惨歌の蛮姫サラ・ブラックネルブは、普通に歌って暮らしたい

ねこたまりん

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第二章 名もなき古話の神々は、漂泊の歌姫に祝福を与ふ

尾の長すぎる怪鳥は、眠れぬ恋を啄み呪う(20)荒ぶる猫と、雷

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 バニールの河原で、サラたちが魔物寄せの魔具を叩き割っていた頃。

 ヒギンズとミーノタウロスは巫術師の里に潜入し、里の上空に浮かぶ隣殿を見上げていた。

「あれが、ここの中枢か?」

「にぎゃぎゃーん(悪党どもが崇める神殿にゃ)」

「中には誰がいる?」

「にゃーにゃー、にゃにゃん(偉いやつと、いろんな魂たちにゃ)」

「里内にサラの気配がないが、上空のあれに囚われている可能性は?」

「んにゃんにゃ(ありえないにゃ)」

 ヒギンズは即決した。

「あれを落とす。下は空き地だし、問題なかろう」

「にゃにゃーにゃにゃ(ここの奴らには問題大アリだがにゃ)」

「ところでミーノタウロスよ」

「にゃ(なんだにゃ)?」

「お前、本当は普通に喋れるだろう。なぜ念話にわざわざ猫語を被せる?」

「にゃにゃーにゃにゃ(そこは猫精霊の矜持にゃ)」

「まあいいが。では始めるか……ん?」

 灰色の祭服を着た集団が音もなく現れ、ヒギンズたちを取り囲んだ。

「ふん、卑しい侵入者があるとの先読みがあるから来てみれば、あの罪人に餌付けされていた猫精霊か」

 灰色の巫術師たちには、ヒギンズの姿が見えていないようだった。

(認識阻害の術式はミーノタウロスにもかけていたのだが、巫術師だけに、精霊を感知する能力は高いのだろうな)

 ミーノタウロスは、低く唸りながら身構えている。

「どうやって里に入り込んだか分からんが、良い機会だ。潰してやろう」

「兄上よ、精霊潰しには隣殿りんでんの許可が要るのでは?」

「罪人のダークネルブの精霊が禁を破ったのだ。ダークネルブ本人が禁を破ったのと同じと見なし、精霊を処分するのは理にかなったことだろう」

「しかしその精霊は、元は隣殿の…」

「うるさい! 兄に逆らうならば、次代にお前の居場所はないぞ」

「……失礼いたしました」

 叱責された巫術師は、謝罪の言葉とともに頭を下げながら、ミーノタウロスに切なそうな視線を投げかけた。

(里も一枚岩ではないようだが…ミーノよ、あの巫術師とサラとの関係は?)

(関係は特にないにゃ。上のやり方に疑問を持つ者は少数いるから、たぶんその一人だろうにゃ)

(なるほど。ならどうでもいいか)

 疑問を持ちながら行動に移さない人間に用はないと、ヒギンズは切り捨てた。

「その穢らわしい猫精霊を無に返す。二名は縛りの術を、残りの者は私に合わせて祓いを行え」


(一応聞くが、助けは要るか?)

(不要にゃ! こいつらはにゃーの獲物にゃ!)

(分かった。私は頭上のあれを落とすので、巻き込まれぬようにな)

 巫術師たちの詠唱が始まると、ミーノタウロスは激しい雄叫びとともに、兄上と呼ばれていた男に飛びかかった。

「みぎゃああああああああっー!」

「うわっ、何をしている! 早く縛れ!」

「やっていますが、効きません!」

 ミーノタウロスの前足の爪が、兄上と呼ばれていた男の顔に裂傷を作った。

「くっ…禁忌のじゅを使っても構わん、とめろ!」

「隣殿の古霊だっだものに、我らの縛りなど効きませぬ!」

「まだ兄に逆らうのか!」

「ですが!」

「みぎゃああああああああっ」

「ぐわあっ」

 兄上とやらが血まみれの顔で膝をつくのを見届けたヒギンズは、乱闘から距離を置き、隣殿を落とすための準備を始めた。

(里の大勢の巫術師が、浮力を与える術式を常時発動しているのか。ご苦労なことだ)

 ヒギンズは、浮力を発動している里人の居場所を探し、一人ずつ巫術を封じていった。

 じわじわと、隣殿が高度を下げていくけれども、ミーノタウロスと戦闘中の者たちは、誰も気づかない。


(一気に墜落してくれれば、破壊の手間が省けるものを)

 ヒギンズが若干苛つき始めた時。

 ビカビカビカビカビカビカビカビカ
 ばりばりーーーん
 どーーーーん

 凄まじい閃光に轟音が続き、里全体が揺らいだ。

「うあわ!?」
「な、なんだ!」

 すでに満身創痍に近い状態の巫術師たちが見上げた空に、無数の稲妻が走り、その全てが隣殿に落ちた。

 ビカビカビカビカビカビカビカビカ
 ばりばりばりばりばり
 どどどどーーーん

 騒ぎに驚いた里の者たちが、次々と建物の外に飛び出してきた。

「り、隣殿が、落ちかけている?」

「まずい! 燃えているぞ!」

「おい、あれは何だ!?」


 高度を下げ、火の手が上がりはじめた隣殿の上空に、もう一つ、空飛ぶ神殿が出現していた。



+-+-+-+-+-+-+-+-



「娘よ……戦をするのであれば、この父にも声をかけてくれれば、助太刀したものを…」



「兄上、戦、下手くそでしょ」



「そ、そんなことは…」



白村江はくすきのえで、敵の三倍の戦力持ってって大敗した黒歴史って、誰のだっけ?」



「くううううっ」



「そもそも兄上、さららちゃんに微塵も信用されてないからなあ」



「そ、そんなことは……ところであれは、誰を共に連れていったのだ?」



「スガワラノミチザネとかいう、後の世の者ですよ」



「スガワラ……土師はじ氏の末流だったか。土器作りの者など戦に連れていって、役に立つのか?」



「なんか後世でいろいろあって、雷オヤジって言われてる子なんだって。いまごろバリバリやってるんじゃないかねー」



「わ、我だって竜巻なら起こせるぞ!」



「その竜巻で、さららちゃんが寵愛してる巫女の家、ぶっ壊してたじゃん」



「……我、いいところが少しもないではないか」



「ところで中大兄なかのおおえよ、我の飯はまだかの」



「…さららの宮で持たされた焼き鳥が、まだあるでしょう」



「飽きた。鹿が食べたい。獲ってよ」



「兄上、鹿狩りでも行くか? 付き合うぜ」



「……行く」


+-+-+-+-+-+-+-+-


*兄……天智天皇。白村江の戦い(663年)で、四万人以上の兵を率いていって、半分以下の兵力の新羅・唐の連合軍に大敗したらしい。


*弟……天武天皇。朝鮮半島出兵のために兄(中大兄皇子)が筑紫に行ったとき、妻と共に従ったという。


*父……舒明天皇。天智天皇が十五歳ぐらいの時に崩御している。





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