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夢のヒーロー

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 まどろみに身を任せて惰眠を貪った僕は、寝過ぎによる頭痛で目を覚ました。
「痛ってて……」
 一杯の水を飲みつつ、コーヒーの為のお湯を沸かす。ついでにトーストを焼こうと思ったけど…………
「……あちゃー。朝ご飯を買うの忘れてた」
 野菜だとか肉だとか調理すれば食べられる物はある。炊けばお米もあるんだけど、寝起きで色々作るのは面倒だ。最低限下準備してあれば別なんだけど……。
 仕方ないけど、買い物に行かないとダメだな。顔を洗っている間にお湯を沸かす。戻ってきた所で沸騰していたので火を止めて、お湯を落ち着かせる。あらかじめ挽いておいた豆をネルフィルターにセットして、ゆっくりお湯を注いだ。インスタントも良いけど、挽きたてはやっぱり香りが飛んでなくて美味しいんだよね。豆の種類に拘ったらキリが無いから、お店で売られているブレンドか、インスピレーションで豆を買ってるんだけど。まあ、美味しいコーヒーに出会えた時は、朝の占いで1位をとったみたいな嬉しさがある。
「うん。なかなか美味しい」
 少し得した気分だ。
 何となく目が覚めてきたから、僕は頭に手を当てて頭痛を治す。いつもの通り、光が癒してくれる。
 手当て。この力を超能力と呼ぶべきか、魔法と呼ぶべきか、はたまた気功と呼ぶべきか。何にしても僕は、何度もこの光に助けられている。
「よし。治った」
 頭痛が治ったらお腹が減ってきたな。後でおにぎり三っつくらい買って食べよう。空腹が限界に達する前に、素早く服を着替えて支度を済ませた。とは言っても、財布の中にお金が入ってるかと、スマートフォンを確認しただけなんだけど。
「千五百円程か。足りなかったらカード使えば良いか」
 引き出しからカードを取り出して財布に突っ込んだ。まだコーヒーが残ってるからそれで一息つく。ついでに何の気無しにスマートフォンでニュースを確認した。
『小学生の成りたい仕事。一位はなんと、ヒーロー!』
 おっ、なかなか夢があるな。別に巨悪が侵攻してきたり、秘密結社の登場だとか、地の底から化け物が溢れてきたりしたわけじゃない。それでも成りたいと言うんだから、面白い世の中になってきたものだ。
 日々学問や技術は進歩していて、色んな機械等が発明されている。だから、僕みたいな特殊能力を持っていなくても、文明の機器を使えばヒーローにも成れるのかもしれない。それこそ、この小学生達が大人になっている頃にはもっと発達しているわけなんだから。
 僕の力も万能ではない。離れた所にいると相手を治す事はできないし、亡くなって暫く経った人や、一部の整形関係は治せない。だからって初めから諦める事はしないけどね。
「そろそろ行くか」
 僕は空になったコップを洗って家を後にした。
「いい天気だ……!」
 雲ひとつない快晴。少し日差しが目を刺激するし、肌寒い気もするけど、とても心地良い気分だ。
 今までやってきた事は、間違いでは無いと思うし後悔もない。でも、もっと上手いやり方があったんじゃないかと、悩んで反省する事がある。決まった答えは出ないけど、落ち込んでいたら何もできない。だから僕は、次に活かせるように前を向き続けている。
「こんにちわー」
 小学生くらいの男の子が、僕を見かけて挨拶をくれた。そうか、今日は日曜日だったな。
「こんにちは。遊びに行くの?」
「うん!」
「気をつけて行ってらっしゃい」
「ありがとう! ばいばーい」
「ばいばい」
 静かな住宅街を抜けて、たくさんのお店の並ぶ商店街に着いた。僕がいつもお世話になっている個人商店は、もう目の前だ。
 この商店街は数年前まで閑散としてたんだけど、何だかんだと人が戻り、今では大賑わいだ。商店街の皆や、おじさんとおばさん、他の皆のおかげだな。僕も手伝わせてもらったんだ。
「いらっしゃいませ。あら△△ちゃん、シフトを確認しに来たの?」
「いえ。朝ご飯を買い忘れていたんで、ちょっと」
「ふふふ。そう。じゃあ新商品のおにぎりはどう? これ、なかなか美味しいのよ」
「おお、カラスミですか。渋いですね。丁度おにぎりの気分だったし買わせて貰います。他に、梅と昆布あたりありますか?」
「ありがとね。お父さん、梅と昆布ある?」
「ちょっと待っててな……。すまん△△君! 梅ねえな、昆布あるけどよ。明太子じゃダメか?」
「大丈夫です。明太子も好きですし」
「△△君は何でも食べるけど、嫌いなものはあるのか?」
「う~ん……。嫌いな物って程の物は無いですけど、強いて言うなら、匂いがキツい物は比較的苦手に当たりますかね?」
「そうか。逆に難しいな」
 僕がレジで会計を済ませていたら、奥から人が出てきた。
「ああ△△さん。いらしてたんですか」
 難しい顔をして機械を操作する、++さんだった。
「どうも、++さん。発注ですか?」
「ええ。発注する物が多くて大変なんですよ」
「そうなんですか?」
「お父さんがね、また項目増やしちゃったのよ」
「いや、それは、++さんが頼りになるからよ~。
「まったく、すぐに楽しようとするんだから……。それより、++ちゃんと△△ちゃん。ずっと敬語なのね」
「まあ、クセみたいなものですね」
「すみません。今まで敬語以外で話していた事が無かったので……」
「それが楽なら、いいんじゃねえか? な」
「まあ、そうね」
 僕の電話が鳴る。
「あ、すみません。電話です」
「ああ、気にせずどうぞ」
 おばさんが手でとジェスチャーをした。それに答えて、おばさんと二人に軽く頭を下げて電話に出る。
「もしもし」
『もしもし△△、今大丈夫か?』
 僕の父だ。
「大丈夫。何?」
「最近こっちに帰って来てないから、母さんが寂しがっていたぞ。忙しいのは分かるけどな、たまには帰って来い」
「ああ、ごめん」
「…………あ、△△? 久しぶり」
「あ、母さんに代わったの?」
「『代わったの?』じゃないてしょ。たまには帰ってきて顔くらい見せなさい」
「うん、ごめん。父さんにも言われたよ」
「好きな物作るから、また帰ってくるのよ?」
「ありがとう。近々帰る事にするよ」
「うん、そうしなさい。あ、そうじゃ無かった。○○さんとこの子が、△△に会いたいって言ってるみたい」
「分かった。今どこにいるか知ってる?」
「今大丈夫なの? 確か、──公園にいるはずよ」
「じゃあ、行ってくる」
「はい。行ってらっしゃい」
 母さんはそう言うと電話を切った。
「ちょっと用事できたんで、行ってきます」
「そうですか。私は大丈夫ですから、気をつけて行ってらっしゃい」
「ありがとうございます」
「そうか。気をつけてな」
「△△ちゃんは、いつも忙しいわね。あんまり無理しちゃダメよ。行ってらっしゃい」
「はい。行ってきます」
 三人に手を振った後、僕は商店を出て公園に向かった。
 会いたいって言ってるみたいだけど、何の用事だろうか?
「あ、△△さーん!」
 公園に入った瞬間、待ってましたと言わんばかりに高校生くらいの男の子が駆け寄ってきた。
「来てくれたんですね!」 
 この子は○○さんの息子で、僕が十年前に助けた男の子だ。その時に比べたら、ずいぶん大きくなったものだ。
「うん。会いたいって言ってたんでしょ。どうしたの?」
 少し離れたベンチで、○○さんが手を振っている。それに応えて僕も手を振り返す。
「えっと……。オレ、△△の弟子になりたくて……」
「弟子? 僕の?」
「はい。憧れてるんです。お願いします!」
「う~ん。上手く教えられるか分からないし、期待に応えられるかも分からないけど……。それでも良いなら」
「え、良いんですか!? ありがとうございます! やった……」
 男の子は小さくガッツポーズをしたと思ったら、居直してきれいな角度で頭を下げてきた。
「え? どうしたの?」
「師弟関係になるんですから、礼儀は大切ですから。では師匠、これから宜しくお願いします!」
「ははは……。こちらこそ宜しくお願いします」
「話は済んだ?」
 タイミングを見て、○○さんがこちらにやってきた。
「あ、お母さん。うん、△△さんが弟子になっても良いって!」
「そう。良かったね」
「久しぶり○○さん。元気にしてた?」
「うん、私は元気。ありがとう。△△君は?」
「まあ、元気。そうじゃなくてもすぐに治すけどさ」
「はははっ。確かにね。あ、そうだ」
 ○○さんは、さっきのベンチの近くにある、遊具が並んでいる方に向かって人を呼んだ。
「──ちゃーん! おいでー」
 すると、遊具で遊ぶ数人の中から、3歳くらいの女の子が走ってきた。その子は僕の姿を確認すると嬉しそうな顔をして、タックルをするように僕に飛びついた。
「おお、──。泥だらけだね、遊んでもらってたの?」
「うん! あそこにいるおねえちゃんと、おにいちゃんが遊んでくれました! あとね、○○おねえちゃんと、こっちのおにいちゃんも!」 
 ○○さんのもう一人の子と、後は近所に住んでいるっていう、この子の友達か。一緒に遊んでいるのをよく見かける。
 僕は娘の頭を撫でて、泥を軽く払った。
「そうか。良かったね。ご飯は食べた?」
「うん! オムライス食べにいきました! おとうさんは?」
「まだ。昨日帰るのが遅かったから、お昼に起きたばっかりでさ。おにぎり買って来たところ」
「そうかー。たくさん食べて、おおきくなるんですよ!」
「ははは。もうお父さんは大きくならないかな?」
「なんで?」
「大人は大きいから、大きくなれないんだよ。いや、大きくなったから大人かな?」
「ふーん。では、──は、また遊んできますね! じゃあね~」
「ああ、うん。気をつけてね」
「はーい」
 女の子はさっきの遊具の所に戻っていった。
「元気過ぎて、私の方が先に疲れちゃいました」
 そうは言いつつも、○○さんは楽しげだ。
「いつもありがとう」
 僕は丁寧にお礼を言った。
「いいって。私も子ども好きだから」
「ありがとう。そうだ、旦那さんも元気?」
 数年前、○○さんは再婚したんだ。最近は忙しくてなかなか会えていないけど、僕達は家族ぐるみでの付き合いで、子どもはよく遊んで貰っている。
「ああ、元気。ありがとう。でも最近少し太ってきてるの」
「まあ、それくらいなら良いんじゃないかな?」
 幸せ太りってやつだろうし、健康を損ねない程度なら微笑ましい限りだ。
「ご飯が美味しいからって、親父は食べ過ぎなんですよ」
「まあ、美味しいなら仕方ないよ」
 談笑していると、またスマホが振動した。
「ああ、仕事が入ったから行かないと……。ごめん、娘を頼んでいいかな?」
「分かった。気をつけて」
「うん、ありがとう」
「今度はどこに行くんですか?」
「内緒。と、言うより、僕もまだ知らないよ。機密情報は漏れないように、極力メールとか電話で伝えないようにしてるからね」
「怖く無いんですか?」
「怖くない事は無いけど、事前に資料とか情報を貰えるし、準備も抜かりない。頼りになる仲間もいるからね、仕事に入ったら恐怖なんて平気さ」
「良いですね。じゃあ、△△さん。気をつけて」
「うん。行ってくる」
  
 僕は一度家に帰り、仕事に必要な道具を予め入れておいたバッグを持って、車で仕事に向かった。
 車を運転しつつ、手早くおにぎり三個を食べて、お茶を流し込んだ。一瞬で食べちゃったけど、カラスミのおにぎり、なかなか美味しかった。また食べるとしよう。
 そして、芋ようかんをしっかり味わいながら、ドライブを楽しんだ。
 僕のやってる仕事は不定期に入るし、お察しかもしれないけど危険が付き纏う。だから皆に心配されるけど、僕にしかできない事もあるし、やりがいも感じる。でも、決まった休みは無いし、プライベートもあんまり無いし、親しい人達とも満足に会えないのは、正直に言うと不満は有る。
 でも、これは僕が選んだ道だから、絶対に後悔はしない。皆、僕が打ちのめされて、ウジウジしている姿なんて見たくないはずだしね。
 僕はとある屋敷に入り、車を停めた後荷物を持って建物に入った。
「おはようございます──さん。あ、総理になったんでしたね。おはようございます、総理!」
 入り口にはピシッと決まったスーツを着た老齢の男性が待っていた。僕がさっき言った通り、この男性は先日総理大臣に成った人だ。
「おお、やっと来たか△△君。おはよう。そうだ、まだ成ったばかりでしっくり来ていないがね」
「総理自ら迎えてくれるなんて、今日はどのような仕事でしょうか?」
 総理は僕を中に入るよう促し、歩きながら話した。
「今回は国外だ。詳しい事は部屋に入ってにしよう」
「分かりました。そうだ、□□さん、議員に立候補しているみたいですね」
「そうだ。私が若い頃よりしっかりしているが、我が子となるといつまで経っても心配だ。下手に力を貸す事もできんしな」
「□□さんだったら大丈夫でしょう。賢いし優しさもありますが、何より父譲りのカリスマがある」
「嬉しい事を言ってくれるね。さあ、入って」
 邸の一室に入り、僕と総理は向かい合わせに座った。
「さっそくだが、今回の仕事はここだ」
 僕は渡された資料に目を通す。
「──国で、トルネードが起きたんですね? それで、救助活動を……。現地の軍とかでは足りないんですか?」
「施設も直撃したみたいでね。それに大型という事もあって、被害を受けた範囲が広いのだよ」
「──国は確か、そろそろ雨季に入る頃でしたよね?」
「そうだ。だから、救助が遅れれば、避難に遅れた人たちが生き埋めになってしまう」
「分かりました。資料は移動中に目を通しておきます」
「いつもすまないな」
「仕事が無い時は一週間以上休みになったりしますし、大丈夫ですよ」
「君にはいつも助けて貰っている気がするな」
「こちらこそ、□□さんや総理がいなければこんな事できませんでしたよ」
「それは君の努力の結果だ。しかし、あの時は驚いたよ。何通も『辛い』だとか、『目眩が酷くてまともに歩けない』だとか、『死にそう』だとか□□からのメールが並んでいたのに、急に『治った』って来てね」
「その話何度目ですか。感謝されるのは嬉しい限りですけど」
「いいじゃないか。いつも仕事仕事って、忙しくしていた私が、家族や周りの人達に目を向けるきっかけにもなった。あの時は□□にも悪い事をしたしな。△△君のおかげで命拾いをしたよ」
「いえいえ、持ちつ持たれつですよ。□□さんや総理が僕のの事を公にしつつも、僕にも人権があると声を大にして言ってくれましたし。この仕事も用意してくれました」
「恩返しは当然だ。まあ、私達だけではなかったがね。ああ、すまない。引き止めてしまったな」
「いえ。では行ってきます」
「任せたぞ」
「はい」
 僕が立ち上がると、後ろで待機していた自衛官が敬礼をした。僕はそれに応えて敬礼をする。コミュニケーションは挨拶から始まる。それに今回は彼と彼の所属する隊と協力する事になるから尚更丁寧にしないとね。
 僕は彼の車に乗り込み、一緒に飛行場に向かった。
 ──中学校爆破事件。その後僕と++さんは逮捕される事になった。ファイルを渡し、僕達は知っている事を話して、☓☓教穏健派の協力もあって、事件を起こした☓☓教の過激派の人達は漏れなく逮捕された。
 ++さんは直接的に殺人をしたとは言えない事や、子どもの頃から代表やその取り巻きから洗脳的教育をされてきた事もあり、刑はそこまで重くはならなかった。
 でも、僕は本拠に指紋もあり、いつの間にか爆弾にも指紋がつけられていて、(実際は合成とはいえ)爆破命令を下した音声が残っており、☓☓教の者と一緒に行動をしていた事から無実の可能性は低いとみなされて、既に指名手配されていた事もあり、終身刑が言い渡された。詐欺罪に公務執行妨害とか、暴行罪とかも加えられていたな。何にしても、僕はそのままでは一生を塀の中で過ごすしか無かったんだ。
 しかし、そうはならなかった。一年が経った後僕は突然釈放された。
 急に塀の外に出されて、わけも分からなかった所に一つの迎えの車がやって来た。その人は、僕を見ると笑顔になり、
『英雄をいつまでもこんな所に入れていたら、罰があたるからね』
 と言った。その人こそ、現総理だった。あの時はまだ目立たない一議員でしかなかったみたいだけど、僕にとっては輝いて見えた。
 僕はその時まですっかり忘れていたけど、思い出したんだ。僕達が初対面ではなかった事を。
 無愛想で笑顔を忘れていた僕に笑顔の大切さを教えてくれた、いつかのお客さんこそ、この人だったんだ。この人の笑顔は人を惹き付ける。それは老若男女問わずだ。カリスマな上に手腕もあるからこそ総理にも選ばれた。
 それだけじゃない。僕が逃げる前商店に行ったときに助けた、インフルエンザらしき病気に罹っていた男性は、□□さんで、この人の息子だったんだ。□□さんは総理に、僕がインフルエンザを治した事を伝えて、その後も色んな病院にかけあってくれた。
 病院の人も証言だけじゃなくて、僕が患者さんを治している姿をいつの間にか動画に収めていて、それも役に立った。
 ○○さんは僕の無実を信じ、率先して署名活動をしてくれていた。おじさんとおばさんも商店街の人達と協力しあい、僕の両親も加わってビラを配ったり、役所等にかけあってくれた。
 皆のおかげで再捜査することになり、結果無実と見做されたわけだ。
 皆には本当に感謝している。
 晴れて娑婆しゃばに戻った僕は皆に会いに行った後、さっそく元認知症だったおばあさんの所に向かった。どうやら娘さんとは仲直りしたようで、皆で一緒におばあさんの淹れた美味しい紅茶を楽しんだ。
 僕を助けてくれた人達に、お礼に行くために暫く休んだ後、総理から……、まだその時は総理大臣ではないんだけど、その人が声をかけてくれて、その時に実験的にだけど、僕は世界で初めての、
 
 それから災害が起きた地域に行って、数えきれない程人や動物を救助した。次に不治の病や治すのは不可能と言われた怪我を世界を巡って治していった。
 その時に僕のこの力を研究したんだ。すると、普通の人には無い器官が備わっており、そこから特殊な力が出ているとの事だった。結局詳しい事は分からなかったんだけどね。
 瞬く間に僕は世界的に認知され、五年前に晴れて正真正銘のヒーローという職業に就く事ができたんだ。
 ++さんもその頃出所できて、今はおじさんとおばさんが働く個人商店で副店長を任せられている。まあ、人数も少ないし、++さんは物覚えも良かったから当然とも言えるな。
「ん、どうしたんですか?」
 車が急ブレーキをかけて停められた。
「すみません。急に猫が飛び出して来て、しかも退いてくれないんです……」
 確かに車の前には猫がいた。
「すみません。降りますね」
 確かに車の前から動かずにいるけど、それより気になったのは、何度も同じ方向を気にかけている素振りを見せている事だ。
「はい」
 僕が車を降りて猫に近づくと、
「にゃあ」
 と、一鳴きしてその方向に走り出す。僕も走って追いかけると、その先には一本の木があった。
「子どもか!」
 その木の枝は折れていて、一人の男の子が片手一本で宙吊りになっている。早く助けてあげないと、落ちてしまう。
「助けて……。助けて……!」
 秒毎にどんどんずり落ちて行く。
「もう頑張ってくれ、すぐに助けるから!」
 足に力を込めてスピードを上げる。もう少し、もう少し!
「うあー!」
 とうとう力の限界に達し、男の子の手は離れてしまった。
「え?」
「よく頑張ったね。もう大丈夫だ」
 間に合った。男の子が地面に激突する直前、僕は間一髪で抱きかかえる事ができた。
「何で木の上にいたの? 危ないよ」
 できるだけ優しく言った。
「ごめんなさい。猫さんが降りられなくなってたから……」
「助けようとしたんだ?」
「うん。僕もヒーローみたいになりたかったんだ」
 落ち込んでしまった男の子の頭を撫でて、僕は笑って見せた。
「君はもう、この猫さんにとって立派なヒーローだよ」
「そんな事ないよ! 助けられちゃったし」
「何いってるの、ヒーローだって皆と協力するし、助けられる事もある。それに、その猫さんは、ほら、君のおかげで無事にここにいるよ」
「うにゃあ」
「ほんとだ。よかった……」
「でも、あんまり無理はしちゃダメだよ。ヒーローがやられてしまったら、皆悲しむからね」
「わかった」
 僕は男の子を立たせて上げるついでに、怪我をしていた手を治した。
「ヒーロー?!」
「ああ、バレてしまったか! ふふっ。そうだよ。ヒーローは皆を助けに行かなくちゃならない。だからもう行くけど、一人でも大丈夫?」
 わざとらしく、コミカルに言ってみせる。
「大丈夫! おれも、ヒーローだし!」
「頼もしいヒーローだ。それなら大丈夫だね」
「ばいばい!」
「うん、バイバイ!」
 僕は男の子に手を振った後車に向かった。
「あ、ヒーローのおにいちゃん!」
 少し離れた所で、さっきの男の子が僕を呼び止める。
「何?」
「ありがとう! それと、おれの好きな飴あげる!」
 男の子は何かを投げる動作をした。
「あれ? 飛んでこないな……」
 キャッチしようにも、その飴がいくら待っても見当たらない。地面に落ちてしまったか?
「ポケットに入ってるよ! みてみて!」
 言葉に従って、僕はポケットをあさった。
「本当だ……」
 いつの間にか胸ポケットに飴が入っていた。見落としか? 太陽の光が眩しくて見えていなかったのか?
「あったでしょ?」
「有った。ありがとう!」
 ポケットに有った飴を手に、高く上げて取り男の子に見せた。
 男の子はそれに満足して頷くと、走って行ってしまった。
 僕はそんな男の子を見送って車に戻った。
「大丈夫でしたか?」
「はい。無事に助けられました」
「では、動かします」
 自衛官はサイドブレーキを下げてアクセルを踏んだ。
「お願いします。……そういえば」
「何でしょうか?」
「これから僕みたいな力を持った人が、出てきたりするんでしょうか?」
「どうでしょうか……。私にはわかりません。ですが、もしかしたら既にいるかもしれませんよ」
「そうですね」
 もしかすると、さっきの男の子はなんだろうか?
 彼も僕の仲間ヒーローになるんだろうか?
 特殊な能力は、使い方を間違えば時に人を苦しめる。僕は手当てだったけど、この先どんな能力を持つ子が出てくるか分からない。能力次第では犯罪にだって使えるかもしれない。だから、良い事ばかりとは言えないけど、僕が今頑張れば、ヒーローが格好良いと思える存在であり続けられれば、全てでは無いかもしれないけど、その子達だって正しい道に進めるはずだ。

 人生は何が起こるか分からない。この物語だって突然だったから……。
 でも、一度は諦めてしまったヒーローの道を、夢だったヒーローの道を、僕は今、こうして歩んでいる。
 だから僕は、この先何が起きたとしても、希望を捨てずに進み続けていく。
 
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