惨歌の蛮姫サラ・ブラックネルブは、普通に歌って暮らしたい

ねこたまりん

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第二章 名もなき古話の神々は、漂泊の歌姫に祝福を与ふ

尾の長すぎる怪鳥は、眠れぬ恋を啄み呪う(34)修復

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「…私には、転移魔術は使えない」

「そう思い込まされていただけだ。サラ、君は巫術師としてだけてなく、魔術師としても高い能力を持っている。臨殿とやらを統べる者たちは、君の反抗や逃亡を阻止するために、わざと無能と思い込ませて、能力を押さえつけていたようだ」

「そんなことが…」

 ヒギンズが告げた事実は、サラにとっては、簡単に受け入れられるものではなかった。

 けれども、心のどこかで「ああ、そうだったのか」と納得する自分もいた。
 
 物心ついた時から「罪人の子」と言われ、家門の負債を支払うという理由で搾取され続けてきたことに、サラは一切の疑念を持たなかった。

 苦しい、耐え難いと感じることはあっても、内に抱えた罪悪感のために、自分に与えられる理不尽な仕打ちを、自ら正当化してしまうのだ。

(そもそも、先祖が犯したという罪が何だったのかすら、私は知らないというのに…)


「教授、私の家門……ブラックネルブルの罪禍とは、何だったのだろうか」

「簡単に言うと、臨殿への反抗だな。それに、そもそもの原因は、臨殿側の理不尽な支配にあったらしい。君のご先祖は、搾取されずに自由に生きることを望んで、里を出ようとしたのだが、その時に、里を二分するほどの戦いとなった。けれども臨殿側の者たちの奸計にはまり、サラのご先祖は、仲間を救うことを条件に、囚われの身となったようだ」

「仲間というのは、精霊たちか」

「精霊だけでなく、一緒に里を出ようとした巫術師たちをも大勢人質に取られ、命を奪うと脅されたために、従わざるを得なかったのだ」

「それが、我が家門の罪禍だと…」

「罪禍でもなんでもない、独裁者による、ただの言いがかりだな。その事件のあと臨殿は、ダークネルブと、それにつながる者たちを、最下層として差別し、他を優遇することで、里の支配力を維持してきたのだ」

「私は、そのためだけに、臨殿によって生かされていたというわけか…」

 サラは、心のなかに救い難い虚無が広がるのを感じた。

(作り物の人格、人形のように従順で、無価値な人生……私には、何もなかったのか。いまも、これからも…)

 ヒギンズは、そんなサラの内面の虚無感などお構いなしに、話を続けた。

「巫術師の里の者たちは、事業団でのサラの地位が高まることを恐れ、阻止しようと考えた。それが、今回の誘拐事件の発端だ。事業団に巫術師たちを送り込んだのも、サラを精神的に威圧するためだ。そうすれば、サラが私のそばを離れ、自発的に臨殿に転移してくると分かっていたのだ」

 サラは、事業団の研究班に巫術師が加わったことを知ったときと、ヒギンズの家を訪れていたケイディ・オワーズを見たときの気持ちを思い出した。

(あのとき、私は確かに自分の居場所がなくなると感じていた。だから臨殿に自ら飛んだのか…)

「けれども、研究所から転移する直前に、臨殿からのお召しであるという、念話らしき声が聞こえたのだが…」

「その声は、サラの記憶から再生されたものだろう。この研究所は、外部からの悪意ある介入を決して許さない。そのための術式を、私が徹底的に組んでいる。だから、外部から強制転移の術式を仕掛けられたのでないのは確実だった。もちろん臨殿からの念話なども届かない」

「そうか……納得したよ、教授。私は自分の内側に、手出しできない敵を抱え込んでいるのだな。自分でも気づかずに、何をしてしまうのか分からないような人間だったのか…」

 やはり自分はここにはいられないと、サラが結論づけるのは早かった。

 けれどそれを口にする前に、ヒギンズがとんでもないことを言い出した。

「臨殿は大破したので、当分機能しないだろう。再建は阻止しておく。サラに害を及ぼしていた里の者たちは、手当たり次第脳を書き換えてきたので、二度と絡んでくることはない。勾留中のケイディ・オワーズは放置してあるが、騒げば家門ごと消すので問題ない」

 サラは、言われたことが全く理解できなかった。

「臨殿が大破というのは、一体…」

「不運な落雷だったな」

「オワーズ様が、勾留とは…」

「事業団の理事と研究員に禁呪の魅了をかけていたため、現行犯逮捕された。よくて終身刑だろう」

「の、脳の書き換えというのは…」

「婦女子を誘拐したばかりか、同意を得ずに婚姻させて子を成そうなどと、鬼畜にも劣る振る舞いだが、気絶中の者たちの記憶を吸い取って知った犯罪計画だから、訴えを起こすには証拠が弱い。とはいえ放置もできないので、犯罪計画を含め、サラに関する情報と悪意を封印しておいた。ここまでの話はいいか?」

「え、あ、ああ…」

 いいかと問われても、いいのかどうか判断がつかない。

 ヒギンズの行動は、法律的にはアウトだろうが、臨殿側も負けず劣らずダメであるのは、サラにも分かる。


(『目には目刺しを、歯には抜歯を』だったか。異世界の報復律は厳しいと思ったけれども、教授には負けるだろうな…)

「で、本題はここからだ。臨殿とやらがサラの人生に介入してくる危険は、ほぼなくなった。しかし、サラの内面には、臨殿につけられた傷が残っている。その傷がある限り、臨殿以外の何者かが、サラを利用しようと企んで、臨殿と同じ手口で服従を強いる可能性は、ゼロではない」

 たしかにそうだろうと、サラは思った。

 臨殿と完全に同じではなくても、今回と似たようなことに巻き込まれる危険性は、サラにも理解できた。

(例えば、追い詰められた状況で、大切に思う者たちを人質に取られたと聞かされたなら……相手が臨殿でなくても、冷静に立ち回る自信はないな。きっと私は、自分をあっさりと捨てて、言いなりになる道を選んでしまうのだろうな。今回のように…)

 けれども、サラが自我の弱さを鬱々と嘆いている間に、ヒギンズの話は、とんでもない場所に着地していた。

「心の傷が完全に癒えて、サラが全人格と人生の自由を取り戻すまでは、徹底的に保護するつもりだ。今後、サラには終日私の目の届くところにいてもらうことになるが、問題ないな」

「はえっ?!」

「ご主人サマ、就寝時はともかくトシテ、入浴や着替えの際に密着するのは、いかがなものかと思いマス」

「ふむ、それもそうか。セバスティアヌス、何かいい方法はないか?」

「女性型ゴーレムの導入を推奨いたしマス」

「ならば即刻手配を頼む」

「お任せクダサイ」

「では、今日はこれで休もう。サラの寝室は私の居室と合体させてある。行くぞ」

「えええええええええええ!」


 サラの内面は、虚無どころではなくなった。



+-+-+-+-+-+-+-+-

〈あの世っぽいどこかでの会話〉


ヒトマロ「幾時代かがアリマシテ」

サルマロ「茶色い戦争アリマシタ」

ヒトマロ「幾時代かがアリマシテ」

サルマロ「冬は疾風フキマシタ」

ヒトマロ「幾時代かがアリマシテ」

サルマロ「今夜ここでのヒトサカリ」

ヒトマロ「ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん」

女皇帝「なにやら不思議な調べだが、なんの歌じゃ?」

ヒトマロ「外に落ちてたのを拾ったよ」

サルマロ「遠い未来の宴の歌みたいだね」

女皇帝「宴か。それにしては、寂しげで、投げやりな感じだが」

ヒトマロ「宴のあとって、さみしいものだよ」

サルマロ「宴があるから、余計さみしいのかもね」

女皇帝「まあ、そういう面はあろうな」

ヒトマロ「でも巫女さんの宴は、さみしくなさそうな気がするよ」

女皇帝「あれは目下沸騰しておるから、寂しいどころではなかろうな」

ヒトマロ「沸騰してるなら、鳥と豚をたくさん茹でるよ」

女皇帝「一緒に茹でるのか?」

ヒトマロ「そういう料理の作り方が落ちてたよ」

サルマロ「 扁炉ピェンローっていうんだって」

女皇帝「いろんなものが落ちてるのだな」

ヒトマロ「だから、さみしいけど、さみしくないよ」

女皇帝「そうだな」




+-+-+-+-+-+-+-+-


*ヒトマロ……柿本人麻呂。
*サルマロ……猿丸太夫。
*女皇帝……持統天皇。


*ヒトマロが拾ってきた歌……中原中也の詩「サーカス」の断片。以下全文引用。

「サーカス」

幾時代かがありまして      
 茶色い戦争ありました
幾時代かがありまして
 冬は疾風吹きました
幾時代かがありまして    
 今夜此処での一と殷盛り        
  今夜此処での一と殷盛り

サーカス小屋は高い梁    
 そこに一つのブランコだ
見えるともないブランコだ

頭倒さに手を垂れて    
 汚れ木綿の屋蓋のもと
ゆあーん  ゆよーん  ゆやゆよん

それの近くの白い灯が    
 安値いリボンと息を吐き 

観客様はみな鰯    
 咽喉が鳴ります牡蠣殻と

ゆあーん  ゆよーん  ゆやゆよん

    屋外は真ッ闇  闇の闇  
    夜は劫々と更けまする 
    落下傘奴のノスタルヂアと 
    ゆあーん  ゆよーん  ゆやゆよん



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