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The 3 days
51話 雨、別れ、そして
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ここ一週間程のゼレスティアは、快晴な日和が続いていた。だが本日に限っては、運命の日とも言える今日を迎えるアウルの心模様を表しているかのように、城塞都市は降雨に見舞われるのだった。
「アウルくーん! 朝ごはんできたわよ~」
昨日とはうって変わって、今日は二人共朝早くに目覚めていた。そして現在は、カレリアがアウルに手料理を振る舞っている最中であった。
花柄のクロスが敷かれた食卓テーブルの上には色とりどりの新鮮な野菜が盛り付けられたサラダや、カリカリに焼いたベーコンへ半熟の目玉焼きを乗せたものなど、朝食らしい品々が並んでいる。
「ど、どうかな……? 味の方は……」
正面に座るカレリアが不安そうに見つめ、いざ実食をする少年へと感想を求める。
アウルは料理を口へ運び、咀嚼をし、ひとしきり味わうと水と一緒に喉へと流し込む。
そして、グラスを卓上に置き――。
「……ベーコンしょっぱすぎじゃない?」
「はぁ? “ソルティ”な味付けって言いなさいよ!」
「限度を考えてよ!」
――監視生活3日目の朝。
天候に左右されることのない相も変わらずといった、平和な光景がそこにはあった。
◇◆◇◆
「はぁ~、ホント最後の最後まで生意気な口しか訊かなかったわねえ」
カチャカチャと音を立て、シンクに積んである食器を洗いながらカレリアが愚痴をこぼす。
その隣でアウルは、洗い終えた食器をナプキンで拭く作業をしていた。
「こんな任務引き受けなきゃ良かった?」
皮肉に聞こえるその問いに、カレリアの手が止まってしまう。
「……別にそういうつもりで言ったわけじゃないんだけど」
「ごめん、カレリアちゃん」
彼女の反応を見て言い過ぎたと思ったアウルが謝る。
「もー、謝んないでよ。でもね……」
「でも?」
「この3日間は、楽しかった、よ……」
今度はアウルの手が止まる。
両眉を持ち上げ、驚いた様子でカレリアの顔をじっと見つめる。
「なによ? 別にアウルくんを気遣って言ったんじゃないよ。本音だからね?」
見つめられたことにより、少しだけ顔を赤らめたカレリアが付け加える。
「そっか……嬉しいよ」
少年は喜びを漏らし、二人は作業を再開した。
最後の皿をアウルが拭き終わり、二人はソファーに並んで座り一息をつく。
「ふー、今日でこの家ともお別れかぁ。なんだか少しだけ名残惜しいわね」
腕と脚をピンと伸ばし、別れを惜しむカレリア。
「……そう、だね」
アウルも同じ感情を抱いていた。
監視生活とはいえ、この3日間はアウルにとってはとても充実したものとなり、カレリアにも姉に対するような思慕を寄せつつあったのだ。
「……そろそろ行くね」
「……うん」
カレリアは自身のショルダーバッグを肩に掛け、玄関の方へと。
アウルも見送ろうと、後に続く。
「傘、貸そうか?」
「ん、ありがと」
腰を下ろしてピンヒールの真っ白なサンダルを履くカレリアへ、アウルが透明のビニール傘を手渡す。
「ちゃんと返しに来るからね」
「…………」
靴を履き終えたカレリアが立ち上がり約束を告げるが、返答が無いアウルを怪訝に思い振り向く。
「なによー? もう会えないとでも思ってんのー?」
心を見透かされたかのような感覚に陥ったアウルは驚いた表情を見せ、言葉を詰まらす。
「顔に出てんのよ。安心して、必ず返すから」
「……うん」
沈痛な面持ちのアウル。耐え難い沈黙が続くが――。
「――元気出せっ、少年っ!」
「元気なんて、出るわけ……っ!?」
否定の言葉を遮り、カレリアがアウルの栗色の頭を後頭部からガシッと掴む。
そして、自身へと引き寄せるようにくちづける。
家に入る前にしたそれとは違い、今度は唇と唇がぶつかる確かな接吻だった。
「えっ、えっ……ちょっと……なんで……」
唇が離れた後、湯気が出そうな程に顔を赤面させるアウル。
もちろん、これが少年にとってのファーストキスだった。
「喜びなさいよ……」
「うん、ごめん、嬉しい、よ」
動揺を隠せないアウルが、取って付けたような喜びを表す。
「全然嬉しくなさそうなんですけど……ま、いいや。またね、アウルくん」
別れの言葉を告げ、返事を待たずにカレリアは扉を開き外へと出てしまった。
「あ、待って――」
引き留める声も虚しく、扉はバタンと閉まる。
その場にアウルは立ち尽くしたままとなった。
「"またね"か……」
唇に当たった柔らかな感触を指で確かめつつ、少年はリビングに戻ると、大きな溜め息と共に二人掛けの黒ソファーに仰向けで寝そべる。
天井から始まり、キッチンやダイニングに視線を配る。
誰かが居る筈もなく、窓を打ち付ける無機質な雨音だけが聴こえ、それが孤独感を余計に煽った。
(うちのリビング、こんなに広かったんだ……)
クルーイルが帰宅してくるまでは、元々が一人で長い期間をひっそりと暮らしていた少年。
本来であれば"孤独"というものには慣れているのだが、ここ最近は様々な出会いや触れ合い、人と接する機会が増えていたのでその反動が一段と大きかったのだ。
(そろそろ帰ってくるかな……親父)
父が帰ってくるタイミングは病室でジェセルから既に聞いていた。
正午までには家に着くと――。
(会うのは2年ぶりか……不安だなぁ)
思い巡らし、ごろんと寝返りをうったその時だった。
玄関のドアの開く音が、少年の耳に届く。
(来た――)
跳ねるようにソファーから起き、急ぎ足で廊下へと顔を出したアウル。
「親父…………えっ!?」
――玄関に立っていたのは、父でもカレリアでもなく、アウルも見知らぬ男だった。
(親父、じゃない……誰……?)
その男の出で立ちは、髪型が赤茶色のオールバック。
上下に真っ黒なセットアップを着込み、ジャージ素材の被服の上からでもわかるほど、見事に鍛え抜かれた肉体。
一際特徴的なのが両の眼で、左右が金色と嚥脂色とで、瞳の色が違っていたのだ。
男は傘を差さずにここまで来たのだろうか、濡れた前髪の束が、流れに逆らうように何本か額へと垂れている。
「……っ」
見知らぬ人物の訪問に、驚きのあまり言葉を失ってしまったアウル。
それに見兼ねることもなく、現れた男は静かに口を開く。
「アウリスト・ピースキーパーだな?」
「は、はい……」
誤魔化す余裕もなく、アウルは正直に答えてしまう。
すると答えるや否や、男は目にも止まらぬ早さで少年の懐に侵入。
男の手が形成するは、槍の穂先と見紛うほどに鋭く研ぎ澄まされた貫き手。
「――――っ!」
狼狽える暇すら与えられず、躊躇なく放たれた貫き手は少年の薄い胸板を軽々と貫いた――。
「――死んでもらうぞ」
寸断される意識の間際。
それが最後に少年の耳へと聞こえた言葉だった。
「アウルくーん! 朝ごはんできたわよ~」
昨日とはうって変わって、今日は二人共朝早くに目覚めていた。そして現在は、カレリアがアウルに手料理を振る舞っている最中であった。
花柄のクロスが敷かれた食卓テーブルの上には色とりどりの新鮮な野菜が盛り付けられたサラダや、カリカリに焼いたベーコンへ半熟の目玉焼きを乗せたものなど、朝食らしい品々が並んでいる。
「ど、どうかな……? 味の方は……」
正面に座るカレリアが不安そうに見つめ、いざ実食をする少年へと感想を求める。
アウルは料理を口へ運び、咀嚼をし、ひとしきり味わうと水と一緒に喉へと流し込む。
そして、グラスを卓上に置き――。
「……ベーコンしょっぱすぎじゃない?」
「はぁ? “ソルティ”な味付けって言いなさいよ!」
「限度を考えてよ!」
――監視生活3日目の朝。
天候に左右されることのない相も変わらずといった、平和な光景がそこにはあった。
◇◆◇◆
「はぁ~、ホント最後の最後まで生意気な口しか訊かなかったわねえ」
カチャカチャと音を立て、シンクに積んである食器を洗いながらカレリアが愚痴をこぼす。
その隣でアウルは、洗い終えた食器をナプキンで拭く作業をしていた。
「こんな任務引き受けなきゃ良かった?」
皮肉に聞こえるその問いに、カレリアの手が止まってしまう。
「……別にそういうつもりで言ったわけじゃないんだけど」
「ごめん、カレリアちゃん」
彼女の反応を見て言い過ぎたと思ったアウルが謝る。
「もー、謝んないでよ。でもね……」
「でも?」
「この3日間は、楽しかった、よ……」
今度はアウルの手が止まる。
両眉を持ち上げ、驚いた様子でカレリアの顔をじっと見つめる。
「なによ? 別にアウルくんを気遣って言ったんじゃないよ。本音だからね?」
見つめられたことにより、少しだけ顔を赤らめたカレリアが付け加える。
「そっか……嬉しいよ」
少年は喜びを漏らし、二人は作業を再開した。
最後の皿をアウルが拭き終わり、二人はソファーに並んで座り一息をつく。
「ふー、今日でこの家ともお別れかぁ。なんだか少しだけ名残惜しいわね」
腕と脚をピンと伸ばし、別れを惜しむカレリア。
「……そう、だね」
アウルも同じ感情を抱いていた。
監視生活とはいえ、この3日間はアウルにとってはとても充実したものとなり、カレリアにも姉に対するような思慕を寄せつつあったのだ。
「……そろそろ行くね」
「……うん」
カレリアは自身のショルダーバッグを肩に掛け、玄関の方へと。
アウルも見送ろうと、後に続く。
「傘、貸そうか?」
「ん、ありがと」
腰を下ろしてピンヒールの真っ白なサンダルを履くカレリアへ、アウルが透明のビニール傘を手渡す。
「ちゃんと返しに来るからね」
「…………」
靴を履き終えたカレリアが立ち上がり約束を告げるが、返答が無いアウルを怪訝に思い振り向く。
「なによー? もう会えないとでも思ってんのー?」
心を見透かされたかのような感覚に陥ったアウルは驚いた表情を見せ、言葉を詰まらす。
「顔に出てんのよ。安心して、必ず返すから」
「……うん」
沈痛な面持ちのアウル。耐え難い沈黙が続くが――。
「――元気出せっ、少年っ!」
「元気なんて、出るわけ……っ!?」
否定の言葉を遮り、カレリアがアウルの栗色の頭を後頭部からガシッと掴む。
そして、自身へと引き寄せるようにくちづける。
家に入る前にしたそれとは違い、今度は唇と唇がぶつかる確かな接吻だった。
「えっ、えっ……ちょっと……なんで……」
唇が離れた後、湯気が出そうな程に顔を赤面させるアウル。
もちろん、これが少年にとってのファーストキスだった。
「喜びなさいよ……」
「うん、ごめん、嬉しい、よ」
動揺を隠せないアウルが、取って付けたような喜びを表す。
「全然嬉しくなさそうなんですけど……ま、いいや。またね、アウルくん」
別れの言葉を告げ、返事を待たずにカレリアは扉を開き外へと出てしまった。
「あ、待って――」
引き留める声も虚しく、扉はバタンと閉まる。
その場にアウルは立ち尽くしたままとなった。
「"またね"か……」
唇に当たった柔らかな感触を指で確かめつつ、少年はリビングに戻ると、大きな溜め息と共に二人掛けの黒ソファーに仰向けで寝そべる。
天井から始まり、キッチンやダイニングに視線を配る。
誰かが居る筈もなく、窓を打ち付ける無機質な雨音だけが聴こえ、それが孤独感を余計に煽った。
(うちのリビング、こんなに広かったんだ……)
クルーイルが帰宅してくるまでは、元々が一人で長い期間をひっそりと暮らしていた少年。
本来であれば"孤独"というものには慣れているのだが、ここ最近は様々な出会いや触れ合い、人と接する機会が増えていたのでその反動が一段と大きかったのだ。
(そろそろ帰ってくるかな……親父)
父が帰ってくるタイミングは病室でジェセルから既に聞いていた。
正午までには家に着くと――。
(会うのは2年ぶりか……不安だなぁ)
思い巡らし、ごろんと寝返りをうったその時だった。
玄関のドアの開く音が、少年の耳に届く。
(来た――)
跳ねるようにソファーから起き、急ぎ足で廊下へと顔を出したアウル。
「親父…………えっ!?」
――玄関に立っていたのは、父でもカレリアでもなく、アウルも見知らぬ男だった。
(親父、じゃない……誰……?)
その男の出で立ちは、髪型が赤茶色のオールバック。
上下に真っ黒なセットアップを着込み、ジャージ素材の被服の上からでもわかるほど、見事に鍛え抜かれた肉体。
一際特徴的なのが両の眼で、左右が金色と嚥脂色とで、瞳の色が違っていたのだ。
男は傘を差さずにここまで来たのだろうか、濡れた前髪の束が、流れに逆らうように何本か額へと垂れている。
「……っ」
見知らぬ人物の訪問に、驚きのあまり言葉を失ってしまったアウル。
それに見兼ねることもなく、現れた男は静かに口を開く。
「アウリスト・ピースキーパーだな?」
「は、はい……」
誤魔化す余裕もなく、アウルは正直に答えてしまう。
すると答えるや否や、男は目にも止まらぬ早さで少年の懐に侵入。
男の手が形成するは、槍の穂先と見紛うほどに鋭く研ぎ澄まされた貫き手。
「――――っ!」
狼狽える暇すら与えられず、躊躇なく放たれた貫き手は少年の薄い胸板を軽々と貫いた――。
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