記念メダルを土産にするといい」
…………よし、こんなもんか。
そして昼の繁盛時間にとんでもない噂が耳に入ってきた。
「異世界から来た聖女様が帝国に指名手配されてんのに現れたらしい。なんでもレオンハルト殿下の嫁になりに押し掛けたんだと!」
………は?
「やっだヤバいうけるwww異世界の聖女ってたしかまだ10歳にもなってないくらいの子供じゃなかった?幼児愛好家なの殿下?www」
「守備範囲広すぎだろwww」
「それがさあ、直前にめっちゃ美人の男の手握ってたらしいぞ!」
なにやってんですか殿下…。
「1番目の奥さんは泣きそうだし2番目は激怒して殿下の尻を捻切ってたそうだ」
坊ちゃん…なにやってんですか!?
「おい見に行こうぜ!タダの立ち見でも『すくりーん』とかいう投影魔道具ででかく見えるんだろ?!」
「試合見るよりぜってー面白いって!試合はどうせ殿下の勝ちじゃん!」
「ええ!でもご飯!!アタシここの『らんち』っての楽しみにしてきたのにぃ…!」
はーーーっと俺は溜息を吐く。
「そんなに面白そうなら俺も弁当こさえて売りながら見ようかねえ。なあに、テントは一杯でも首から下げて売って回るから、見かけたら買ってくれや」
「やった!絶対買う!!」
「おっし!いくぞオオオオオオオ」
「オヤジ、おれあれが良い!『さんどいっち』?とかいうの?あと『こんそめすぅぷ』?」
「ああ、わかったわかった。釣り銭が出ねえように小銭作っとけよ?」
「りょうかいだあああああ」
途端にがらんとした店内を女房が片付け始める。
「ホラあんた!早く弁当作って準備して!殿下を見にいくわよ!!」
行く気満々かよwww
その後の殿下たちの様子はもう、混乱を極めたとしか言いようが無い。
弁当は売れに売れまくった。
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