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第一章 姿なき百の髑髏は、異界の歌姫に魂の悲歌を託す

骨肉の争いに疲れた女皇帝は、純白の屍衣を身に纏う(8)怪しい意訳

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 強すぎる負の情念を避けて、歌が作られた時点での魂の想念や記憶を探りあて、できるだけ穏やかな形で具現化して、蘇生に導く…

 ビギンズとの話し合いで、今後の和歌蘇生のやり方が見えてきたことから、サラの中で、新たな和歌に向かう意欲が高まった。

「次の歌と意訳を、見せてくれないか」
「壁の修理は、もういいのか?」
「穴は残っているが、ミーノもそんなに不満ではなさそうだし、修理を急ぐ必要もないかと思う」
「みゃーん」

 サラは作業台の茶器などを手早く片付けて、布巾できっちりと拭きあげた。

 ビギンズは、和歌の記された古代紙を、保護ケースから取り出して作業台に起き、その横に意訳をまとめた報告書を並べた。

「『百人一首』という表題のもとにまとめられた歌集の、二番目の歌だ」 

 サラは居住いを正してヒギンズと向き合った。

「今回は、先に意訳を読んでおきたい。歌の魂の強すぎる情念に囚われないために」
「分かった。ただ、意訳が必ずしも歌の内容とは一致しないことだけは、頭に入れて置いてほしい。特に今は、研究班が狂奔しているので、なおさらだ」
「気をつけるよ」

 サラは報告書を手に取った。

………


 一年が、四つの期間に分けられている。

 最初の三ヶ月が春であり、その次に、夏と呼ばれる期間がやってくるのである。

 春の日々は過ぎ去って、夏がきたようであると、私は、儀式用のキメ顔で推測を述べるのである。

 樹木の皮で作った、純白の紙の服が、神の山に干されているという。

 私は見た。
 いや、私は見ていない。聞いたのだ。

 その山は、火の神や太陽の神との繋がりの深い山である。

 太陽の神は洞窟に引きこもり、裸踊りを覗いていた。

 山は、天空から降ってきて、ドジャーンと割れた。

 私のウィステリアの野っ原宮殿から、山は見える。

 純白の衣もはっきりと見える。

 しかし私は、見ていない。伝聞したのだ。

 春が過ぎ去って、夏が来たようだということを、私は伝聞により推測し、そのことを儀式用のキメ顔で述べるのである。
 


………


「…頭がくらくらしてきたんだが」
「気持ちは分かる」

 サラは困惑の表情をビギンズに向けた。
 ヒギンズも小粒の苦虫を噛んだような顔をしている。

「研究班は、何かおかしなものに取り憑かれてはいないのか」

「狂奔はしているが、憑き物のせいでおかしいわけではないだろう。あれは元々だ」

「安心していいのかどうか、わからないな」

「安心できる要素は何一つないが、意訳が全くの見当外れではないのは、間違いない」
「それはそれで、たちが悪いな」
「同感だ」

 サラはため息をつくと、再び意訳に目を向けた。

「純白の衣、というのが、歌の主要な要素なのだろうか。教授はどう思う?」
「意訳の中で、視覚的印象が最も強いのは、それだろうな」
「裸踊りの覗き見と、山が降ってきてドジャーンと割れたというのは…」

 想念を具現化することを考えて、サラは頭が痛くなった。

「その部分なのだが、巫術師の口寄せの内容を取り入れて、そういうことになったらしいのだ」
「そうなのか」

 ヒギンズは、自分の手帳のページをめくって、関連するメモ書きを見つけた。

「歌の中に出てくる山の名前だけに口寄せを行ったところ、山が空から降ってくるイメージが見えたらしい。裸踊りもだな」

「ということは、山の墜落や裸踊りを歌っているわけではないのか」

「私はそう思うのだが、その巫術師を強く信奉する研究者が、ゴリ押しで意訳に盛り込んだようだ」

「なるほど…」

 サラは、口寄せで探るべき想念を決めた。

「とりあえず、純白の服の記憶を探してみるよ」
「それがよさそうだな」



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疲れている某女皇帝

「次か? 次こそ出番なのだな!?」

天より智を授かりし皇帝

「そして明かされる黒歴史。ふっ」

首を切られたらしい皇子

「いいじゃないですか、お二人とも。僕なんて、メインでの出番はなしですよ。まあスピンオフに期待しますがね」




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