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Prologue
04話 ライカの家
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「アウルっ!? お前、こんな時間に何しに来たんだよ……?」
夜が更け始めた頃、自宅の玄関先でライカが仰天する。
「あのさ、ライカ。悪いんだけど今日一日だけ泊めてほしい……な」
アウルが申し訳なさそうな表情を見せ、頼み込む。
「はぁ? どうしたんだよ急に?」
ライカが怪訝に思うのも無理はない。
放課後に遊びの誘いを断られたばかりにも関わらず、突然の訪問に突然の申し出だったからだ。
しかもこんな夜分遅くに――。
「…………」
沈むように黙りこくってしまうアウルに対し、ライカは戸惑う。
しかし目の前に立つ少年の置かれている状況が、その沈痛な面持ちに表れていた。
いつもの軽いノリで接するのは間違いだと気付いたライカは、ドアの前から身体を退かす。
「……何があったか知らねーけど、まあ入れよ。店はもう閉まってるから大したメシは用意できねえけどよ」
「ありがとうライカ、助かるよ」
「なんか気持ち悪りぃなぁ、そういうのいらねえって」
素直に礼を言われてしまったライカは、身体がむず痒くなってしまう。
◇◆◇◆
「やっぱり……アウルくんは魔神族だったのね」
「まだ憶測の域は出てないが、恐らく……な」
視察が終わり、親衛士団本部がある王宮へと続く帰路を歩くバズムントとジェセル。
道中での話題は未だに、アウルについてのものであった。
「ということは、団長とクルーイルも、魔神族なの……?」
「いや、それは有り得ないな。あの二人にもお前さんの治癒術を何度かかけたことはあったが、効き目は普通の人間と差異は無かったハズだ」
アウルに魔神族の疑いがあるなら、当然血の繋がった親と兄にも嫌疑がかかる。そのバズムントの否定にジェセルも考えを改めた。
「じゃあ、あの子は団長の実息じゃないというの?」
ジェセルが導きだした答えは至極単純ではあるが、辻褄は合う。
しかしバズムントは肯定はせず、顎ヒゲを撫でながら考えを巡らす。
(それは俺も気になっていた所だったが、こればっかりはヴェルスミス本人に聞いてみるしかないよな……。ただそれは果たして触れてもいい話題なのだろうか。"キャスリー"にも関わる話だとしたら益々聞きづらいしな……)
「――兎に角だ。これ以上推測してもキリが無い。決定的な証拠や証言を掴むまでこの話は保留にしておく」
その正論にジェセルは押し黙り、追及を諦める。
「そう……ね。今はそれが賢明ね」
まだ少しだけ煮え切らない、といった表情のジェセル。
しかしここは、大人しくバズムントに従うことにした。
「もちろんこの話は、俺とお前さんだけしか知らない。決して誰にも口外するなよ。無論、他の団員にもな」
「ええ」
◇◆◇◆
ハーティス家のリビングは広さは家族三人で過ごすには十分な、平均的な広さのものだった。
仕切りのあるキッチンのすぐ側には、サイプラスの木で出来た大きなダイニングテーブルと、3つのイスが並ぶ。ライカに案内されたアウルはそこに腰を掛けていた。
「ええええ!? お前ジェセル様に会ったのか!? 親衛士団第10団士のあのジェセル様に!?」
アウルは放課後に起きたことを早速ライカに教えていた。
無論、兄であるクルーイルとのやり取りは伏せてだが――。
「ああ、すっごい美人だったよ」
「いいなあいいなあ! 俺も拝みたかったなあ、生ジェセル……」
国内でもトップクラスを誇る美貌の持ち主と名高いジェセル・ザビッツァは、学士達の間でも男女問わずファンが多く、憧れの的であったのだ。
「なんていうか、もし花が人間に生まれ変わるんだとしたらああいう人になるんだろうなあ、ていうのが率直な感想かな」
「くっそお、羨ましすぎるぜ」
大袈裟とも言えるアウルの比喩を鵜呑みにするライカ。
実物を見たことが無かったので想像力を掻き立てられるのも無理はない。
「なあライカ、そんなことよりごはんまだ?」
「ちょっと待てって、今作ってっから! ったく、家に入る前は家出少女みたいなツラしてたくせに、泊まれるって解った途端にいつものデカい態度だもんな――って痛っでえええ!」
キッチンで調理をしながら愚痴をこぼすライカの頭に、空のアルミ灰皿が命中する。
「ライカぁ! せっかくアウルくんが泊まりに来てくれたって言うのになんだその態度は! もっと敬え! もてなせ! 気を使え!」
灰皿が飛んできた先には、ライカの父であるブレット・ハーティスが新聞を片手に胡座をかいていた。
「いてーなクソ親父! だったらテメーがメシ作れよ!」
「親に向かってクソとはなんだぁっ!」
客人が居るにも関わらず、喧嘩をおっ始めてしまう二人。
キッチンからリビングへ、リビングからキッチンへ、物という物が飛び交う。
(なるほど、ライカの性格は親父譲りか……)
エイサムティーを啜りながら親子喧嘩を静観するアウル。
「出涸らしだけど味はどうかしら、アウル君。お口に合うかな?」
「紅茶……? っていうんですかコレ? 初めて飲んだんですけど、とても美味しいです」
厨房の奥から現れた薄い褐色肌の熟年女性はライカの母、ナタール・ハーティスだった。
そのままナタールはアウルの正面のイスに座り、目尻に幾重にも皺が重なるほどニコニコとした表情でアウルに話す。
「ところで、アウル君は……あのピースキーパーさんの所の子なのよね?」
「え、ええ……そうですけど」
いきなりの出自に関する質問。
アウルは少しだけ動揺したが、嘘をついても仕方がないと思い正直に答えた。
「……もしよ、もし今日の宿泊代を請求とかしちゃったとしたら何トーカくらい頂けるんでしょうね? あ、例えばの話だからね?」
「……はい?」
穏やかな口調でそう言うナタールからは、クルーイルと対峙した時以上の悪寒を感じさせられた。
「母ちゃん! 何言ってんのおお!?」
親子喧嘩の途中だったライカが慌てて母の口を手で塞ぐ。
「なによライカ、"例えば"の話をしてるんじゃない」
「んなこと例えんなよっ!」
「おい、ライカ! 父ちゃんとの話はまだ終わってないぞ!」
「親父はもういいって!!」
賑やかなハーティス家のやり取りを見てて、アウルは久々に心の底から笑った気がした。
ただそれと同時に、自身が望んでいたのはこういう家族なんだろうな、と気付いてしまう。
少年の感情が少しだけ淡く、揺らいだ。
◇◆◇◆
「ほら、このベッド使えよ。客人用だからさ」
「サンキュー、ライカ」
ライカの自室で一緒に寝ることになったアウルは、用意してもらったシングルサイズのベッドに横たわる。
部屋は、そこまで広くない割りには物が多く、とりわけスペースを使っていたのが木製の大きな本棚であった。
そこには100冊近くあろうかという程の本が、乱雑に収められていた。
「朝、親父が起こしに来るけど、俺それじゃないと起きれないから勘弁な」
いつも掛けている眼鏡を丸テーブルに置き、苦笑を見せるライカ。
アウルもつられて笑ってしまった。
「ハハ、なんだよそれ」
「し、仕方ねえだろ」
恥ずかしそうにそう言った少年は、照れを隠すかの如く布団に入り、背をアウルに向けた。
「それじゃ、おやすみ」
「……おやすみ」
就寝を宣言し、アウルがそれに続いた後、ライカは枕元にある光灯を消す。
灯りが消え、暗闇と静寂に包まれたライカの部屋でアウルはふと、声を発した。
「ライカ」
「ん?」
「ありがとな」
「だからやめろって、水臭ぇな」
「いや、マジで」
「……ああ」
普段から軽口ばかりを言うライカだったが、こうして一人の友人と改まって話す機会はそう無かった。
若干の戸惑いはあったが相手の言葉のテンションを鑑み、素直に同調をする。
そして、抱えていた疑問をアウルにぶつけた。
「アウル、あのさ……」
「なに?」
「さっきは深く聞かなかったんだけど、自分ちに帰りたくなかった理由でもあったのか?」
「…………」
その質問に、玄関先でもそうしたようにアウルは再び無言となり、口を閉ざしてしまう。
それを見兼ね、ライカが続けて話す。
「また明日以降、帰りたくない時があれば今日みたいに俺んちに来ていいからさ。理由、話してくれないか?」
「…………」
ライカの提案に対し数分程、アウルは無言のまま悩んだ。
そして、決心をしたようにやがて口を開く。
「……そうだな。じゃあ、ライカにだけは話すよ」
◇◆◇◆
アウルはライカに全てを打ち明けた。
兄が突然帰ってきたこと。その兄が名家の嫡子として努力を続けていた裏で、ストレスの捌け口として日常的な暴力を自身に振るっていたことを――。
「マジかよ……。あのクルーイルさんが、弟にそんなことをしてたのか……」
驚きを隠せないライカは、覚えている限りでのクルーイルの印象を振り返る。
「俺とかピリム、他の学士達にもあんなに優しく振る舞ってたあの人がまさか……」
弟以外の同年代の全学士にとってクルーイルは憧れの存在だったことが、ライカの反応から察することができた。
「でもライカ、俺にも非はあるんだ。由緒正しいピースキーパー家きっての落ちこぼれの俺は、今まで大した努力もせずに適当に学園生活を送ってきた。だから長男として期待とプレッシャーを一身に受け続けてきた兄貴からしたら……俺みたいな存在は気に食わないんだろう」
半ば諦めたような口振りのアウルだったが、制すようにライカがフォローをする。
「アウル、だからと言って弟に手を上げていい理由にはならねえぞ。努力をしてない連中なんて他にも沢山居るし、俺だってその内の一人だよ」
「……それフォローのつもり?」
「うっせ! とにかく、弟に手を上げるなんて絶対間違ってる! 明日、二人でクルーイルさんと話しに行こうぜ!」
「……え?」
途中までは、ライカのフォローに安心を与えてもらっていたが、突然の非常識な提案にアウルは思わず声を洩らしてしまう。
「あ、どうせならピリムも連れていこう! アイツ自体は役に立たないだろうけど親父さんが親衛士団の副団長だから、クルーイルさんも流石に手は出せないだろうし……」
「いやいやいやいや、ダメだって! 家族間の問題だし、他の人に迷惑なんてかけらんないって!」
唖然としていたアウルは、慌てて制止しようとしたが。
「いいや、ダメじゃない! それに迷惑ならもう既に俺んちにかかってるわ!」
「た、確かに……そうだけども! でもダメなもんはダメだって!」
「問答無用! 明日の放課後絶対行くからな!」
(ええ……嘘でしょ……)
――打ち明けたことを即座に後悔するアウルだった。
1時間後――。
(くそ……全然寝れない)
寝慣れていた自宅のベッドと枕では無い上に、ライカの物凄いいびきのおかげで中々寝付けずにいたアウル。
(眠たくなるまで適当に本でも読むか……)
丁度良く自分のベッド側に本棚があったので、ライカを起こさぬよう静かに何冊か取り出して布団の中に入る。
「"リフール"」
アウルが小声で唱えた光術は、卵大の大きさの白色の淡い光球がランタン程の範囲を照らす、というだけの初歩的な光術の一つであった。
(さて、と……この本は、料理の本か)
最初に手に取った本は、少年にとって興味の無いジャンルのものだった為、その本を布団の外に出す。
(あと、これは……。うーん、これとこれも料理関連か。ライカのやつこんなのばっか読んでるのか)
どの本もパラパラとめくるが、レシピ集など料理関連の物ばかりで、暇を潰せるような本は無いとアウルは諦めかけた。
(ん……? この本だけなんか、薄いな。本というかノートみたいな……)
そのノートの表紙を見ると、こう書かれていた。
『目標"一日一調理"!』
と、汚い文字で大きく記されたその目標から察するに、そのノートはライカが毎日記録しているであろう料理日記だった。
使い古した形跡として、ノートの角はすり減り、所々に跳ねた油や調味料のシミも見受けられた。
(……あいつ、嘘だろ)
ノートを開いてみると、日付とその日に使用した食材と調理手順。更には味の評価に反省点などが事細かに記載され、先程アウルが食べた料理も漏れなく書いてあった。
(こんなの毎日書いてるのか……)
どのページを開いてもメニューは別だが同じような密度の文章が刻まれ、ライカの料理に対する熱意と努力が嫌でも伝わる。
一通り目を通し、パタンとノートを閉じるが裏表紙に『No.23』と小さく書かれてるのを見てしまったアウルは、とうとう打ちのめされてしまう。
(……しっかり努力してんじゃんか、嘘つき)
友人の嘘を胸中で呪うアウル。
しかし、すぐに別の見方へと切り替える。
(……いや、違う。あいつにとって“この程度”だと努力の内にも数えられないってこと……か)
ライカも自身と同じく、普段から大した努力もせず、自分の将来に対して楽観視をしている同じ穴のムジナとばかり思っていた。
ただ、それはあくまで学園で見せていた一面なだけであったことに気付いたアウル。
そして改めて、兄の言葉を思い出す。
("平々凡々とのうのうと"かぁ……。兄貴の言ってた通りだ。何やってんだろ、俺……)
少年は、友人に悟られないよう静かに、泣いた。
夜が更け始めた頃、自宅の玄関先でライカが仰天する。
「あのさ、ライカ。悪いんだけど今日一日だけ泊めてほしい……な」
アウルが申し訳なさそうな表情を見せ、頼み込む。
「はぁ? どうしたんだよ急に?」
ライカが怪訝に思うのも無理はない。
放課後に遊びの誘いを断られたばかりにも関わらず、突然の訪問に突然の申し出だったからだ。
しかもこんな夜分遅くに――。
「…………」
沈むように黙りこくってしまうアウルに対し、ライカは戸惑う。
しかし目の前に立つ少年の置かれている状況が、その沈痛な面持ちに表れていた。
いつもの軽いノリで接するのは間違いだと気付いたライカは、ドアの前から身体を退かす。
「……何があったか知らねーけど、まあ入れよ。店はもう閉まってるから大したメシは用意できねえけどよ」
「ありがとうライカ、助かるよ」
「なんか気持ち悪りぃなぁ、そういうのいらねえって」
素直に礼を言われてしまったライカは、身体がむず痒くなってしまう。
◇◆◇◆
「やっぱり……アウルくんは魔神族だったのね」
「まだ憶測の域は出てないが、恐らく……な」
視察が終わり、親衛士団本部がある王宮へと続く帰路を歩くバズムントとジェセル。
道中での話題は未だに、アウルについてのものであった。
「ということは、団長とクルーイルも、魔神族なの……?」
「いや、それは有り得ないな。あの二人にもお前さんの治癒術を何度かかけたことはあったが、効き目は普通の人間と差異は無かったハズだ」
アウルに魔神族の疑いがあるなら、当然血の繋がった親と兄にも嫌疑がかかる。そのバズムントの否定にジェセルも考えを改めた。
「じゃあ、あの子は団長の実息じゃないというの?」
ジェセルが導きだした答えは至極単純ではあるが、辻褄は合う。
しかしバズムントは肯定はせず、顎ヒゲを撫でながら考えを巡らす。
(それは俺も気になっていた所だったが、こればっかりはヴェルスミス本人に聞いてみるしかないよな……。ただそれは果たして触れてもいい話題なのだろうか。"キャスリー"にも関わる話だとしたら益々聞きづらいしな……)
「――兎に角だ。これ以上推測してもキリが無い。決定的な証拠や証言を掴むまでこの話は保留にしておく」
その正論にジェセルは押し黙り、追及を諦める。
「そう……ね。今はそれが賢明ね」
まだ少しだけ煮え切らない、といった表情のジェセル。
しかしここは、大人しくバズムントに従うことにした。
「もちろんこの話は、俺とお前さんだけしか知らない。決して誰にも口外するなよ。無論、他の団員にもな」
「ええ」
◇◆◇◆
ハーティス家のリビングは広さは家族三人で過ごすには十分な、平均的な広さのものだった。
仕切りのあるキッチンのすぐ側には、サイプラスの木で出来た大きなダイニングテーブルと、3つのイスが並ぶ。ライカに案内されたアウルはそこに腰を掛けていた。
「ええええ!? お前ジェセル様に会ったのか!? 親衛士団第10団士のあのジェセル様に!?」
アウルは放課後に起きたことを早速ライカに教えていた。
無論、兄であるクルーイルとのやり取りは伏せてだが――。
「ああ、すっごい美人だったよ」
「いいなあいいなあ! 俺も拝みたかったなあ、生ジェセル……」
国内でもトップクラスを誇る美貌の持ち主と名高いジェセル・ザビッツァは、学士達の間でも男女問わずファンが多く、憧れの的であったのだ。
「なんていうか、もし花が人間に生まれ変わるんだとしたらああいう人になるんだろうなあ、ていうのが率直な感想かな」
「くっそお、羨ましすぎるぜ」
大袈裟とも言えるアウルの比喩を鵜呑みにするライカ。
実物を見たことが無かったので想像力を掻き立てられるのも無理はない。
「なあライカ、そんなことよりごはんまだ?」
「ちょっと待てって、今作ってっから! ったく、家に入る前は家出少女みたいなツラしてたくせに、泊まれるって解った途端にいつものデカい態度だもんな――って痛っでえええ!」
キッチンで調理をしながら愚痴をこぼすライカの頭に、空のアルミ灰皿が命中する。
「ライカぁ! せっかくアウルくんが泊まりに来てくれたって言うのになんだその態度は! もっと敬え! もてなせ! 気を使え!」
灰皿が飛んできた先には、ライカの父であるブレット・ハーティスが新聞を片手に胡座をかいていた。
「いてーなクソ親父! だったらテメーがメシ作れよ!」
「親に向かってクソとはなんだぁっ!」
客人が居るにも関わらず、喧嘩をおっ始めてしまう二人。
キッチンからリビングへ、リビングからキッチンへ、物という物が飛び交う。
(なるほど、ライカの性格は親父譲りか……)
エイサムティーを啜りながら親子喧嘩を静観するアウル。
「出涸らしだけど味はどうかしら、アウル君。お口に合うかな?」
「紅茶……? っていうんですかコレ? 初めて飲んだんですけど、とても美味しいです」
厨房の奥から現れた薄い褐色肌の熟年女性はライカの母、ナタール・ハーティスだった。
そのままナタールはアウルの正面のイスに座り、目尻に幾重にも皺が重なるほどニコニコとした表情でアウルに話す。
「ところで、アウル君は……あのピースキーパーさんの所の子なのよね?」
「え、ええ……そうですけど」
いきなりの出自に関する質問。
アウルは少しだけ動揺したが、嘘をついても仕方がないと思い正直に答えた。
「……もしよ、もし今日の宿泊代を請求とかしちゃったとしたら何トーカくらい頂けるんでしょうね? あ、例えばの話だからね?」
「……はい?」
穏やかな口調でそう言うナタールからは、クルーイルと対峙した時以上の悪寒を感じさせられた。
「母ちゃん! 何言ってんのおお!?」
親子喧嘩の途中だったライカが慌てて母の口を手で塞ぐ。
「なによライカ、"例えば"の話をしてるんじゃない」
「んなこと例えんなよっ!」
「おい、ライカ! 父ちゃんとの話はまだ終わってないぞ!」
「親父はもういいって!!」
賑やかなハーティス家のやり取りを見てて、アウルは久々に心の底から笑った気がした。
ただそれと同時に、自身が望んでいたのはこういう家族なんだろうな、と気付いてしまう。
少年の感情が少しだけ淡く、揺らいだ。
◇◆◇◆
「ほら、このベッド使えよ。客人用だからさ」
「サンキュー、ライカ」
ライカの自室で一緒に寝ることになったアウルは、用意してもらったシングルサイズのベッドに横たわる。
部屋は、そこまで広くない割りには物が多く、とりわけスペースを使っていたのが木製の大きな本棚であった。
そこには100冊近くあろうかという程の本が、乱雑に収められていた。
「朝、親父が起こしに来るけど、俺それじゃないと起きれないから勘弁な」
いつも掛けている眼鏡を丸テーブルに置き、苦笑を見せるライカ。
アウルもつられて笑ってしまった。
「ハハ、なんだよそれ」
「し、仕方ねえだろ」
恥ずかしそうにそう言った少年は、照れを隠すかの如く布団に入り、背をアウルに向けた。
「それじゃ、おやすみ」
「……おやすみ」
就寝を宣言し、アウルがそれに続いた後、ライカは枕元にある光灯を消す。
灯りが消え、暗闇と静寂に包まれたライカの部屋でアウルはふと、声を発した。
「ライカ」
「ん?」
「ありがとな」
「だからやめろって、水臭ぇな」
「いや、マジで」
「……ああ」
普段から軽口ばかりを言うライカだったが、こうして一人の友人と改まって話す機会はそう無かった。
若干の戸惑いはあったが相手の言葉のテンションを鑑み、素直に同調をする。
そして、抱えていた疑問をアウルにぶつけた。
「アウル、あのさ……」
「なに?」
「さっきは深く聞かなかったんだけど、自分ちに帰りたくなかった理由でもあったのか?」
「…………」
その質問に、玄関先でもそうしたようにアウルは再び無言となり、口を閉ざしてしまう。
それを見兼ね、ライカが続けて話す。
「また明日以降、帰りたくない時があれば今日みたいに俺んちに来ていいからさ。理由、話してくれないか?」
「…………」
ライカの提案に対し数分程、アウルは無言のまま悩んだ。
そして、決心をしたようにやがて口を開く。
「……そうだな。じゃあ、ライカにだけは話すよ」
◇◆◇◆
アウルはライカに全てを打ち明けた。
兄が突然帰ってきたこと。その兄が名家の嫡子として努力を続けていた裏で、ストレスの捌け口として日常的な暴力を自身に振るっていたことを――。
「マジかよ……。あのクルーイルさんが、弟にそんなことをしてたのか……」
驚きを隠せないライカは、覚えている限りでのクルーイルの印象を振り返る。
「俺とかピリム、他の学士達にもあんなに優しく振る舞ってたあの人がまさか……」
弟以外の同年代の全学士にとってクルーイルは憧れの存在だったことが、ライカの反応から察することができた。
「でもライカ、俺にも非はあるんだ。由緒正しいピースキーパー家きっての落ちこぼれの俺は、今まで大した努力もせずに適当に学園生活を送ってきた。だから長男として期待とプレッシャーを一身に受け続けてきた兄貴からしたら……俺みたいな存在は気に食わないんだろう」
半ば諦めたような口振りのアウルだったが、制すようにライカがフォローをする。
「アウル、だからと言って弟に手を上げていい理由にはならねえぞ。努力をしてない連中なんて他にも沢山居るし、俺だってその内の一人だよ」
「……それフォローのつもり?」
「うっせ! とにかく、弟に手を上げるなんて絶対間違ってる! 明日、二人でクルーイルさんと話しに行こうぜ!」
「……え?」
途中までは、ライカのフォローに安心を与えてもらっていたが、突然の非常識な提案にアウルは思わず声を洩らしてしまう。
「あ、どうせならピリムも連れていこう! アイツ自体は役に立たないだろうけど親父さんが親衛士団の副団長だから、クルーイルさんも流石に手は出せないだろうし……」
「いやいやいやいや、ダメだって! 家族間の問題だし、他の人に迷惑なんてかけらんないって!」
唖然としていたアウルは、慌てて制止しようとしたが。
「いいや、ダメじゃない! それに迷惑ならもう既に俺んちにかかってるわ!」
「た、確かに……そうだけども! でもダメなもんはダメだって!」
「問答無用! 明日の放課後絶対行くからな!」
(ええ……嘘でしょ……)
――打ち明けたことを即座に後悔するアウルだった。
1時間後――。
(くそ……全然寝れない)
寝慣れていた自宅のベッドと枕では無い上に、ライカの物凄いいびきのおかげで中々寝付けずにいたアウル。
(眠たくなるまで適当に本でも読むか……)
丁度良く自分のベッド側に本棚があったので、ライカを起こさぬよう静かに何冊か取り出して布団の中に入る。
「"リフール"」
アウルが小声で唱えた光術は、卵大の大きさの白色の淡い光球がランタン程の範囲を照らす、というだけの初歩的な光術の一つであった。
(さて、と……この本は、料理の本か)
最初に手に取った本は、少年にとって興味の無いジャンルのものだった為、その本を布団の外に出す。
(あと、これは……。うーん、これとこれも料理関連か。ライカのやつこんなのばっか読んでるのか)
どの本もパラパラとめくるが、レシピ集など料理関連の物ばかりで、暇を潰せるような本は無いとアウルは諦めかけた。
(ん……? この本だけなんか、薄いな。本というかノートみたいな……)
そのノートの表紙を見ると、こう書かれていた。
『目標"一日一調理"!』
と、汚い文字で大きく記されたその目標から察するに、そのノートはライカが毎日記録しているであろう料理日記だった。
使い古した形跡として、ノートの角はすり減り、所々に跳ねた油や調味料のシミも見受けられた。
(……あいつ、嘘だろ)
ノートを開いてみると、日付とその日に使用した食材と調理手順。更には味の評価に反省点などが事細かに記載され、先程アウルが食べた料理も漏れなく書いてあった。
(こんなの毎日書いてるのか……)
どのページを開いてもメニューは別だが同じような密度の文章が刻まれ、ライカの料理に対する熱意と努力が嫌でも伝わる。
一通り目を通し、パタンとノートを閉じるが裏表紙に『No.23』と小さく書かれてるのを見てしまったアウルは、とうとう打ちのめされてしまう。
(……しっかり努力してんじゃんか、嘘つき)
友人の嘘を胸中で呪うアウル。
しかし、すぐに別の見方へと切り替える。
(……いや、違う。あいつにとって“この程度”だと努力の内にも数えられないってこと……か)
ライカも自身と同じく、普段から大した努力もせず、自分の将来に対して楽観視をしている同じ穴のムジナとばかり思っていた。
ただ、それはあくまで学園で見せていた一面なだけであったことに気付いたアウル。
そして改めて、兄の言葉を思い出す。
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