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第二章 名もなき古話の神々は、漂泊の歌姫に祝福を与ふ

尾の長すぎる怪鳥は、眠れぬ恋を啄み呪う(26)鍋と戦争

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 バニール川の岸辺で、魔物寄せの魔具を破壊していたサラは、遠くから地鳴りのような音が響いてくるのを聞いて、動きを止めた。

「間に合わなかったか」

 大型の魔物が、大挙してこちらに向かってきている気配が、荒野全体を圧するかのように伝わってきていた。

 セバスティアヌスたちと手分けして、設置された魔具のほとんどは破壊したけれども、魔物の暴走を止めることはできなかったらしい。 

「迎え撃つにしても、私一人ではどうにもならないな」

「にゃー」

 足元のエキドナが暗闇に向かって一声鳴くと、セバスティアヌスの姿が現れた。

「サラ様、ひとまず合流いたしマショウ。精霊の皆様もご一緒に、研究所まで転移でお連れシマス」

「よろしく頼む。エキドナ、バイラ、肩に乗ってくれ」
「にゃ」
「ぴゃ」
 
 サラがセバスティアヌスの転移魔術で研究所前に戻ると、先に戻っていたらしいヒトマロが、地鳴りのする方角を見てはしゃいでいた。


──おいしそうなお肉が、いっぱい走ってくるよ。

「ふむ、走行の気配から察しますトコロ、食べられる魔獣の比率が高そうデス。ランドブータ、イベリブータ、キンカブータ…」

 セバスティアヌスが列挙するのは、豚系の魔獣ばかりだった。

──アスカ鍋にしようよ!

「アスカ鍋とは」

──お肉とね、牛の乳とね、きのことね、菜もいれるよ!

「ほう、牛乳で煮込むのですか。それは興味深い」

 セバスティアヌスとヒトマロが鍋のレシピについて語る横で、サラは魔物の気配が来る方角を凝視していた。

(そろそろ来る頃だと思うのだが…来た!)

 サラの視線の先で、いくつもの閃光が走るのが見えた。

──あっちに武人がいっぱい飛んできたよ。

「ええ、傭兵部隊の集団転移です。迎え撃つつもりでしょう」

「しかしあの部隊規模デハ、勝ち目がありませんデショウナ」

 そうだろうなと、サラも思った。

 怒涛のように押し寄せている魔物の数は、おそらくは万に届くほどだろう。

 それに対して傭兵部隊は、常駐する数百人程度が飛んできただけのようだ。

 魔物の繁殖地は常に監視されているため、暴走の予兆は何ヶ月も前から予測され、十分な戦力を用意して迎え撃つことになっている。

 けれども今回の暴走は、人工的に引き起こされたものだ。国に連絡が届いていたとしても、増援が間に合うとは思えない。

 このままでは、傭兵部隊は全滅を免れないだろうけれども、サラは自分一人で逃げ出すつもりもなかった。

(里は、私をここで死なせるつもりだったのか…)

 ありそうなことだと思う反面、臨殿の下で育ての親に言われた言葉を思い出したサラは、奇妙な引っかかりを感じた。

(死なぬように働けと言い、子をなす義務があるとも言っていた。見殺しにするつもりの者に、わざわざ言う言葉とは思えない)

 温情などではない、純然たる利用価値を測られての言葉であると、サラにはよく分かっていた。

(となると、戦死する前に強制転移で回収され、あとは事業団とも切り離されて、里で監禁というところか)

 自分の未来の希望のなさに、サラは力なく笑うしかなかった。

(いずれにせよ、ここで私のやることは決まっている。教授に会えないまま去るのは心苦しいが…)

「ヒトマロ様とセバスティアヌスは、研究所の中に退避してほしい。私は傭兵部隊と合流して、あれを迎え撃つ」

 悲痛な思いを顔に出さないようにして告げたサラだけれども、その努力はセバスティアヌスによってあっさり台無しにされた。

「サラ様、ご主人様がお帰りになりました」

「え?」

「間に合ったか、サラ、セバスティアヌス」

「ぶにゃーにゃ(ヒーロー参上にゃ)!」





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帰ってきた女皇帝

「ふー、なかなかの大仕事じゃったわ」

ひかみ

「お疲れさまー、皇后様」

いおえ

「おかえりなさーい」

女皇帝

「ん? フジワラの夫人ぶにんたちか。久しいの」

ひかみ

「見てましたよー。空飛ぶ仮宮での大立ち回り! 素敵でしたわー」

いおえ

「ねー。惚れ惚れしちゃった」

女皇帝

「そんなことを言うておると、我らの夫が拗ねるのではないか?」

ひかみ

「いーんですよ。あの方は、『ハメられちゃった皇子の会』とかいう、男ばっかりの宴会に呼ばれて行っちゃいましたし」

帰って来た女皇帝

「なんじゃ、その自虐的な会は……顔ぶれの想像がつくのが何とも言えぬが」

ひかみ

「というわけで、今日は女子会しましょ!」

いおえ

「飲みましょ飲みましょ!」

帰って来た女皇帝

「女子会はいいが、そこで酔い潰れてるのは、右大臣だった者のように見えるのだが?」

ひかみ

「ふひとちゃんは可愛い弟枠ですから、女子会参加可能なんですよー」

ふひと

ふみを飛ばす山水のところ~ さかづきおお 薜蘿へいらの中~~ういーひっく」

女皇帝

「完全に泥酔してるではないか。若い時分には、堅物の役人だったように思うのだが…」

いおえ

「生きてる間に和歌を遺さなかったから、宴に呼ばれなくて仲間はずれにされるかもって、ちょっと拗ねちゃってるみたいなんですよー。可愛いでしょ」




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*帰って来た女皇帝……持統天皇。天武天皇の皇后でもあった。

*ひかみ……氷上娘。天武天皇の夫人。藤原鎌足の娘で、不比等と五百重娘の姉。

*いおえ……五百重娘。天武天皇の夫人。藤原夫人とも呼ばれていたらしい。

*ふひと……藤原不比等。天武天皇の時代には下級役人だったと思われるが、元明天皇の頃に右大臣になり、死後、太政大臣の地位を贈られている。なぜか、和歌を残していない。

*「飛文山木地、命爵薜蘿中」

 「懐風藻」に掲載されている、藤原不比等の漢詩の一部。

【ヨッパな意訳】

 山ん中でポエム読み飛ばすぜー!

 どんどん飲め飲めーって煽られてるぜー!

 ちなみにここはー蔦がからまっちゃってる、超イカした野外のパーティ会場だぜー。








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