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紳士さん
8話 〜獅子と吸血鬼〜
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「グルルルゥオー!!」
白雷の塔の頂上。一頭の獅子が雄たけびを上げる。すると、天をも貫く塔がまた建てられたのかと見紛う程の雷の柱が現れ、
『Grraa』『Vhagagaga』『Cyrrro』『Kshhhh』
獅子の周りの怪物共を、刹那の内に消し炭に変えた。
「ふぃ~。キリがないのう」
長く鋭い二対の牙、強者であるが故の余裕に満ちた目、棚引く鬣は王者の風格、地を抉り掴まんとでもするが如く力強い四肢、逞しく発達した巨体でありながら所作のひとつひとつが優雅。
白き雷の獅子、ヒトビトはこのモノに敬意を込めて白雷公と呼ぶ。
────────雷御。七代行のひとつ、雷の王である。
しかし実力は本物だが、実はおしゃべり大好きな好々爺で、白雷の民から慕われるおじいちゃんであった。
「こいつらが他の王の言っちょった怪物かの?」
黒いもやがまたも発生し、そこから水生生物や爬虫類、その他色々な動物をモチーフにした怪物が溢れ出す。バルバラやみのたうろすの戦った魚型の怪物や、ローランを追い込んだ蛸型の怪物もいる。
「どれだけ戦えば終わるんかのー。他の王は連絡もとれんし、困ったもんぢゃ!」
雷御は口を開け雷のブレスを吐く。すると怪物たちは漏らすことなく全て塵と消えた。
「そういや、ゼティフォールが目覚めて遊びに来たんぢゃったな。あぁの、ねぼ助め、早く来ぬか! 後で説教してやらんとのう」
雷御がぼやいていると、またも怪物が現れ襲い掛かって来る。が、牙で、爪で、雄たけびで、雷で、瞬く間になぎ倒していく。
「お、次は少し骨が有りそうぢゃの」
黒い煙が大きく広がったと思うと、一瞬で収縮し、ヒト型に形を変えた。
それは、形こそシンプルだが他の怪物同様、全身が漆黒で、そこを脈動するように幾何学模様の光が走っている。
「初めて見る形ぢゃの」
『当タリ前ダ。アンナ雑魚共二戦ワセテタンジャ、キリガネエ。マダルッコシイから、オレサマガ直々二出向イテヤッタンダ。感謝シロ……』
ヒト型の怪物は言葉を発した。機械音のようだったが、確実にこの世界の言葉だった。
「ほう……。さっきまでのは操り人形みたいぢゃったが、今度は操り師のお出ましかのう」
雷御は目を丸くして驚いた。最初の怪物と相対してから数時間、今まで言葉がわかる相手はいなかったからだ。
『アンナ卑怯ナ奴ラト、一緒二スルナ!』
怪物は一瞬で距離を詰め、雷御の懐に入る。
「早い!」
『クタバレ!』
怪物の腕が槍のようになり、雷御の喉笛を襲う。
「甘いわ!」
雷御は身体を翻し、後ろ脚で怪物を蹴り上げる。
『チッ!?』
怪物は宙に浮き、自身を無防備に晒してしまう。
「貰ったわ!」
雷御は雷の牙で足に食らいついた。しかし、怪物の体は硬く、傷は付けど致命傷を与えるには至らない。
『何ヲ貰ッタッテ?』
怪物の腕が巨大な鎌になり、雷御の首を狙う。
「ちっ」
雷御は怪物を口から放し、バックステップで回避。タテガミを少し切られるだけに済んだ。
そして雷御は爪で雷の刃を作り、連続で放つ。怪物は両腕を大盾に変え、それを防ぐ。今度は怪物が腕を銃の形に変え、マシンガンのように弾丸を撃つ。それに対して、雷御は無数の雷の球を作り、弾丸のことごとくを打ち払った。
『ッチィ!』
「なかなかやるのう!」
怪物は身体から刀を作り出し、居合いの構えをとった。
『来イヨ』
怪物は鼻で笑いつつ手をこまねく。
「怪しいの……」
“来い”と言っているのだから、馬鹿正直に近づけば何か仕掛けてくるに違いない。雷御はそう踏んで、遠距離から攻撃することにした。
「まあ、楽しめたし、痛い目見る前にこれで決めてしまうかの。──────グルルルオオッ!」
天に向かって雄たけびを上げると、空気が揺れ、天を覆う程巨大な魔方陣が展開される。そして、照準でも合わせているかのように光の筋が怪物に伸びた。
「王が雷、喰らうがよいわ!」
神の怒りでも表しているかのような轟音がだった。魔方陣が放つ光は塔の頂上をまるで昼にかえたように眩しかった。塔の頂上の広さは直径にして百メートルを超えるが、雷は全てを覆い尽くして落とされた。逃げ場などありはしない。逃げられるという無謀な希望を持たせない。雷の王の、慈悲深き雷であった。
これをまともに喰らったモノは、七代行の王を除けば、助かるモノはいないだろう。
この雷を落とされたモノは、記憶の中だけでしか存在を許されない。そう言われるほどの雷だった。
が、────────
「……な! 効いておらんのか?!」
────────雷が止み視界が開けると、そこには、攻撃前から一歩も動かず、変わらず居合いの構えをとった怪物がそこにいた。
『惜シカッタナ』
怪物がおもむろに居合切りを放つ。
「ぐぬう!」
咄嗟に避けようと試みたが無駄だった。斬撃は距離の隔たりを無視して、直接雷御の顔に傷を付けたからだ。
『雷ノ王ヲ仕留メルノニ、雷ガ効クナンザ、馬鹿ダロウ?』
ヒト型は他の怪物もろとも雷御を嘲笑う。
「しかしあの雷を耐えるのは驚いた。ぢゃがの、雷が効かぬ相手にも、ちゃんと手があるんぢゃよ!」
雷御は牙どうしをこすり合わせ、電力を高めていく。
それを見た怪物は鼻で笑った後、躊躇いなく駆けてきた。
『叩キ潰シテヤルヨ』
怪物は腕を大きなハンマーのように変形させ、雷御の頭目掛けて振り下ろす。
が、雷御はそれを寸での所で横に回避した。
「侮るでないわ!」
雷御は牙で電気アークを起こし、プラズマを発生させる。これによっていかな絶縁体であれど電気を通すことができるのだ。
そして牙にプラズマを纏った雷御は、怪物のハンマーになった腕に噛み付く。
『Grrragaga!?』
その雷は怪物の耐性を貫き、その圧倒的威力のもと腕は噛み砕かれた。
「……どうぢゃ!」
雷御は力を見せつけるように、ひと吼えする。
『…………』
怪物はその場で言葉も発さず立ち尽くしていまう。
「ん、どうした? 凄いのは雷が効きにくい事だけかの?」
『……』
「……退く気はないかの? 其方、言う程悪人でもなさそうぢゃ。今は街も大変みたいぢゃし、戦いは今度にせんか?」
雷御はガッカリしたような顔になる。
『……カ、下等種風情ガァッ! 知ッタ様ナ事ヲホザクナァ!』
その時、片腕を失った怪物が激昂し、放っていた光が緑から赤に変わる。それと同時に、失っていた部分の腕が再生した。
「おっと、真に残念ぢゃ」
雷御は気を引き締めた。
『貴様、オレサマヲ見下シタ事ヲ後悔サセテヤル』
怪物の腹の部分が開き、そこから球体の機械のようなものが現れた。
『行ヲ使ウノハ癪ダガ、仕方ナイ』
怪物が手をかざすと、球体型の機械が回転し、駆動音を出しながら、周りの魔力を吸収し始めた。
魔力は普段は目視するのも難しい程小さい粒子だが、濃度が上がれば目でハッキリ見る事ができる。実際、魔石も魔力の塊のようなものである。
「なんぢゃそれは……。魔力を吸っておるはずなのに、まったく魔力の反応が感じられん。……そのような魔機、見た事ないぞい」
怪物は片腕を剣に、もう片方の腕を筒のような形に変えた。
「しかたない、先手必勝ぢゃ!」
雷御はプラズマを纏わせた雷の球を作り、口から怪物目掛けて発射した。が、怪物は腕の筒から荷電粒子砲を放ち、雷球を飲み込んだ。
荷電粒子砲は、荷電粒子、つまり電気を帯びさせた粒子を亜光速で飛ばす攻撃であり、照射されたものは原子崩壊により溶解したり、消滅する恐ろしいモノだ。
その放たれてしまった荷電粒子砲は、雷球を飲み込み消滅せさるに留まらず、今度はは雷御までも飲み込もうと迫った。
「な!? グルルルゥオー!!」
避けきれないと悟った雷御は、全力で雷のレーザーを放った。
『ハッ! ドウシタ、サッキマデ自信満々ダッタクセニ、ソノ程度カ?』
「グルルルル……!」
レーザーと荷電粒子砲の戦いは尚も続いている。少しでも手を抜けば、雷御といえどタダでは済まない。
『オレサマハ、マダマダイケルゼェ!!』
粒子砲の威力が上がり、段々とレーザーが押されていく。
「し、仕方あるまい……。奥の、手ぢゃ……!」
雷御の目が鋭く光る。
「雷御の名において顕現せよ、雷王の盃!」
雷御の額から、獅子の紋様が描かれた白き盃が現れ、荷電粒子砲を欠片も残さず吸い取った。
魔力の元にもなる根源のエネルギー。この世界のモノは全て、内にマナを貯めるマナの泉が存在する。そして、行の王はそれぞれ己の泉に、行を行たらしめ、王である象徴である王の盃を持っている。
「これが出たからには、ただでは帰さんぞい!」
『ククククク……。下等生物トハ言ッテモ、王ハ王カ』
「いくら平和で鈍っているからって、わしだってそこそこやるわい!」
雷御は盃を咥え、浴びるように中身を飲みほした。すると、見渡す限り一帯の空に雲が立ちこめ、生み出された電気の一切合切が雷御に吸い込まれた。
そして電気を吸収した雷御はふたまわり以上大きくなり、まるで雷御こそが雷という存在かと思わせるような威圧感を放った。
『クッ!? 身体ガ思ウヨウニ動カネエ』
雷御の電気のせいで強力な磁場が発生し、雷御以外のモノは思うように動くことができない。
「これでもそれだけ動けるとは、びっくりぢゃの」
『グガガガ……?!』
雷御が声を発するだけで稲妻が発生し、容易に怪物を貫いていく。
「お前さん、退く気はないんぢゃな?」
雷御は先程答えが得られなかった質問を再度投げかける。
『目的ヲ達成スルマデ、帰ル気ハネエ……!』
怪物は痺れながらも、球体型の機械を回転させてエネルギー吸収、磁場を弱めた。
「本当に退く気はないいんぢゃな? 今ならまだ間に合うぞい。民を襲うのを止めさててくれるなら、わしも咎める事はせん。何か理由が有るんぢゃろ? わしと、話をせんか」
「シツコイゾ下等生物! 理由を話す気ハ無イシ、手ブラデ帰ル気モネエ! オトナシク、クタバリヤガレ!』
怪物は居合切りで、先程と同じく直接雷御に攻撃をしかける。
「……無駄ぢゃ」
何度も何度も仕掛けるが、雷御には一切の効果が無かった。
「退けぬなら相手をするが、後悔するなよ……」
声に反応し、周囲に無数の雷が落ちる。磁場を弱めていたおかげで、怪物はギリギリの所で回避した。
「余り避けん方が、楽ぢゃぞい」
雷御は何百もの雷の槍を作り出し、怪物に目掛けて容赦なく降り注がせる。
『──────グガ!?』
右に、左に、体を伏せ、跳躍し、何度も何度も回避をするが、凄まじい猛攻に怪物は次第に付いていけなくなり、体が少しずつ欠けて、傷ついていく。
「ふむ。ここまで耐えるとは、其方もそれなりの覚悟があるようぢゃな」
『ダカラ、知ッタ様ナ事をホザクナト、言ッテイル!」
怪物は球体を使って刀に炎を纏わせ、斬撃を放った。
「おっと」
雷御に炎の斬撃が当たり胴に傷を付けるが、擦り傷ほどに浅く、瞬く間に回復する。当の雷御も、全く動じる様子も無い。
「その刀は邪魔ぢゃの」
そう言うと、雷が怪物の持つ刀を片腕ごと撃ち砕いた。
『ナッ!』
怪物は思わず動揺する。
「足が無ければ避けられまい。どうせ、本体はここここには無いんぢゃろう?」
雷の刃が飛び、怪物の両足を切断。それと共に斬り放された足は消滅した。
『グッ』
足を失った怪物は床に倒れこむ。
「安心せい。いたぶる趣味はないからの、すぐに終わる。──────グルルルゥオー!」
白雷の塔の床と空、対になった魔方陣が現れ、今までのどの攻撃より凄まじい雷が落とされた。
動く事すらままならぬ怪物はその雷を諸に受け、体が消し去られていく。
「名前……。聞くの忘れたの」
雷御が相対したこの怪物の事を憂いつつ背を向けた時だった。
「────今度はなんぢゃ!?」
雷を受けている怪物がいるはずの場所から、耳を劈く程の大音量でサイレンが鳴り響いた。
「まだ何か隠しておったのか?!」
雷が止む。すると球体の核の様なものが宙に浮いており、尚もサイレンは鳴り続く。そして、雷御が様子を見ていると、塔の下から黒いモヤのような煙が立ちこめて、その核を包み込んだ。
「まずい……!」
嫌な予感がした雷御が雷を落すも、何か大きな力によってかき消される。
『Grrrr……』
鳴動しつつ、核は形を変えていく。
雷御は雷がダメなら爪で切り裂こうと試みる。
「ぐぅあっ!」
しかし触れた途端、雷御の前足が消し飛ぶ。成す術が無くなった雷御はもう、ただ見続ける事しかできなかった。
そして時間にして十秒程経った頃、サイレンが止み、覆っていた煙が収縮し、その中身が姿を現した。
「これは歪ぢゃの……」
五つのドラゴンの頭がまばらに生え、前後左右の足がヒトの腕で四つん這いになり、ムカデの尻尾が生えていた。そして何より目を引いたのは背中に巨大なニンゲンの頭が生えていた事だろう。
「グルルア!」
雷御が連続で雷の槍を放つ。が、鯉の池にエサでも蒔いたかのように、五つのドラゴンの頭が雷の槍を貪っていった。
続いて雷を降らせるも、まるで飲み物でも飲むかのように雷を飲み干した。
「お、お手上げかの……?」
雷御はたじろいでしまう。
怪物は雷御が攻撃してこないのを見ると、よっぽど飢えているのか、涎のような液体を口という口からたらし、もがくようにどたばたと走ってきた。
「今日は厄日ぢゃ!」
雷御が雷で牽制しつつ、後ろに退避する。それに対して、怪物は攻撃の度に雷に気をとられ、食事に時間を割いた。
「さっきまでとは違うんかの……。まるで別ジン、いや、これはもはや何かを貪る事だけに囚われた本物のバケモノぢゃわい」
雷御が無数の雷を放つ。ひとつひとつは小さめだが、できるだけ数を増やした。例に漏れず怪物は律義にひとつひとつ貪っていく。
「今の隙に!」
雷御が怪物の脇に入り、胴に食らいついた。牙が食い込み、確実にダメージを与えているはずだが、痛覚のようなものがないのか、怯む様子は微塵もない。
それどころか怪物は、雷を受けるのも気にせず、雷ではなく雷御に興味を示し、とてつもない速さで、逆に雷御に食らいつく。
「ぐはっ!」
足を一本失った雷御は、その速さに付いていけず避ける事ができない。
そのまま噛み砕かれるかと思った矢先、今まで沈黙していたニンゲンの頭が悲鳴を上げるように叫びだした。
「こ、今度はなんぢゃ、かんべんしてくれい……!」
ニンゲンの頭は口から、無数の半透明な粒子が虫が集るように纏わりつく奇妙な球体を出す。そして、その粒子が雷御に纏わりついた。
「力が、抜けていく……」
粒子が奪うのは、体力や魔力だけではなかった。精神の深層、マナの泉に入り込み、雷の王の盃までも奪いとってしまう。
「何てことぢゃ……」
力と言う力を奪われた雷御は、みるみる内に小さくなり、最後は握り拳ひとつ分ほどにまで縮んでしまった。
怪物はひん死の雷御に興味を失い、前足、もとい手で叩き潰そうと振り上げた。
「其方らの、目的は……なん────────」
力を失ってしまった雷御はもう、攻撃を避けるどころか、言葉を発する事すらままならない。
怪物の手はもう目の前。雷御はあがくのを諦め、目を閉じた。
────────その時だった。
「──────闇よ、穿て!」
雷御を潰さんとしていた怪物の腕は、闇の弾丸によって撃ち貫かれた。腕を失った怪物は衝撃で転げ、ひっくり返る。
「お、お主は!?」
魔法の主は黒いマントを翻し、深紅の瞳を光らせる。
「……我が友に手を出すは、魔王に手を出したも同義。貴様、覚悟は出来ておろうな……!」
白雷の塔の頂上。一頭の獅子が雄たけびを上げる。すると、天をも貫く塔がまた建てられたのかと見紛う程の雷の柱が現れ、
『Grraa』『Vhagagaga』『Cyrrro』『Kshhhh』
獅子の周りの怪物共を、刹那の内に消し炭に変えた。
「ふぃ~。キリがないのう」
長く鋭い二対の牙、強者であるが故の余裕に満ちた目、棚引く鬣は王者の風格、地を抉り掴まんとでもするが如く力強い四肢、逞しく発達した巨体でありながら所作のひとつひとつが優雅。
白き雷の獅子、ヒトビトはこのモノに敬意を込めて白雷公と呼ぶ。
────────雷御。七代行のひとつ、雷の王である。
しかし実力は本物だが、実はおしゃべり大好きな好々爺で、白雷の民から慕われるおじいちゃんであった。
「こいつらが他の王の言っちょった怪物かの?」
黒いもやがまたも発生し、そこから水生生物や爬虫類、その他色々な動物をモチーフにした怪物が溢れ出す。バルバラやみのたうろすの戦った魚型の怪物や、ローランを追い込んだ蛸型の怪物もいる。
「どれだけ戦えば終わるんかのー。他の王は連絡もとれんし、困ったもんぢゃ!」
雷御は口を開け雷のブレスを吐く。すると怪物たちは漏らすことなく全て塵と消えた。
「そういや、ゼティフォールが目覚めて遊びに来たんぢゃったな。あぁの、ねぼ助め、早く来ぬか! 後で説教してやらんとのう」
雷御がぼやいていると、またも怪物が現れ襲い掛かって来る。が、牙で、爪で、雄たけびで、雷で、瞬く間になぎ倒していく。
「お、次は少し骨が有りそうぢゃの」
黒い煙が大きく広がったと思うと、一瞬で収縮し、ヒト型に形を変えた。
それは、形こそシンプルだが他の怪物同様、全身が漆黒で、そこを脈動するように幾何学模様の光が走っている。
「初めて見る形ぢゃの」
『当タリ前ダ。アンナ雑魚共二戦ワセテタンジャ、キリガネエ。マダルッコシイから、オレサマガ直々二出向イテヤッタンダ。感謝シロ……』
ヒト型の怪物は言葉を発した。機械音のようだったが、確実にこの世界の言葉だった。
「ほう……。さっきまでのは操り人形みたいぢゃったが、今度は操り師のお出ましかのう」
雷御は目を丸くして驚いた。最初の怪物と相対してから数時間、今まで言葉がわかる相手はいなかったからだ。
『アンナ卑怯ナ奴ラト、一緒二スルナ!』
怪物は一瞬で距離を詰め、雷御の懐に入る。
「早い!」
『クタバレ!』
怪物の腕が槍のようになり、雷御の喉笛を襲う。
「甘いわ!」
雷御は身体を翻し、後ろ脚で怪物を蹴り上げる。
『チッ!?』
怪物は宙に浮き、自身を無防備に晒してしまう。
「貰ったわ!」
雷御は雷の牙で足に食らいついた。しかし、怪物の体は硬く、傷は付けど致命傷を与えるには至らない。
『何ヲ貰ッタッテ?』
怪物の腕が巨大な鎌になり、雷御の首を狙う。
「ちっ」
雷御は怪物を口から放し、バックステップで回避。タテガミを少し切られるだけに済んだ。
そして雷御は爪で雷の刃を作り、連続で放つ。怪物は両腕を大盾に変え、それを防ぐ。今度は怪物が腕を銃の形に変え、マシンガンのように弾丸を撃つ。それに対して、雷御は無数の雷の球を作り、弾丸のことごとくを打ち払った。
『ッチィ!』
「なかなかやるのう!」
怪物は身体から刀を作り出し、居合いの構えをとった。
『来イヨ』
怪物は鼻で笑いつつ手をこまねく。
「怪しいの……」
“来い”と言っているのだから、馬鹿正直に近づけば何か仕掛けてくるに違いない。雷御はそう踏んで、遠距離から攻撃することにした。
「まあ、楽しめたし、痛い目見る前にこれで決めてしまうかの。──────グルルルオオッ!」
天に向かって雄たけびを上げると、空気が揺れ、天を覆う程巨大な魔方陣が展開される。そして、照準でも合わせているかのように光の筋が怪物に伸びた。
「王が雷、喰らうがよいわ!」
神の怒りでも表しているかのような轟音がだった。魔方陣が放つ光は塔の頂上をまるで昼にかえたように眩しかった。塔の頂上の広さは直径にして百メートルを超えるが、雷は全てを覆い尽くして落とされた。逃げ場などありはしない。逃げられるという無謀な希望を持たせない。雷の王の、慈悲深き雷であった。
これをまともに喰らったモノは、七代行の王を除けば、助かるモノはいないだろう。
この雷を落とされたモノは、記憶の中だけでしか存在を許されない。そう言われるほどの雷だった。
が、────────
「……な! 効いておらんのか?!」
────────雷が止み視界が開けると、そこには、攻撃前から一歩も動かず、変わらず居合いの構えをとった怪物がそこにいた。
『惜シカッタナ』
怪物がおもむろに居合切りを放つ。
「ぐぬう!」
咄嗟に避けようと試みたが無駄だった。斬撃は距離の隔たりを無視して、直接雷御の顔に傷を付けたからだ。
『雷ノ王ヲ仕留メルノニ、雷ガ効クナンザ、馬鹿ダロウ?』
ヒト型は他の怪物もろとも雷御を嘲笑う。
「しかしあの雷を耐えるのは驚いた。ぢゃがの、雷が効かぬ相手にも、ちゃんと手があるんぢゃよ!」
雷御は牙どうしをこすり合わせ、電力を高めていく。
それを見た怪物は鼻で笑った後、躊躇いなく駆けてきた。
『叩キ潰シテヤルヨ』
怪物は腕を大きなハンマーのように変形させ、雷御の頭目掛けて振り下ろす。
が、雷御はそれを寸での所で横に回避した。
「侮るでないわ!」
雷御は牙で電気アークを起こし、プラズマを発生させる。これによっていかな絶縁体であれど電気を通すことができるのだ。
そして牙にプラズマを纏った雷御は、怪物のハンマーになった腕に噛み付く。
『Grrragaga!?』
その雷は怪物の耐性を貫き、その圧倒的威力のもと腕は噛み砕かれた。
「……どうぢゃ!」
雷御は力を見せつけるように、ひと吼えする。
『…………』
怪物はその場で言葉も発さず立ち尽くしていまう。
「ん、どうした? 凄いのは雷が効きにくい事だけかの?」
『……』
「……退く気はないかの? 其方、言う程悪人でもなさそうぢゃ。今は街も大変みたいぢゃし、戦いは今度にせんか?」
雷御はガッカリしたような顔になる。
『……カ、下等種風情ガァッ! 知ッタ様ナ事ヲホザクナァ!』
その時、片腕を失った怪物が激昂し、放っていた光が緑から赤に変わる。それと同時に、失っていた部分の腕が再生した。
「おっと、真に残念ぢゃ」
雷御は気を引き締めた。
『貴様、オレサマヲ見下シタ事ヲ後悔サセテヤル』
怪物の腹の部分が開き、そこから球体の機械のようなものが現れた。
『行ヲ使ウノハ癪ダガ、仕方ナイ』
怪物が手をかざすと、球体型の機械が回転し、駆動音を出しながら、周りの魔力を吸収し始めた。
魔力は普段は目視するのも難しい程小さい粒子だが、濃度が上がれば目でハッキリ見る事ができる。実際、魔石も魔力の塊のようなものである。
「なんぢゃそれは……。魔力を吸っておるはずなのに、まったく魔力の反応が感じられん。……そのような魔機、見た事ないぞい」
怪物は片腕を剣に、もう片方の腕を筒のような形に変えた。
「しかたない、先手必勝ぢゃ!」
雷御はプラズマを纏わせた雷の球を作り、口から怪物目掛けて発射した。が、怪物は腕の筒から荷電粒子砲を放ち、雷球を飲み込んだ。
荷電粒子砲は、荷電粒子、つまり電気を帯びさせた粒子を亜光速で飛ばす攻撃であり、照射されたものは原子崩壊により溶解したり、消滅する恐ろしいモノだ。
その放たれてしまった荷電粒子砲は、雷球を飲み込み消滅せさるに留まらず、今度はは雷御までも飲み込もうと迫った。
「な!? グルルルゥオー!!」
避けきれないと悟った雷御は、全力で雷のレーザーを放った。
『ハッ! ドウシタ、サッキマデ自信満々ダッタクセニ、ソノ程度カ?』
「グルルルル……!」
レーザーと荷電粒子砲の戦いは尚も続いている。少しでも手を抜けば、雷御といえどタダでは済まない。
『オレサマハ、マダマダイケルゼェ!!』
粒子砲の威力が上がり、段々とレーザーが押されていく。
「し、仕方あるまい……。奥の、手ぢゃ……!」
雷御の目が鋭く光る。
「雷御の名において顕現せよ、雷王の盃!」
雷御の額から、獅子の紋様が描かれた白き盃が現れ、荷電粒子砲を欠片も残さず吸い取った。
魔力の元にもなる根源のエネルギー。この世界のモノは全て、内にマナを貯めるマナの泉が存在する。そして、行の王はそれぞれ己の泉に、行を行たらしめ、王である象徴である王の盃を持っている。
「これが出たからには、ただでは帰さんぞい!」
『ククククク……。下等生物トハ言ッテモ、王ハ王カ』
「いくら平和で鈍っているからって、わしだってそこそこやるわい!」
雷御は盃を咥え、浴びるように中身を飲みほした。すると、見渡す限り一帯の空に雲が立ちこめ、生み出された電気の一切合切が雷御に吸い込まれた。
そして電気を吸収した雷御はふたまわり以上大きくなり、まるで雷御こそが雷という存在かと思わせるような威圧感を放った。
『クッ!? 身体ガ思ウヨウニ動カネエ』
雷御の電気のせいで強力な磁場が発生し、雷御以外のモノは思うように動くことができない。
「これでもそれだけ動けるとは、びっくりぢゃの」
『グガガガ……?!』
雷御が声を発するだけで稲妻が発生し、容易に怪物を貫いていく。
「お前さん、退く気はないんぢゃな?」
雷御は先程答えが得られなかった質問を再度投げかける。
『目的ヲ達成スルマデ、帰ル気ハネエ……!』
怪物は痺れながらも、球体型の機械を回転させてエネルギー吸収、磁場を弱めた。
「本当に退く気はないいんぢゃな? 今ならまだ間に合うぞい。民を襲うのを止めさててくれるなら、わしも咎める事はせん。何か理由が有るんぢゃろ? わしと、話をせんか」
「シツコイゾ下等生物! 理由を話す気ハ無イシ、手ブラデ帰ル気モネエ! オトナシク、クタバリヤガレ!』
怪物は居合切りで、先程と同じく直接雷御に攻撃をしかける。
「……無駄ぢゃ」
何度も何度も仕掛けるが、雷御には一切の効果が無かった。
「退けぬなら相手をするが、後悔するなよ……」
声に反応し、周囲に無数の雷が落ちる。磁場を弱めていたおかげで、怪物はギリギリの所で回避した。
「余り避けん方が、楽ぢゃぞい」
雷御は何百もの雷の槍を作り出し、怪物に目掛けて容赦なく降り注がせる。
『──────グガ!?』
右に、左に、体を伏せ、跳躍し、何度も何度も回避をするが、凄まじい猛攻に怪物は次第に付いていけなくなり、体が少しずつ欠けて、傷ついていく。
「ふむ。ここまで耐えるとは、其方もそれなりの覚悟があるようぢゃな」
『ダカラ、知ッタ様ナ事をホザクナト、言ッテイル!」
怪物は球体を使って刀に炎を纏わせ、斬撃を放った。
「おっと」
雷御に炎の斬撃が当たり胴に傷を付けるが、擦り傷ほどに浅く、瞬く間に回復する。当の雷御も、全く動じる様子も無い。
「その刀は邪魔ぢゃの」
そう言うと、雷が怪物の持つ刀を片腕ごと撃ち砕いた。
『ナッ!』
怪物は思わず動揺する。
「足が無ければ避けられまい。どうせ、本体はここここには無いんぢゃろう?」
雷の刃が飛び、怪物の両足を切断。それと共に斬り放された足は消滅した。
『グッ』
足を失った怪物は床に倒れこむ。
「安心せい。いたぶる趣味はないからの、すぐに終わる。──────グルルルゥオー!」
白雷の塔の床と空、対になった魔方陣が現れ、今までのどの攻撃より凄まじい雷が落とされた。
動く事すらままならぬ怪物はその雷を諸に受け、体が消し去られていく。
「名前……。聞くの忘れたの」
雷御が相対したこの怪物の事を憂いつつ背を向けた時だった。
「────今度はなんぢゃ!?」
雷を受けている怪物がいるはずの場所から、耳を劈く程の大音量でサイレンが鳴り響いた。
「まだ何か隠しておったのか?!」
雷が止む。すると球体の核の様なものが宙に浮いており、尚もサイレンは鳴り続く。そして、雷御が様子を見ていると、塔の下から黒いモヤのような煙が立ちこめて、その核を包み込んだ。
「まずい……!」
嫌な予感がした雷御が雷を落すも、何か大きな力によってかき消される。
『Grrrr……』
鳴動しつつ、核は形を変えていく。
雷御は雷がダメなら爪で切り裂こうと試みる。
「ぐぅあっ!」
しかし触れた途端、雷御の前足が消し飛ぶ。成す術が無くなった雷御はもう、ただ見続ける事しかできなかった。
そして時間にして十秒程経った頃、サイレンが止み、覆っていた煙が収縮し、その中身が姿を現した。
「これは歪ぢゃの……」
五つのドラゴンの頭がまばらに生え、前後左右の足がヒトの腕で四つん這いになり、ムカデの尻尾が生えていた。そして何より目を引いたのは背中に巨大なニンゲンの頭が生えていた事だろう。
「グルルア!」
雷御が連続で雷の槍を放つ。が、鯉の池にエサでも蒔いたかのように、五つのドラゴンの頭が雷の槍を貪っていった。
続いて雷を降らせるも、まるで飲み物でも飲むかのように雷を飲み干した。
「お、お手上げかの……?」
雷御はたじろいでしまう。
怪物は雷御が攻撃してこないのを見ると、よっぽど飢えているのか、涎のような液体を口という口からたらし、もがくようにどたばたと走ってきた。
「今日は厄日ぢゃ!」
雷御が雷で牽制しつつ、後ろに退避する。それに対して、怪物は攻撃の度に雷に気をとられ、食事に時間を割いた。
「さっきまでとは違うんかの……。まるで別ジン、いや、これはもはや何かを貪る事だけに囚われた本物のバケモノぢゃわい」
雷御が無数の雷を放つ。ひとつひとつは小さめだが、できるだけ数を増やした。例に漏れず怪物は律義にひとつひとつ貪っていく。
「今の隙に!」
雷御が怪物の脇に入り、胴に食らいついた。牙が食い込み、確実にダメージを与えているはずだが、痛覚のようなものがないのか、怯む様子は微塵もない。
それどころか怪物は、雷を受けるのも気にせず、雷ではなく雷御に興味を示し、とてつもない速さで、逆に雷御に食らいつく。
「ぐはっ!」
足を一本失った雷御は、その速さに付いていけず避ける事ができない。
そのまま噛み砕かれるかと思った矢先、今まで沈黙していたニンゲンの頭が悲鳴を上げるように叫びだした。
「こ、今度はなんぢゃ、かんべんしてくれい……!」
ニンゲンの頭は口から、無数の半透明な粒子が虫が集るように纏わりつく奇妙な球体を出す。そして、その粒子が雷御に纏わりついた。
「力が、抜けていく……」
粒子が奪うのは、体力や魔力だけではなかった。精神の深層、マナの泉に入り込み、雷の王の盃までも奪いとってしまう。
「何てことぢゃ……」
力と言う力を奪われた雷御は、みるみる内に小さくなり、最後は握り拳ひとつ分ほどにまで縮んでしまった。
怪物はひん死の雷御に興味を失い、前足、もとい手で叩き潰そうと振り上げた。
「其方らの、目的は……なん────────」
力を失ってしまった雷御はもう、攻撃を避けるどころか、言葉を発する事すらままならない。
怪物の手はもう目の前。雷御はあがくのを諦め、目を閉じた。
────────その時だった。
「──────闇よ、穿て!」
雷御を潰さんとしていた怪物の腕は、闇の弾丸によって撃ち貫かれた。腕を失った怪物は衝撃で転げ、ひっくり返る。
「お、お主は!?」
魔法の主は黒いマントを翻し、深紅の瞳を光らせる。
「……我が友に手を出すは、魔王に手を出したも同義。貴様、覚悟は出来ておろうな……!」
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