PEACE KEEPER

狐目ねつき

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Brotherhood

27話 後悔

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 王宮へと続く中央階段――。


 何十段と長く幅広なこの石段を登りきると、避難場所である王宮前広場に辿り着くことができる。
 この広場は、毎年建国記念日に執り行われるマルロスローニ王の演説の時など、大きな催しの際に使用される場所となっていた。
 一万人以上の人口を誇るゼレスティア全国民を一同に集める事が可能なほど広く、最も多くの兵士が常駐するこの広場に身を置けば、余程の事がない限りまず安全は保証されると言っていいだろう。



 クルーイルと別れたアウル。
 兄の指示に従い、この石段の中腹を昇り広場へと向かっていた。
 しかし途中で、杖をついて階段を辛そうに昇る老人の姿が目に入ったので、現在はその老人に背中を貸している最中だった――。


「アウル君といったかな……? すまないねえ、ワシの足腰が弱いばっかりに迷惑をかけてしまって……」

「気にしないでよ! これくらいっ、屁でもっ、ない、からさっ……」

 老人を背中に担ぎながらそう言い、一段ずつゆっくりと登っていくアウル。
 平気な素振りを見せてはいるが、少年のその額からは大量の汗が流れ出ていた。
 自身と同じくらいの体重の老人を背負ったまま、まだ15歳の少年がこの長い階段を登り進んでいるのだから無理もない。
 他の市民は我先にと登る者ばかり。
 老人を労っている暇も余裕も無かったのだが、アウルはそんな大人達を見て少しだけ幻滅してしまう。


 ――そうこう考えている内に、アウルは長い石段を登りきることに成功した。

 老人を背中から降ろし、膝に手をつき、肩で息をするアウル。
 顎から滴る汗を拭っていると、老人がアウルの左手を両手で握手するように掴む。

「ありがとう、アウル君。本当に、本当に助かったよ……」

「いいのっ、気にしないで! んじゃ、俺は行くから、おじいちゃんも気を付けてね!」

 苦しそうな表情を一切見せず、元気な笑顔で手を振り、その場を後にしたアウル。
 老人と別れてから、キョロキョロと辺りを見回す。

 大多数の国民が集まっているため、人混みの密度が尋常では無いことになっていたが、アウルは運良くお目当ての人物を見付ける事ができた。

「ライカ!」

「……お、アウルか!」

 奇跡的とも言える親友との遭遇。
 クルーイルと別れた後の心細さが少しだけ和らぐ。

「おお、アウル君も無事だったんだな!」

 すぐ近くに居たライカの父親、ブレットも少年に気付き声を掛ける。
 母親のナタールも隣に立っていたので、アウルは挨拶を返した。

「おじさん、おばさんも無事で良かったです。あ、それと……昨日はありがとうございました!」

「いいのよ。それよりこっちも大したおもてなし出来なくてごめんなさいね」

 ペコリと頭を下げるアウルにナタールが返すが、アウルは遠慮をするように慌てて否定をする。
 と、そこでライカが近付き、小声で耳打ちをした。


「そういえば、クルーイルさんとはどうなったんだよ? 一緒に居ないってことは……ダメだったのか?」

 それを尋ねられたアウルは『待ってました』と言わんばかりに、ニヤリと笑い――。


◇◆◇◆


「――おお、良かったな! それって大成功じゃね?」

 事の顛末を聞いたライカ。
 アウルの背中を叩き、喜びを分かち合う。

「うん、一応は成功したよ。でもちょっと話がおかしな方向になっちゃってさ……今言った放課後の特訓の話あるだろ――」
「何をやってる?」

「えっ……?」

 説明の途中。
 背後から唐突に口を挟まれる。
 振り向くとそこには――。



「エレニド……さん?」

 先刻逢ったばかりのエレニド・ロスロボスが、腕を組みながら堂々と立っていたのだ。
 鍛冶屋で話してた時と同様、相も変わらず厳然とした面持ち。
 当然彼女もグラウト市から避難してきたのだろうが、服装とただならぬ雰囲気のお陰か、一般市民が多く在していたこの広場では明らかに浮いていた。


「……おい、アウル。このエロカワ姐さんは一体誰なんだよ?」

 ライカが口元を手で隠しながらアウルに訊く。

「エレニドさんっていう、兄貴の友達……になるの、かな?」

 彼女と兄の関係は、アウルもまだ理解をしきれていない。自信がないまま、答えてしまった。

「さっさと答えろ。何をやってる?」

 再度急かされるように問われる。
 しかし、質問の意図を汲み取れない。
 アウルは返答に困った。


「何をやってるって、見ての通り避難してただけなんだけど……。エレニドさん……も無事にここまで来れたんだね、良かった――」

「そうではない。兄を戦場に置いてきてお前は"何をやってる?"と聞いているんだ」

「――っ!」

 ようやくと、質問の意味が理解できたアウル。
 だが核心を衝かれ、平常心は一転して動揺へと移ろう。

「…………っ」

 心臓の鼓動が早まり、動悸が激しくなる。
 息が詰まるような感覚に陥りながらも、アウルは言葉を返す。


「兄貴が、お前は来るなって……言ってたから」

「それで? お前は大人しく従ったのか?」

 ――やめろ。

「従うっていうか……足手まといになると思って……」

「へえ、お前は兄貴を超える戦士になるんだろ? そんな奴がノコノコと一人だけ逃げてくるのか?」

 ――やめてくれ。

「違うっ! 俺はまだ弱いし、兄貴の方が強いから……」

「そんなことはアタシでも知ってる。それでもお前が兄貴を置いてきた事実に変わりはない」

 ――それ以上。

「それにお前は知っているんじゃないのか? アイツがなんでお前に――」

 ――言わないでくれ!


「――未来を託したのか」

「――っ!」


『―――俺は……恐いんだっ!―――』


 エレニドの一言一言に、心臓を抉られるような思いをしながら聞き続けていたアウル。
 最後の一言で兄の言葉が脳裏を過り、取り返しのつかない後悔の感情が少年の心を占めた。


「……行かなきゃ」

「お、おい! どこ行くんだよアウル!」

 フラッとした足取りで中央階段の方へ向かおうとするアウルを、ライカが腕を掴んで引き止める。

「離せよ……! 兄貴が、兄貴が……!」

「アウル……?」

 今にも泣き出しそうなほどの弱々しい表情を見せるアウルに、様子がおかしいとライカが気付く。
 状況をよく呑み込めてはいなかったが、ひとまず落ち着かせようと判断をする。

「アウルっ、とりあえず落ち着けよ! なっ?」

「離せっ!」

「あ、アウルっ!」

 掴まれていた腕を無理矢理引き剥がしたアウルは、そのままクルーイルの元へ向かおうと広場の出口へと踵を返す。

「待ちな!」

 引き留めたのはエレニド。
 呼び止められ振り返る少年に向かって、彼女が何かを放り投げた。
 アウルが受け取ったそれは、ワインレッドカラーの鞘に納まった短めな刀身の剣だった。

「丸腰で向かうなんて愚かなマネは辞めるんだな。アタシの剣を貸してやるよ」

 エレニドのその言葉に対し礼をする余裕も無かったのか、何も言わずその場を駆け抜けていくアウル。
 そのままあっという間に人混みを抜け、階段を降りていったのだった。



「…………!」

 エレニドと少年のやり取りを間近で見ていたライカからすると、彼女がアウルに何らかの暗示をかけたように見えたのは明白。
 親友を無理に戦場へと向かわせた彼女に対し、ライカは滾る怒りを抑えきれないでいた。


「おい、あんた! 一体アウルに何を……えっ!?」

 激昂した先には、先程までの毅然としていた彼女の姿は無かった。

 その場にしゃがみ込み、静かに涙を流す彼女、ただ一人。

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