PEACE KEEPER

狐目ねつき

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The 3 days

52話 フォール・イン・トゥ・ザ・ダークネス

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 突如現れた謎の男に、胸を貫かれたアウル。
 少年の意識は既に寸断され、虚ろな眼差しで自身の胸元を眺めたままとなっている。
 その表情からは、何が起こったのかを理解出来ぬまま攻撃された、というのが窺えた。

 身体は男の左腕に貫通したまま、宙に浮いた状態で支えられていた。
 腕で塞ぐ形となっている傷穴からはボタボタと真っ赤な雫が床板に叩きつけるように流れ、その血液量は心の臓を確実に破壊したという事実を物語っていた。


「…………」

 男は頬に付着した返り血を、手隙となっていた右腕の袖で拭う。すると絶命した筈のアウルに向かって語りかけでもするかのよう、静かに言葉を発する。

「……終わったぞ。ヴェルスミス」

「……まだ終わってないぞ、シングラル。ここからが始まりだ」

 薄暗い廊下の奥にある裏口の方から、否定の言葉と共に姿を現した男。
 その出で立ちは、黒い本革のコートに身を包み息子であるクルーイルがそのまま齢を重ね威厳と風格を身に付けた、といった風貌。

 彼こそがアウルの父親であり親衛士団団長、ヴェルスミス・ピースキーパーその人だったのだ。



「推測通りの魔神族ならな。しかしな、ヴェルスミス。いくら魔神の可能性があったとは言え、いきなりここまでする必要あったのか? このままじゃ夢見が悪くなりそうだ」

 シングラルと呼ばれた男は、バツが悪そうな表情を浮かべる。

「お喋りはそこまでにしておけ、そろそろ来るぞ。警戒を怠るな」

 その言葉と共に、絶命していた筈のアウルの全身が何かに叩き起こされたかのように大きく痙攣。次第に呼吸が始まり、徐々に生気が宿っていく。

「シングラル、"手を抜くなよ"。もちろん、二つの意味でだ」

「――了解」

 魔神化が完了したアウル。
 刺さったままの左腕を掴み、引き抜こうと力を込める。
 本来だと貫かれた風穴や、心臓ですらも魔神の自己治癒力をもってすれば修復は可能だった。
 しかし今は左腕で塞がれているため、それが出来ずにいた。
 言葉は発さないが、苦悶に満ちた表情を見せながら少年がもがく。

「――アウル、良く聞け」

 背後からヴェルスミス。
 諭すように声を掛ける。

「親である俺にもどうしてかはわからんが、お前には魔神の血が混ざっている。それは事実だ。だが、その血はコントロールが出来る。自分をしっかりと保つように、意思を強く持つんだ」

 魔神の制御を促す彼だが、その声は今のアウルの耳には全く届かず。
 少年は腕を引き抜こうと必死でもがくのを止めない。

「こりゃダメだな。さっさと打ってしまえ、ヴェル――っ!?」

 シングラルがヴェルスミスの名を呼ぼうとしたその直後だった。
 宙吊りになっていたアウルの両足が蛇のように彼の襟元へ巻きつき、完璧にホールドした状態となってしまうのだった。

 だがヴェルスミスの忠告通りしっかりと警戒を怠っていなかった賜物として、右手を瞬時に挟めることに成功し、間一髪で絞殺の危機を回避したシングラル。
 しかし襟元をホールドした体勢のまま、アウルは全体重を男の首にかかる様に身体を仰け反らせた。
 支えることが困難となったシングラルは、前方へとつんのめる。

「――ッッ」

 そのままの勢いで倒されるかと思いきや、男は鍛え上げた強靭な下半身の力でなんとか堪え、アウルを支えた左腕を下に向けたままの体勢をキープした。

(あぶねえあぶねえ。だが、この体勢は相当キツいな……)

 と、シングラルが思ったのも束の間。
 床に倒すことが出来ないと本能で判断したアウルが、片方の脚を即座に襟元から離し、下方向から肘付近に向けて膝で蹴り上げる。
 梃子の原理でいう支点となる部分が蹴られ、太い枯れ木を折ったような乾いた音が家中へ響き渡る――。

「~~~~~~っっ!」

 戦士としての意地とプライドがあるのか、激痛による声は上げなかった。
 額から脂汗がじわりと浮き出る。
 男の左腕の肘から先は力が入らなくなり、アウルは刺さっていた左腕を易々と引き抜くと、脱出に成功する。

 傷穴を塞ぐものが無くなった途端、時間を巻き戻していくかの如く胸の風穴は修復が開始され、瞬く間に傷は塞がっていった。

「……ヴェルスミス、手を出すなよ。もう一度捕らえて見せる。そして今度は必ず打ってくれ」

「ああ、頼む」

 左腕が折れたまま戦う意志を示したシングラルと、それに応えたヴェルスミス。

 アウルが床板を踏み抜き、飛び掛かる――。

 飛び蹴り。
 右足での廻し蹴り。
 そこから反転しての左後ろ蹴り。
 放たれた全ての蹴撃を、狭い廊下ながらもシングラルは紙一重で回避。
 今度は右腕の貫き手を腹部に見舞おうと、巨体を少年の懐へと潜り込ませる。

「――なっ!?」

 懐に入り込んだシングラルだったが、突如として視界が赤に染まり、攻撃を躊躇してしまう。
 赤の正体は、口に溜まっていたアウルの吐血。
 それを男の目に噴きかけ、目眩まし代わりにしたのだ。

「く、そっ……」

 不十分な視界に、大きく隙が出来たシングラル。
 少年は間髪を入れずに、右フックを頬に見舞う。

「グッ……!」

 防御や回避の態勢が整わず、その右拳はクリーンヒットを見せた。
 シングラルは壁に側頭部から激突する。

(野郎……!)

 袖で素早く血を拭い、向き直る。
 しかし少年の姿は既に眼前には無く、対面にいるのは裏口側に居るヴェルスミスだけ。

「シングラル、下だ――」

 ヴェルスミスの言葉通り、アウルは身を低く屈め、シングラルの懐に入り込んでいた。
 次いで右のショートアッパーが、男の腹部を襲う。
 しかし――。


「痛っ……てえな」

「――!?」

 振り抜く事が出来ないアウルが、無言で訝しむ。
 直後、ハンマーの如き重さの膝蹴りが、少年の顔面へ見舞われる――。

「……けど、所詮は子供の体重、大きなダメージにはならんな」

 口の端から垂れる血液を親指で拭い去るシングラル。
 日頃から鍛え上げていた腹筋に力を込めるだけで、防御をしてみせたのだ。

 受け身をとり、即座に起き上がったアウル。
 強烈な膝蹴りによって鼻があらぬ方向を向いていたが、それも瞬時に修復が成された。

「ヴェルスミス、これじゃあ埒があかないぞ。本気で――やって良いか?」

「……そうだな。頼む」

 少しだけ悩んでいるように見えたヴェルスミスだったが、提案に許可を下す。

「……光栄に思えよ。アウリスト・ピースキーパー」

 そう仄めかすと、男は眉間に皺が重なるほど目を堅く瞑り、歯を食い縛る。
 そして念じるように、全身に力を込めていく。
 数秒間その状態が続き、満を持したかのように目を開くと――。

 目の白い角膜が黒に染まり、オールバックの髪は逆立ち、口角が悪魔の様に吊り上がる変化が、彼の容貌に表れていた。

「この姿を相手に見せるのは、これで三度目だ……!」


 ――男の名はシングラル・マルロスローニ。
 ゼレスティア国王陛下、現当主ヤスミヌク・マルロスローニの息子で、次男にあたる第二王子。
 それと同時に親衛士団第1団士でもあり、アウルと同様魔神の血をその身に宿した、自他共に認めるゼレスティア最強の戦士だった――。


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