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【とある女伯爵視点】
しおりを挟む3年前からこの国は前代未聞の醜聞に見舞われている。
王立学園高等部に進級した王太子殿下が、言い寄る令嬢たちを、片端からお手を付けたという噂が流れた。婚約者の目の届かぬ所で羽目を外しているのだと。実際に子を宿した娘も居たそうだが、彼女たちは修道院に送られたり領地で蟄居させられた。
奔放な王太子。娘たちを虜にする王妃様譲りの優しげな美貌と物腰。あの手この手で堅物の護衛を撒いて、至る所で娘たちと……
そんな醜聞。
噂は噂だ。
そんな噂で社交界が持ちきりだった頃、子供達の間でとある物語が流行した。
『月明かりの恋』。
男爵令嬢と王子が学園で恋に落ち、婚約者の執拗な妨害を受けながらも愛を貫くというストーリーだ。わたくしも娘に勧められて読んだが、胸躍るストーリーだった。
娘は言った。これは学園であった本当の話なのだと。自分もこんな恋がしたいのだと。
わたくしは首を傾げる。
ありえない。
王太子殿下の婚約者エマ様は王立学園に通わずに城に籠もりきりだ。王太子妃として殿下を支えるべく、周辺国全ての言語と社会情勢、生産物、貨幣レート、しきたり、歴史、思想や宗教を学び、財務官である父親に教えを請いながら借金まみれの王家を支えている。エマ様の提案なさった税収改革や治水制度、交通網の整備はわたくしたち貴族どころか学者たちの度肝を抜いた。民の暮らしは楽になったと言うのに税収や外貨獲得は何十倍にも跳ね上がった。さすがは『財宝の番人』の娘。さすがは『贈り人』。大人たちはそう囁いた。
周辺国の要人を招いたパーティでは、両陛下に付き従い、辿々しいながらもその国の言葉で要人をもてなした。王太子が挨拶回りから逃げ出し、異国の踊り子をどこかに連れ出して戯れてらっしゃるというのに。
エマ様はまだ嫁いでもいないのに。
いち早く現実を見ているアーミテイジ伯爵家の令嬢などは、エマ様にお声をかけて頂こうとパーティの度にお傍に侍って機会を伺っているというのに。
わたくしの娘はこんなに愚かだったのだ。
わたくしは遠縁の令息を引き取り後継に育てることに決めた。この子は一人娘で、わたくしと同じように女伯爵として立たせようかと思っていたが…。駄目だ。このような娘では無理だ。魑魅魍魎の蔓延る貴族社会で、責任ある者として生きてはいけない。
夢のような恋をして、どこへでも嫁ぐと良い。
好きな殿方と結婚なさい、と言うと、娘は嬉しそうに笑った。次期女伯爵に婿入りをすることが前提の、侯爵家三男と娘の婚約は白紙に戻るだろう。こちらから幾許かの慰謝料は払わねばならないだろうが、そんなものは些細な出費だ。
娘に憎まれようと恨まれようと、この伯爵家を娘の代で潰すわけにはいかない。
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