PEACE KEEPER

狐目ねつき

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The 3 days

53話 圧倒的

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 眼の白かった部分が黒へと染まり、金色と嚥脂えんじ色の双眸が妖しく輝く。
 獅子のたてがみの如く逆立った毛髪は、威嚇ともとれる様相を呈し、今にも襲い掛かって来そうという威圧感が顕在した。
 魔神化を完了させたシングラルは折られた左腕を軽く回したりすることで動作の確認をし、少年へと向き直る。


 対するアウルは、目の前で魔神化した男を視認するや否や『無』を一貫していた表情が変化を見せる。
 眉をひそめ、自分以上の戦力を持つ相手への警戒心を剥き出しにした様子が窺えた。

(……相変わらず凄まじい迫力だな。この状態のシングラルは間違いなくゼレスティアでも最強。俺ですら敵わないだろう)

 一方で、目を細ませて魔神化したシングラルを見つめるヴェルスミス。
 彼の"魔人"となった状態を知る人物は、団長のヴェルスミスと、バズムントでは無い方の副団長。後は一部の団士のみで、兄弟や親戚、親であるヤスミヌクですら知り得ない秘匿中の秘匿だったのだ――。



「――行くぞ」

 襲い掛かる直前の獣のようにシングラルが身を低く屈め、床を蹴る。
 硬い床板は踏み抜かれたことによっていとも容易く割れ、彼の踏み込みの強さを物語らせた。

「――っ!?」

 目にも止まらぬ速さで間合いを詰めてきたシングラルに、顔面を掌で包むように鷲掴みにされ後頭部から床へと叩き付けられたアウル。
 警戒をしていたにも関わらず為す術もなく攻撃を食らい、面も食らってしまう。
 床板にめり込んだ少年の後頭部からは血が噴き出すが、瞬時に修復が為された。しかし脳への衝撃を回復することは出来ず、シングラルの指の隙間から覗く景色がブレるように揺らぐ。

「まだまだ――」

 悪魔的な笑みを浮かべた男がそれだけ言うと、輪郭が定まらないアウルの視界が突如として急加速。
 宙に浮くような感覚の後、衝撃が全身を襲う。

 衝撃の正体は、顔面を掴んだままアウルを持ち上げたシングラルが、鉄製の玄関のドアに向かって少年の体を小石でも投げるかのように軽々と放り投げたのだ。
 閉まったままの扉は、高速で飛来した少年にぶち当たる。
 留め金と付け根を破損させられた扉は、少年の身体と共に庭先へと飛び出した。

 外はまだ雨足の勢いが衰える事なく降り続け、緑の芝生に転がる少年の身体をみるみる内に濡らし始める。

「――と、これで終わりなワケ、無いよな?」

 玄関と繋がる廊下が一望出来るようになってしまった戸口。
 そこからシングラルが身を乗り出すとヴェルスミスも彼の背中の後に続き、緑が広がる庭へと二人が出る。

「押さえ付けろ、シングラル」

 ヴェルスミスがそう促し、魔人は無言で応える。
 うつ伏せに倒れたままのアウルの元へ男が歩み寄り、踏みつけて身動きを封じようと足の裏を見せる。

「――っ!」

 しかしその瞬間、少年は両手を芝生に付けて逆立ちの体勢をとった。
 そのままシングラルの腹部へと器用に蹴りを見舞う――が。

「……言っただろ? 大したダメージにはならないってな」

 分厚い布を蹴ったような鈍い感触がアウルの脚へと伝わる。
 手応えが感じられず、彼の鍛え上げた肉体にはダメージが皆無だった。

 そして同時に、シングラルは少年の蹴り足の足首を掴む。
 伸びきったももの裏を狙って、足の甲を使って思い切り蹴り上げる。

 速さと重さが備わった一撃は、ぐしゃっと音を立ててアウルの脚の骨を砕く。
 男はそのまま間合いを詰めて追撃。先ほどアウルが自身へと打ったように、至近距離でのアッパーを腹部へ叩き込む。

「…………っ!」

 少年が放ったそれとは威力が段違いだった。
 衝撃でアウルの身体は2ヤールト程宙空へと打ち上がる。
 そして着地を待たずしてシングラルは跳躍。
 少年の真上を取り、背骨に膝を押し付け、地面と挟むように叩き付けた。

 胸部から芝生に衝突し、常人なら転げ回る程に身悶えをするダメージを与えたが、意に介すことなくアウルは直ぐ様起き上がろうとする。
 しかし背骨を膝で押し込まれるように、地に押さえ付けられている。
 上半身を起こす事ができない。

「――っっ」

 ならば――と言わんばかりに両腕の力で無理矢理起き上がろうと試みる。
 だが両の腕も地に抑え付けられた事によって、起き上がるのが完全に不可能となってしまっていた。


「捕らえたぞ、ヴェルスミス」

「ああ、良くやった」

 その掛け合いと共に、ヴェルスミスは懐からアンプルとガラスの小瓶を一つずつ取り出す。
 アンプルで小瓶に入った透明の薬品を吸い上げると、膠着した体勢の二人の元へと向かう。
 少年は抵抗として抑え付けられていない下半身をバタバタと動かすが、身体の上半分を完璧にホールドされているので無駄な足掻きにしかならない。

「頭を押さえつけた方が良い。噛まれるぞ」

 押さえつけながらシングラルが忠告。
 ヴェルスミスはその言葉に従い、少年の頭を地に押し付ける。
 そしてアンプルの先をアウルの首元――もとい、動脈に狙いを定めた。
 魔人の状態では言葉を発せないので怒った猫科の動物が如く、荒ぶった吐息でアウルが威嚇を見せる。

「怯えてるように見えて可哀想だ。早く打ってくれよ」

「わかってる」

 急かされ、注射針を刺し込み薬品を注入するヴェルスミス。
 薬品の成分は動脈を伝わり、あっという間に全身へと広がったようだ。
 必死な抵抗を見せていたアウルの下半身は、やがて脱力。そして次第に動きを止める。
 血走っていた両眼は徐々に弛緩し、虚ろへと変化していく。

 魔神の意識が肉体から離れた事を確信したヴェルスミス。
 目を伏せ、息子へ――。

「……すまない、アウル」
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