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【プリムローズ視点】
しおりを挟むルネライト大神殿の祈祷室に跪き、わたくしは祈る。あの子の幸せを。あの子の安らぎを。
その子供に初めて出会ったのは、枢機卿選抜の混乱に巻き込まれて些か苛々している最中だった。
「ふざっけんじゃないよ!!」
手頃な樹の幹を力一杯殴りつける。ジンジンと拳が痛む。娘時代は『殴り聖女』なんて言われてたけど、わたくしも鈍ったわね……
もう一発、あの大司教の顔を思い出しながら拳を振りかぶる。そこで初めて樹の影に誰かがいたことに気が付いた。
「まあ……驚きましたわ。とても良い拳ですわね!でもお婆さま?少し痛そうですわ。木にぶつけるより、わたくしにぶつけてみませんか?」
にこにこ笑う子供。服装を見る限り、良いとこの令嬢だ。それになんだい、このお人形さんみたいな顔は。護衛をつけないと、神殿の中だといっても悪い大人はいるんだよ。
ああ、でも……わたくしが一番タチの悪い大人だろう。
わたくしは『子供だからわからないだろう』と高を括って愚痴った。神殿の腐敗。金、女、博打に薬。聖王国の大神殿は腐ってしまった。民を、国を、世界を正しく導こうという神の使徒ではなくなってしまった。わたくしを脅してきた大司教が枢機卿に選ばれば、神殿の正義は地に落ちる。
ふむふむ…とわかったように頷いた子供は、枝を拾って地面に絵を描き始めた。やはり子供か……退屈だったようだね。
そう溜息を吐いた ーーー のに。
「ではお婆さま、切り倒して仕舞えば良いのです!」
子供は地面に斧と切り株の絵を描いた。
「………は?」
「腐った木は、切り倒せば切り株から新しい枝が出ますの」
カリカリ…と切り株に若葉の生えた枝を書き足す。その上に両手を広げた修道女の絵。これは……わたくしか。
「新しい枝が大きくなるまで、お婆さまが守って差し上げれば良いのですわ。その素敵な拳で」
「…………!!は…はは…っ!……革命を唆すたぁ…悪い子だねえ、アンタ?」
「うふふっ、なんのことですの?迷子の子供が地面に絵を描いて遊び、お婆さまがそれを微笑ましく見守っただけですわ」
それが、エマ・シーグローブだった。
真っ直ぐな子供。可愛い可愛い、わたくしのはじめてのお友達。10年以上文通を続けた子供は、女神のような美しい淑女になっていた。
エマ。わたくしの光の子供。わたくしの道標。
ああ、神様。どうか、どうか。わたくしの大切なお友達が、幸せでありますように。
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